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第2章 天狗の森を守れ!
第8話 友だちの味方でいたいから
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わたしはふたたび、綱を引っ張って、お堂の鈴をからんからんと鳴らした。
で、どうするんだっけ。
えーっと、たしか二回お辞儀して、二回拍手、そのまま両手を合わせて、目をとじて、天狗さん、お願いします――っと、
「おいなんだ人間、何度も呼びつけやがって。おれはファミレスの店員じゃねーぞ」
その声は、わたしの真後ろから聞こえた。
ひいぃっ。
くるっと振り向いて、あわてて頭を下げる。
「何度もごめんなさいっ、でもわたし、お願いが――」
「自分がいちばんえらくないと気がすまない、傲慢な生き物め! おれはおまえら人間の言いなりにだけは、ぜってーにならねーからな!」
うう、コワイ。
だけどここであきらめたら、人間がまた、天狗の森にやってきて、妖怪たちが逃げてしまうかもしれない。ひとつ目小僧も、雪菜ちゃんのお母さんも。
「に、人間のことが、ニガテなんですか……?」
わたしはそーっと顔を上げながら聞いてみた。それに、気になったんだ。天狗さんが、ずっとわたしのことを「人間」としか呼ばないこと……。
「ぁあ!? なんでそんなことおまえに教えなきゃいけねんだよ」
金髪、黒マスク、銀のピアスと鎖のようなネックレスに学生服。見たところ、カンペキな不良少年に絡まれているわたしだけど、
「わたしも、妖怪のことがニガテだったから!」
負けじと言い返した。
「……ついちょっとこの前までは」
と付け加えるのを忘れずに、ね。
「でも、いまはちがいます。ユッキーナが教えてくれたんです。妖怪だからといってみんながみんな、コワイ奴ばっかりなわけじゃないってことを」
テケテケに、コダマネズミに、ぬえ、それからひとつ目小僧。見た目はちょっと変わっているけれど、わたしへの悪意はみじんもなかった。
「いまは、妖怪たちとも仲良くなりたいと思ってます。だから、ひとつ目小僧が住んでいて、ユッキーナのお母さんも住んでいるかもしれない森が、人間に荒らされるのはイヤなんです」
「なんだおまえ、自分だって人間のくせに。おれさまにこびへつらおうって魂胆か?」
天狗は、バカにしたように笑った。うぐっと言葉につまったけれど、
「ち、ちがいます」
とかたく拳を握る。
天狗さんは、ハァと大きなため息をつきながら、空をあおぐ。
「ったくどいつもこいつも中途半端だ。おまえはいったいどっちの味方だよ」
「わたしは、友だちの味方をしたいだけです! 雪菜ちゃんは半分は人間だけど、半分は妖怪で、だからわたしは、人間の味方でもいたいし、妖怪の味方でもいたいんです」
正直な気持ちが、口から飛び出していた。
背中を大きくそらせて空を見上げたまま、天狗さんの反応が一瞬ぴたり、と止まった。しばらく世界が、静寂につつまれる。
おっ、これは……!
わたしの言葉に、天狗さんもちょっと心が動いたんじゃない!?
と思いきや、ゴゴゴゴゴゴと、それまで晴れ渡っていた青空に灰色の雲がかかり、天気まであやしくなってきた。
なんだかものすごくイヤな予感……。
そして、ついに。
「はーーーァ!?」
学生服のポケットに手を突っ込み、身を乗り出して、天狗さんはわたしを見下すようにゆがんだ顔を近づけてきた。と同時に、威嚇するようにバサァっと背中の翼を広げた。カラスみたいな、漆黒の翼だ。
「やさしい人間さま気取りかよ! でも結局、おまえら口先では友だちだって言っておいて、都合が悪くなったら縁を切るだろ。人間どもは、自分がいちばん力を持っていてえらいと思っていやがる。おれはそういうヤツらが大嫌いなんだ!」
つかみかからんばかりの勢いに、もうわたしはちぢみあがって泣きそうになる。
「わたし……力なんて、全然持ってません……クラスでも空気だし」
ああもう、そんなこと言ったってどうしようもないのに、どうしても弱気になってしまう。わたしだって、できることなら、天狗さんを頼りたくはないよ。でも、深夜に森に肝試しに来る男の人たちに、わたしが直接、「ここは妖怪たちの住処なので、立ち入り禁止です!」なんて、言ったところでマジメに聞いてもらえるわけがないじゃない。そんな勇気もないし。
「森を荒らす人がいることについては、わたしが代わりに謝ります。だからお願いです! 天狗の森を守るために、お知恵を貸してください!」
わたしはもう、自分でもなにを言っているかわからなくなるぐらい、必死だった。
だけど……。
「うるせぇーーーー!」
怒鳴りながら天狗さんがポケットから取り出したのは、パッと広げたモミジの葉っぱみたいなカタチのうちわ。それを天狗さんは、力任せに振り抜いたのだ……!
びゅおおおおおお―――――――――……
突然、ものすごい暴風が一面に吹き荒れる。
飛ばされる――!
危険を感じたわたしは、足を踏ん張って固く目を閉じ、思わず顔をおおった――。
……。
「アヤ、アヤ、大丈夫?」
遠くで、雪菜ちゃんの声がする。
目を開けると、雪菜ちゃんが、心配そうにわたしの顔をのぞきこんでいた。
「あ、あれ……?」
「まったく、総長のわからずやっ!」
石ころをけっとばす雪菜ちゃん。天狗さんのことを総長って呼んでいるのか。まあどう見てもヤンキーだったもんなぁ……と、そんなことより、
「あの、ユッキーナ、神社にいたはずなのにわたし、どうしてここにいるんだろう?」
不思議に思って、雪菜ちゃんに聞いた。というのも、いつのまにかわたしたちが、天狗神社へと続く長い石の階段の下に移動していたから。突風が吹いてきたときと同じようなかっこうで、足を踏ん張ったまま立っていたからだ。
雪菜ちゃんは腰に手を当てると、ほっぺたを膨らませて言った。
「総長の妖術で、ワープしたんだよ。まんまとやられちゃったね」
「妖術……」
「簡単に言うと、魔法みたいなモノかな」
「天狗さんって、すごいんだね……」
「まあ、妖怪のなかでは、神社まで建てて、おまつりしてもらっているほどだからねぇ。もっとすごいこともできるんだよ」
「へぇえ」
わたしはぼーぜんとするしかなかった。やっぱり人間なんかより、ずっとえらくて強いじゃないか、天狗さん。
「にしても」
と雪菜ちゃんは眉を下げ、肩を落とす。
「森を守るため、総長を頼るって作戦は、考え直すしかないかなぁ。アヤ、ごめんね巻き込んで。コワかったでしょ?」
「ううん。平気」
わたしは首を横に振った。たしかに、天狗さんにメンチ切られたときは泣くかと思ったけれど、これまでみたいに妖怪をこわがらなくなったせいか、思ったほど引きずってはいない。ただ……。
「そっか、よかった!」
といつもの笑顔でいる雪菜ちゃんのほうが、無理してないかなぁって気になったんだ。
「じゃあまた、明日学校で!」
とウィンク敬礼ポーズをしつつ、神社の石段を登り始める、雪菜ちゃん……って、あれっ。
「家、帰らないの?」
「ん? 雪菜の家《うち》は、ここだよ!」
雪菜ちゃんは笑顔のまま、神社を指さした。
「えっ」
「まあ、正確にはお父さんの弟……だから叔父さんの家、かな。叔父さんは、天狗神社の神主さんなんだ。ユッキーナはいま、居候の身なのデス!」
胸を張って、ドヤ顔ピースをキメる雪菜ちゃん。
そうだったんだ……!
出会ったばかりということもあって、雪菜ちゃんのおうちの話ははじめて聞くことばかり。まだ知らないフクザツな家庭の事情もありそう。
だけど雪菜ちゃんは、ぜんぜん気にしないってかんじで、むしろ自分の身の上を語るときは、まぶしいぐらい輝いている。
「だからわたしと遊びたくなったら、いつでも天狗神社に来てね! んじゃねーっ!」
雪菜ちゃんはそう言うと、手を振りながら石段をひとつ飛ばしに登っていった。
*
いろいろなことが起きて、つかれた一日のはずなのに、わたしは夜遅くになってもなかなか眠つけなかった。
もしかしたらまた肝試しのグループが、動画を撮りに天狗の森にやって来るかもしれないと思うと気持ちがそわそわしてしまったから。
それに暑くて寝苦しかった。しかたなく窓を開けてみると、涼しい風が部屋に入ってくる。
雪菜ちゃんは、どうしているだろう。
叔父さんが神社の神主さんって、どんな暮らしをしているんだろう。
お父さんともお母さんとも離れ離れで、さびしくないのかなぁ……。
夜風に当たっているうちに、いつのまにか眠ってしまったみたい。
それからわたしは、不思議な夢を見た。
で、どうするんだっけ。
えーっと、たしか二回お辞儀して、二回拍手、そのまま両手を合わせて、目をとじて、天狗さん、お願いします――っと、
「おいなんだ人間、何度も呼びつけやがって。おれはファミレスの店員じゃねーぞ」
その声は、わたしの真後ろから聞こえた。
ひいぃっ。
くるっと振り向いて、あわてて頭を下げる。
「何度もごめんなさいっ、でもわたし、お願いが――」
「自分がいちばんえらくないと気がすまない、傲慢な生き物め! おれはおまえら人間の言いなりにだけは、ぜってーにならねーからな!」
うう、コワイ。
だけどここであきらめたら、人間がまた、天狗の森にやってきて、妖怪たちが逃げてしまうかもしれない。ひとつ目小僧も、雪菜ちゃんのお母さんも。
「に、人間のことが、ニガテなんですか……?」
わたしはそーっと顔を上げながら聞いてみた。それに、気になったんだ。天狗さんが、ずっとわたしのことを「人間」としか呼ばないこと……。
「ぁあ!? なんでそんなことおまえに教えなきゃいけねんだよ」
金髪、黒マスク、銀のピアスと鎖のようなネックレスに学生服。見たところ、カンペキな不良少年に絡まれているわたしだけど、
「わたしも、妖怪のことがニガテだったから!」
負けじと言い返した。
「……ついちょっとこの前までは」
と付け加えるのを忘れずに、ね。
「でも、いまはちがいます。ユッキーナが教えてくれたんです。妖怪だからといってみんながみんな、コワイ奴ばっかりなわけじゃないってことを」
テケテケに、コダマネズミに、ぬえ、それからひとつ目小僧。見た目はちょっと変わっているけれど、わたしへの悪意はみじんもなかった。
「いまは、妖怪たちとも仲良くなりたいと思ってます。だから、ひとつ目小僧が住んでいて、ユッキーナのお母さんも住んでいるかもしれない森が、人間に荒らされるのはイヤなんです」
「なんだおまえ、自分だって人間のくせに。おれさまにこびへつらおうって魂胆か?」
天狗は、バカにしたように笑った。うぐっと言葉につまったけれど、
「ち、ちがいます」
とかたく拳を握る。
天狗さんは、ハァと大きなため息をつきながら、空をあおぐ。
「ったくどいつもこいつも中途半端だ。おまえはいったいどっちの味方だよ」
「わたしは、友だちの味方をしたいだけです! 雪菜ちゃんは半分は人間だけど、半分は妖怪で、だからわたしは、人間の味方でもいたいし、妖怪の味方でもいたいんです」
正直な気持ちが、口から飛び出していた。
背中を大きくそらせて空を見上げたまま、天狗さんの反応が一瞬ぴたり、と止まった。しばらく世界が、静寂につつまれる。
おっ、これは……!
わたしの言葉に、天狗さんもちょっと心が動いたんじゃない!?
と思いきや、ゴゴゴゴゴゴと、それまで晴れ渡っていた青空に灰色の雲がかかり、天気まであやしくなってきた。
なんだかものすごくイヤな予感……。
そして、ついに。
「はーーーァ!?」
学生服のポケットに手を突っ込み、身を乗り出して、天狗さんはわたしを見下すようにゆがんだ顔を近づけてきた。と同時に、威嚇するようにバサァっと背中の翼を広げた。カラスみたいな、漆黒の翼だ。
「やさしい人間さま気取りかよ! でも結局、おまえら口先では友だちだって言っておいて、都合が悪くなったら縁を切るだろ。人間どもは、自分がいちばん力を持っていてえらいと思っていやがる。おれはそういうヤツらが大嫌いなんだ!」
つかみかからんばかりの勢いに、もうわたしはちぢみあがって泣きそうになる。
「わたし……力なんて、全然持ってません……クラスでも空気だし」
ああもう、そんなこと言ったってどうしようもないのに、どうしても弱気になってしまう。わたしだって、できることなら、天狗さんを頼りたくはないよ。でも、深夜に森に肝試しに来る男の人たちに、わたしが直接、「ここは妖怪たちの住処なので、立ち入り禁止です!」なんて、言ったところでマジメに聞いてもらえるわけがないじゃない。そんな勇気もないし。
「森を荒らす人がいることについては、わたしが代わりに謝ります。だからお願いです! 天狗の森を守るために、お知恵を貸してください!」
わたしはもう、自分でもなにを言っているかわからなくなるぐらい、必死だった。
だけど……。
「うるせぇーーーー!」
怒鳴りながら天狗さんがポケットから取り出したのは、パッと広げたモミジの葉っぱみたいなカタチのうちわ。それを天狗さんは、力任せに振り抜いたのだ……!
びゅおおおおおお―――――――――……
突然、ものすごい暴風が一面に吹き荒れる。
飛ばされる――!
危険を感じたわたしは、足を踏ん張って固く目を閉じ、思わず顔をおおった――。
……。
「アヤ、アヤ、大丈夫?」
遠くで、雪菜ちゃんの声がする。
目を開けると、雪菜ちゃんが、心配そうにわたしの顔をのぞきこんでいた。
「あ、あれ……?」
「まったく、総長のわからずやっ!」
石ころをけっとばす雪菜ちゃん。天狗さんのことを総長って呼んでいるのか。まあどう見てもヤンキーだったもんなぁ……と、そんなことより、
「あの、ユッキーナ、神社にいたはずなのにわたし、どうしてここにいるんだろう?」
不思議に思って、雪菜ちゃんに聞いた。というのも、いつのまにかわたしたちが、天狗神社へと続く長い石の階段の下に移動していたから。突風が吹いてきたときと同じようなかっこうで、足を踏ん張ったまま立っていたからだ。
雪菜ちゃんは腰に手を当てると、ほっぺたを膨らませて言った。
「総長の妖術で、ワープしたんだよ。まんまとやられちゃったね」
「妖術……」
「簡単に言うと、魔法みたいなモノかな」
「天狗さんって、すごいんだね……」
「まあ、妖怪のなかでは、神社まで建てて、おまつりしてもらっているほどだからねぇ。もっとすごいこともできるんだよ」
「へぇえ」
わたしはぼーぜんとするしかなかった。やっぱり人間なんかより、ずっとえらくて強いじゃないか、天狗さん。
「にしても」
と雪菜ちゃんは眉を下げ、肩を落とす。
「森を守るため、総長を頼るって作戦は、考え直すしかないかなぁ。アヤ、ごめんね巻き込んで。コワかったでしょ?」
「ううん。平気」
わたしは首を横に振った。たしかに、天狗さんにメンチ切られたときは泣くかと思ったけれど、これまでみたいに妖怪をこわがらなくなったせいか、思ったほど引きずってはいない。ただ……。
「そっか、よかった!」
といつもの笑顔でいる雪菜ちゃんのほうが、無理してないかなぁって気になったんだ。
「じゃあまた、明日学校で!」
とウィンク敬礼ポーズをしつつ、神社の石段を登り始める、雪菜ちゃん……って、あれっ。
「家、帰らないの?」
「ん? 雪菜の家《うち》は、ここだよ!」
雪菜ちゃんは笑顔のまま、神社を指さした。
「えっ」
「まあ、正確にはお父さんの弟……だから叔父さんの家、かな。叔父さんは、天狗神社の神主さんなんだ。ユッキーナはいま、居候の身なのデス!」
胸を張って、ドヤ顔ピースをキメる雪菜ちゃん。
そうだったんだ……!
出会ったばかりということもあって、雪菜ちゃんのおうちの話ははじめて聞くことばかり。まだ知らないフクザツな家庭の事情もありそう。
だけど雪菜ちゃんは、ぜんぜん気にしないってかんじで、むしろ自分の身の上を語るときは、まぶしいぐらい輝いている。
「だからわたしと遊びたくなったら、いつでも天狗神社に来てね! んじゃねーっ!」
雪菜ちゃんはそう言うと、手を振りながら石段をひとつ飛ばしに登っていった。
*
いろいろなことが起きて、つかれた一日のはずなのに、わたしは夜遅くになってもなかなか眠つけなかった。
もしかしたらまた肝試しのグループが、動画を撮りに天狗の森にやって来るかもしれないと思うと気持ちがそわそわしてしまったから。
それに暑くて寝苦しかった。しかたなく窓を開けてみると、涼しい風が部屋に入ってくる。
雪菜ちゃんは、どうしているだろう。
叔父さんが神社の神主さんって、どんな暮らしをしているんだろう。
お父さんともお母さんとも離れ離れで、さびしくないのかなぁ……。
夜風に当たっているうちに、いつのまにか眠ってしまったみたい。
それからわたしは、不思議な夢を見た。
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