【本編完結】幸せになりたくて…… ~籠の中の鳥は自由を求めて羽ばたく~ 【改稿版】

日暮ミミ♪

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対決 ③

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 飯島さんからズバリ指摘された藤木家の義父母と正樹さんから、すぐには反論の声が上がらない。これは図星だったからだろうとあたしは解釈した。
 っていうか、先輩カッコいいな。あたし、大智より先に知り合っていたらきっと、この人を好きになっていたかもしれない。でも、飯島さんの左手薬指には指輪がはまっている。つまりは既婚者だ。

「…………なっ、何を言っているのかさっぱり分からないわね。とんだ言いがかりもいいところよ。そもそも証拠はあるんでしょうね?」

 反論できない正樹さんと義父の代わりに、義母がヒステリックに反論してきた。それに対して、飯島さんがニヤリと笑った。

やましいところがある人間は、だいたい『証拠はあるのか』って言うんですよねぇ。おたくもご多分に漏れずそうみたいですね」

「何ですって!? 何を……バカなことを」

「証拠ならありますよ。まず、これが銀行が貸し剥がしを行った時の書類、それから藤木氏から支持された時のメモ。ちなみに知り合いの科捜研職員に頼んで調べてもらったところ、筆跡も担当者のものと一致したそうです。そしてその指示があった通話の音声データと、銀行関係者や藤木グループの関係者の証言の録音データもここに。もし潔白を証明したければ、声紋分析してみますか?」

 一つ一つ説明しながら、飯島さんがローテーブルの上にズラズラと並べた証拠の書類と、ノートパソコンで再生した音声データの数々に、藤木家の親子三人の顔がみるみる青ざめていく。

「これは立派な出資法違反に該当します。そしておたくにはその教唆の疑いがあります。銀行には昨日、国税局の査察が入りました。担当者も支店長も事実を認めたそうですよ。潔く警察へ出頭されることをお勧めします」

 親子三人はガックリとその場でうなれる。これで社会的制裁をうけることはまぬかれないだろう。でも、こちらの追及はそれだけでは終わらない。

「あなた方は刑事訴追を受けることとなりますが、〈田澤フーズ〉の田澤社長――里桜さんのお父さまはあなた方藤井グループと銀行を民事でも訴えるそうですよ。あの負債分の損害賠償を請求すると。――里桜さん、君から言いたいことはあるかな?」

「正樹さん、お義父さま、お義母さま。父に負わせた負債をチャラにして下さい。あれがなければ、あたしは正樹さんと結婚することもなかったんです。あたしを自由にして下さい。この家から解放して下さい」

「里桜さんは現在、妊娠二ヶ月です。ですが、胎児の父親は正樹さんではありません」

「…………えっ? どういうことだ、里桜」 

 飯島さんが告げた衝撃の事実に、正樹さんが目を剥いた。あたしに代わってそれにも飯島さんが堂々と落ち着いた口調で答える。

「やっぱり、あなた方親子はご存じなかったようですね。正樹さんは無精子症で、子供を作ることが不可能な体質なんだそうです。里桜さんのお腹に宿っている子供は、彼女が本当に愛している男性との間にできた子だそうですよ」

「……何だって!? じゃあお前は俺を騙して不倫していたっていうのか。友だちと出かけるとウソまでついてその男と――」

「ええ、そうですよ。あたしにはずっと好きな人がいたんです。付き合っていたけど大学卒業前に一度別れて、三ヶ月近く前に再会して、それからまた男女の仲になりました。この子はその人の子です」

 あたしは目を逸らすことなく、真正面から正樹さんと視線を切り結んで答えた。後ろめたい気持ちも、罪の意識もない。

「お前は……、よくも俺を騙しやがって……っ!」

「あなたにあたしを責める資格なんてありますか? 自分のことを棚に上げて、よくもまぁそうやって怒れたもんですよね。あなただってずっと不倫してたでしょう? それも、あたしと婚約してからずっと、結婚してからもその女性と続いてますよねぇ? あたしが知らなかったとでも思ってるんですか?」

 顔を真っ赤にして怒る夫があまりにも滑稽で、あたしは笑ってしまった。必死になっているのは、自分の疚しさを露見させまいとしているからだ。

「何だと? 一体何のことだ」

「小田切ナルミさん、ですよね? あなたのお相手。彼女も今日、ここにお呼びしてるんですよ」

 リビングへ姿を現した彼女に、正樹さんはまた目を剥く。時間は二時過ぎ。ちょうどいいタイミングで来てくれた。

「ナルミ!? どうして君がここに……」

「あらあら、下の名前で呼ぶような関係なんですね。あなたの秘書だって伺ってましたけど」

 さっそくボロを出した夫を、あたしは冷やかす。
 彼女とすでに関係を持っていたということは、つまりあたしに言った「初めてだったから」というのもウソだったということになる。

「正樹っ、どういうことなの!? 説明なさい! 小田切さんは本当にあなたの――」

「ええ。わたしと正樹さんは、もう半年くらい前から男女の仲です。それこそ、里桜さんと婚約されたと聞いた直後から、ご結婚されてからもずっと」

 ヒステリックにわめき散らす義母を遮り、ナルミさんはあたしの右隣に腰を下ろして(ちなみに飯島さんは左隣に座っている)、口を開いた。

「なっ……何ですって!?」

「正樹さん、わたしを抱くたびにおっしゃってましたよ。『里桜さんと結婚したはいいけど、あいつは妻として物足りない』って。『ナルミと一緒にいる方が気が休まるんだ』って」

 ……この野郎、彼女にはそんなふうにあたしのことを言っていたのか。あたしは正樹さんをギロリと睨んだ。「初めて会った時からずっと愛していた」なんて、一体どの口が言っているんだ。

「……ねえ、正樹さん。彼女はこう言ってますが、何か弁解の言葉はありますか? あたしを愛してたっていうのもウソだったんですね」

 本当はあたしだって、これだけ騙されて、コケにされた相手に思いっきり怒鳴り散らしたい。でもあたしは妊婦だから、血圧が高くなることは避けなければならない。
 それに、ムキになったらこの男を愛していたのだと誤解されてしまうのも癪だから、あくまで冷静に彼に問い質す。

 これは夫婦の問題だからと、飯島さんは口を挟まずに第三者の立場で客観的に状況を見ている。
 不倫はお互いさまなので、離婚事由の不貞行為には当てはまらないだろう。つまり、あたしと正樹さんの条件はイーブンだ。

「…………いや、君を愛してたのは本当だ。信じてくれ。でも君が拒むから、俺は淋しくなってつい……っ」

「へえ、あたしのせいだって言うんですか? それって卑怯じゃないですか? あなたのことを心から愛してくれてるナルミさんの気持ち、考えたことありますか?」

 あたしはここで、最後通告を正樹さんに突きつけた。 

「あたしはあなたのことを愛してなんかいない。愛したこともない。あなたはあたしの人生から幸せを奪った憎むべき相手です。これ以上、あたしの幸せのジャマをしないで下さい」

 バッグに忍ばせていた記入済みの離婚届を、バシンとローテーブルの上に叩きつける。ダメ押しで結婚指輪も抜き取り、その上に置いた。

「あたしの欄はすべて埋めてあります。離婚して下さい。さっきも言いましたけど、あたしを鳥籠から解放して下さい。本当にあたしを愛してるって言うなら、それが本当の愛情だと思います。好きな人を飼い殺しにするのが愛情なわけがない」

 あたしの言いたいことはすべて言った。あとは、正樹さんたち親子がどうするかだ。

「……ちょっと! あなた何を静観してるのよ!? 弁護士でしょう!? こんな勝手な言い分ばかり、法的に許されるの!?」

 義母はよりにもよって、あたしではなく飯島先輩に食ってかかった。

「僕は全面的に里桜さんの味方としてここに来てますから。それに、法律がすべて正しいわけじゃないと思っているので。ただ、あなた方が里桜さんに対して行ったことは人権じゅうりんにあたる可能性はあるかと」

 彼は不適に笑みを浮かべながら捨てゼリフを吐き、あたしにこの家を辞するよう促した。


   * * * *


 あたしはそのまま実家まで飯島さんのクルマで送ってもらえることになった。

「――飯島さん、今日はホントにありがとうございました」

 クルマの中で、あたしは先輩にお礼を述べた。やっぱり法律の専門家が味方についていてくれると心強い。

「いやいや。可愛い後輩が困ってるんだから、力になってあげたかったしな。大智の頼みでもあったし」

「こんなに頼もしい先輩を持てて、あたしも大智も幸せ者です。先輩がいて下さらなかったら、この子の親権まであっちに取られてたかもしれませんから」

「それは大丈夫。妊婦が離婚した場合、お腹の子の親権は母親が持つことになってるから。向こうに親権をよこせと要求する権利はないよ。父親が夫じゃないならなおさらね」 

「ああ、よかった! あたし、それだけは絶対に渡さないつもりだったんで。――でも、夫婦がそれぞれ不倫してたわけじゃないですか。その場合ってどうなるんですか?」

 あたしは別に慰謝料を請求するつもりはない。ただ、あの人たちにはこれ以上、あたしの幸せを壊されたくないだけだ。父への貸し剥がしの件では社会的制裁を受けることになるので、それだけでも十分、あの親子を痛めつけることができる。
 ただ、あたしが慰謝料を請求されたら……? それは非常に困る。大智との結婚や出産や、これからの生活には何かとお金が必要になる。だからといって、あの人たちに出させるつもりはないけど。

「どちらも不貞行為を行っていたなら、条件はイーブン。この場合、不貞行為は相殺されるからどちらも慰謝料は請求できなくなるね。里桜ちゃんは別に慰謝料がほしかったわけじゃないんだろ?」

「ええ。『慰謝料代わりに出産費用を出してやる』なんて、あの人たちにこれ以上恩を売られても迷惑ですしね。あたしは大智とこの子とで掴むこれからの幸せな生活を壊されたくないだけです」

「うん、里桜ちゃんはいい顔してるね。大智が惚れるわけだよなぁ……」

「…………えっ?」

「実は僕も大学の頃、里桜ちゃんのことをいいなぁって思ってた時期があったんだ。まだ君たちが入学してきて間もない頃だったかな」

「え…………」

 飯島先輩からの思いがけないカミングアウトに、あたしは驚いた。

「でも、それから間もなく君と大智が付き合い始めてさ。僕の片想いははかなくも散ったわけ。それからはずっと、二人のことを見守るだけでもいいかなって思うようになったんだ。今回の件は、僕にとって大学時代からの延長戦だったわけだ」

「そうだったんですか……。だから引き受けて下さったんですね」

「うん。一度別れて遠回りしたかもしれないけど、二人が幸せになってくれるなら、僕からはもう何もいうことはないよ。大智なら、君のことをうんと大事にしてくれるんじゃないかな。それと、生まれてくるその子のことも」

「はい! 飯島さん、ありがとうございます!」

 先輩の言葉がものすごく心に響いて、あたしは嬉しかった。彼はあたしのことも大智のこともよく知っているので、そんな人からの言葉ほど嬉しいものはない。


「――飯島さん、今回は本当にお世話になりました。今度は父の訴訟でもよろしくお願いします」

 実家の門の前でクルマを降りたあたしは、先輩に深々と頭を下げる。

「うん、任せなさい。あと、会社でトラブった時にもまた顔を合わせるかもしれないから、その時はよろしく。大智にもよろしく言っておいてくれ」

「ええ、伝えておきます。それじゃ、また」

「ああ、またな。――里桜ちゃん、どうか大智とお幸せに」

「はいっ!」

 あたしはクルマで事務所へ(もしかしたら家かも?)帰っていく飯島弁護士を見送って、対決が無事に終わったことに胸を撫でおろしたのだった。
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