トップシークレット☆桐島編 ~お嬢さま会長に恋した新米秘書~

日暮ミミ♪

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思い込みと誤算、そして ③

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 ――それから約十分後。僕はJR新宿駅前のベンチに座っていた、私服姿の絢乃さんを見つけた。
 本当は路上駐車はいけないのだが、彼女の目の前の路上にクルマを停めて運転席の窓を開け、声をかけた。

「――絢乃さん、お待たせしてすみません」

 本当はそんなにお待たせしていなかったと思うのだが、一応礼儀としてそう言っておいた。

「ううん、待ってないよ。っていうか謝らないで。呼びつけたのはわたしの方なんだから」

 このセリフは何とも心優しい絢乃さんらしい。別に呼びつけられたなんて僕は思っていなかったのに、彼女は自分を悪く言うことで僕に気を遣われたのだと思う。

「あ……、ですよね。絢乃さん、あまり長くクルマを停めておけないので、とりあえず乗って下さい。どこかへ移動しましょう」

 僕はそんな彼女を立て、彼女に乗って頂くために一旦クルマを降り、助手席のドアを開けた。


   * * * *


「あの、絢乃さん。――昨日は本当にすみませんでした」 

 運転席に乗り込んだ僕が、クルマのエンジンをかける前にまず彼女に謝罪すると、彼女は「ううん」と首を振っただけだった。彼女の様子からして、これは「わたしは怒ってないよ」という意味だと僕は解釈した。

 僕は彼女の服装に注目した。
 この日の絢乃さんの装いはピンク色のアーガイル柄が入ったベージュのハイネックニットに茶色いコーデュロイのロングスカート、焦げ茶のロングブーツにライトブラウンのダッフルコートというコーディネート。やっぱり、清楚系のファッションがお好みと見えた。が、ちょっと待てよ? 彼女はこの日、何をして過ごされていた?

「……というか、里歩さんとボウリングに行かれてたんでしたっけ。まさかその格好で?」

 言ってしまってから。「ヤベぇ、地雷踏んじまった」と思った。……が。

「『このロングスカートで?』って思ったでしょ。里歩にもおんなじツッコミされた」

「…………すみません」

「ううん。わたし自身、明らかに服選びミスったなって思ってるから」

 絢乃さんはそうおっしゃって、小さく肩をすくめられた。ロングスカートじゃ、さぞボウリングなんてしにくかったろう。
 そういえば、彼女は運動全般が苦手だとご自身でおっしゃっていたような……。多分、彼女も気にされているはずだし、今度こそ地雷を踏んでしまいそうだったので、ボウリングのスコアについて訊ねるのはやめておいた。
 

   * * * *


「――ところで、どこに行きますか?」

 僕は絢乃さんがシートベルトを締めるのを見届けながら、行き先を訊ねた。こうしてプライベートで彼女とドライブをするのは初めてだったので、どうせなら思い出というか記念に残りそうな場所に行きたいと思った。

「う~ん……、じゃあ久々にあのタワーに行きたいな」という答えが返ってきたので、隅田川方面へクルマを走らせることにした。「あのタワー」とは他でもない、その二ヶ月半ほど前に訪れた高さ世界一の電波塔のことである。

「――そういえば、会社の往復以外にこうやって桐島さんのクルマでおでかけするの、久しぶりだよね」

 彼女がしみじみとおっしゃったので、僕も気がついた。絢乃さんが会長になられてから、二人でドライブらしいドライブをしていなかったのだということに。それまでは色々な場所へお連れしていたというのに。
 秘書として送迎を依頼された手前、出社時はともかく退社後は一分一秒でも早くお家へお送りすることが僕の使命だと思い込んでいて、途中でどこかへ寄り道する余裕なんてなくなっていたのだ。「これは仕事だから」と四角四面に考えてしまっていたせいだろう。

 それに、彼女がボスになってしまったために、部下である僕がプライベートでも彼女をお誘いすることが難しくなったというのもあった。……多分これは、逃げ腰な僕の言い訳でしかないのだろうが。
 本音は多分もっと別のところにあって、オフィス以外の場所で二人きりになったら、僕は彼女に対する男としての部分が抑えきれなくなると思ったからだろう。

「そうですね……。もう二ヶ月ぶりくらいになりますか? あれから僕と絢乃さんとの関係も変わってしまいましたからねぇ。僕もおいそれとお誘いすることがためらわれてしまって」

「わたしは別に何も変わってないよ? だから貴方も、自分の立場がどうとか気にする必要ないんだよ」

 そう、彼女は何も変わっていない。立場云々勝手に気にしていたのは僕の方で、彼女を相手に暴走して醜態を晒したくなかっただけだ。まだ、絢乃さんが僕のことをどう想って下さっているのか知らなかったから。
 僕は「……はぁ」と頷いたものの、すぐには変われないだろうなと思った。絢乃さん、こんなアタマの堅い男ですみません。

 そういえば、お互いの私服姿を見たのはクリスマスイブ以来だった。
 僕は家にいる時にはスウェットの上下などラフな格好だが、絢乃さんと知り合ってから外出着はちょっとオシャレ度が増した。というか小川先輩のおかげでもあるのだが、男だって本気で恋をしたら服装や身だしなみに気を遣うようになるのだ。好きな女性に「ダサい男だ」と思われたくないから。

 その一方、兄の私服姿はどこへ行く時にも(出勤時でさえ)カジュアルスタイルだ。冬場はだいたいダボッとしたトレーナーにカーゴパンツか色褪せたデニム、その上からダウンジャケット。もう三十になるんだから、もうちょっと何とかならないのかよというのが弟の感想である。

「うん。カジュアルっていうか、ちょっとルーズな感じ? でも、出勤の時まであれって社会人としてどうなんだろう?」

 絢乃さんにその話をすると、僕と共通したそんな疑問が出てきた。兄はいい加減、周りからどういうふうに見られているかを自覚すべきである。こと女性は、けっこうシビアな目で見ているものだから。

「飲食チェーンですし、制服があるから大丈夫なんじゃないですか。あれできちんとTPOはわきまえてるんですよ」

 でも一応、弟としてそこはフォローを入れておいた。が、僕の口調が若干不機嫌になっていたのは、絢乃さんが兄から何を言われたのか気になって仕方がなかったからだ。僕の前日の様子を一体どんなふうに彼女に吹き込んだのか気が気ではなかった。
 だいたい、兄が僕のいないところで絢乃さんと話していたこと自体気に入らなかった。今にして思えばこれも嫉妬だったのだろうか? だとしたら俺、めちゃめちゃ器の小さい男だな。

「あのね、桐島さん。もしかして、お兄さまにヤキモチ焼いてる? だとしたらホントに心配いらないからね? お兄さま、彼女がいらっしゃるらしいから」

 そんな僕の気持ちを、絢乃さんにはバッチリ見透かされていた。……というか何だって? 兄に彼女? おい待て、俺そんなこと聞いてないぞ!

「彼女、いるんですか? ……何だよもう、兄貴のヤツ! 話してくれたっていいのに、水臭い!」

 そのせいで余計な心配しちまったじゃねえか。一人で勝手に嫉妬して、めちゃめちゃみっともないじゃん、俺。……と独り言を言っていたつもりが絢乃さんの耳にも入ってしまっていたようで、僕を見つめる彼女には「すみません」と小さくお詫びを言った。
 こんな素の自分丸出しの僕をご覧になって、絢乃さんはどう思われたのだろう? 今度こそ幻滅されたかもしれない。こんなカッコ悪い自分を見られたくなかったのに……。
 そんな心配をしながら彼女の顔をチラリと横目で見ると、彼女は何だか楽しそうに笑っていた。もしかしたら、僕はまったく的外れな心配をしていたのだろうか……。
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