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再会、そしてただいま! ②
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北品川警察署での事情聴取は思いのほか時間がかかってしまい、夜の七時半に終わった。わたしたち夫婦と小坂リョウジさんとの関係を、何も事情を知らなかった刑事の杉原さんが根掘り葉掘り訊いてきたからだ。
彼の元先輩刑事だった内田さんが間に入ってフォローして下さらなかったら、夜遅くまでかかっていたかもしれない。
「――やっぱ、デリバリー頼んどいて正解でしたね」
警察署を後にするわたしたちを、内田さんと真弥さんが見送りに出てきてくれた。このお二人はこの後もしばらくここに残るらしい。
ちなみに、警察署までは内田さんと真弥さんの乗ってきたクルマ――貢の愛車によく似たシルバーのセダンだった――に乗せてもらってきた。
聴取の途中、内田さんが休憩を入れようと提案して下さって、わたしたちはその時にやっと夕食にありつけた。警察署の近くにある美味しいカレー屋さんから真弥さんがデリバリーを頼んだ欧風カレーで、思いっきり空きっ腹だった人にとっては最高のごちそうだった。
「ありがとう、真弥さん。カレー美味しかったわ。ごちそうさま」
「ごちそうさまでした。あなたの機転がなければ、僕たち今夜は夕食抜きになるところでした」
「いえいえ、喜んで頂けてよかった」
……いやいや、家に帰ればわたしたちの分の食事は置いといてくれているはずだけど。まぁ確かに、もはや夕食じゃなくて夜食になっていた可能性はあるかもしれない。
「ホントだよな。あのバカ、この二人は被害者だっつうのに被疑者みてぇな扱いしやがって」
内田さんが、元後輩のことを苦々しく吐き捨てた。彼が警察を辞めた理由は、誰に対してもやれ規則だルールだと雁字搦めになっていたことに嫌気がさしたからというのもあるのかも。事件の被害者なのに、肩身の狭い思いをしないといけないあの聴取のしかたはちょっと頂けないかなとわたしも思う。
「まぁ、あんなことがあっての今日の事件ですから仕方ないのかもしれないですよ。でも、内田さんが何度もフォローを入れて下さって助かりました」
「そりゃあ、オレはあの時頼ってもらった縁があったから。でもさぁ、『あんたには小坂に恨まれても仕方なかったんじゃないのか』って、あんな言い草ねぇよな。ヘタすりゃ殺されてたかもしれねぇっつうのに」
「警察っていうのは、何か起きてからじゃないと動かないからね」
まだご立腹の内田さんに同調するように、真弥さんも皮肉をこめてそう言い、肩をすくめる。
「――で、お二人はこれから家に帰るんだろ? 悪いなぁ、送っていけなくて」
「いえ、そこまで甘えるわけには……。さっき、スマホのアプリでタクシーを手配しましたから。ね、貢」
「ええ。今日は絢乃さんを助けて頂きましたから、それだけで十分です」
「そうか。じゃあ、気をつけて帰りなよ。今日はご苦労さんでした」
「絢乃さん、またね! また連絡してもいいですか?」
「うん、いつでも連絡してね。今日はホントにありがとう!」
警察署の建物の中へ戻っていく二人に手を振りながら見送っていると、正面玄関前に一台のタクシーが停車した。
「――ご予約頂きました篠沢様ですか?」
「あ、はい。お願いします。あの、スーツケースが二つあるんですけど」
「かしこまりました。では、後ろのトランクを開けますので、そちらへお積みしましょうね」
というわけで力持ちの男性ドライバーさんが二人分のスーツケースをトランクに積み込んでくれたので、わたしたちは各々バッグとお土産の入った紙袋だけを持って座席に乗り込んだ。
「――行き先はどちらまで?」
「自由が丘までお願いします」
こうして、結婚式の前日以来五日ぶりに帰る篠沢邸へ向け、タクシーは走り出した。
「……絢乃さん、寺田さんに迎えに来ていただいてもよかったんじゃ?」
タクシーの車内だというのに、貢が失礼なことを言った。誰に失礼かと言えば、もちろんこのタクシーのドライバーさんだ。
「それ、タクシーに乗ってから言うことじゃないでしょ。寺田さんは、ママの送り迎えで疲れてると思うから遠慮したの。元々わたし専属の運転手でもないしね」
使用人にだって人権がある。まして、篠沢家の使用人であるドライバーの寺田さんや家政婦の安田史子さん、コックさんは家族も同然だ。こき使うなんてかわいそうだし申し訳ない。
だからわたしはこの旅行の帰りにも寺田さんに迎えを頼まず、タクシーを呼んだのである。
「でも、去年の出張の帰りには寺田さんにお迎えを頼んでましたよね」
「あ……。貴方、よくそんなこと憶えてたねー。あれは仕事も兼ねてたから、ママもそうしなさいって言ってくれてたし」
というのはちょっと言い訳として苦しいか。でも言った者勝ちだ。
……と、わたしのバッグからスマホの振動音がした。
「――あ、真弥さんからだ。『さっきのデリバリーの代金、領収書もらってたから杉原刑事に押し付けてやりました♡』だって」
「はぁー、あの人抜け目ないですね。ちゃっかりしてるというか」
「うん。あと、『杉原のバカはいま、ウッチーに説教されてま~す♪』って。やっぱり真弥さん、あの刑事さんのこと相当嫌ってるみたいだね」
隣で貢も笑っている。内容はさておき、真弥さんがさっそく連絡をくれてわたしは嬉しかった。年齢は一コ下だけれど、彼女ともこれからいいお友達になれそうな気がする。
「……あ、今度は電話だ。ママから。――もしもし」
『絢乃、今どこ? もう東京には戻ってきてるんでしょ?』
「うん。今、タクシーの中。品川に着いてすぐにちょっと事件に巻き込まれて……。大丈夫。ケガさせられたとかじゃないから。貢も無事だよ。ただ事情聴取で時間かかっちゃって」
『そう、無事に帰ってきてくれてよかったわ。じゃあ、待ってるわね』
「うん。もうすぐ着くから。じゃあね」
母との電話を終えて、わたしはホッと安堵のため息を漏らした。もしかしたら今ごろ、わたしは死んでいたかもしれないのだ。貢と、あのお二人が助けてくれなかったら。
「お義母さま、心配されてたでしょうね」
「そういえば、事件のどさくさで連絡できてなかったもんなぁ。でも、こうして無事に帰れたのはよかった。親不孝娘にならずに済んだもんね」
無傷で元気に帰ってこられたことが何よりの親孝行になったと思う。本当に、貢が短期間でもキックボクシングを習っていてくれてよかった。……実は、彼の程よく筋肉質な体がわたしは大好物なのだ。
* * * *
「――ありがとうございました。お釣りは取っておいて下さい」
五日ぶりの篠沢邸の前に着くと、わたしは一万円札でタクシーの料金を支払った。運転手さんにトランクを開けてもらい、二台のスーツケースを降ろしてもらって、もう一度夫婦揃って頭を下げる。
「……うわぁ、たったの五日ぶりなのになんか懐かしく感じる……。あ、ママ! 寺田さんに史子さんも!」
ゲートをくぐると、そこには母と使用人の二人が待っていてくれた。
「お帰りなさいませ、若奥さま、若旦那さま。紙袋、お持ち致しましょうね」
「お帰りなさいませ。スーツケースはわたくしめにお任せを。屋敷までお運び致します」
「ありがとう、二人とも」
わたしたちが二人の使用人に荷物を預けた後、最後に満面の笑みで出迎えてくれたのは母だった。
「お帰りなさい。絢乃、貢くん。無事に帰ってきてくれてありがとう」
「……ただいま、ママ!」
「ただいま帰りました、お義母さん」
母に「ただいま」を言えたことで、やっと家に帰ってこられたんだという実感がわたしには湧いてきたのだった。そして、貢にとってもここが〝帰るべき家〟になったはず。
彼の元先輩刑事だった内田さんが間に入ってフォローして下さらなかったら、夜遅くまでかかっていたかもしれない。
「――やっぱ、デリバリー頼んどいて正解でしたね」
警察署を後にするわたしたちを、内田さんと真弥さんが見送りに出てきてくれた。このお二人はこの後もしばらくここに残るらしい。
ちなみに、警察署までは内田さんと真弥さんの乗ってきたクルマ――貢の愛車によく似たシルバーのセダンだった――に乗せてもらってきた。
聴取の途中、内田さんが休憩を入れようと提案して下さって、わたしたちはその時にやっと夕食にありつけた。警察署の近くにある美味しいカレー屋さんから真弥さんがデリバリーを頼んだ欧風カレーで、思いっきり空きっ腹だった人にとっては最高のごちそうだった。
「ありがとう、真弥さん。カレー美味しかったわ。ごちそうさま」
「ごちそうさまでした。あなたの機転がなければ、僕たち今夜は夕食抜きになるところでした」
「いえいえ、喜んで頂けてよかった」
……いやいや、家に帰ればわたしたちの分の食事は置いといてくれているはずだけど。まぁ確かに、もはや夕食じゃなくて夜食になっていた可能性はあるかもしれない。
「ホントだよな。あのバカ、この二人は被害者だっつうのに被疑者みてぇな扱いしやがって」
内田さんが、元後輩のことを苦々しく吐き捨てた。彼が警察を辞めた理由は、誰に対してもやれ規則だルールだと雁字搦めになっていたことに嫌気がさしたからというのもあるのかも。事件の被害者なのに、肩身の狭い思いをしないといけないあの聴取のしかたはちょっと頂けないかなとわたしも思う。
「まぁ、あんなことがあっての今日の事件ですから仕方ないのかもしれないですよ。でも、内田さんが何度もフォローを入れて下さって助かりました」
「そりゃあ、オレはあの時頼ってもらった縁があったから。でもさぁ、『あんたには小坂に恨まれても仕方なかったんじゃないのか』って、あんな言い草ねぇよな。ヘタすりゃ殺されてたかもしれねぇっつうのに」
「警察っていうのは、何か起きてからじゃないと動かないからね」
まだご立腹の内田さんに同調するように、真弥さんも皮肉をこめてそう言い、肩をすくめる。
「――で、お二人はこれから家に帰るんだろ? 悪いなぁ、送っていけなくて」
「いえ、そこまで甘えるわけには……。さっき、スマホのアプリでタクシーを手配しましたから。ね、貢」
「ええ。今日は絢乃さんを助けて頂きましたから、それだけで十分です」
「そうか。じゃあ、気をつけて帰りなよ。今日はご苦労さんでした」
「絢乃さん、またね! また連絡してもいいですか?」
「うん、いつでも連絡してね。今日はホントにありがとう!」
警察署の建物の中へ戻っていく二人に手を振りながら見送っていると、正面玄関前に一台のタクシーが停車した。
「――ご予約頂きました篠沢様ですか?」
「あ、はい。お願いします。あの、スーツケースが二つあるんですけど」
「かしこまりました。では、後ろのトランクを開けますので、そちらへお積みしましょうね」
というわけで力持ちの男性ドライバーさんが二人分のスーツケースをトランクに積み込んでくれたので、わたしたちは各々バッグとお土産の入った紙袋だけを持って座席に乗り込んだ。
「――行き先はどちらまで?」
「自由が丘までお願いします」
こうして、結婚式の前日以来五日ぶりに帰る篠沢邸へ向け、タクシーは走り出した。
「……絢乃さん、寺田さんに迎えに来ていただいてもよかったんじゃ?」
タクシーの車内だというのに、貢が失礼なことを言った。誰に失礼かと言えば、もちろんこのタクシーのドライバーさんだ。
「それ、タクシーに乗ってから言うことじゃないでしょ。寺田さんは、ママの送り迎えで疲れてると思うから遠慮したの。元々わたし専属の運転手でもないしね」
使用人にだって人権がある。まして、篠沢家の使用人であるドライバーの寺田さんや家政婦の安田史子さん、コックさんは家族も同然だ。こき使うなんてかわいそうだし申し訳ない。
だからわたしはこの旅行の帰りにも寺田さんに迎えを頼まず、タクシーを呼んだのである。
「でも、去年の出張の帰りには寺田さんにお迎えを頼んでましたよね」
「あ……。貴方、よくそんなこと憶えてたねー。あれは仕事も兼ねてたから、ママもそうしなさいって言ってくれてたし」
というのはちょっと言い訳として苦しいか。でも言った者勝ちだ。
……と、わたしのバッグからスマホの振動音がした。
「――あ、真弥さんからだ。『さっきのデリバリーの代金、領収書もらってたから杉原刑事に押し付けてやりました♡』だって」
「はぁー、あの人抜け目ないですね。ちゃっかりしてるというか」
「うん。あと、『杉原のバカはいま、ウッチーに説教されてま~す♪』って。やっぱり真弥さん、あの刑事さんのこと相当嫌ってるみたいだね」
隣で貢も笑っている。内容はさておき、真弥さんがさっそく連絡をくれてわたしは嬉しかった。年齢は一コ下だけれど、彼女ともこれからいいお友達になれそうな気がする。
「……あ、今度は電話だ。ママから。――もしもし」
『絢乃、今どこ? もう東京には戻ってきてるんでしょ?』
「うん。今、タクシーの中。品川に着いてすぐにちょっと事件に巻き込まれて……。大丈夫。ケガさせられたとかじゃないから。貢も無事だよ。ただ事情聴取で時間かかっちゃって」
『そう、無事に帰ってきてくれてよかったわ。じゃあ、待ってるわね』
「うん。もうすぐ着くから。じゃあね」
母との電話を終えて、わたしはホッと安堵のため息を漏らした。もしかしたら今ごろ、わたしは死んでいたかもしれないのだ。貢と、あのお二人が助けてくれなかったら。
「お義母さま、心配されてたでしょうね」
「そういえば、事件のどさくさで連絡できてなかったもんなぁ。でも、こうして無事に帰れたのはよかった。親不孝娘にならずに済んだもんね」
無傷で元気に帰ってこられたことが何よりの親孝行になったと思う。本当に、貢が短期間でもキックボクシングを習っていてくれてよかった。……実は、彼の程よく筋肉質な体がわたしは大好物なのだ。
* * * *
「――ありがとうございました。お釣りは取っておいて下さい」
五日ぶりの篠沢邸の前に着くと、わたしは一万円札でタクシーの料金を支払った。運転手さんにトランクを開けてもらい、二台のスーツケースを降ろしてもらって、もう一度夫婦揃って頭を下げる。
「……うわぁ、たったの五日ぶりなのになんか懐かしく感じる……。あ、ママ! 寺田さんに史子さんも!」
ゲートをくぐると、そこには母と使用人の二人が待っていてくれた。
「お帰りなさいませ、若奥さま、若旦那さま。紙袋、お持ち致しましょうね」
「お帰りなさいませ。スーツケースはわたくしめにお任せを。屋敷までお運び致します」
「ありがとう、二人とも」
わたしたちが二人の使用人に荷物を預けた後、最後に満面の笑みで出迎えてくれたのは母だった。
「お帰りなさい。絢乃、貢くん。無事に帰ってきてくれてありがとう」
「……ただいま、ママ!」
「ただいま帰りました、お義母さん」
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