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国生み伝説と夫婦の絆 ①
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――新婚旅行、四日目の朝。
「――あー、やっぱり雨降ってる……」
一足先に目を覚ましたわたしは、まだ隣で寝ている貢を起こさないようにそっとお布団から出て、窓のカーテンを開けた。部屋の時計を確認すると、まだ朝の六時だ。
この部屋の窓からは、お天気がよければ一面オーシャンビューが楽しめるらしいのだけれど。しとしとと降りしきる雨のせいで眺めはあまりよくない。
体には昨夜の情事の余韻がまだほんのり残っていて、まだほんの少し体の芯が熱い。――三日連続の情事。これが新婚というものなのかな?
ちなみに、下着は浴衣の下にちゃんと身に着けている。あの後脱衣所へ取りにいって、浴衣を着直す時に着けたのだ。さすがにあのままの格好では寝られなかったから。
「……ま、雨に降られてのパワースポット巡りっていうのも乙なもんだよね」
さて、朝風呂に入ってさっぱりしよう。――わたしはそのまま室内浴室に向かった。髪が濡れないようヘアクリップでまとめて、三十分くらいで入浴を済ませる。
源泉かけ流しの浴槽で身も心もピカピカになり、浴衣から洋服に着替えて浴室から出てくると、昨夜から切ってあったスマホの電源を入れた。
「……あ、里歩からライン来てる。昨夜のうちに送ってきてたのか」
メッセージアプリを開くと、一昨日の電話で言っていたランチをしようと思っているお店のリストが送られてきていた。
唯ちゃんと相談してリストアップしたというお店の候補は三件あり、オシャレなカフェが二軒とイタリアンレストランが一軒。それぞれのウェブサイトのURLも添付されているので、一軒ずつ見て回った。
「……イタリアンは恵比寿か。価格もお手ごろだし、ここにしよう」
〈里歩、返事遅れてゴメン! 昨夜は電源切ってたから……
三軒ともよさそうなお店だけど、明後日のランチ、恵比寿のイタリアンがいいな。
唯ちゃんにもよろしく言っておいて。〉
返事を送信し終えた頃、やっと貢が起きた。
「おはよ、貢」
わたしは貢にキスをしてから、まだ半分寝ぼけている彼に声をかけた。
「……おはようございます、絢乃さん。早いですね」
「うん、なんか早く目が覚めちゃって。朝風呂入ってきた」
まだスマホを持ったままだったわたしに、彼が首を傾げる。
「そうですか。――で、朝早くからスマホで何を見てたんですか?」
「ああ、コレ? 明後日女子会ランチするお店の候補だよ。昨夜のうちに、里歩が送ってくれてたみたい。もう決めて返信したから」
わたしはそう答えて、スマホをパンツのポケットにしまった。
「そうですか」
「貢も朝風呂入ってサッパリしてきなよ。ついでに着替えておいで」
「はい。そうさせて頂きます」
彼が浴室に消えて間もなく、部屋の電話が鳴った。内線のようだ。
「――はい、おはようございます」
『おはようございます、篠沢様。客室係でございますが、そろそろお布団をお上げしてもよろしいでしょうか?』
「あ、はい。大丈夫です。夫は今入浴中ですけど」
『かしこまりました』
テキパキした仲居さんは、それだけ言うと内線電話を切った。
ちなみに、朝食はホテルのレストランでビュッフェスタイルの朝食を頂くことになっている。
「――失礼いたします。お布団を上げに参りました」
「はい、どうぞ」
ベテランと思しき仲居さんは、テキパキと二人分の布団を畳んでいく。
「本日はお出かけのご予定でございましたね」
「ええ。夫の運転する車で、島中のパワースポットを巡ろうと思ってます。あいにくの天気ですけど、これもいい思い出になるかなあと思って」
「さようでございますか。楽しんでいらして下さい」
「はい。ありがとうございます」
仲居さんは二人分の布団を抱え、リネン室へと運んで行った。
「――ふーっ、いいお湯でした! ……あれ、もう布団片付けてもらったんですか」
「うん、貴方がお風呂に入ってる間にね」
貢も湯上がりは洋服姿だった。清潔感のある襟付きカットソーにブラックデニム。雨に濡れても大丈夫なコーデを選んだらしい。
「――さて、そろそろ朝ゴハン食べに行こっか。お腹すいたし」
「はい」
わたしたちは連れ立って、朝食バイキングが行われているレストランへと下りて行った。
* * * *
「――篠沢様、お気をつけて行ってらっしゃいませ!」
「行ってきます!」
美味しい朝ゴハンでお腹もいっぱいになり、ホテルの従業員さんたちに見送られてホテルを発ったのは午前九時半。
梅雨の時期らしく、しとしとと降り続く雨の中、貢の運転するレンタカーは淡路島を北西に向かって進む。
「まずは〝おのころ島神社〟ですか。南あわじ市の」
「うん。ご利益は……えーっと、『夫婦和合・良縁堅固・安産祈願など』だって! 新婚のわたしたちにピッタリだね」
わたしは淡路島のガイドブックとスマホで検索した神社の情報を照らし合わせて頷いた。
夫婦末永く仲良く幸せに、そして子宝にも恵まれる……。うん、まさに新婚カップルのわたしたちにはうってつけのパワースポットだ。
「その神社の周りにも、国生み伝説にまつわるスポットがいくつかあるみたい。そこも回ってみよっか」
「いいですねぇ、そうしましょう」
運転席で貢が頷いた。アクセルペダルを踏む彼の足元は、珍しくスニーカーである。
そういうわたしも、今日の靴はハイカットスニーカー。泥ハネしても大丈夫なように、カーゴパンツに七分袖のカットソー、そして今日は自前のパーカーというアウトドアスタイルなのだ。
――それから車を走らせること十数分。〝おのころ島神社〟の真赤な大鳥居が見えてきた。
駐車場で車を降り、日本三大大鳥居の一つといわれている大鳥居をくぐるとそこはもう神社の境内。
階段を上がってすぐ右側に、紅白の長い縄が垂れ下がっている大きな石が鎮座している。パンフレットによれば、これは「鶺鴒石」というらしく、お目当てのパワースポットの一つだった。
古事記の内容では、伊弉諾尊と伊弉冉尊はこの石の前で夫婦の契りを交わしたそうだ。そこからこの二柱による国生みが始まったのだという。
「ねえねえ貢。この石、良縁を結ぶ石らしいよ! カップルの場合は男性が赤い縄、女性が白い縄を軽く握りながら手を繋ぐと今の絆がより深まるんだって。わたしたちもやってみようよ」
わたしたち夫婦の絆はすでに強いけれど、ここにこういうご利益のある場所があるならそれに乗っからない手はない。
「やりましょう。……でも、傘はどうしましょうか?」
この儀式をやるとなると、必然的に両手がふさがってしまう。雨はそんなにひどいわけではないけど……確かに、傘をどうするかという問題が出てくる。
「傘は閉じてても大丈夫でしょ。多少濡れてもいいように、二人ともパーカー着てるんだし」
「そうですね」
ということでわたしたちは差していた傘を閉じて腕に引っかけ、貢は左手で赤い縄を、わたしは右手で白い縄を軽く握り、手を繋いで見つめ合った。
「どうか、わたしたち夫婦の絆が末永く続きますように……」
「絢乃さんとずーーーっと仲の良い夫婦でいられますように……」
お互いに言葉こそ違うけれど、願いは同じだった。
「――じゃ、お参りに行こうか」
「はい、行きましょう」
ふふふっ、と笑い合ってから、わたしたちは再び傘を差して雨降る参道を進んでいく。
最初に見えてきた社殿は拝殿ではなく「神楽殿」というらしいけれど、この神社に参拝に来た人たちはここで手を合せてお参りするのだそう。もちろん賽銭箱も置かれている。
わたしたちもお賽銭を投げ、二礼二拍手の作法を守って夫婦神に祈りを捧げた。
「絢乃さんは何をお願いしたんですか?」
「ナイショ♡ っていうか分かってるクセに」
こういう会話は、神社に参拝した時のお約束かもしれない。なので、わたしからも同じ質問をしてみた。
「そういう貢は何をお願いしたの?」
「ヒミツです」
「ほらね」
最初に訊いてきたくせにすっとぼける。でも、わたしはそんな彼のことも憎めないのだ。
「――あー、やっぱり雨降ってる……」
一足先に目を覚ましたわたしは、まだ隣で寝ている貢を起こさないようにそっとお布団から出て、窓のカーテンを開けた。部屋の時計を確認すると、まだ朝の六時だ。
この部屋の窓からは、お天気がよければ一面オーシャンビューが楽しめるらしいのだけれど。しとしとと降りしきる雨のせいで眺めはあまりよくない。
体には昨夜の情事の余韻がまだほんのり残っていて、まだほんの少し体の芯が熱い。――三日連続の情事。これが新婚というものなのかな?
ちなみに、下着は浴衣の下にちゃんと身に着けている。あの後脱衣所へ取りにいって、浴衣を着直す時に着けたのだ。さすがにあのままの格好では寝られなかったから。
「……ま、雨に降られてのパワースポット巡りっていうのも乙なもんだよね」
さて、朝風呂に入ってさっぱりしよう。――わたしはそのまま室内浴室に向かった。髪が濡れないようヘアクリップでまとめて、三十分くらいで入浴を済ませる。
源泉かけ流しの浴槽で身も心もピカピカになり、浴衣から洋服に着替えて浴室から出てくると、昨夜から切ってあったスマホの電源を入れた。
「……あ、里歩からライン来てる。昨夜のうちに送ってきてたのか」
メッセージアプリを開くと、一昨日の電話で言っていたランチをしようと思っているお店のリストが送られてきていた。
唯ちゃんと相談してリストアップしたというお店の候補は三件あり、オシャレなカフェが二軒とイタリアンレストランが一軒。それぞれのウェブサイトのURLも添付されているので、一軒ずつ見て回った。
「……イタリアンは恵比寿か。価格もお手ごろだし、ここにしよう」
〈里歩、返事遅れてゴメン! 昨夜は電源切ってたから……
三軒ともよさそうなお店だけど、明後日のランチ、恵比寿のイタリアンがいいな。
唯ちゃんにもよろしく言っておいて。〉
返事を送信し終えた頃、やっと貢が起きた。
「おはよ、貢」
わたしは貢にキスをしてから、まだ半分寝ぼけている彼に声をかけた。
「……おはようございます、絢乃さん。早いですね」
「うん、なんか早く目が覚めちゃって。朝風呂入ってきた」
まだスマホを持ったままだったわたしに、彼が首を傾げる。
「そうですか。――で、朝早くからスマホで何を見てたんですか?」
「ああ、コレ? 明後日女子会ランチするお店の候補だよ。昨夜のうちに、里歩が送ってくれてたみたい。もう決めて返信したから」
わたしはそう答えて、スマホをパンツのポケットにしまった。
「そうですか」
「貢も朝風呂入ってサッパリしてきなよ。ついでに着替えておいで」
「はい。そうさせて頂きます」
彼が浴室に消えて間もなく、部屋の電話が鳴った。内線のようだ。
「――はい、おはようございます」
『おはようございます、篠沢様。客室係でございますが、そろそろお布団をお上げしてもよろしいでしょうか?』
「あ、はい。大丈夫です。夫は今入浴中ですけど」
『かしこまりました』
テキパキした仲居さんは、それだけ言うと内線電話を切った。
ちなみに、朝食はホテルのレストランでビュッフェスタイルの朝食を頂くことになっている。
「――失礼いたします。お布団を上げに参りました」
「はい、どうぞ」
ベテランと思しき仲居さんは、テキパキと二人分の布団を畳んでいく。
「本日はお出かけのご予定でございましたね」
「ええ。夫の運転する車で、島中のパワースポットを巡ろうと思ってます。あいにくの天気ですけど、これもいい思い出になるかなあと思って」
「さようでございますか。楽しんでいらして下さい」
「はい。ありがとうございます」
仲居さんは二人分の布団を抱え、リネン室へと運んで行った。
「――ふーっ、いいお湯でした! ……あれ、もう布団片付けてもらったんですか」
「うん、貴方がお風呂に入ってる間にね」
貢も湯上がりは洋服姿だった。清潔感のある襟付きカットソーにブラックデニム。雨に濡れても大丈夫なコーデを選んだらしい。
「――さて、そろそろ朝ゴハン食べに行こっか。お腹すいたし」
「はい」
わたしたちは連れ立って、朝食バイキングが行われているレストランへと下りて行った。
* * * *
「――篠沢様、お気をつけて行ってらっしゃいませ!」
「行ってきます!」
美味しい朝ゴハンでお腹もいっぱいになり、ホテルの従業員さんたちに見送られてホテルを発ったのは午前九時半。
梅雨の時期らしく、しとしとと降り続く雨の中、貢の運転するレンタカーは淡路島を北西に向かって進む。
「まずは〝おのころ島神社〟ですか。南あわじ市の」
「うん。ご利益は……えーっと、『夫婦和合・良縁堅固・安産祈願など』だって! 新婚のわたしたちにピッタリだね」
わたしは淡路島のガイドブックとスマホで検索した神社の情報を照らし合わせて頷いた。
夫婦末永く仲良く幸せに、そして子宝にも恵まれる……。うん、まさに新婚カップルのわたしたちにはうってつけのパワースポットだ。
「その神社の周りにも、国生み伝説にまつわるスポットがいくつかあるみたい。そこも回ってみよっか」
「いいですねぇ、そうしましょう」
運転席で貢が頷いた。アクセルペダルを踏む彼の足元は、珍しくスニーカーである。
そういうわたしも、今日の靴はハイカットスニーカー。泥ハネしても大丈夫なように、カーゴパンツに七分袖のカットソー、そして今日は自前のパーカーというアウトドアスタイルなのだ。
――それから車を走らせること十数分。〝おのころ島神社〟の真赤な大鳥居が見えてきた。
駐車場で車を降り、日本三大大鳥居の一つといわれている大鳥居をくぐるとそこはもう神社の境内。
階段を上がってすぐ右側に、紅白の長い縄が垂れ下がっている大きな石が鎮座している。パンフレットによれば、これは「鶺鴒石」というらしく、お目当てのパワースポットの一つだった。
古事記の内容では、伊弉諾尊と伊弉冉尊はこの石の前で夫婦の契りを交わしたそうだ。そこからこの二柱による国生みが始まったのだという。
「ねえねえ貢。この石、良縁を結ぶ石らしいよ! カップルの場合は男性が赤い縄、女性が白い縄を軽く握りながら手を繋ぐと今の絆がより深まるんだって。わたしたちもやってみようよ」
わたしたち夫婦の絆はすでに強いけれど、ここにこういうご利益のある場所があるならそれに乗っからない手はない。
「やりましょう。……でも、傘はどうしましょうか?」
この儀式をやるとなると、必然的に両手がふさがってしまう。雨はそんなにひどいわけではないけど……確かに、傘をどうするかという問題が出てくる。
「傘は閉じてても大丈夫でしょ。多少濡れてもいいように、二人ともパーカー着てるんだし」
「そうですね」
ということでわたしたちは差していた傘を閉じて腕に引っかけ、貢は左手で赤い縄を、わたしは右手で白い縄を軽く握り、手を繋いで見つめ合った。
「どうか、わたしたち夫婦の絆が末永く続きますように……」
「絢乃さんとずーーーっと仲の良い夫婦でいられますように……」
お互いに言葉こそ違うけれど、願いは同じだった。
「――じゃ、お参りに行こうか」
「はい、行きましょう」
ふふふっ、と笑い合ってから、わたしたちは再び傘を差して雨降る参道を進んでいく。
最初に見えてきた社殿は拝殿ではなく「神楽殿」というらしいけれど、この神社に参拝に来た人たちはここで手を合せてお参りするのだそう。もちろん賽銭箱も置かれている。
わたしたちもお賽銭を投げ、二礼二拍手の作法を守って夫婦神に祈りを捧げた。
「絢乃さんは何をお願いしたんですか?」
「ナイショ♡ っていうか分かってるクセに」
こういう会話は、神社に参拝した時のお約束かもしれない。なので、わたしからも同じ質問をしてみた。
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