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プロローグ 同窓会の案内状
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――麻木真樹には、今も忘れられない恋がある。
それは中学一年生の冬から卒業式までの、丸々二年間にも及ぶ長い長い片想い。結局告白すらできず、終わったかどうか今も分からないまま。
そもそも、本当に片想いだったのか? 〝彼〟が真樹のことを、本当はどう思っていたのかも、卒業してから五年が経とうとしている今でも謎のままだ。
でも、真樹にはそれ以来、一人も彼氏ができなかった。それは決して彼女がモテなかったわけではなく、中学三年間だけ同級生だったその彼の存在が、彼女の中で燻ぶっていたからだったのだ。
そんな真樹のもとに中学校の同窓会の案内状が届いたのは、彼女が二十一歳の誕生日を迎える四月のことだった――。
****
「――よし! 終わったぁ!」
書きあがったばかりの第一稿をメールで担当編集者に送信し終えた真樹は、達成感とともにノートパソコンを閉じた。
真樹はデビューして二年目の、駆け出しのライトノベル作家である。一年前にとある出版社主催のライトノベル大賞で佳作入選して、子供の頃からの夢だった作家デビューを果たした。
中学・高校と文芸部に所属し、高校を卒業後は大学へは進学せずに書店で働き始め、それと並行してライトノベルの公募にも挑戦し始めた。
大学に進学しなかったのは家庭の事情もあったけれど、何より早く本格的に小説を書き始めたかったから。――その〝家庭の事情〟については、また話すことにして……。
「――もしもし、片岡さん? 麻木です。今、第一稿をメールでそちらに送ったんですけど、確認してもらえました?」
真樹はスマホで担当編集者の片岡に電話をかけ、メール送信の旨を彼に伝えた。
『麻木先生、お疲れさまです。はい、確認しました。改稿が必要になったら、またご連絡します。――ところで麻木先生』
「はい?」
真樹より十歳は上の片岡は、変なところで話題を変えた。真樹は怪訝そうに疑問形で返事をする。
(片岡さん、一体あたしに何言おうとしてるんだろ?)
『あのですね、早くも次回作の話が来てるんですが。先生は恋愛ものとか、ラブコメとか書かれる気はないですか?』
(ああ、またその話か)
実は、片岡から真樹にこのテの話が来るのはこれがもう五回目なのだ。真樹は心の中で大きなため息をつき、声に出しては別の言い方で答えた。
「片岡さん。あたしには恋愛ものは書けません。っていうか、書くつもりはありません。ですから、この話はお断りします」
『それは、先生に彼氏ができないから? それとも別の理由があるんですか?』
「片岡さん、それセクハラ発言ですよ。あたしは彼氏ができないんじゃなくて、作る気がないんです。誰とも付き合う気になれないんです」
これは決して、真樹の強がりなんかじゃない。高校時代にも働き始めてからも、彼女は何人もの男性から交際を申し込まれたことがある。
それでも、彼女にはそれを全部断るだけの理由があったのだ。その問題が解決するまでは、他の誰のことも好きにならないとそう決めているのである。
『…………分かりました。せっかく、先生が新境地を開拓できるチャンスだと思ったのになぁ』
「そんな新境地なんか、当分開拓したくないです。他に用件もないんで、もう切りますから。失礼します」
真樹はムッとして、一方的に終話ボタンを押した。
「全くもう! あたしの新境地なんか、ホントはどうでもいいくせに」
彼女は待受画面に戻ったスマホ――その向こうにいる、さっきまで話していた相手に向かって毒を吐く。
編集者は、担当している作家の作品が一作でも多く売れることで自身の給料も上がるらしいと真樹は聞いたことがある。
つまり、片岡は自分の収入を増やしたいがために、真樹を売り込みたいだけなのだ。
「だいたい、あたしにはムリなんだよ……。恋愛メインの話書くなんて」
真樹はボヤく。それはそうだ。中学を卒業後は(その前もだけれど)、一度も恋愛をしてこなかったのだから……。
――真樹には中学時代、ずっと好きな相手がいた。
正確には中学一年生の冬から、卒業式の日までの二年以上、彼女はずっと一人の同級生の男子を想い続けていたのだ。
地味でおとなしく、どちらかと言えば優等生タイプだった真樹とは正反対の、ちょっとヤンチャなタイプの彼が、彼女の本当の意味での初恋の相手だった。
それまでも、真樹には「好きだ」と思った相手はいた。でもそれが本当に〝恋〟だったのか、今となっては自信がない。
むしろ「恋に恋する」という言葉が実際にあるのなら、それに当てはまるのではと思っている。
でも、〝彼〟は違ったのだ。真樹は彼のことが気になって気になって、夢にまで出てくるくらい気になって仕方がなかった。
でも告白する勇気はなくて、ただ遠くから眺めていることしかできなかった。彼の所属するサッカー部の練習を、文芸部の部室をこっそり抜け出して見に行ったこともあった。
三年生になって、ようやく少しだけ距離が縮まった彼の名前は、岡原将吾というのだった――。
****
「――あ、いい時間になってる。そろそろ買い物に行こうかな」
それからしばらくして、真樹はスマホで時刻を確かめた。十一時――、近くのスーパーマーケットはちょうど空いてくる頃である。
真樹はデビューしてから、この三階建てマンションで一人暮らしをしている。食費を節約するための自炊は欠かせない。
時間を有効に使うために、普段は時短料理をしているのだけれど。今日のように書店のバイトも休みで、執筆の仕事もひと段落ついてヒマな日には、普段より手の込んだメニューを作ることにしている。忙しい身だからこそ、たまには美味しいものが食べたくなるのだ。
真樹はさっそく、冷蔵庫の中身をチェックし始める。これも、ムダな買い物を減らすための努力なのだ。
「――おっ、玉ねぎと人参が残ってる。今日のメニューは……カレーかシチューか、肉じゃがもいいかな」
とりあえず候補を三つに絞って、エコバッグに財布とスマホ、ビニール袋、自宅のカギを放り込んで、真樹は自宅マンションから徒歩十分のところにあるスーパーに向かった。
「――あっ、カレールーが安い! じゃあ、今日はカレーに決定だ!」
店内で特売品のカレールーを見つけた真樹が、その商品の甘口の箱とじゃがいもを二袋と、牛肉は高いので豚の小間切れ肉を買い物カゴに入れ、サラダも買おうとお惣菜売り場を歩いていると――。
「あら、真樹じゃない! 今日はお休み?」
「お母さん」
母の都美子に声をかけられた。母は真樹が住むマンションのすぐ近くにある、公営住宅に住んでいるのだ。
「あ、うん。あたしは今日休みだけど。お母さんも?」
真樹の家は母子家庭で、九つ年の離れた弟がいる。
都美子はパート勤めをしているので、平日である今日この時間帯に買い物に来ているということは、つまりそういうことだろう。
「そうなのよ。今日は拓海の大好きな鶏の唐揚げでも作ってあげようかと思ってね」
〝拓海〟というのが、真樹の弟の名前である。ちなみに、真樹と拓海とは父親が違う。
麻木家はけっこう複雑な家庭なのだ。それはさておき。
「へえ。で、拓海は? 今日は一緒に来てないんだ?」
拓海はこの四月で小学六年生になる。でも今は春休みなので、母親にベッタリな弟はついて来ているだろうと真樹は思ったのだけれど。
「今日は家で、おばあちゃんとお留守番してる。もう買い物について来るような年でもないし」
「そうだね」
真樹は頷く。ちなみに〝おばあちゃん〟というのは真樹と拓海の母方の祖母で、都美子の実母である。
真樹が生まれたのは都美子がまだ二十代前半の頃だったので、祖母は現在七十代前半。まだまだ若々しくて元気である。
「あら、真樹は今日カレー作るの? ゴメンね、ホントはお母さんも手伝いに行きたいんだけど」
母は真樹が持っているカゴの中身を見てそう言った。
「いいよぉ、お母さん。大丈夫! カレーくらい、あたし一人で作れるよ。お母さんに似て料理は得意なんだから」
弟の拓海はこれから反抗期で、まだまだ手がかかりそうだから、母にかかる負担を減らすためにも真樹は早く自立しなければ。
「何か困ったことあったら、お母さんに話聞いてもらいに帰るから。拓海とおばあちゃんによろしく。……じゃね」
真樹は海藻サラダのパックを一つカゴに入れ、レジに向かおうとしたのだけれど――。
「真樹、ちょっと待って」
「ん? なに?」
母に呼び止められ、首を傾げながら再び振り返った。
「あんた、高校に入ってから誰ともお付き合いしてないでしょ? もしかして岡原くんのこと、まだ引きずってるの?」
「う……っ」
痛いところを衝かれ、真樹は返事につまってしまう。
「もう忘れなさい、とは言わない。あれじゃ失恋したかどうかもはっきりしないし。だからって、このまま一生この恋に縛られてるつもり?」
「それは…………、まだ分かんないけど」
今の真樹には、そう答えるのがやっと。
もちろん彼女も、このまま現状維持なんて望んではいない。何らかの形でこの恋に決着をつけなければ……とは思っているのだ。
せめてもう一度だけでも、彼と会って話せたら……。
「――とにかく、あたしの問題はあたし自身で解決するからさ、大丈夫。じゃあね!」
これ以上この話題に踏み込んでほしくない真樹は、それだけ言うと逃げるようにレジへ。会計を済ませ、重たくなったエコバッグを肩から提げてマンションへと引き返していった。
****
「――ただいま、佐伯さん」
真樹はマンションに着くと、エントランス横の管理人室にいる初老の男性に挨拶した。
管理人――佐伯さんは六十代半ば。ここの管理人歴は長く、マンションができた十五年前からだという。
このマンションの店子の安全はオートロックではなく、彼が守っているのだ。
「ああ、麻木さん! おかえり。――買い物かい?」
佐伯さんは好々爺のような笑顔で、挨拶を返してくれた。
「はい、今日はカレーを作ろうと思って。一人じゃ食べ切れないんで、あとで持ってきますね」
父親のような彼にそう答えてから、真樹は管理人室の横にある集合ポストを覗いた。
二〇二号室が彼女の部屋番号で、ポストには三~四通の郵便物が入っている。
取り出した郵便物の中の、ダイレクトメールの封筒や公共料金の請求書に混じっている一通の往復ハガキが彼女の目に留まった。
「ん……? 何だろうコレ?」
今時、連絡事項はほとんどメールやSNSで済ませることができるこのご時世に、往復ハガキを使うなんて珍しい。差出人は高齢者か、ネットに疎い人だろうか?
階段で二階に上がり、部屋に帰ると、真樹はダイニングテーブルの椅子に座って改めて例の往復ハガキに目を通した。
そして――、驚いた。
「マジっすか!」
それは、真樹が中学三年生の時に生徒会長を務めていた男子生徒から届いたもの。
卒業五周年の節目に行われる同窓会の案内状だった――。
それは中学一年生の冬から卒業式までの、丸々二年間にも及ぶ長い長い片想い。結局告白すらできず、終わったかどうか今も分からないまま。
そもそも、本当に片想いだったのか? 〝彼〟が真樹のことを、本当はどう思っていたのかも、卒業してから五年が経とうとしている今でも謎のままだ。
でも、真樹にはそれ以来、一人も彼氏ができなかった。それは決して彼女がモテなかったわけではなく、中学三年間だけ同級生だったその彼の存在が、彼女の中で燻ぶっていたからだったのだ。
そんな真樹のもとに中学校の同窓会の案内状が届いたのは、彼女が二十一歳の誕生日を迎える四月のことだった――。
****
「――よし! 終わったぁ!」
書きあがったばかりの第一稿をメールで担当編集者に送信し終えた真樹は、達成感とともにノートパソコンを閉じた。
真樹はデビューして二年目の、駆け出しのライトノベル作家である。一年前にとある出版社主催のライトノベル大賞で佳作入選して、子供の頃からの夢だった作家デビューを果たした。
中学・高校と文芸部に所属し、高校を卒業後は大学へは進学せずに書店で働き始め、それと並行してライトノベルの公募にも挑戦し始めた。
大学に進学しなかったのは家庭の事情もあったけれど、何より早く本格的に小説を書き始めたかったから。――その〝家庭の事情〟については、また話すことにして……。
「――もしもし、片岡さん? 麻木です。今、第一稿をメールでそちらに送ったんですけど、確認してもらえました?」
真樹はスマホで担当編集者の片岡に電話をかけ、メール送信の旨を彼に伝えた。
『麻木先生、お疲れさまです。はい、確認しました。改稿が必要になったら、またご連絡します。――ところで麻木先生』
「はい?」
真樹より十歳は上の片岡は、変なところで話題を変えた。真樹は怪訝そうに疑問形で返事をする。
(片岡さん、一体あたしに何言おうとしてるんだろ?)
『あのですね、早くも次回作の話が来てるんですが。先生は恋愛ものとか、ラブコメとか書かれる気はないですか?』
(ああ、またその話か)
実は、片岡から真樹にこのテの話が来るのはこれがもう五回目なのだ。真樹は心の中で大きなため息をつき、声に出しては別の言い方で答えた。
「片岡さん。あたしには恋愛ものは書けません。っていうか、書くつもりはありません。ですから、この話はお断りします」
『それは、先生に彼氏ができないから? それとも別の理由があるんですか?』
「片岡さん、それセクハラ発言ですよ。あたしは彼氏ができないんじゃなくて、作る気がないんです。誰とも付き合う気になれないんです」
これは決して、真樹の強がりなんかじゃない。高校時代にも働き始めてからも、彼女は何人もの男性から交際を申し込まれたことがある。
それでも、彼女にはそれを全部断るだけの理由があったのだ。その問題が解決するまでは、他の誰のことも好きにならないとそう決めているのである。
『…………分かりました。せっかく、先生が新境地を開拓できるチャンスだと思ったのになぁ』
「そんな新境地なんか、当分開拓したくないです。他に用件もないんで、もう切りますから。失礼します」
真樹はムッとして、一方的に終話ボタンを押した。
「全くもう! あたしの新境地なんか、ホントはどうでもいいくせに」
彼女は待受画面に戻ったスマホ――その向こうにいる、さっきまで話していた相手に向かって毒を吐く。
編集者は、担当している作家の作品が一作でも多く売れることで自身の給料も上がるらしいと真樹は聞いたことがある。
つまり、片岡は自分の収入を増やしたいがために、真樹を売り込みたいだけなのだ。
「だいたい、あたしにはムリなんだよ……。恋愛メインの話書くなんて」
真樹はボヤく。それはそうだ。中学を卒業後は(その前もだけれど)、一度も恋愛をしてこなかったのだから……。
――真樹には中学時代、ずっと好きな相手がいた。
正確には中学一年生の冬から、卒業式の日までの二年以上、彼女はずっと一人の同級生の男子を想い続けていたのだ。
地味でおとなしく、どちらかと言えば優等生タイプだった真樹とは正反対の、ちょっとヤンチャなタイプの彼が、彼女の本当の意味での初恋の相手だった。
それまでも、真樹には「好きだ」と思った相手はいた。でもそれが本当に〝恋〟だったのか、今となっては自信がない。
むしろ「恋に恋する」という言葉が実際にあるのなら、それに当てはまるのではと思っている。
でも、〝彼〟は違ったのだ。真樹は彼のことが気になって気になって、夢にまで出てくるくらい気になって仕方がなかった。
でも告白する勇気はなくて、ただ遠くから眺めていることしかできなかった。彼の所属するサッカー部の練習を、文芸部の部室をこっそり抜け出して見に行ったこともあった。
三年生になって、ようやく少しだけ距離が縮まった彼の名前は、岡原将吾というのだった――。
****
「――あ、いい時間になってる。そろそろ買い物に行こうかな」
それからしばらくして、真樹はスマホで時刻を確かめた。十一時――、近くのスーパーマーケットはちょうど空いてくる頃である。
真樹はデビューしてから、この三階建てマンションで一人暮らしをしている。食費を節約するための自炊は欠かせない。
時間を有効に使うために、普段は時短料理をしているのだけれど。今日のように書店のバイトも休みで、執筆の仕事もひと段落ついてヒマな日には、普段より手の込んだメニューを作ることにしている。忙しい身だからこそ、たまには美味しいものが食べたくなるのだ。
真樹はさっそく、冷蔵庫の中身をチェックし始める。これも、ムダな買い物を減らすための努力なのだ。
「――おっ、玉ねぎと人参が残ってる。今日のメニューは……カレーかシチューか、肉じゃがもいいかな」
とりあえず候補を三つに絞って、エコバッグに財布とスマホ、ビニール袋、自宅のカギを放り込んで、真樹は自宅マンションから徒歩十分のところにあるスーパーに向かった。
「――あっ、カレールーが安い! じゃあ、今日はカレーに決定だ!」
店内で特売品のカレールーを見つけた真樹が、その商品の甘口の箱とじゃがいもを二袋と、牛肉は高いので豚の小間切れ肉を買い物カゴに入れ、サラダも買おうとお惣菜売り場を歩いていると――。
「あら、真樹じゃない! 今日はお休み?」
「お母さん」
母の都美子に声をかけられた。母は真樹が住むマンションのすぐ近くにある、公営住宅に住んでいるのだ。
「あ、うん。あたしは今日休みだけど。お母さんも?」
真樹の家は母子家庭で、九つ年の離れた弟がいる。
都美子はパート勤めをしているので、平日である今日この時間帯に買い物に来ているということは、つまりそういうことだろう。
「そうなのよ。今日は拓海の大好きな鶏の唐揚げでも作ってあげようかと思ってね」
〝拓海〟というのが、真樹の弟の名前である。ちなみに、真樹と拓海とは父親が違う。
麻木家はけっこう複雑な家庭なのだ。それはさておき。
「へえ。で、拓海は? 今日は一緒に来てないんだ?」
拓海はこの四月で小学六年生になる。でも今は春休みなので、母親にベッタリな弟はついて来ているだろうと真樹は思ったのだけれど。
「今日は家で、おばあちゃんとお留守番してる。もう買い物について来るような年でもないし」
「そうだね」
真樹は頷く。ちなみに〝おばあちゃん〟というのは真樹と拓海の母方の祖母で、都美子の実母である。
真樹が生まれたのは都美子がまだ二十代前半の頃だったので、祖母は現在七十代前半。まだまだ若々しくて元気である。
「あら、真樹は今日カレー作るの? ゴメンね、ホントはお母さんも手伝いに行きたいんだけど」
母は真樹が持っているカゴの中身を見てそう言った。
「いいよぉ、お母さん。大丈夫! カレーくらい、あたし一人で作れるよ。お母さんに似て料理は得意なんだから」
弟の拓海はこれから反抗期で、まだまだ手がかかりそうだから、母にかかる負担を減らすためにも真樹は早く自立しなければ。
「何か困ったことあったら、お母さんに話聞いてもらいに帰るから。拓海とおばあちゃんによろしく。……じゃね」
真樹は海藻サラダのパックを一つカゴに入れ、レジに向かおうとしたのだけれど――。
「真樹、ちょっと待って」
「ん? なに?」
母に呼び止められ、首を傾げながら再び振り返った。
「あんた、高校に入ってから誰ともお付き合いしてないでしょ? もしかして岡原くんのこと、まだ引きずってるの?」
「う……っ」
痛いところを衝かれ、真樹は返事につまってしまう。
「もう忘れなさい、とは言わない。あれじゃ失恋したかどうかもはっきりしないし。だからって、このまま一生この恋に縛られてるつもり?」
「それは…………、まだ分かんないけど」
今の真樹には、そう答えるのがやっと。
もちろん彼女も、このまま現状維持なんて望んではいない。何らかの形でこの恋に決着をつけなければ……とは思っているのだ。
せめてもう一度だけでも、彼と会って話せたら……。
「――とにかく、あたしの問題はあたし自身で解決するからさ、大丈夫。じゃあね!」
これ以上この話題に踏み込んでほしくない真樹は、それだけ言うと逃げるようにレジへ。会計を済ませ、重たくなったエコバッグを肩から提げてマンションへと引き返していった。
****
「――ただいま、佐伯さん」
真樹はマンションに着くと、エントランス横の管理人室にいる初老の男性に挨拶した。
管理人――佐伯さんは六十代半ば。ここの管理人歴は長く、マンションができた十五年前からだという。
このマンションの店子の安全はオートロックではなく、彼が守っているのだ。
「ああ、麻木さん! おかえり。――買い物かい?」
佐伯さんは好々爺のような笑顔で、挨拶を返してくれた。
「はい、今日はカレーを作ろうと思って。一人じゃ食べ切れないんで、あとで持ってきますね」
父親のような彼にそう答えてから、真樹は管理人室の横にある集合ポストを覗いた。
二〇二号室が彼女の部屋番号で、ポストには三~四通の郵便物が入っている。
取り出した郵便物の中の、ダイレクトメールの封筒や公共料金の請求書に混じっている一通の往復ハガキが彼女の目に留まった。
「ん……? 何だろうコレ?」
今時、連絡事項はほとんどメールやSNSで済ませることができるこのご時世に、往復ハガキを使うなんて珍しい。差出人は高齢者か、ネットに疎い人だろうか?
階段で二階に上がり、部屋に帰ると、真樹はダイニングテーブルの椅子に座って改めて例の往復ハガキに目を通した。
そして――、驚いた。
「マジっすか!」
それは、真樹が中学三年生の時に生徒会長を務めていた男子生徒から届いたもの。
卒業五周年の節目に行われる同窓会の案内状だった――。
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