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第3部 秘密の格差恋愛
大切な人の守り方 ①
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――わたしと貢の二人が結婚に向けてゆっくりと動き始めた夏は、短くもゆったりと過ぎていった。
その間にわたしは韓国での修学旅行を目いっぱい楽しんできたし、夏休みの間には貢と二人で夏季休暇を利用して、出張という名目で一泊二日の神戸旅行もした。母から「十月に新規開業する篠沢商事の神戸支社を視察してきてほしい」という命を受け、「ついでに二人で観光でもしてらっしゃい」ということでそうなったのだ。
もちろん、名目はあくまで〝出張〟だったので、ホテルの部屋はふたり別々のシングルルームだったけれど。視察が早く終わったので神戸の市街地で夕食に美味しいものを食べたり、二日目には観光名所をあちこち回ったりもできて、仕事としてもプライベートの旅行としても充実した二日間になった。
もしかしたら、彼との関係も一歩前進するかなぁなんて勝手に期待していたけれど、それは残念ながらこの旅では叶わなかった。それは、わたしが「待った」をかけたせいでもあったけれど。でも、たとえ体の繋がりがなくても、わたしと貢の心はちゃんと繋がっているから大丈夫だと思えた。わたしは彼を愛していて、彼もわたしのことをちゃんと大切に思ってくれているならそれで十分だった。
貢はその頃から、わたしの知らないところでキックボクシングを始めていた。最初は悠さんから聞かされたのだけれど、知らない間に貢の体つきがカッシリしてきたなぁと思っていたら、まさか運動オンチの彼が格闘技を習っていたなんて。
彼は彼なりに、わたしを守りたいという想いで始めたことらしかった。
そして季節は秋になり、わたしが貢と出会ってから一年が経とうとしていた頃、わたしは里歩や唯ちゃん、貢の勧めもあってやっとSNSを始めた。
「経営者には発信力も重要だよ♪ 時代の波に乗っかんなきゃ」
というのが親友二人の共通認識であり、貢もそれに賛同した。
わたしは始めたばかりのSNSを活用して、自分自身や篠沢グループのことを大々的に発信していった。インスタではわたしの私生活の様子や、貢のために作ってあげたお料理やスイーツの写真を投稿して、「セレブ=世間とはかけ離れた世界」というイメージを払拭しようとした。その一方で、Xでは秘書である貢や社員のみなさんにも協力してもらい、篠沢グループの企業概要や会社の様子、どういう事業に取り組んでいるかを周囲に理解してもらえるような投稿をしていった。
どちらもフォロワー数はみるみるうちに増えていって、SNSを始めてよかったという確かな手ごたえを感じていたのだけど……。
そんな頃だった。わたしと貢の絆に危機が訪れたのは。
「――絢乃! 大変たいへん! これ見て!」
ある日の終礼後、わたしが教室で帰り支度をしていると、スマホを開いていた里歩が血相を変えてわたしの席まで飛んできた。
「どうしたの、里歩? そんなに慌てて」
「だから大変なんだって! アンタもスマホでX開いてみて! ほら今すぐ!」
「う……うん、分かった」
何が何だか分からないままアプリを開き、彼女の言うキーワードで検索すると、トップに表示された記事にわたしは茫然となった。
「ちょっと何これ!? わたしと貢の2ショットだ。しかもこのアングル、まさか隠し撮り!?」
「みたいだね。顔はハッキリ写ってないけど、全体の雰囲気で何となく誰だか分かるっていうギリギリのアングルで撮られてる。これはちょっと悪質だわ」
里歩もすぐ横で眉をひそめ、低く唸った。これは相当怒っているなとわたしも感じたし、それはわたし自身も同じだった。
記事そのものを読んでいくと、こんな悪意に満ちた内容が投稿されていた。
〈篠沢グループ会長のスキャンダル発覚! 隣に写ってるのは彼氏か!?
大してイケメンでもないのに逆玉を狙った不届き者! 男のシュミ最悪!!
#この男見つけたら制裁 #この男は社会のゴミ 〉 ……
「何なのこれ……。誰がこんなひどい投稿を……」
しかもその投稿のコメント欄はすでに炎上していて、おびただしい数の拡散までされていたのだ。あまりの憤りに、スマホを持つわたしの手がブルブル震えた。
葬儀の日、父のことを散々コケにした親族にさえ、これほど強い怒りを覚えなかった。それは、彼らがわたしの目の前で言いたい放題言っていたから。確かに腹は立ったけど、「ああ、この人たちは所詮この程度の人間なんだな」と思えば諦めもついた。でも、この時は違った。目に見えない人からの悪意ほどおぞましいものはない。
「……この書き込みしたの、男みたいだね。絢乃、このアカウントに心当たりある?」
「ううん、見たこともないアカウント。だいたいわたし、男の人に恨まれる憶えなんて……」
「だろうね。じゃあ桐島さんはどう? アンタにはなくても、桐島さんが誰かから恨まれてる可能性はあるんじゃないの? っていうかこの投稿、明らかに彼に悪意の矛先が向いてるし」
「あ……、確かにそうだね。でも、どうなんだろ……? 彼だって人から恨まれるような人じゃないと思うけど」
「あーーーっ! この服装、豊洲のショッピングモールで会った時のだよね!?」
いつの間にか目の前に来ていた唯ちゃんが、写真に写るわたしたちの服装に気がついて雄叫びを上げた。
「うん……、確かに」
「唯、これ書いた人分かっちゃったかも」
「「えっ!?」」
わたしと里歩は同時に驚きの声を上げ、ドヤ顔の唯ちゃんを見た。
「小坂リョウジさんだよ、多分。あの日、あそこで映画の舞台挨拶やってたでしょ?」
「あ……!」
確かに唯ちゃんの言ったとおり、彼はちょうどあの日、主演映画の舞台挨拶をするためにあの場所に来ていた。
「うん。でね、空き時間にショッピングモールの中をうろうろしてる時、たまたま桐島さんと一緒に歩いてる絢乃タンを見かけて写真撮ったんだよ」
「ちょっと待って、唯ちゃん。小坂リョウジがそんなことした理由は?」
名探偵ぶりを発揮していた唯ちゃんに、里歩が水を差した。
「絢乃タンにフラれたから。だしょ、里歩タン?」
「……まぁ、そんなこともあったけど。だからってそれくらいの理由で絢乃のこと逆恨みするかなぁ?」
「う~ん、それは唯には分かんない」
にゃはっ☆ と笑いながら答えた唯ちゃんに、わたしたち二人はのめった。
「…………っていうか里歩、恨まれてるのは貢の方じゃなかったっけ?」
「あ、そうだった。でも、これってホントに小坂リョウジのアカかなぁ? ちょっと待って……。あったよ、公式アカ。でもユーザー名が全然違うね」
里歩は自分のスマホで小坂さんのアカウントを検索したらしく、ヒットしたアカウントには公式であることを表す青い認定マークがついていた。
「ってことは、裏アカか成り澄まし? どっちにしても悪質だよね。……一応、サポートセンターに荒らし行為で通報した方がいいかな」
「うん。でも、多分通報してもキリがないと思うよ。こういうアカはウジャウジャ増殖するから」
「ぞっ、増殖……?」
里歩の指摘に、通報メールを送信し終えたわたしはゾッとした。そんなの、おぞましい以外の何ものでもない!
「そうならないためにも、まずはこの書き込みがホントに小坂さんのアカから発信されてるのか突き止めなきゃだよね。多分、かなりハードル高いと思うけど」
「そうだよね……。もし裏アカウントなら、海外のサーバー経由で作られてるかもしれないもん。そこから先を辿るのはちょっと難しそう。そういうのを調べてくれる、専門の調査会社とかないのかなぁ。ネット犯罪とか、そういう問題に特化してるような」
わたしは頭を抱えた。篠沢グループの中にも調査会社はあるけれど、そこまで突っ込んだ調査はしてもらえない。そこで十分事足りるなら、わたしもこんなに悩まなくて済んだのだ。
きっと貢もこの投稿を目にしているだろう。この先、彼の個人情報を特定しようとする人たちも出てくるだろう。わたしはどうすれば、この悪意から彼のことを守れるだろう……?
「――ところでアンタ、今日は会社行かなくていいわけ?」
彼のことを案じていると、里歩が現実的な指摘をしてきた。そういえば、数分前に彼から「今からお迎えに向かいます」とメッセージが入っていたのだ。
「行かない……わけにはいかないよね。彼もこの投稿見たのかな……って思ったら、彼のメンタルが心配だし。ここはボスであるわたしが頑張らなきゃ!」
というわけで、色々と思うところはあったものの、わたしはこの日も出社することにしたのだった。
その間にわたしは韓国での修学旅行を目いっぱい楽しんできたし、夏休みの間には貢と二人で夏季休暇を利用して、出張という名目で一泊二日の神戸旅行もした。母から「十月に新規開業する篠沢商事の神戸支社を視察してきてほしい」という命を受け、「ついでに二人で観光でもしてらっしゃい」ということでそうなったのだ。
もちろん、名目はあくまで〝出張〟だったので、ホテルの部屋はふたり別々のシングルルームだったけれど。視察が早く終わったので神戸の市街地で夕食に美味しいものを食べたり、二日目には観光名所をあちこち回ったりもできて、仕事としてもプライベートの旅行としても充実した二日間になった。
もしかしたら、彼との関係も一歩前進するかなぁなんて勝手に期待していたけれど、それは残念ながらこの旅では叶わなかった。それは、わたしが「待った」をかけたせいでもあったけれど。でも、たとえ体の繋がりがなくても、わたしと貢の心はちゃんと繋がっているから大丈夫だと思えた。わたしは彼を愛していて、彼もわたしのことをちゃんと大切に思ってくれているならそれで十分だった。
貢はその頃から、わたしの知らないところでキックボクシングを始めていた。最初は悠さんから聞かされたのだけれど、知らない間に貢の体つきがカッシリしてきたなぁと思っていたら、まさか運動オンチの彼が格闘技を習っていたなんて。
彼は彼なりに、わたしを守りたいという想いで始めたことらしかった。
そして季節は秋になり、わたしが貢と出会ってから一年が経とうとしていた頃、わたしは里歩や唯ちゃん、貢の勧めもあってやっとSNSを始めた。
「経営者には発信力も重要だよ♪ 時代の波に乗っかんなきゃ」
というのが親友二人の共通認識であり、貢もそれに賛同した。
わたしは始めたばかりのSNSを活用して、自分自身や篠沢グループのことを大々的に発信していった。インスタではわたしの私生活の様子や、貢のために作ってあげたお料理やスイーツの写真を投稿して、「セレブ=世間とはかけ離れた世界」というイメージを払拭しようとした。その一方で、Xでは秘書である貢や社員のみなさんにも協力してもらい、篠沢グループの企業概要や会社の様子、どういう事業に取り組んでいるかを周囲に理解してもらえるような投稿をしていった。
どちらもフォロワー数はみるみるうちに増えていって、SNSを始めてよかったという確かな手ごたえを感じていたのだけど……。
そんな頃だった。わたしと貢の絆に危機が訪れたのは。
「――絢乃! 大変たいへん! これ見て!」
ある日の終礼後、わたしが教室で帰り支度をしていると、スマホを開いていた里歩が血相を変えてわたしの席まで飛んできた。
「どうしたの、里歩? そんなに慌てて」
「だから大変なんだって! アンタもスマホでX開いてみて! ほら今すぐ!」
「う……うん、分かった」
何が何だか分からないままアプリを開き、彼女の言うキーワードで検索すると、トップに表示された記事にわたしは茫然となった。
「ちょっと何これ!? わたしと貢の2ショットだ。しかもこのアングル、まさか隠し撮り!?」
「みたいだね。顔はハッキリ写ってないけど、全体の雰囲気で何となく誰だか分かるっていうギリギリのアングルで撮られてる。これはちょっと悪質だわ」
里歩もすぐ横で眉をひそめ、低く唸った。これは相当怒っているなとわたしも感じたし、それはわたし自身も同じだった。
記事そのものを読んでいくと、こんな悪意に満ちた内容が投稿されていた。
〈篠沢グループ会長のスキャンダル発覚! 隣に写ってるのは彼氏か!?
大してイケメンでもないのに逆玉を狙った不届き者! 男のシュミ最悪!!
#この男見つけたら制裁 #この男は社会のゴミ 〉 ……
「何なのこれ……。誰がこんなひどい投稿を……」
しかもその投稿のコメント欄はすでに炎上していて、おびただしい数の拡散までされていたのだ。あまりの憤りに、スマホを持つわたしの手がブルブル震えた。
葬儀の日、父のことを散々コケにした親族にさえ、これほど強い怒りを覚えなかった。それは、彼らがわたしの目の前で言いたい放題言っていたから。確かに腹は立ったけど、「ああ、この人たちは所詮この程度の人間なんだな」と思えば諦めもついた。でも、この時は違った。目に見えない人からの悪意ほどおぞましいものはない。
「……この書き込みしたの、男みたいだね。絢乃、このアカウントに心当たりある?」
「ううん、見たこともないアカウント。だいたいわたし、男の人に恨まれる憶えなんて……」
「だろうね。じゃあ桐島さんはどう? アンタにはなくても、桐島さんが誰かから恨まれてる可能性はあるんじゃないの? っていうかこの投稿、明らかに彼に悪意の矛先が向いてるし」
「あ……、確かにそうだね。でも、どうなんだろ……? 彼だって人から恨まれるような人じゃないと思うけど」
「あーーーっ! この服装、豊洲のショッピングモールで会った時のだよね!?」
いつの間にか目の前に来ていた唯ちゃんが、写真に写るわたしたちの服装に気がついて雄叫びを上げた。
「うん……、確かに」
「唯、これ書いた人分かっちゃったかも」
「「えっ!?」」
わたしと里歩は同時に驚きの声を上げ、ドヤ顔の唯ちゃんを見た。
「小坂リョウジさんだよ、多分。あの日、あそこで映画の舞台挨拶やってたでしょ?」
「あ……!」
確かに唯ちゃんの言ったとおり、彼はちょうどあの日、主演映画の舞台挨拶をするためにあの場所に来ていた。
「うん。でね、空き時間にショッピングモールの中をうろうろしてる時、たまたま桐島さんと一緒に歩いてる絢乃タンを見かけて写真撮ったんだよ」
「ちょっと待って、唯ちゃん。小坂リョウジがそんなことした理由は?」
名探偵ぶりを発揮していた唯ちゃんに、里歩が水を差した。
「絢乃タンにフラれたから。だしょ、里歩タン?」
「……まぁ、そんなこともあったけど。だからってそれくらいの理由で絢乃のこと逆恨みするかなぁ?」
「う~ん、それは唯には分かんない」
にゃはっ☆ と笑いながら答えた唯ちゃんに、わたしたち二人はのめった。
「…………っていうか里歩、恨まれてるのは貢の方じゃなかったっけ?」
「あ、そうだった。でも、これってホントに小坂リョウジのアカかなぁ? ちょっと待って……。あったよ、公式アカ。でもユーザー名が全然違うね」
里歩は自分のスマホで小坂さんのアカウントを検索したらしく、ヒットしたアカウントには公式であることを表す青い認定マークがついていた。
「ってことは、裏アカか成り澄まし? どっちにしても悪質だよね。……一応、サポートセンターに荒らし行為で通報した方がいいかな」
「うん。でも、多分通報してもキリがないと思うよ。こういうアカはウジャウジャ増殖するから」
「ぞっ、増殖……?」
里歩の指摘に、通報メールを送信し終えたわたしはゾッとした。そんなの、おぞましい以外の何ものでもない!
「そうならないためにも、まずはこの書き込みがホントに小坂さんのアカから発信されてるのか突き止めなきゃだよね。多分、かなりハードル高いと思うけど」
「そうだよね……。もし裏アカウントなら、海外のサーバー経由で作られてるかもしれないもん。そこから先を辿るのはちょっと難しそう。そういうのを調べてくれる、専門の調査会社とかないのかなぁ。ネット犯罪とか、そういう問題に特化してるような」
わたしは頭を抱えた。篠沢グループの中にも調査会社はあるけれど、そこまで突っ込んだ調査はしてもらえない。そこで十分事足りるなら、わたしもこんなに悩まなくて済んだのだ。
きっと貢もこの投稿を目にしているだろう。この先、彼の個人情報を特定しようとする人たちも出てくるだろう。わたしはどうすれば、この悪意から彼のことを守れるだろう……?
「――ところでアンタ、今日は会社行かなくていいわけ?」
彼のことを案じていると、里歩が現実的な指摘をしてきた。そういえば、数分前に彼から「今からお迎えに向かいます」とメッセージが入っていたのだ。
「行かない……わけにはいかないよね。彼もこの投稿見たのかな……って思ったら、彼のメンタルが心配だし。ここはボスであるわたしが頑張らなきゃ!」
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