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第3部 秘密の格差恋愛
次のステップって……? ④
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――時計店を何軒か回って貢のプレゼントを購入し、代々木にある彼のアパートに到着したのは午後三時半ごろだった。
「へぇ……。貢ってけっこういいところに住んでるんだね」
重いエコバッグを提げた彼に先導されて、彼の部屋がある二階への外階段をゆっくり上がりながら、わたしは初めて訪れた彼の住まいの感想を言った。
築二十年だというコンクリート二階建てのアパートは白を基調としたモダンな造りで、全部で八部屋入っているらしい。彼の部屋は二〇四号室で、間取りは1K。代々木という土地柄もあって、家賃は月十二万円ということだった。
「ありがとうございます。このアパートには社会人になった年から住んでるんですよ。家賃は高いですけど、その分住み心地はいいんで」
「そうなんだ……。ウチの会社、経理に申請したら家賃補助も出るからね。家計が苦しいなら一考の余地はあると思うよ」
「そうですね、家賃補助を受けられたら生活もだいぶ楽になるでしょうね。考えてみます。――さ、狭い部屋ですがどうぞ」
彼は鍵を開けて、わたしを住まいへ招き入れてくれた。
「おジャマしまーす。……へぇ、キレイに住んでるね。慌てて片付けたようには見えないなぁ。普段から片付いてるって感じ」
わたしはまじまじと室内を見回してみた。リビング兼寝室兼ダイニング、という感じのお部屋には座卓とベッドが置かれているだけだったけれど、収納スペースに恵まれているおかげで物が散らかっておらず、広々と感じられた。
キッチンとトイレ・洗面所・お風呂が一体となったユニットバスはそれぞれ居住スペースから独立した形で配置されていて、使い勝手もよさそうだった。
「男の人のお部屋って、もっとゴチャゴチャしてるイメージしかなかったから。さすがは几帳面なA型って感じだね」
「…………お褒め頂いて恐縮です」
彼は照れたようにボソッと言って、「バッグはベッドの上にでも置いといて下さい」とわたしに荷物の置き場所を伝えた。
「キッチンはこっちです。エプロンもちゃんとありますからね。兄のなんでちょっと大きいかもしれませんけど」
「うん、分かった。ありがと」
キッチンは玄関を入ってすぐ右側にあって、IHで調理するタイプの二口コンロがついていた。調理器具も意外と揃っていて、圧力鍋まであったのにはわたしも驚いた。
「ここにある調理器具って、貢が買い揃えたの? っていうかお料理するの?」
デニム地のエプロンを着けながら訊ねたわたしに、彼は「いえ」と首を振った。
「これ、ほとんど兄の持ち込んだものですよ。時々ここに夕飯を作りに来てくれるんで。僕も兄の手伝いで下ごしらえとか簡単なことくらいはできますけど、ちゃんとした料理はあまり得意じゃないですね」
「え、そうなの? じゃあ、毎日のゴハンは?」
「週末は近所にある実家で食べてます。平日は……兄に作ってもらったり、外食やコンビニ弁当とかですかね」
「あらら、なんか栄養バランスが心配な食生活だね……。今はわたしと一緒にお食事して帰ってるからまだマシかな」
何だか侘びしい彼の食生活に、わたしは軽いショックを受けた。彼の場合、栄養管理はご実家ありき、ご家族ありきだったようだ。というか、ひとり暮らしの若いサラリーマンの食生活なんてこんなものだろうか?
「そうだ! よかったら、これからはわたしも時々ここでゴハン作って一緒に食べようか? お休みの日だけでもよかったら」
「えっ、いいんですか!? すごく嬉しいし助かります!」
わたしの提案に、彼は大喜びした。
「――じゃあ、カレー作り始めよっか。まずは野菜の仕込みからね。貢には……ニンジンとジャガイモの皮むきをやってもらおうかな。ピーラーでも包丁でも、やりやすい方で。手、ケガしないように気をつけてね」
「分かりました」
彼に手伝ってもらいながら、わたしは手際よく材料を炒め、お米を洗って炊飯ジャーにセットし、カレーの隠し味となるリンゴをすりおろし、手早くサラダを作った。
そして煮込み始めて三十分後(下ごしらえやら何やらでゆうに一時間以上を費やしていたのだ)、カレーライスのお皿とサラダボウル、ケーキのお皿などが並ぶ座卓を二人で囲んで乾杯をした。飲み物は二人ともサイダーだ。わたしは炭酸が苦手ではあるけれど、飲めないこともないのだ。
「――では、ちょっと早いけど、貢のお誕生日を祝して……」
「「カンパ~イ!」」
グラスの中身に口をつけてから、カレーを食べ始めた。
「……うん! お肉ホロホロになってる~♡ 美味しくできたねー。辛さもちょうどいいし」
「ええ、美味しいです。ジャガイモを大きめに切ったのが正解でしたね。あと、飴色になるまで炒めた玉ねぎが効いてます」
初めて彼のために作ったカレーは我ながら会心の出来で、彼はお代わりまでしてくれた。それでケーキも食べられるの? とちょっと心配になったほどだ。
「カレー、ちょっと多めに作ったからタッパーに入れて冷蔵庫で保存しとくね。明日も温め直したら食べられるから」
「ありがとうございます」
チョコレートケーキも食べ終え、彼が淹れてくれた食後のコーヒーを味わっている時、わたしはこんな話をした。
「――あのね、貢。誕生日前には言えなかったんだけど、わたし、ほしいものがあるの」
「はい? それって何ですか?」
「わたし、新しい家族がほしい。パパがいなくなって、ママと二人だけになっちゃったでしょ? だからかもしれない」
「……というと?」
「そろそろ、わたしも貴方と次のステップに進みたいなぁ、って。……つまりは結婚に向けて、ってことなんだけど。貴方はどう思う?」
首を傾げた彼に対して、わたしは思いっきり直球を投げた。
「どう……って。そりゃあ僕にだって結婚願望くらいはありますよ。その相手が絢乃さんなら言うことなしですけど……。まだ早すぎるんじゃないかと。絢乃さんはまだ高校生ですし、喪中でもあるわけですし」
「うん、それはわたしも分かってる。もちろん今すぐにどうこうっていう話じゃないけど、なるべく早い方がいいな、って」
「…………それは、分かりましたけど。僕でいいんですか? 自分で言うのもナンですけど、僕の家はそんなにいい家柄というわけでもないですよ? ……まぁ、そこそこ裕福ではありますけど」
「別に家柄で結婚するわけじゃないもん。そこは気にしなくていいよ。それに、貴方はもうすでに、わたしのお婿さん候補の筆頭にいるから」
初めて言葉を交わしたあの夜、彼が「自分を婿候補に入れてほしい」と言った時点で、もう候補には入れていた。それが半年経ったその時点では、他の候補がいなかったということもあって彼が婿候補のトップになっていたのだ。
「わたし、本気だよ」
その言葉に嘘いつわりがないことを証明するため、わたしは初めて自分から彼にキスをした。それまでのわたしはただ受け身でいるだけだったけれど、そろそろ自分からそういう行動に出るべき段階に来ていると思ったのだ。
「……これで分かってもらえた? わたしが本気だってこと」
「はい。ですが…………」
彼はそこで言葉を切り、そして――。
「ん……っ」
わたしにキスを返してきた。何度も何度も繰り返し唇を重ねてきた。
「……貢って、キス上手いよね」
「そんなことないですよ」
彼は謙遜するけれど、やっぱり八年の年の差と、それなりに恋愛経験もあるからだとわたしは思った。
「僕も絢乃さんのことが大好きで、すごく大事な人だとは思ってますけど。すぐには結婚とか考えられないんで、少し考える時間を下さい」
「…………うん、分かった」
彼がすぐに結婚に踏み切れない理由は、わたしの年齢や家柄の違いだけじゃない。もしかしたら彼自身にもあるのかもしれない、とわたしは思った。
やっぱり悠さんがおっしゃっていたとおり、彼はまだ過去の恋愛で起きた何かをまだ引きずっているんだろうか、と。
「へぇ……。貢ってけっこういいところに住んでるんだね」
重いエコバッグを提げた彼に先導されて、彼の部屋がある二階への外階段をゆっくり上がりながら、わたしは初めて訪れた彼の住まいの感想を言った。
築二十年だというコンクリート二階建てのアパートは白を基調としたモダンな造りで、全部で八部屋入っているらしい。彼の部屋は二〇四号室で、間取りは1K。代々木という土地柄もあって、家賃は月十二万円ということだった。
「ありがとうございます。このアパートには社会人になった年から住んでるんですよ。家賃は高いですけど、その分住み心地はいいんで」
「そうなんだ……。ウチの会社、経理に申請したら家賃補助も出るからね。家計が苦しいなら一考の余地はあると思うよ」
「そうですね、家賃補助を受けられたら生活もだいぶ楽になるでしょうね。考えてみます。――さ、狭い部屋ですがどうぞ」
彼は鍵を開けて、わたしを住まいへ招き入れてくれた。
「おジャマしまーす。……へぇ、キレイに住んでるね。慌てて片付けたようには見えないなぁ。普段から片付いてるって感じ」
わたしはまじまじと室内を見回してみた。リビング兼寝室兼ダイニング、という感じのお部屋には座卓とベッドが置かれているだけだったけれど、収納スペースに恵まれているおかげで物が散らかっておらず、広々と感じられた。
キッチンとトイレ・洗面所・お風呂が一体となったユニットバスはそれぞれ居住スペースから独立した形で配置されていて、使い勝手もよさそうだった。
「男の人のお部屋って、もっとゴチャゴチャしてるイメージしかなかったから。さすがは几帳面なA型って感じだね」
「…………お褒め頂いて恐縮です」
彼は照れたようにボソッと言って、「バッグはベッドの上にでも置いといて下さい」とわたしに荷物の置き場所を伝えた。
「キッチンはこっちです。エプロンもちゃんとありますからね。兄のなんでちょっと大きいかもしれませんけど」
「うん、分かった。ありがと」
キッチンは玄関を入ってすぐ右側にあって、IHで調理するタイプの二口コンロがついていた。調理器具も意外と揃っていて、圧力鍋まであったのにはわたしも驚いた。
「ここにある調理器具って、貢が買い揃えたの? っていうかお料理するの?」
デニム地のエプロンを着けながら訊ねたわたしに、彼は「いえ」と首を振った。
「これ、ほとんど兄の持ち込んだものですよ。時々ここに夕飯を作りに来てくれるんで。僕も兄の手伝いで下ごしらえとか簡単なことくらいはできますけど、ちゃんとした料理はあまり得意じゃないですね」
「え、そうなの? じゃあ、毎日のゴハンは?」
「週末は近所にある実家で食べてます。平日は……兄に作ってもらったり、外食やコンビニ弁当とかですかね」
「あらら、なんか栄養バランスが心配な食生活だね……。今はわたしと一緒にお食事して帰ってるからまだマシかな」
何だか侘びしい彼の食生活に、わたしは軽いショックを受けた。彼の場合、栄養管理はご実家ありき、ご家族ありきだったようだ。というか、ひとり暮らしの若いサラリーマンの食生活なんてこんなものだろうか?
「そうだ! よかったら、これからはわたしも時々ここでゴハン作って一緒に食べようか? お休みの日だけでもよかったら」
「えっ、いいんですか!? すごく嬉しいし助かります!」
わたしの提案に、彼は大喜びした。
「――じゃあ、カレー作り始めよっか。まずは野菜の仕込みからね。貢には……ニンジンとジャガイモの皮むきをやってもらおうかな。ピーラーでも包丁でも、やりやすい方で。手、ケガしないように気をつけてね」
「分かりました」
彼に手伝ってもらいながら、わたしは手際よく材料を炒め、お米を洗って炊飯ジャーにセットし、カレーの隠し味となるリンゴをすりおろし、手早くサラダを作った。
そして煮込み始めて三十分後(下ごしらえやら何やらでゆうに一時間以上を費やしていたのだ)、カレーライスのお皿とサラダボウル、ケーキのお皿などが並ぶ座卓を二人で囲んで乾杯をした。飲み物は二人ともサイダーだ。わたしは炭酸が苦手ではあるけれど、飲めないこともないのだ。
「――では、ちょっと早いけど、貢のお誕生日を祝して……」
「「カンパ~イ!」」
グラスの中身に口をつけてから、カレーを食べ始めた。
「……うん! お肉ホロホロになってる~♡ 美味しくできたねー。辛さもちょうどいいし」
「ええ、美味しいです。ジャガイモを大きめに切ったのが正解でしたね。あと、飴色になるまで炒めた玉ねぎが効いてます」
初めて彼のために作ったカレーは我ながら会心の出来で、彼はお代わりまでしてくれた。それでケーキも食べられるの? とちょっと心配になったほどだ。
「カレー、ちょっと多めに作ったからタッパーに入れて冷蔵庫で保存しとくね。明日も温め直したら食べられるから」
「ありがとうございます」
チョコレートケーキも食べ終え、彼が淹れてくれた食後のコーヒーを味わっている時、わたしはこんな話をした。
「――あのね、貢。誕生日前には言えなかったんだけど、わたし、ほしいものがあるの」
「はい? それって何ですか?」
「わたし、新しい家族がほしい。パパがいなくなって、ママと二人だけになっちゃったでしょ? だからかもしれない」
「……というと?」
「そろそろ、わたしも貴方と次のステップに進みたいなぁ、って。……つまりは結婚に向けて、ってことなんだけど。貴方はどう思う?」
首を傾げた彼に対して、わたしは思いっきり直球を投げた。
「どう……って。そりゃあ僕にだって結婚願望くらいはありますよ。その相手が絢乃さんなら言うことなしですけど……。まだ早すぎるんじゃないかと。絢乃さんはまだ高校生ですし、喪中でもあるわけですし」
「うん、それはわたしも分かってる。もちろん今すぐにどうこうっていう話じゃないけど、なるべく早い方がいいな、って」
「…………それは、分かりましたけど。僕でいいんですか? 自分で言うのもナンですけど、僕の家はそんなにいい家柄というわけでもないですよ? ……まぁ、そこそこ裕福ではありますけど」
「別に家柄で結婚するわけじゃないもん。そこは気にしなくていいよ。それに、貴方はもうすでに、わたしのお婿さん候補の筆頭にいるから」
初めて言葉を交わしたあの夜、彼が「自分を婿候補に入れてほしい」と言った時点で、もう候補には入れていた。それが半年経ったその時点では、他の候補がいなかったということもあって彼が婿候補のトップになっていたのだ。
「わたし、本気だよ」
その言葉に嘘いつわりがないことを証明するため、わたしは初めて自分から彼にキスをした。それまでのわたしはただ受け身でいるだけだったけれど、そろそろ自分からそういう行動に出るべき段階に来ていると思ったのだ。
「……これで分かってもらえた? わたしが本気だってこと」
「はい。ですが…………」
彼はそこで言葉を切り、そして――。
「ん……っ」
わたしにキスを返してきた。何度も何度も繰り返し唇を重ねてきた。
「……貢って、キス上手いよね」
「そんなことないですよ」
彼は謙遜するけれど、やっぱり八年の年の差と、それなりに恋愛経験もあるからだとわたしは思った。
「僕も絢乃さんのことが大好きで、すごく大事な人だとは思ってますけど。すぐには結婚とか考えられないんで、少し考える時間を下さい」
「…………うん、分かった」
彼がすぐに結婚に踏み切れない理由は、わたしの年齢や家柄の違いだけじゃない。もしかしたら彼自身にもあるのかもしれない、とわたしは思った。
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