33 / 55
第3部 秘密の格差恋愛
次のステップって……? ①
しおりを挟む
――わたしが公表した篠沢商事のハラスメント問題は、しばらくの間世の中の注目を集めた。当日には株価も下がり、SNSでも騒然となっていたけれど、公表に踏み切ったわたしの潔さが評価されてすぐに落ち着いた。
その後は株価も安定して新年度を迎え、新入社員の挨拶もひととおり終えた四月三日。わたしの誕生日は平日、水曜日だった。
「――桐島さん、今日は夕飯どうしようか?」
夕方六時ごろ、一日の仕事を終えてOAチェアーの大きな背もたれに体を預けて伸びをしながら、わたしは貢に訊ねた。
父の代まで行われていた「会長のお誕生日を祝う会」はわたしの代で廃止することが決まっていたけれど、社員のみなさんからは「会長、お誕生日おめでとうございます」というお祝いの言葉をもらえたし、貢なんかは朝一番に
「おめでとう」を言ってくれた。
でも、彼からのプレゼントはまだもらえていなかったし、誕生日くらいはどこか特別感のあるお店で食事をして、二人でお祝いしたいなぁと思っていた。
「それでしたら、僕の方で決めて、すでに予約してある店があるのでそこでディナーにしませんか? 僕からのお祝いということで」
「……えっ? それって支払いも貴方がしてくれるってこと?」
本当にいいのかな……とわたしは胸が痛んだ。「ディナー」という言葉を使ったということは、それなりに高級なお店のような気がしたのだ。
「もちろんです。たまにはいいでしょう? 僕に花を持たせると思って」
彼は笑顔で頷いた。もちろん彼にも沽券というものはあるだろうし、「彼女にカッコいいところを見せたい」という男性ならではの気持ちもあっただろう。そこは素直に甘えるのが〝できた彼女〟というものなんだろうなとわたしは考えた。
「うん、そうだね。ありがと。……じゃあ、お言葉に甘えて」
「ああ、そうだ。ちゃんとプレゼントも用意してありますからね。その時にお渡しします。楽しみにしていて下さい」
「やったぁ♪」
明らかな恋人同士の甘いやり取りをしながらも、わたしは小さな不安に駆られていた。それは、わたしと貢の関係――恋愛関係にあるということが、すでに周りから知られていたということだ。
「――話変わるけど。わたしたちの関係って、社内のどれくらいの人たちにバレてるの?」
「はい? ……ええと、少なくとも秘書室のみなさんと、社長はお気づきになっているかと」
「やっぱり……」
想定の範囲内だったとはいえ、そんなに知られていたのか、とわたしは愕然となった。
「ああ、ですが小川先輩はだいぶ前からご存じですよ」
「えっ、なんで!?」
「僕が個人的に、恋愛相談に乗って頂いていたので……」
「……ああ、そっか。彼女とは大学の先輩後輩だって言ってたよね」
彼が個人的に誰と話そうと、それは自由だ。プライベートにまで口を出す権利はわたしにもないから。でも、秘書としてその口の軽さはどうなのよ、と思ってしまう。……まぁ、職務上の守秘義務を破っているわけじゃないからよしとするか。
* * * *
――彼が予約してくれたお店は、オシャレな洋食屋さんだった。それでいてお財布にも優しい低価格で、これなら彼も支払いに困らないだろうなとわたしもホッとした。
「――食事の途中ですが、これを。絢乃さん、改めてお誕生日おめでとうございます」
そう言って彼がビジネスバッグから取り出したのは、パールピンクの包装紙でキレイにラッピングされた細長い箱だった。大きさは十五センチくらいだろうか。光沢のあるワインレッドのリボンがかけられていた。
「ありがとう! これ開けていい?」
「ええ、どうぞ」
待ってました、とばかりにわたしは丁寧にリボンの結び目を解き、包装紙をはがしていった。すると、そこから出てきたのは上品なピンク色のベルベット地のケースで、フタを開けると……。
「わぁ……、ネックレスだ。可愛い! 貢、ありがとう!」
わたしはキラキラした銀色のネックレスを手に取り、目の前にかざしてみた。チェーンもチャームもシルバーではなく、輝きからしてプラチナ。チャームのデザインはシンプルだけれど可愛いオープンハートで、高級ブランドではないにしてもそこそこ値の張るものだと分かった。
「喜んで頂けてよかったです。……本当は指輪にしようかと思ったんですけど、まだ付き合い始めたばかりなのでちょっと重いかな……と。何と言いますか、束縛しているような気がして」
「指輪ねぇ……。確かにちょっと早いかな。――あ、ねぇねぇ。ちょっと貢にお願いがあるんだけど」
「はぁ、何ですか?」
「これ、今ここで、貴方に着けてもらいたいの。いい……かな?」
わたしは上目づかいになり(計算でも媚びているわけでもない)、彼にお願いしてみた。もちろんその意味は、わたしの首からかけてほしいという方の意味だ。
「え、僕にですか? こういう頼まれごとは初めてなので、うまくできるかどうか……」
「うん、大丈夫。じゃあお願いします」
わたしはもう一度彼に小さく頭を下げて、邪魔になりそうなロングヘアーを右肩から前に流して手で押さえた。
「……分りました。では、絢乃さんの後ろへ行きますね」
背後へ回った彼はわたしからネックレスを受け取り、細いチェーンと格闘し始めた。中でも留め具に苦戦していたらしく、彼の指先が何度もうなじに当たってくすぐったかった。
「……はい、できました。こんな感じでどうですか?」
「ありがとう! どれどれ……、うん。いいじゃん!」
バッグから取り出したコンパクトを開いて出来映えを確かめると、スーツ姿のシンプルなVネックのインナー、その胸元に銀色のチャームがすっきり収まっていた。
「わたし、このネックレス、一生の宝物にするね」
「そんな大げさな……」
彼は呆れぎみに笑ったけれど、わたしは至って大真面目だった。
「――貢、今日はごちそうさま。いい誕生日になったよ。ホントにありがとね」
彼はこの時の夕食を、本当に奢ってくれた。わたしが「割り勘にしよう」と言っても譲らなかったので、最終的に折れたのだ。
「今度お礼しないとね。――あ、そうだ。貢の誕生日って確か来月だったよね?」
「ええ、十日です」
「十日は……えっと、平日か。じゃあ大型連休の間にお祝いしようよ。貴方の部屋で、わたしがお料理作って。どうせなら一緒にプレゼントとケーキも買いに行く? わたし、それまでに自分名義のクレジットカード作っとくから」
「ええっ!? ぼ、僕の部屋で……ですか!?」
わたしの何気ない提案に、彼は激しく取り乱した。
「うん、そう言ったけど。……どうしたの?」
「……そろそろ次のステップか」
「ん? 何か言った?」
「いえ、何でもないです」
「じゃあ、欲しいもの、考えておいてね。値段は気にしなくていいから」
「分かりました。絢乃さんの財力があれば、何でも気前よく買って頂けそうなのでちょっと怖いですが。そうか、クレジットカードって満十八歳から申請できるんでしたよね」
「……まあねぇ♪」
彼はわたしの経済力に舌を巻いた。何せわたしの役員報酬は、月に五千万円(そのうち二千万円は母に渡しているけれど)。それプラス、何十億円という父の遺産もあるのだから。
「あと、お料理なんだけど。何食べたい?」
「そうだなぁ……、カレーですかね。色気ないかもしれませんけど」
「ううん、そんなことないよ。じゃあカレーね。お肉ゴロゴロのビーフカレーにしよう♪」
その後も車内では彼の誕生日についての話題で盛り上がったけれど、わたしは彼がポツリと漏らした「次のステップ」という言葉が気になって仕方がなかった。
その後は株価も安定して新年度を迎え、新入社員の挨拶もひととおり終えた四月三日。わたしの誕生日は平日、水曜日だった。
「――桐島さん、今日は夕飯どうしようか?」
夕方六時ごろ、一日の仕事を終えてOAチェアーの大きな背もたれに体を預けて伸びをしながら、わたしは貢に訊ねた。
父の代まで行われていた「会長のお誕生日を祝う会」はわたしの代で廃止することが決まっていたけれど、社員のみなさんからは「会長、お誕生日おめでとうございます」というお祝いの言葉をもらえたし、貢なんかは朝一番に
「おめでとう」を言ってくれた。
でも、彼からのプレゼントはまだもらえていなかったし、誕生日くらいはどこか特別感のあるお店で食事をして、二人でお祝いしたいなぁと思っていた。
「それでしたら、僕の方で決めて、すでに予約してある店があるのでそこでディナーにしませんか? 僕からのお祝いということで」
「……えっ? それって支払いも貴方がしてくれるってこと?」
本当にいいのかな……とわたしは胸が痛んだ。「ディナー」という言葉を使ったということは、それなりに高級なお店のような気がしたのだ。
「もちろんです。たまにはいいでしょう? 僕に花を持たせると思って」
彼は笑顔で頷いた。もちろん彼にも沽券というものはあるだろうし、「彼女にカッコいいところを見せたい」という男性ならではの気持ちもあっただろう。そこは素直に甘えるのが〝できた彼女〟というものなんだろうなとわたしは考えた。
「うん、そうだね。ありがと。……じゃあ、お言葉に甘えて」
「ああ、そうだ。ちゃんとプレゼントも用意してありますからね。その時にお渡しします。楽しみにしていて下さい」
「やったぁ♪」
明らかな恋人同士の甘いやり取りをしながらも、わたしは小さな不安に駆られていた。それは、わたしと貢の関係――恋愛関係にあるということが、すでに周りから知られていたということだ。
「――話変わるけど。わたしたちの関係って、社内のどれくらいの人たちにバレてるの?」
「はい? ……ええと、少なくとも秘書室のみなさんと、社長はお気づきになっているかと」
「やっぱり……」
想定の範囲内だったとはいえ、そんなに知られていたのか、とわたしは愕然となった。
「ああ、ですが小川先輩はだいぶ前からご存じですよ」
「えっ、なんで!?」
「僕が個人的に、恋愛相談に乗って頂いていたので……」
「……ああ、そっか。彼女とは大学の先輩後輩だって言ってたよね」
彼が個人的に誰と話そうと、それは自由だ。プライベートにまで口を出す権利はわたしにもないから。でも、秘書としてその口の軽さはどうなのよ、と思ってしまう。……まぁ、職務上の守秘義務を破っているわけじゃないからよしとするか。
* * * *
――彼が予約してくれたお店は、オシャレな洋食屋さんだった。それでいてお財布にも優しい低価格で、これなら彼も支払いに困らないだろうなとわたしもホッとした。
「――食事の途中ですが、これを。絢乃さん、改めてお誕生日おめでとうございます」
そう言って彼がビジネスバッグから取り出したのは、パールピンクの包装紙でキレイにラッピングされた細長い箱だった。大きさは十五センチくらいだろうか。光沢のあるワインレッドのリボンがかけられていた。
「ありがとう! これ開けていい?」
「ええ、どうぞ」
待ってました、とばかりにわたしは丁寧にリボンの結び目を解き、包装紙をはがしていった。すると、そこから出てきたのは上品なピンク色のベルベット地のケースで、フタを開けると……。
「わぁ……、ネックレスだ。可愛い! 貢、ありがとう!」
わたしはキラキラした銀色のネックレスを手に取り、目の前にかざしてみた。チェーンもチャームもシルバーではなく、輝きからしてプラチナ。チャームのデザインはシンプルだけれど可愛いオープンハートで、高級ブランドではないにしてもそこそこ値の張るものだと分かった。
「喜んで頂けてよかったです。……本当は指輪にしようかと思ったんですけど、まだ付き合い始めたばかりなのでちょっと重いかな……と。何と言いますか、束縛しているような気がして」
「指輪ねぇ……。確かにちょっと早いかな。――あ、ねぇねぇ。ちょっと貢にお願いがあるんだけど」
「はぁ、何ですか?」
「これ、今ここで、貴方に着けてもらいたいの。いい……かな?」
わたしは上目づかいになり(計算でも媚びているわけでもない)、彼にお願いしてみた。もちろんその意味は、わたしの首からかけてほしいという方の意味だ。
「え、僕にですか? こういう頼まれごとは初めてなので、うまくできるかどうか……」
「うん、大丈夫。じゃあお願いします」
わたしはもう一度彼に小さく頭を下げて、邪魔になりそうなロングヘアーを右肩から前に流して手で押さえた。
「……分りました。では、絢乃さんの後ろへ行きますね」
背後へ回った彼はわたしからネックレスを受け取り、細いチェーンと格闘し始めた。中でも留め具に苦戦していたらしく、彼の指先が何度もうなじに当たってくすぐったかった。
「……はい、できました。こんな感じでどうですか?」
「ありがとう! どれどれ……、うん。いいじゃん!」
バッグから取り出したコンパクトを開いて出来映えを確かめると、スーツ姿のシンプルなVネックのインナー、その胸元に銀色のチャームがすっきり収まっていた。
「わたし、このネックレス、一生の宝物にするね」
「そんな大げさな……」
彼は呆れぎみに笑ったけれど、わたしは至って大真面目だった。
「――貢、今日はごちそうさま。いい誕生日になったよ。ホントにありがとね」
彼はこの時の夕食を、本当に奢ってくれた。わたしが「割り勘にしよう」と言っても譲らなかったので、最終的に折れたのだ。
「今度お礼しないとね。――あ、そうだ。貢の誕生日って確か来月だったよね?」
「ええ、十日です」
「十日は……えっと、平日か。じゃあ大型連休の間にお祝いしようよ。貴方の部屋で、わたしがお料理作って。どうせなら一緒にプレゼントとケーキも買いに行く? わたし、それまでに自分名義のクレジットカード作っとくから」
「ええっ!? ぼ、僕の部屋で……ですか!?」
わたしの何気ない提案に、彼は激しく取り乱した。
「うん、そう言ったけど。……どうしたの?」
「……そろそろ次のステップか」
「ん? 何か言った?」
「いえ、何でもないです」
「じゃあ、欲しいもの、考えておいてね。値段は気にしなくていいから」
「分かりました。絢乃さんの財力があれば、何でも気前よく買って頂けそうなのでちょっと怖いですが。そうか、クレジットカードって満十八歳から申請できるんでしたよね」
「……まあねぇ♪」
彼はわたしの経済力に舌を巻いた。何せわたしの役員報酬は、月に五千万円(そのうち二千万円は母に渡しているけれど)。それプラス、何十億円という父の遺産もあるのだから。
「あと、お料理なんだけど。何食べたい?」
「そうだなぁ……、カレーですかね。色気ないかもしれませんけど」
「ううん、そんなことないよ。じゃあカレーね。お肉ゴロゴロのビーフカレーにしよう♪」
その後も車内では彼の誕生日についての話題で盛り上がったけれど、わたしは彼がポツリと漏らした「次のステップ」という言葉が気になって仕方がなかった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる