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第2部 放課後トップレディの初恋
繋がり合う気持ち ②
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「……って言っても、言葉だけじゃ信じてもらえねぇだろうから」
彼はそう言って身分証明書をわたしに見せてくれた。
「これで納得?」
「はい、大丈夫です。――ところで悠さん、よくわたしだってお分かりになりましたね」
悠さんも多分、わたしの姿はTVやネットでご覧になっていたと思う。でもそれは全部制服姿で映っていたはずだ。ちなみにこの日のわたしは、ピンク色のアーガイル柄が入ったベージュのハイネックニットに茶色いコーデュロイのロングスカート、焦げ茶のロングブーツにライトブラウンのダッフルコートという私服姿だった。
「そりゃまぁ、私服来てても醸し出すオーラっつうか、気品みたいなのは変わんねぇもん。――今日はひとり?」
「いえ、さっきまで親友と一緒でした。ふたりでボウリングに行ってて。……悠さん、は? 飲食系って、土日は書き入れ時なんじゃ?」
土曜日の夕方四時ごろは、飲食店ならディナータイムの仕込みやら何やらで忙しい時間帯だ。ウチのグループの傘下にも飲食チェーンがあるので、わたしも一応そのあたりの事情には詳しいわけである。
「うん。でもオレ店長やってて、今日は早番だったから今が帰りなんだ。副店長がいりゃ店は回るし。んで、絢乃ちゃんにここで会ったのはマジで偶然だから」
「はぁ、なるほど」
悠さんはご自身の事情を簡潔に話してくれたけれど、最後に偶然を強調したのはどうしてなんだろう? というか誰に対しての弁解?
「――あ、そうだ。絢乃ちゃん、これからちょっと時間もらえるかな? アイツのことで、君に話があんのよ」
「ええ、大丈夫ですけど。『アイツ』って弟さん……貢さんのことですか?」
「うん。じゃあ、ちょっと付き合ってもらおうかな」
貢のことで、と言われるとわたしも断れなかった。やっぱり、彼の考えていることが気になって仕方がなかったから。……でも、この時の光景って傍から見たらナンパの現場と捉えられても不思議じゃなかったと思う。
――悠さんに連れられて入ったのは、駅ビル近くにある分煙式のセルフカフェだった。
「絢乃ちゃん、喫煙席でも平気?」
「はい、大丈夫です」
店員さんに「喫煙席に、二人」と告げた悠さん。どうやら喫煙者、それもかなりの愛煙家らしいと分かったけれど、わたしは特別不快にも感じなかった。同じ兄弟でも、貢はまったくタバコを吸わない人なのだけれど。
「絢乃ちゃんって、タバコ平気な子なんだな」
彼がブラックコーヒーのカップを前にして向かいの席に座り、手慣れた仕草でタバコに火を点けるのをわたしが平然と眺めていると、感心したようにそう言われた。
「はい。三年前に亡くなった祖父もタバコを吸う人でしたから。両親はまったく吸わないんですけど……あ、父はもう過去形か」
父を亡くしてまだ一ヶ月半くらいで、もう過去形になっていることにわたしの心はチクリと痛んだ。まだ〝父の死〟というものを現実として受け入れられていなかったからかもしれない。
「――ところで、貢さんのことでわたしにお話っていうのは? 昨日、何か連絡があったんですか?」
わたしはケーキセットについていたホットのカフェラテを一口すすってから、本題を切り出した。ちなみにケーキはバレンタイン期間限定のガトーショコラだった。
「連絡があったっつうか、アイツ毎週末には実家に帰ってくんのよ。で、昨日もそうだったんだけど、なんか様子がヘンでさぁ」
「ヘン、って……どんなふうに?」
困惑ぎみに語りだした悠さんに、わたしは眉をひそめた。それには多分、前日の出来事が――わたしが関係していると思ったから。
「昨日、バレンタインだったじゃん? んで、チョコいっぱいもらってきたからって、オレに分けてくれたまではよかったんだけど。やたら機嫌いいかと思ったら急に黙り込んだり、ソワソワしたり。ちょっと情緒不安定っぽい感じ?」
「う~ん……」
わたしはどうコメントしていいか分からずに唸り、ガトーショコラにフォークを入れた。甘いけれどちょっとほろ苦いチョコレートの味は、何となく恋をしている時の感情に似ているかもしれない。
「……あ、そういやアイツ、絢乃ちゃんからもチョコもらったって言ってたな。手作りだって嬉しそうにして、オレも『一個くれ』って言ったんだけど、一個もくれなかったんだよ。――っと、んなことはどうでもいいや。絢乃ちゃん、アイツからチョコの感想もらった?」
「はい、ラインでもらいましたけど……。これ見てもらえますか? ちょっと、一人で読むの恥ずかしくて」
わたしは前夜に彼から受信したメッセージの画面をスマホに表示させてテーブルの上に置いた。
〈手作りチョコ、ありがとうございました。すごく美味しかったです。〉
「――なんだ、普通の感想じゃん。これがどうかした?」
「問題はその後なんです。そのまま画面、スクロールさせてみて下さい」
「……うん、分かった。――うーわー……」
彼がげんなりした声を上げたその理由は――。
〈でも、僕には絢乃さんの唇の方が甘かったですけどね。〉
「…………何だこれ!? アイツ、めっちゃキザじゃんー。しかも見事に既読スルーされてやんの!」
あまりにもキザすぎて彼らしくない一文に、悠さんはお腹を抱えて大爆笑し始めた。
「でしょう? わたしも、これを読んだら返信に困っちゃって」
「あー、おもしれー! でもそっか、これで納得いった。アイツ、今朝めっちゃ落ち込んでたんだわ。なるほどなぁ、これが原因だったんだな」
「そりゃあ、せっかく手作りチョコの感想を送ったのに既読スルーされたんじゃ、落ち込んでも仕方ないですよね」
わたしは貢に対して申し訳ない気持ちになった。せめて感想をくれたお礼だけでも返すべきだったのに。既読スルーはやっちゃいけなかったかな。
「うんまぁ、それもあるけど。多分、アイツ自身がこの一文を送信した後、めちゃめちゃ悶絶してたはずだからさぁ。『なんで俺はこんなこと書いちまったんだぁ!』って。だってこれ、絶対アイツのキャラじゃねぇもん」
「……えっ?」
「多分、昨日君のファーストキスを強引に奪ったことも後悔してると思う。君があれで機嫌を損ねちまったんじゃないか、ってな。んで、この既読スルーで君を完全に怒らせちまったって思い込んだんじゃねぇかな」
「わたしは別に怒ってなんか……。ホントに気が動転してただけなんです。でも、貢さんはどうしてそんなにネガティブな方に解釈しちゃったんでしょう? 男性ってみんな、そんなに自分に自信がないものなんですか?」
貢が初恋だったわたしには、男性の心理を理解しようとするのはそれこそ司法試験並みに難しかった。
「いや、みんながみんなアイツみたいってわけじゃねぇよ。少なくともオレは違う。……それはともかく、アイツがあんななのはちょっと恋愛恐怖症だからかもなぁ。過去の失恋とか、他にも色々引きずってああなってるだけだから」
さすがはご兄弟だけあって、悠さんは貢のそのあたりの事情についてよくご存じらしい。恋愛恐怖症になってしまうほどの失恋(とその他諸々)って一体……? わたしはものすごく気になった。
「あの……、それってどんなことがあったんですか? お兄さまはご存じなんですよね?」
「それはオレに訊くより、アイツが話したくなった時に聞かせてもらった方がいいと思うよ。……でもさ、オレが思うに、アイツは絢乃ちゃんに嫌われるのが怖いだけだと思うんだよなぁ。絢乃ちゃんも気づいてるんだろ? アイツが君のことをどう思ってるのか」
わたしはコクン、と頷いた。里歩がずっと前に言っていたとおりだったのだ。わたしが勝手に「そんなわけないじゃない」と否定していただけで。
彼はそう言って身分証明書をわたしに見せてくれた。
「これで納得?」
「はい、大丈夫です。――ところで悠さん、よくわたしだってお分かりになりましたね」
悠さんも多分、わたしの姿はTVやネットでご覧になっていたと思う。でもそれは全部制服姿で映っていたはずだ。ちなみにこの日のわたしは、ピンク色のアーガイル柄が入ったベージュのハイネックニットに茶色いコーデュロイのロングスカート、焦げ茶のロングブーツにライトブラウンのダッフルコートという私服姿だった。
「そりゃまぁ、私服来てても醸し出すオーラっつうか、気品みたいなのは変わんねぇもん。――今日はひとり?」
「いえ、さっきまで親友と一緒でした。ふたりでボウリングに行ってて。……悠さん、は? 飲食系って、土日は書き入れ時なんじゃ?」
土曜日の夕方四時ごろは、飲食店ならディナータイムの仕込みやら何やらで忙しい時間帯だ。ウチのグループの傘下にも飲食チェーンがあるので、わたしも一応そのあたりの事情には詳しいわけである。
「うん。でもオレ店長やってて、今日は早番だったから今が帰りなんだ。副店長がいりゃ店は回るし。んで、絢乃ちゃんにここで会ったのはマジで偶然だから」
「はぁ、なるほど」
悠さんはご自身の事情を簡潔に話してくれたけれど、最後に偶然を強調したのはどうしてなんだろう? というか誰に対しての弁解?
「――あ、そうだ。絢乃ちゃん、これからちょっと時間もらえるかな? アイツのことで、君に話があんのよ」
「ええ、大丈夫ですけど。『アイツ』って弟さん……貢さんのことですか?」
「うん。じゃあ、ちょっと付き合ってもらおうかな」
貢のことで、と言われるとわたしも断れなかった。やっぱり、彼の考えていることが気になって仕方がなかったから。……でも、この時の光景って傍から見たらナンパの現場と捉えられても不思議じゃなかったと思う。
――悠さんに連れられて入ったのは、駅ビル近くにある分煙式のセルフカフェだった。
「絢乃ちゃん、喫煙席でも平気?」
「はい、大丈夫です」
店員さんに「喫煙席に、二人」と告げた悠さん。どうやら喫煙者、それもかなりの愛煙家らしいと分かったけれど、わたしは特別不快にも感じなかった。同じ兄弟でも、貢はまったくタバコを吸わない人なのだけれど。
「絢乃ちゃんって、タバコ平気な子なんだな」
彼がブラックコーヒーのカップを前にして向かいの席に座り、手慣れた仕草でタバコに火を点けるのをわたしが平然と眺めていると、感心したようにそう言われた。
「はい。三年前に亡くなった祖父もタバコを吸う人でしたから。両親はまったく吸わないんですけど……あ、父はもう過去形か」
父を亡くしてまだ一ヶ月半くらいで、もう過去形になっていることにわたしの心はチクリと痛んだ。まだ〝父の死〟というものを現実として受け入れられていなかったからかもしれない。
「――ところで、貢さんのことでわたしにお話っていうのは? 昨日、何か連絡があったんですか?」
わたしはケーキセットについていたホットのカフェラテを一口すすってから、本題を切り出した。ちなみにケーキはバレンタイン期間限定のガトーショコラだった。
「連絡があったっつうか、アイツ毎週末には実家に帰ってくんのよ。で、昨日もそうだったんだけど、なんか様子がヘンでさぁ」
「ヘン、って……どんなふうに?」
困惑ぎみに語りだした悠さんに、わたしは眉をひそめた。それには多分、前日の出来事が――わたしが関係していると思ったから。
「昨日、バレンタインだったじゃん? んで、チョコいっぱいもらってきたからって、オレに分けてくれたまではよかったんだけど。やたら機嫌いいかと思ったら急に黙り込んだり、ソワソワしたり。ちょっと情緒不安定っぽい感じ?」
「う~ん……」
わたしはどうコメントしていいか分からずに唸り、ガトーショコラにフォークを入れた。甘いけれどちょっとほろ苦いチョコレートの味は、何となく恋をしている時の感情に似ているかもしれない。
「……あ、そういやアイツ、絢乃ちゃんからもチョコもらったって言ってたな。手作りだって嬉しそうにして、オレも『一個くれ』って言ったんだけど、一個もくれなかったんだよ。――っと、んなことはどうでもいいや。絢乃ちゃん、アイツからチョコの感想もらった?」
「はい、ラインでもらいましたけど……。これ見てもらえますか? ちょっと、一人で読むの恥ずかしくて」
わたしは前夜に彼から受信したメッセージの画面をスマホに表示させてテーブルの上に置いた。
〈手作りチョコ、ありがとうございました。すごく美味しかったです。〉
「――なんだ、普通の感想じゃん。これがどうかした?」
「問題はその後なんです。そのまま画面、スクロールさせてみて下さい」
「……うん、分かった。――うーわー……」
彼がげんなりした声を上げたその理由は――。
〈でも、僕には絢乃さんの唇の方が甘かったですけどね。〉
「…………何だこれ!? アイツ、めっちゃキザじゃんー。しかも見事に既読スルーされてやんの!」
あまりにもキザすぎて彼らしくない一文に、悠さんはお腹を抱えて大爆笑し始めた。
「でしょう? わたしも、これを読んだら返信に困っちゃって」
「あー、おもしれー! でもそっか、これで納得いった。アイツ、今朝めっちゃ落ち込んでたんだわ。なるほどなぁ、これが原因だったんだな」
「そりゃあ、せっかく手作りチョコの感想を送ったのに既読スルーされたんじゃ、落ち込んでも仕方ないですよね」
わたしは貢に対して申し訳ない気持ちになった。せめて感想をくれたお礼だけでも返すべきだったのに。既読スルーはやっちゃいけなかったかな。
「うんまぁ、それもあるけど。多分、アイツ自身がこの一文を送信した後、めちゃめちゃ悶絶してたはずだからさぁ。『なんで俺はこんなこと書いちまったんだぁ!』って。だってこれ、絶対アイツのキャラじゃねぇもん」
「……えっ?」
「多分、昨日君のファーストキスを強引に奪ったことも後悔してると思う。君があれで機嫌を損ねちまったんじゃないか、ってな。んで、この既読スルーで君を完全に怒らせちまったって思い込んだんじゃねぇかな」
「わたしは別に怒ってなんか……。ホントに気が動転してただけなんです。でも、貢さんはどうしてそんなにネガティブな方に解釈しちゃったんでしょう? 男性ってみんな、そんなに自分に自信がないものなんですか?」
貢が初恋だったわたしには、男性の心理を理解しようとするのはそれこそ司法試験並みに難しかった。
「いや、みんながみんなアイツみたいってわけじゃねぇよ。少なくともオレは違う。……それはともかく、アイツがあんななのはちょっと恋愛恐怖症だからかもなぁ。過去の失恋とか、他にも色々引きずってああなってるだけだから」
さすがはご兄弟だけあって、悠さんは貢のそのあたりの事情についてよくご存じらしい。恋愛恐怖症になってしまうほどの失恋(とその他諸々)って一体……? わたしはものすごく気になった。
「あの……、それってどんなことがあったんですか? お兄さまはご存じなんですよね?」
「それはオレに訊くより、アイツが話したくなった時に聞かせてもらった方がいいと思うよ。……でもさ、オレが思うに、アイツは絢乃ちゃんに嫌われるのが怖いだけだと思うんだよなぁ。絢乃ちゃんも気づいてるんだろ? アイツが君のことをどう思ってるのか」
わたしはコクン、と頷いた。里歩がずっと前に言っていたとおりだったのだ。わたしが勝手に「そんなわけないじゃない」と否定していただけで。
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