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第2部 放課後トップレディの初恋
繋がり合う気持ち ①
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「――ただいま……」
「絢乃、おかえりなさい。――あら、なんか顔赤いけど大丈夫? 熱でもあるの?」
玄関でわたしを出迎えてくれた母は、わたしの顔が真っ赤になっていたことに目ざとく気づいた。
「あ、ううん。そういうんじゃないから大丈夫。ただ……」
「ただ?」
わたしは貢にキスされたことを母に打ち明けようとして思いとどまった。母もわたしが彼に恋をしていることは知っていたけれど、果たして彼の方の気持ちまで知っていたかどうかは分からなかった。もし万が一、打ち明けたことで彼に不都合なことが起きてしまったら……?
「…………うん、まぁ。その……何でもない。桐島さんとみんなにはちゃんとチョコあげられたから。あ、これね、学校の後輩の子たちからもらったチョコ」
ごまかすように、小さめの紙袋を母に差し出した。
「あら、いいの? ……これだけ?」
「ううん。もっとたくさんもらったけど、ここにあるのは手作りの分だけ。市販品は会社の給湯室に保管してもらうことにしたの」
「そうなのね。じゃあ、夕食後のデザートに史子さんと寺田と四人で頂きましょうか。絢乃、お腹空いてるでしょう? もう夕食にしてもらう? 今日はクリームシチューですって」
「うん……、そうしようかな。部屋で着替えてくるね」
わたしは家に帰ってからずっと、母とも目を合わせられなかった。
「そういえば、昭和のロックバンドの曲によく似た状況の歌詞があったな……」
里歩が好きな曲で、わたしもストリーミングで聴かせてもらったことがある。この時のわたしの状態は、あの歌詞と見事にシンクロしていた。
* * * *
「――で? なんでアンタ、そこで告らなかったかな……。っと、おっしゃ、ストライク!」
翌日の土曜日。わたしは午後から里歩に誘われて新宿のボウリング場にいた。彼女はここでも運動神経のよさを発揮して、ストライクやスペアを量産していた。
「だって、気が動転しちゃったんだもん、それどころじゃ……、あー……」
対いてわたしのヘタクソな投球は見事に溝へ吸い込まれていった。ピンが倒れたとしても、せいぜい端っこの二~三本くらい。そのせいでわたしのスコア表には、数字よりも「G」の文字の方が多かった。
「アンタってボウリングもダメダメなんだね」
「はいはい、どうせわたしは運動オンチですよー。ホント、里歩が羨ましい」
スキニーデニムにパーカー姿の里歩は、脚が太めなことを気にしているらしい。でも、スポーツのセンスがまるでないわたしは彼女の筋肉質な脚がカッコいいと思う。
「だいたいさぁ、ボウリングにロングスカートで来るってどうよ」
「それは別にいいじゃない」
里歩の指摘に、わたしは口を尖らせた。
――二ゲームほど遊んだら、体力に自信のある里歩はともかくわたしはもうすっかりヘトヘトになってしまった。
「…………疲れたね。もう終わろっか」
「うん。里歩、ありがとね」
わたしから「もう終わろう」と言う前に、里歩の方から言ってくれた。
「――ところでさ、どうして桐島さんが昨日のタイミングでキスしたか、なんだけど」
「うん……。彼、ああいうことしそうな人じゃないと思ってたのになぁ」
休憩しに入った駅ビルのカフェで、アイスラテを飲みながらわたしは頬杖をついてそうこぼした。店内は暖房が効いていたので、冷たい飲み物でちょうどよかった。
「あたしが思うに、それって彼がアンタの気持ちを知ったからなんじゃないかな?」
「あー……。そういえば昨日、そんなこと言ってたような気が……。パニクってて頭に入ってこなかったけど」
彼は気づいていたのだ。わたしからのチョコが本命=わたしが自分を好きなんだということに。
「だってさ、こないだCM出演のオファーが来た時にアンタ言ったんでしょ? 『ファーストキスは絶対、好きな人としたい』って。彼もそれ憶えてたんだよ。で、それが自分なんだって気づいたんじゃないかな」
わたしと同じものを、ガムシロップ少なめで飲む彼女はわたしと同い年なのに少しだけ大人に見えた。
「…………うん、確かに言ったけど。あれじゃあんまりにも急展開すぎるよ。理解が追いつかないってば」
「でも、キスだけで済んだと思えばさ。桐島さんはまだ紳士的な方だと思うよ。ヘタすりゃ押し倒されてたかもしれないんだから」
「おし……、えっ!?」
あまりにも生々しい言葉が出てきて、わたしはギョッとなった。
「世の中には、そういう男もいるってこと。アンタ、小坂リョウジに口説かれかかったらしいじゃん。危なかったよね。桐島さんがついててくれなかったら、確実にそうなってたよ」
「うん……。ホント、彼には感謝しかないわ」
確かに、あんな人に無理やりモノにされるくらいなら、貢にキスされたくらいはまだ可愛らしいのかもしれない。
「――あ、そういえば知ってる? あのCM、早くもネットで騒がれてるんだよ。これこれ」
里歩は自分のスマホでニュースサイトを開き、テーブルの上に置いた。わたしが覗き込んだその画面に表示されていたのは――。
「『〈Sコスメティックス〉新作口紅CM、小坂リョウジと共演の謎の美女は誰だ!?』? ……ウソ、こんなに話題になっちゃってるの?」
あのCMはすでに放映されていて、反響がすごいのだと〈Sコスメティックス〉の広報部の人たちから喜びの連絡が来ていたけれど。わたしはSNSをやっていなかったので、ここまで騒がれていたのは知らなかった。
「そうなんだよ。でも幸い、絢乃だってことを突き止めた人はまだいないみたい。よかったねー」
「…………うん。よかった……のかなぁ?」
これは喜んでいいものか微妙なところだった。
「――でも、今日は誘ってくれた里歩に感謝しなきゃ。ひとりで家にいて悶々としてたって埒あかなかったから」
「だしょ? こういう時は、恋愛上級者の里歩サマを頼ればいいんだって」
わたしは本当に幸せものだ。だって、こんなに頼もしい親友に恵まれたんだから。
* * * *
――お店を出たところで、里歩が立ち止まって「あ、ライン来てる」とスマホを見た。
「ライン? 彼氏さんから?」
「ううん、お父さんからだ。これからお母さんと三人で買い物に行かないか、って。あたし、そろそろスマホの機種変したいと思ってたから、お父さんにお願いしてみようかな」
……お父さんと三人でお出かけなんて羨ましい。わたしにはもう、二度とできないことだったから。
「里歩、行ってきなよ。お父さんには甘えられる時に甘えさせてもらわなきゃ、いなくなってから後悔するよ」
「絢乃……。ありがと、じゃあ今日はここでバイバイだね。また連絡するから」
「うん。今日は付き合ってくれてありがと」
里歩と別れた後、ひとりで駅ビルの中をブラブラ歩いていると――。
「あのさ、間違ってたらゴメン。――篠沢、絢乃ちゃん?」
「……はい? そう……ですけど」
後ろから唐突に男性に声をかけられ、わたしは戸惑いながら振り返り、その男性の顔をまじまじと見つめた。この人、誰かに似ているような……。
「あ、ゴメン! オレは決して怪しいモンしゃないから。……っていうか、オレの顔に何かついてる?」
「あー……、いえ。ちょっと知り合いに似てるなぁと思って。でも誰だったか思い出せなくて」
「ああ、そういうことか。――オレの名前は、桐島悠。弟がいつもお世話になってます、絢乃ちゃん」
「桐島? ……って、ああ! もしかして、桐島さんのお兄さまですか? 調理のお仕事をなさってるっていう」
そうか、貢に似ているんだ。ちょっと猫っ毛な髪質や、優しそうな目もとや、シャープな顎のラインが。
貢には四歳上のお兄さまがいると、わたしもその四ヶ月前に聞いていた。この男性はちょうど三十歳前後、年齢的にも彼の四歳くらい上に見えた。
「大正解♪」
貢のお兄さま――悠さんは、嬉しそうにニンマリ笑った。
「絢乃、おかえりなさい。――あら、なんか顔赤いけど大丈夫? 熱でもあるの?」
玄関でわたしを出迎えてくれた母は、わたしの顔が真っ赤になっていたことに目ざとく気づいた。
「あ、ううん。そういうんじゃないから大丈夫。ただ……」
「ただ?」
わたしは貢にキスされたことを母に打ち明けようとして思いとどまった。母もわたしが彼に恋をしていることは知っていたけれど、果たして彼の方の気持ちまで知っていたかどうかは分からなかった。もし万が一、打ち明けたことで彼に不都合なことが起きてしまったら……?
「…………うん、まぁ。その……何でもない。桐島さんとみんなにはちゃんとチョコあげられたから。あ、これね、学校の後輩の子たちからもらったチョコ」
ごまかすように、小さめの紙袋を母に差し出した。
「あら、いいの? ……これだけ?」
「ううん。もっとたくさんもらったけど、ここにあるのは手作りの分だけ。市販品は会社の給湯室に保管してもらうことにしたの」
「そうなのね。じゃあ、夕食後のデザートに史子さんと寺田と四人で頂きましょうか。絢乃、お腹空いてるでしょう? もう夕食にしてもらう? 今日はクリームシチューですって」
「うん……、そうしようかな。部屋で着替えてくるね」
わたしは家に帰ってからずっと、母とも目を合わせられなかった。
「そういえば、昭和のロックバンドの曲によく似た状況の歌詞があったな……」
里歩が好きな曲で、わたしもストリーミングで聴かせてもらったことがある。この時のわたしの状態は、あの歌詞と見事にシンクロしていた。
* * * *
「――で? なんでアンタ、そこで告らなかったかな……。っと、おっしゃ、ストライク!」
翌日の土曜日。わたしは午後から里歩に誘われて新宿のボウリング場にいた。彼女はここでも運動神経のよさを発揮して、ストライクやスペアを量産していた。
「だって、気が動転しちゃったんだもん、それどころじゃ……、あー……」
対いてわたしのヘタクソな投球は見事に溝へ吸い込まれていった。ピンが倒れたとしても、せいぜい端っこの二~三本くらい。そのせいでわたしのスコア表には、数字よりも「G」の文字の方が多かった。
「アンタってボウリングもダメダメなんだね」
「はいはい、どうせわたしは運動オンチですよー。ホント、里歩が羨ましい」
スキニーデニムにパーカー姿の里歩は、脚が太めなことを気にしているらしい。でも、スポーツのセンスがまるでないわたしは彼女の筋肉質な脚がカッコいいと思う。
「だいたいさぁ、ボウリングにロングスカートで来るってどうよ」
「それは別にいいじゃない」
里歩の指摘に、わたしは口を尖らせた。
――二ゲームほど遊んだら、体力に自信のある里歩はともかくわたしはもうすっかりヘトヘトになってしまった。
「…………疲れたね。もう終わろっか」
「うん。里歩、ありがとね」
わたしから「もう終わろう」と言う前に、里歩の方から言ってくれた。
「――ところでさ、どうして桐島さんが昨日のタイミングでキスしたか、なんだけど」
「うん……。彼、ああいうことしそうな人じゃないと思ってたのになぁ」
休憩しに入った駅ビルのカフェで、アイスラテを飲みながらわたしは頬杖をついてそうこぼした。店内は暖房が効いていたので、冷たい飲み物でちょうどよかった。
「あたしが思うに、それって彼がアンタの気持ちを知ったからなんじゃないかな?」
「あー……。そういえば昨日、そんなこと言ってたような気が……。パニクってて頭に入ってこなかったけど」
彼は気づいていたのだ。わたしからのチョコが本命=わたしが自分を好きなんだということに。
「だってさ、こないだCM出演のオファーが来た時にアンタ言ったんでしょ? 『ファーストキスは絶対、好きな人としたい』って。彼もそれ憶えてたんだよ。で、それが自分なんだって気づいたんじゃないかな」
わたしと同じものを、ガムシロップ少なめで飲む彼女はわたしと同い年なのに少しだけ大人に見えた。
「…………うん、確かに言ったけど。あれじゃあんまりにも急展開すぎるよ。理解が追いつかないってば」
「でも、キスだけで済んだと思えばさ。桐島さんはまだ紳士的な方だと思うよ。ヘタすりゃ押し倒されてたかもしれないんだから」
「おし……、えっ!?」
あまりにも生々しい言葉が出てきて、わたしはギョッとなった。
「世の中には、そういう男もいるってこと。アンタ、小坂リョウジに口説かれかかったらしいじゃん。危なかったよね。桐島さんがついててくれなかったら、確実にそうなってたよ」
「うん……。ホント、彼には感謝しかないわ」
確かに、あんな人に無理やりモノにされるくらいなら、貢にキスされたくらいはまだ可愛らしいのかもしれない。
「――あ、そういえば知ってる? あのCM、早くもネットで騒がれてるんだよ。これこれ」
里歩は自分のスマホでニュースサイトを開き、テーブルの上に置いた。わたしが覗き込んだその画面に表示されていたのは――。
「『〈Sコスメティックス〉新作口紅CM、小坂リョウジと共演の謎の美女は誰だ!?』? ……ウソ、こんなに話題になっちゃってるの?」
あのCMはすでに放映されていて、反響がすごいのだと〈Sコスメティックス〉の広報部の人たちから喜びの連絡が来ていたけれど。わたしはSNSをやっていなかったので、ここまで騒がれていたのは知らなかった。
「そうなんだよ。でも幸い、絢乃だってことを突き止めた人はまだいないみたい。よかったねー」
「…………うん。よかった……のかなぁ?」
これは喜んでいいものか微妙なところだった。
「――でも、今日は誘ってくれた里歩に感謝しなきゃ。ひとりで家にいて悶々としてたって埒あかなかったから」
「だしょ? こういう時は、恋愛上級者の里歩サマを頼ればいいんだって」
わたしは本当に幸せものだ。だって、こんなに頼もしい親友に恵まれたんだから。
* * * *
――お店を出たところで、里歩が立ち止まって「あ、ライン来てる」とスマホを見た。
「ライン? 彼氏さんから?」
「ううん、お父さんからだ。これからお母さんと三人で買い物に行かないか、って。あたし、そろそろスマホの機種変したいと思ってたから、お父さんにお願いしてみようかな」
……お父さんと三人でお出かけなんて羨ましい。わたしにはもう、二度とできないことだったから。
「里歩、行ってきなよ。お父さんには甘えられる時に甘えさせてもらわなきゃ、いなくなってから後悔するよ」
「絢乃……。ありがと、じゃあ今日はここでバイバイだね。また連絡するから」
「うん。今日は付き合ってくれてありがと」
里歩と別れた後、ひとりで駅ビルの中をブラブラ歩いていると――。
「あのさ、間違ってたらゴメン。――篠沢、絢乃ちゃん?」
「……はい? そう……ですけど」
後ろから唐突に男性に声をかけられ、わたしは戸惑いながら振り返り、その男性の顔をまじまじと見つめた。この人、誰かに似ているような……。
「あ、ゴメン! オレは決して怪しいモンしゃないから。……っていうか、オレの顔に何かついてる?」
「あー……、いえ。ちょっと知り合いに似てるなぁと思って。でも誰だったか思い出せなくて」
「ああ、そういうことか。――オレの名前は、桐島悠。弟がいつもお世話になってます、絢乃ちゃん」
「桐島? ……って、ああ! もしかして、桐島さんのお兄さまですか? 調理のお仕事をなさってるっていう」
そうか、貢に似ているんだ。ちょっと猫っ毛な髪質や、優しそうな目もとや、シャープな顎のラインが。
貢には四歳上のお兄さまがいると、わたしもその四ヶ月前に聞いていた。この男性はちょうど三十歳前後、年齢的にも彼の四歳くらい上に見えた。
「大正解♪」
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