トップシークレット☆ ~お嬢さま会長は新米秘書に初恋をささげる~【減筆版】

日暮ミミ♪

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第2部 放課後トップレディの初恋

縮まらないディスタンス ③

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「――美味しい~♡ このボリュームとクオリティが五百円で食べられるってなかなかないよね」

 学年末テスト期間の翌週、わたしは貢と一緒に篠沢商事の社員食堂で昼食をとっていた。この日のメニューは、わたしはフェットチーネのカルボナーラ、貢はビーフシチュー定食。どちらも五百円、ワンコインだ。
 ちなみに篠沢商事の社食は外部発注ではなく、グループ企業の〈篠沢フーズ〉が一手に引き受けているので、低価格でメニューも豊富なのが特徴である。これをまだ学生の身で味わえたのは会長特権かもしれない。

「あ~、幸せ~~♪」

「会長って何か召し上がっている時、すごく幸せそうな顔になりますよね。見ている僕の方まで幸せな気持ちになりますよ」

 彼は目を細めながら、美味しいパスタに顔を綻ばせるわたしを眺めていた。

「キライな食べ物とか、苦手な食べ物ってないんですか?」

「んー、ワサビとカラシはダメだけど、あとは特にないかな」

「そうなんですね……」

 彼はまた目を細めた。

 秘書室に異動してから、彼の精神状態は穏やかになっているようでわたしもホッとしていたけれど、まだ彼を苦しめていた根本原因が解決したわけではない。もしかしたらその時にもまだ進行形だったかもしれないのだ。
 会長就任から一ヶ月。バタバタしていたわたしの周りも落ち着いてきた頃だし、そろそろ動き始めるにはいい時期じゃないだろうか。そう思った。

「――ねえ桐島さん。ランチが済んだらわたし、ちょっと抜けるから。貴方は先に会長室に戻っててね。すぐに戻れると思うけど」

「……はぁ、分かりましたけど。どちらへ行かれるんですか?」

「人事部、山崎さんのところ。貴方が受けてたハラスメント問題について、そろそろ動いてみようと思って。『餅は餅屋』って言うでしょ?」

 ハラスメント問題の調査にはきっと時間がかかる。まずは山崎さんに、総務課の現状を調べてもらおうと思った。

「……えっ? いえ、ですが……。会長自ら動かれるようなことでは……」

「こういう時こそ、トップが動かなくてどうするの? 大丈夫だから、ここはわたしにドーンと任せなさい。ね?」

「…………はい」

「あと、バレンタインチョコもちゃんと用意するから。お返しは考えなくていいから、その代わりに誕生日プレゼント、よろしくね」

「はぁ。お誕生日はいつでしたっけ?」

「四月三日だよ」

「了解しました」

 ――この後、わたしは彼への本命チョコをどんなものにするか、そして彼は多分、わたしへの誕生日プレゼントに悩んでいたことだろう。二人で考えごとにふけりながらランチを食べ続けていたのだった。


「――じゃあわたし、人事部に顔を出してくるから」

「はい。行ってらっしゃいませ」

 わたしは人事部のある三十階でエレベーターを降り、貢が乗ったエレベーターはそのまま最上階へと上がっていった。
 人事部はこのフロアーでエレベーターホールから見て奥の方、人事部長室はその一番奥、会長室のちょうど四フロアー下にある。

「――上村うえむらさん、お疲れさま。山崎部長はいらっしゃいますか?」

 執務室の前、秘書席に座っていた専務秘書の女性に声をかけると、彼女はわたしの顔を見て一瞬驚いた後、「ええ、いらっしゃいます。お呼びしましょうか?」とわたしに訊ねた。

「ううん。わたしから押しかけてきたんだし、中に入らせてもらえればいいから。山崎さんにちょっと大事な話があって……」

「そういうことでしたか。分かりました。どうぞお入り下さい。――お茶、お持ち致しましょうか?」

「ああ、すぐに失礼するからお構いなく。ありがとう」

 上村さんの許可を得たわたしは自ら部長室の木製ドアをノックした。ちなみに会長室のドアも木製だけれど、重みというか重厚感は人事部長室や他の執務室の方が少し軽いと思う。わたしは建築家でも設計士でもないのでよく分からないけれど。

「――はい。誰だね?」

 中から聞こえてきたダンディーな声の主は、「わたし、篠沢ですけど」と名乗ると慌ててドアを開けに出てきて
「これは会長! 失礼致しました。どうぞ」とわたしを招き入れてくれた。

「――どうされたんです、会長? わざわざ私を訪ねてこられるとは」

 応接スペースの革張りソファーに腰を下ろすと、彼は会長自らの突撃訪問に首を傾げた。

「何か用がおありなら、会長室へお呼び下されば私の方から参りましたのに」

「今日はわたしから貴方にお願いがあって来たんです。頼みごとをするのに呼びつけるのは失礼でしょう?」

 これはわたしの方針であり、亡き父の方針でもあった。たとえ上司と部下の関係であっても、頼みごとをする時には自分から出向くべし。

「まぁ、確かにそのとおりですな。――で、私にお願いしたいこととは?」

「山崎さんの方がよくご存じだと思うんですけど、総務課でハラスメントの問題が起きているそうですね。それについて、内密に詳しい調査をお願いしたくて。今も進行形なのか、とか大体どれくらいの人たちが被害に遭っているのか、とかそのあたりについて調べてほしくて」

「はぁ、そういうことでしたらお安いご用ですが。会長はそれを知ってどうされるおつもりなんですか?」

「実は……、わたしの秘書の桐島さんもその被害に遭ってたみたいなんです。彼は異動することでそれ以上の被害を回避できましたけど、問題自体が解決したわけじゃないですよね。なので、わたしはこの問題の全貌が分かったら世間に公表しようと思ってます」

 不祥事は隠蔽いんぺいすることなかれ。これもまた父の信条だった。たとえ一時的に会社のイメージが悪くなったとしても、すぐにプラスに転じるから、と。

「わたしとしては、年度末までに決着をつけたくて。あまり時間がないのでできるだけ迅速に動いて頂けますか?」

「…………分りました。さっそく動いてみましょう。会長のご期待に沿えるかどうかは分かりかねますが」

「お願いします、山崎さん。――お時間取って頂いてありがとうございました」

「いえいえ。また何かお役に立てることがありましたら、いつでも相談にいらして下さい」

 わたしは「それじゃ、失礼します」と言って人事部長室を後にした。


「――あ、会長。おかえりなさい」

「ただいま。わたし最近、やっとここが自分の居場所なんだなぁって思えてきたよ」

 PCで仕事をしながら笑顔で出迎えてくれた貢に、わたしも笑顔で応えた。

「それはよかったです。――それで、専務は何と?」

「うん、さっそく動いてみるって。年度末まであんまり時間ないからね。彼も忙しい人だし」

 わたしが年度内にこだわっていた理由は、新年度から入社してくれる人たちを安心して迎え入れたかったから。誰が好きこのんで問題のある企業に入社したがるものか。

「――さて、じゃあ今日の仕事にかかりますかね。桐島さん、これは明日の会議で使う資料?」

 PCを起動させる前に、わたしはデスクの上に置かれた書類に目をとめた。

「ええ、そうです。午前のうちにまとめておいたんですが……、何か問題ありました?」

「う~ん、誤字脱字はないけど。わたしはこっちの表現にした方が伝わりやすいかなーって」

 わたしのデスクまで不安そうにやってきた彼にそう言いながら、プリントアウトされた資料に赤ペンで修正を入れた。

「ああ……、なるほど。確かにそうですね。ご指摘ありがとうございます。会長は書かれる字も丁寧でキレイですね」

「え……、そうかな? ありがと。そんなストレートに褒められたらなんか照れちゃうよ」

 彼は本当に優しくて実直で、そして褒め上手な人だ。なのに、どうして彼女ができないんだろうとわたしは不思議で仕方がなかった。
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