トップシークレット☆ ~お嬢さま会長は新米秘書に初恋をささげる~【減筆版】

日暮ミミ♪

文字の大きさ
上 下
2 / 55
第1部 父との別れとわたしが進むべき道

父の誕生日 ①

しおりを挟む
 ――わたしが彼と初めて出会ったのは、二年前の十月半ば。グループの本部・篠沢商事本社の大ホールで父の誕生日パーティーが開かれていた夜のことだった。

 父の家族として、母の加奈子かなことともに出席していたわたしは突然姿が見えなくなっていた父を探して会場内を歩き回っていた。やたら裾が広がってジャマになる桜色のミモレ丈のドレスに、歩きにくいハイヒールのパンプスでドレスアップして。
 父はその数日前から体調を崩し、体重もかなり落ちていたけれど、「自分の誕生祝いの場に出ないわけにはいかないだろう」と無理をおして出席していた。

「どこかで具合悪くなって、ひとりで倒れてたりしないかな……。なんか心配」

 一度立ち止まり、あたりをキョロキョロと見回したその時だった。貢がその会場にいることに気づいたのは。
 彼が明らかに会場内で浮いているなと感じたのは、彼ひとりだけが(わたしを除いて)ものすごく若かったから。着ていたのはグレーのスーツだったけれど、まだなじんでいない感じが見て取れたのだ。多分、入社してまだ五年と経っていないんじゃないかな、とわたしには推測できた。
 身長は百八十センチあるかないかくらい。スラリとせているけれど、貧弱というわけでもなく、程よくガッシリとした体型。そして、顔立ちはなかなかに整っている。間違いなく〝イケメン〟のカテゴリーには入るだろう。何より、優しそうな目元にわたしはかれた。
 それともう一つ、彼が周りの人たちに対してあまりにも腰が低かったから、というのもわたしが彼に注目した理由だった。この日招待されていたのはグループ企業の管理職以上の人たちばかりだったけれど、彼が役職ポストくには若すぎたし、そもそもウチのグループに二十代の管理職がいたなんて話、わたしは父から一度も聞かされたことがなかった。

「もしかしてあの人、誰か他の招待客の代理で来てるのかな……?」

 ――と、思いがけず彼とわたしの目線が合った気がした。
 あまりにもジロジロとぎょうしすぎていたかも、と少し気まずく思い、それをごまかそうとこちらから笑顔でしゃくすると、彼も笑顔でお辞儀をしてくれた。
 ……なんて律儀りちぎな人。こんな年下の小娘に丁寧に頭を下げるなんて。――彼に対するわたしの第一印象はこれで、気がついたら彼のことが気になって、彼から目が離せなくなっている自分がいた。
 この感情が〝恋〟なのだと気づいたのは、その翌日のことだったけれど……。だってわたしは、それまでに一度も恋をしたことがなかったから。

「――あっ、いけない! パパを探してる途中だったんだ!」

 わたしはハッと我に返り、彼のことをもっと見ていたいという誘惑を頭の中から追い払い、再び広い会場内を早歩きで移動し始めたのだけれど。その時、母が貢と何か話している光景がわたしの目に飛び込んできた。
 母は楽しそうに彼をからかっているように見え、それに対して彼は何だか恐縮している様子で、母にペコペコと頭を下げているようだった。

「ママ、あの人と一体、どんな話をしてるんだろう……?」

 二人の様子も少し気になったけれど、その時の優先順位は父を探すことの方が上だったので、その疑問はとりあえず頭の隅っこへと追いやっておくことにした。

「――あっ、いた! パパー!」

 その少し後、わたしはバーカウンターにもたれかかっている父の姿を見つけた。

「絢乃? どうしたんだ、そんなに血相かえて」

「どうしたんだ、じゃないでしょ? パパのことが心配だったの!」

 そう言いながらわたしがカウンターの上にチラッと目を遣れば、そこにはウィスキーの水割りが入ったグラスが。

「お酒……飲んでたの? ママに止められてるのに」

 とがめるわたしに、父は困ったような表情を浮かべてこう言った。

「心配するな。これでまだ一杯目だから。誕生日なんだから、これくらい許してくれよ、な? 頼むから」

 いい歳をしてダダっ子のような父に、わたしは思わず吹き出してしまった。これでオフィスにいる時には、堂々たるボスの風格をたたえていたのだ。そんな父のギャップを見られるのは、家族であるわたしと母だけの特権だったかもしれない。

「仕方ないなぁ……。じゃあ、その一杯だけでやめとこうね? ママもそれくらいなら許してくれると思うから」

「ああ、分かってる。すまないな。絢乃もいつの間にか、こんなに大人になってたんだなぁ」

「……パパ、わたしまだ高校二年生だよ?」

 どこか遠くを見るような目をして言った父に、わたしはそうツッコんだ。けれど、多分父が言いたかったのはそういうことじゃなかったのだ。
 父親にお説教ができるくらい、わたしが成長したと言いたかったのだと思う。

 ――わたしは初等部から、八王子はちおうじ市にある私立茗桜めいおう女子学院に通っていた。
 女子校に入ったのは両親の意向では決してなく、わたし自身の意思からだった。「制服が可愛いから」というのが、その理由である。
 父も母も、わたしの教育に関しては厳格げんかくでなく、どちらかといえば「お嬢さまイコール箱入り娘」という考え方こそ時代遅れだと思っていたようだ。わたしには世間一般の常識などもちゃんと知ったうえで、大人になってほしいという教育方針だったのだろう。
 その証拠に、両親はどんな時にもわたしの意思をキチンと尊重してくれて、わたしがやりたいと思ったことには何でもチャレンジさせてくれた。習いごとに関してもそれは同じで、父や母から強要されたことはなく、わたしが自分から「習いたい」と言ったことをさせてくれていた感じだった。
 だからわたしは、初等部の頃からずっと電車通学だったし、放課後には友だちとショッピングを楽しんだり、カフェでお茶したりといったことも禁止されなくて、のびのびと自由度の高い学校生活を送ることができたのだと、両親には今でも感謝している。

 ――それはさておき。

「あら、あなた。こんなところにいたのね。……まあ! お酒なんか飲んで! ダメって言ったでしょう!?」

 父と二人で楽しく談笑していると、そこへ母がやってきて、父の飲酒に目くじらを立て始めた。「体調が悪いのに飲酒なんて何を考えているの」「心配している家族の気持ちも考えて」と、まるで母親に叱られる子供みたいに母から叱責されている父が、わたしはだんだんかわいそうになってきた。

「ママ、そんなに怒ったらパパがかわいそうだよ。今日はお誕生日なんだし、それくらいわたしに免じて大目に見てあげて!」

 自分も父の飲酒を咎めていたことなんか棚に上げて、わたしは父の味方についた。妻と娘、両方から集中砲火を浴びせられたら逃げ場を失ってしまうからだ。ましてや父は篠沢家の入り婿で、立場が弱かったから。

「ね? ママ、お願い!」

 手を合わせて懇願こんがんしたわたしに、母はやれやれ、と肩をすくめて白旗を揚げた。父もそうだったけれど、母も何だかんだ言ってわたしにめっぽう甘いのだ。

「…………しょうがないわねぇ。ここは絢乃に免じて目をつぶってあげる。ただし、その一杯だけにしてね?」

「分かったよ。ありがとう、加奈子。君にも心配をかけて申し訳ない」

 父は許可してくれた母にお礼とおびを言って、チビチビとクラスをかたむけた。母はどうやら娘のわたしにだけでなく、夫である父にも甘かったらしい。

 ――結婚前、篠沢商事の営業部に勤めるイチ社員に過ぎなかった父は、当時の上司――営業部長の勧めで会長令嬢だった母とお見合いし、その日にすぐ共通の趣味であるジャズの話で意気投合したそうだ。そんな二人が結婚を決めるのに、それほど時間はかからなかったらしい。
 二人は結ばれるべくして結ばれたので、父は母のことを本当に愛していたと思う。娘のわたしが見た限りでは、夫婦仲もよかった。
 そして、父は一粒種ひとつぶだねだったわたしのことすごく大事に思ってくれていた。
 わたしも父のことが(もちろん、母のことも)大好きで、尊敬もしていたので、子供の頃から「わたしが父の後を継ぐんだ」と思うようになったのもごく自然なことだったのかもしれない。

 わたしたち親子三人は本当に、心から幸せだった。――から三ヶ月後までは。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

処理中です...