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本音
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繋いだ手を引っ張るようにシンが先に立って歩きはじめた。
声をかけてくる友人達と軽く挨拶を交わしながら、手の怪我の事を何度聞かれても笑顔で応えているシンの姿は、昨日までのシンと何も変わっていないようにも思えた。
隣に並んで歩きながら横顔をちらっと見上げると何か話したいことがあるとすぐに気が付いてこちらに目で問いかけてきてくれる――こんなところも、まるで変わらない。
「ねぇ、そういえば あの女の子と何があったの?」
「え?女の子?誰の話だっけ?」
「……友達の、元カノかな?名前知らないけど。」
「友達の元カノ?……誰だろ。」
「腕怪我した翌日の朝教室で楽しそうに話してた子。」
「あぁ、あの子?別に、何もないけど、なんで?」
「嘘。ガン無視したじゃん、私が教室入ってシンと目が合った時。何かやましい事があったんじゃないの?」
シンは呆れたように私の顔を覗き込むと、つなぎなおした手をぎゅっと握りしめた。
「喧嘩した翌朝でしょ?しかも腕折れてるフリまでしてたんだからやましいに決まってるじゃん。」
「ちょ、声大きい。」
遠巻きに見ていたらしいシンの女友達が二人こちらへ近寄ってくるのを確認すると、シンは何もなかったかのようにまたいつも通りの笑顔になった。
今の会話が聞かれてしまったのではないかと焦っている自分がおかしいのかと思う程の落ち着き様だ。
「シンおはよ~!あれ?もう仲直りしたの?」
「朝から何してんの?こんなとこで。」
「見ての通り朝からいちゃついております。」
「マジ溺愛、予想通りすぎてウケる。」
「結局一日しかもたなかった?」
「いや、半日じゃない?」
「俺は妄想の中で一体何を持たされようとしてる状態?」
「妄想って、それ言い方――」
微妙な愛想笑いを浮かべたまま会話に入っていけない私に気が付くと、シンは友人に向かって手で追い払うような仕草をした。
「あいつなら先に行ったよ?追いかけるなら急げ。」
「え?今日早くない?」
「ありがと、ほら、行こ!」
走り出した二人を見ながらシンはふと疲れたように真顔に戻った。
「あの子達二人はナオ狙い。彼氏と別れたの先週らしいよ?変わり身早すぎでしょ。それにナオも嫌がってるっていい加減気付かないもんかね?」
「あ……」
「……って、それが本音。」
「なる……ほど。」
「毒舌系なんかな、実は。」
シンは講義棟の入口近くで立ち止まるとそこで私の手を離した。今朝の講義は別々だからここから先は違う場所に移動する為だ。
「じゃ、また後で。」
今までとそんなに大きく態度が変わった訳ではなかったが、言い訳をするように少しずつ自分の思いを伝えてくれようとしているシンに私は何も言うことができなかった。シンに一方的に変わって欲しいと願っていたわけではないし、もちろん自分も変わらなければいけないはずなのに……。
シンは友人たち数人と合流すると、何やら楽しそうに話をしながら賑やかに去って行った。一人だけその場に取り残されたようになってしまった私はバッグを持つ手にぎゅっと力を込めると反対方向へと歩き出した。
シンは憧れている誰かの真似をして今の自分像を作り上げてきたと言っていた。本人は自分を変えようと、入学以来頑張っていたのかもしれないけれど、きっとその真似を止めたところで今シンの周りに集まっている人たちが全員逃げていくことはないように思えた。
必死になって誰かの真似をしたところで、結局のところ素の自分を全く出さずにはいられない訳だし、そもそものポテンシャルがなければいくら上手に真似をしたところでボロが出る。
廊下を少し行くと、さっき直哉さんを追いかけて行ったはずのシンの女友達が立ち話をしているのが見えた。直哉さんの姿が周りにないということは見つけられなかったのかもしれない。二人揃って機嫌が悪いようで近寄りがたい雰囲気だ。
直接の友達ではないけれど無視するわけにもいかないのでどうしようか──と思っていると向こうからあからさまに目を背けられ、無視をされた。
「ぼっちウケる。」
「ていうか彼氏がいたら女友達なんかいらないんでしょ?」
「言えてる。」
自分の事だと気が付いたけれど何も言い返す気にはなれない。無視して通り過ぎようとしたものの、彼女たちが立っているのはちょうど私が入ろうとしている部室の入り口付近だった。開いた扉から見える教室内にはこんな時に助けてくれそうな唯一の友達香菜の姿もない。
聞こえなかったふりをして二人の目の前を通り過ぎるしかないかと諦めかけたその時、廊下の反対側から香菜が小さく手を振って駆け寄ってくるのが見えた。
助かった、そう思うと肩の力が一気に抜けた。香菜の後ろからは大輔がゆっくりとついて来ている。
「香菜……」
「あれ?シンはもう行った?じゃ、俺も行くわ。香菜ちゃん後でね。」
「うん、じゃあね。」
香菜は大輔からレモンティーを受け取りながら入り口付近に立つ彼女たちに視線を送ると私に小声で問いかけた。
「どうかした?」
「ううん、何も。」
「そ……。」
入り口付近にいた二人組の女の子は急に興味を削がれたかのように此方に背を向けると、スマホを見ながら二人でくすくすと笑いはじめた。
「どう?あれからちょっとは話できた?」
「うん……。ありがと。」
「やっぱりね。」
香菜は席に着くなりスマホを取り出すと、せわしなく指を動かし始めた。ネイルが昨日とは違うし、そう思って改めて見ると指輪もなんだか新しい物のような気がしてきた。一体どれだけのお金をいわゆる自分磨きの為に使っているのか少しだけ興味が湧いて来た。
アクセサリーを少しだけ身に着けるくらいの真似なら自分にもできるだろうか……。
「それじゃ、今日の夜空けといてね。みんなでご飯食べに行こうよ。」
「え?今夜?」
アクセサリーやメイクの事をぼんやりと考えていた私にいきなり香菜様からの指令が飛んだ。
「そう、さっき大ちゃんと話してたの。美緒はあの人の連絡先知らないよね?」
「……あの人って?」
「さっき駐車場で一緒だった背の高い人。」
「あぁ、直哉さん?もちろん知らない。」
「じゃそっちはシンに任せよう。」
「待って、どういうこと?シンと直哉さんも一緒?」
「うん、まずかった?仲直りしたんだよね?」
「うん。」
「直哉さんってシンに向かってあんな事言うくらいだから仲良いんだよね?」
「うん……まぁ確かに。」
「じゃ問題ないじゃん?」
香菜はレモンティーを一口飲むと、顔にかかった髪を耳にかき上げながら笑った。香菜の耳元にはこれもまた私の見た事のない新しい銀色のピアスが揺れていた。
声をかけてくる友人達と軽く挨拶を交わしながら、手の怪我の事を何度聞かれても笑顔で応えているシンの姿は、昨日までのシンと何も変わっていないようにも思えた。
隣に並んで歩きながら横顔をちらっと見上げると何か話したいことがあるとすぐに気が付いてこちらに目で問いかけてきてくれる――こんなところも、まるで変わらない。
「ねぇ、そういえば あの女の子と何があったの?」
「え?女の子?誰の話だっけ?」
「……友達の、元カノかな?名前知らないけど。」
「友達の元カノ?……誰だろ。」
「腕怪我した翌日の朝教室で楽しそうに話してた子。」
「あぁ、あの子?別に、何もないけど、なんで?」
「嘘。ガン無視したじゃん、私が教室入ってシンと目が合った時。何かやましい事があったんじゃないの?」
シンは呆れたように私の顔を覗き込むと、つなぎなおした手をぎゅっと握りしめた。
「喧嘩した翌朝でしょ?しかも腕折れてるフリまでしてたんだからやましいに決まってるじゃん。」
「ちょ、声大きい。」
遠巻きに見ていたらしいシンの女友達が二人こちらへ近寄ってくるのを確認すると、シンは何もなかったかのようにまたいつも通りの笑顔になった。
今の会話が聞かれてしまったのではないかと焦っている自分がおかしいのかと思う程の落ち着き様だ。
「シンおはよ~!あれ?もう仲直りしたの?」
「朝から何してんの?こんなとこで。」
「見ての通り朝からいちゃついております。」
「マジ溺愛、予想通りすぎてウケる。」
「結局一日しかもたなかった?」
「いや、半日じゃない?」
「俺は妄想の中で一体何を持たされようとしてる状態?」
「妄想って、それ言い方――」
微妙な愛想笑いを浮かべたまま会話に入っていけない私に気が付くと、シンは友人に向かって手で追い払うような仕草をした。
「あいつなら先に行ったよ?追いかけるなら急げ。」
「え?今日早くない?」
「ありがと、ほら、行こ!」
走り出した二人を見ながらシンはふと疲れたように真顔に戻った。
「あの子達二人はナオ狙い。彼氏と別れたの先週らしいよ?変わり身早すぎでしょ。それにナオも嫌がってるっていい加減気付かないもんかね?」
「あ……」
「……って、それが本音。」
「なる……ほど。」
「毒舌系なんかな、実は。」
シンは講義棟の入口近くで立ち止まるとそこで私の手を離した。今朝の講義は別々だからここから先は違う場所に移動する為だ。
「じゃ、また後で。」
今までとそんなに大きく態度が変わった訳ではなかったが、言い訳をするように少しずつ自分の思いを伝えてくれようとしているシンに私は何も言うことができなかった。シンに一方的に変わって欲しいと願っていたわけではないし、もちろん自分も変わらなければいけないはずなのに……。
シンは友人たち数人と合流すると、何やら楽しそうに話をしながら賑やかに去って行った。一人だけその場に取り残されたようになってしまった私はバッグを持つ手にぎゅっと力を込めると反対方向へと歩き出した。
シンは憧れている誰かの真似をして今の自分像を作り上げてきたと言っていた。本人は自分を変えようと、入学以来頑張っていたのかもしれないけれど、きっとその真似を止めたところで今シンの周りに集まっている人たちが全員逃げていくことはないように思えた。
必死になって誰かの真似をしたところで、結局のところ素の自分を全く出さずにはいられない訳だし、そもそものポテンシャルがなければいくら上手に真似をしたところでボロが出る。
廊下を少し行くと、さっき直哉さんを追いかけて行ったはずのシンの女友達が立ち話をしているのが見えた。直哉さんの姿が周りにないということは見つけられなかったのかもしれない。二人揃って機嫌が悪いようで近寄りがたい雰囲気だ。
直接の友達ではないけれど無視するわけにもいかないのでどうしようか──と思っていると向こうからあからさまに目を背けられ、無視をされた。
「ぼっちウケる。」
「ていうか彼氏がいたら女友達なんかいらないんでしょ?」
「言えてる。」
自分の事だと気が付いたけれど何も言い返す気にはなれない。無視して通り過ぎようとしたものの、彼女たちが立っているのはちょうど私が入ろうとしている部室の入り口付近だった。開いた扉から見える教室内にはこんな時に助けてくれそうな唯一の友達香菜の姿もない。
聞こえなかったふりをして二人の目の前を通り過ぎるしかないかと諦めかけたその時、廊下の反対側から香菜が小さく手を振って駆け寄ってくるのが見えた。
助かった、そう思うと肩の力が一気に抜けた。香菜の後ろからは大輔がゆっくりとついて来ている。
「香菜……」
「あれ?シンはもう行った?じゃ、俺も行くわ。香菜ちゃん後でね。」
「うん、じゃあね。」
香菜は大輔からレモンティーを受け取りながら入り口付近に立つ彼女たちに視線を送ると私に小声で問いかけた。
「どうかした?」
「ううん、何も。」
「そ……。」
入り口付近にいた二人組の女の子は急に興味を削がれたかのように此方に背を向けると、スマホを見ながら二人でくすくすと笑いはじめた。
「どう?あれからちょっとは話できた?」
「うん……。ありがと。」
「やっぱりね。」
香菜は席に着くなりスマホを取り出すと、せわしなく指を動かし始めた。ネイルが昨日とは違うし、そう思って改めて見ると指輪もなんだか新しい物のような気がしてきた。一体どれだけのお金をいわゆる自分磨きの為に使っているのか少しだけ興味が湧いて来た。
アクセサリーを少しだけ身に着けるくらいの真似なら自分にもできるだろうか……。
「それじゃ、今日の夜空けといてね。みんなでご飯食べに行こうよ。」
「え?今夜?」
アクセサリーやメイクの事をぼんやりと考えていた私にいきなり香菜様からの指令が飛んだ。
「そう、さっき大ちゃんと話してたの。美緒はあの人の連絡先知らないよね?」
「……あの人って?」
「さっき駐車場で一緒だった背の高い人。」
「あぁ、直哉さん?もちろん知らない。」
「じゃそっちはシンに任せよう。」
「待って、どういうこと?シンと直哉さんも一緒?」
「うん、まずかった?仲直りしたんだよね?」
「うん。」
「直哉さんってシンに向かってあんな事言うくらいだから仲良いんだよね?」
「うん……まぁ確かに。」
「じゃ問題ないじゃん?」
香菜はレモンティーを一口飲むと、顔にかかった髪を耳にかき上げながら笑った。香菜の耳元にはこれもまた私の見た事のない新しい銀色のピアスが揺れていた。
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