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後を継ぐ者

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「それで、話は戻りますが。リーズの縁談についてマルセル様はどうお考えですか?」

 マルセルは思わずロベールの方へ視線を向けるとどう答えたものかと一瞬迷った。ジャンはそれを見越していたかのように先んじてアルノー侯爵に声を掛けた。

「非公式とは言え国からの申し出です。失礼ながら侯爵にはお断りになるという選択肢は──」
「それならば心配ご無用です。こちらにはこちらの手がありますから。」

 ロベールはマルセルに視線を向けながら何事かを考えているようだったが、やがて意を決したように侯爵に語りだした。

「王太子の事であればマルセルよりも俺──私の方が詳しいかもしれません。王宮で会う事もありましたから。トロメリンの王太子はもう14歳になるというのにまだまだ子どもですよ。何かを自分の意思で決断することもできない。まぁ常に周りの大人が手を差し伸べてくれるのですから今まではそんな必要もなかったのかもしれませんが。いずれは王になって国を背負って行く立場なのですからいつまでもそういう訳にはいかないでしょう。」
「では、ロベール様はリーズの縁談を断った方がいいとお考えですか?」
「いえ、私の口からそこまでは……。ですが妃となられる方は苦労が絶えないだろうと、そう思っています。」

 ロベールの話に耳を傾けながらため息をついたアルノー侯爵の肩に、白い手がポンと乗せられたかと思うと、王女との話し合いが終わったのかいつの間にか王太子が姿を現した。

「それはどこの国にも言える事だ。それにトロメリンの王太子はまだ若い。これからの教育次第で案外化けるかもしれんだろう?違うか?」
「教育を受けていればそうなのでしょう。ですが今アイツの周りには教育係はついていませんからね。」
「王太子だというのに?それは何か……訳アリのようだな?」

 王太子はアルノー侯爵を押すように無理やりベンチに腰掛けると、マルセルの方に身を乗り出した。

「君は別邸に隠れている間に密かに王太子教育を受けていたんだろう?」
「王太子教育──ですか?」

 マルセルが少し驚いたようにアルノー侯爵越しに王太子の青い瞳を見返すと、アルノー侯爵は苦笑を浮かべながら席を立った。

「悪いな、アルノー。」
「気にしないでください、いつもの事でしょう。それよりもマルセル様。殿下は貴方がマリエ様とトロメリン国王の血をひいた王子でいらっしゃることを既にご存じです。」
「君が第1王子なのに王太子ではないという事も知っている。何故なんだ?我が国とは違ってトロメリンは第1王子が王位を継ぐんじゃなかったか?」

 マルセルは花壇の薔薇を眺める振りをしてアルノー侯爵の背後に視線を向けた。図らずも七分咲きの真っ白な薔薇が一輪目に飛び込んでくる。それはあの日ポールの手によって母親の墓に立向けられた薔薇を思い出させた。あの日見た冷たい墓碑にはマリエの名と共に国母の称号が刻まれていた──。

「初めから母と私の存在は隠されておりました。私はこれまで表舞台に立つことは一度もなかった。無論特別な王太子教育など受けておりません。」
「そうなのか?ではなぜステーリア語が話せる?それ以外の知識も一体どうやって手に入れたと言うんだ?」
「王太子殿下、マルセルは昔からずっと本の虫だったんですよ。だから誰かに習った訳ではなく本から得た知識がほとんどです。そうだよな?」

 ロベールが何故か弁解するようにそう説明するとジャンとアルノー侯爵は思わず吹き出した。
 王太子は面白そうに笑っている二人を横目にマルセルをじっと見つめると、真面目な顔をしてその返答を待った。

「本当に?独学だと言うのか?」
「えぇ、ロベールの言う通り、私の知識のほとんどは書物から得たものです。それが、何か?」

 王太子はなるほどと軽く頷くと、マルセルから目を逸らさないままで続けた。

「君は何故自分の正当な権利を主張しなかった?」
「正当な権利?」
「そうだ。自分はトロメリン国王の血をひく正当な後継者なのだと。話を聞いた限りでは少なくとも君には王の適性がある。それなのに何故君ではなく弟が後継者なんだ?そう思う事は無かったのか?」
「殿下、トロメリン側にもいろいろ事情があるのでしょう?それと今回のリーズの話とは関係がないのでは?」

 逸れた話を戻すようにアルノー侯爵が二人の会話に割って入ると、王太子は侯爵に向かって黙れとでも言うように手を挙げた。

「関係があるからこうして本人に聞いているんだ。」
「王宮には私の意思をきちんと伝えています。王位を継ぐ気は毛頭ないと。」
「どうして継ぐ気がない?」

 王太子はマルセルの口からその言葉が出るのを待っていたかのように矢継ぎ早に言葉を繰り出すと、じっと視線を合わせたままマルセルの答えを待った。
 冷たい湖水のように透き通った王太子の瞳を見返しながら、マルセルは王太子とジャンの瞳の色がよく似ている事に今更ながら気が付いた。
 何もかもを見透かすようなその蒼い色の底には好奇心以外の何かが見えはしないか──。マルセルは深く考える間もなく口を開いた。

「王宮のごちゃごちゃした人間関係が嫌だからですよ。単純に……面倒だ。」
「人間関係が面倒?本当にそれだけの理由か?」

 マルセルは自分の口から何らかの言葉を引き出そうとしている王太子の様子に不快感を表すとジャンの方に目を向けた。
 ジャンとロベールは身じろぎもせずにじっと会話を聞いている。──会話に参加する気は全くないのが見て取れる。マルセルがため息を吐きながら王太子に視線を戻すと、王太子は眉間に皺を寄せながら低い声で小さく呟いた。

「もしかして君もマリエ様と同じじゃないのか?」
「は?」

 上目遣いにアルノー侯爵を見やると侯爵も王太子同様マルセルをじっと見つめていたことに気が付いた。
 
──母上と同じ?何が?
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