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胸騒ぎ
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夜明けとともに目が覚めたマルセルは、傍らのソファーで座ったまま目を閉じているジャンの姿を確認すると、音を立てないように気を付けながらそっと起き上がった。
ジャンはマルセルが動き出すと同時に目を開け、その様子をボーッと眺めているようだった。
「こんな時間にどうした?まだ夜が明けたばかりだぞ?」
「ジャンはずっと起きていたのか?船旅に身体が慣れ過ぎたせいか自然と目が覚めてしまったんだ。ここの所毎日夜明けとともに鳥の声と船員の足音で目が覚めていたせいかな。」
「まぁ、1月も船に乗っていたんだから無理もないか。確かに明け方の船は活気があって賑やかだったからな……。」
「ここは静かで物音ひとつしないから目が覚めるのもおかしな話なんだが。」
「あぁ。鳥の声すら聞こえない。」
王都クロゼでの暗殺未遂事件以来、寝起きを共にすることが多くなった二人はそれきりしばらくの間黙り込んだ。
マルセルはベッドを抜け出すとそのまま眠たそうな顔をして部屋の窓から外を覗いた。特段変わり映えもしない庭園では木々が朝陽に照らされキラキラと輝いて見える。木々と建物に視界が遮られたせいで周辺の様子は何も見えなかった。
「まぁ何事もなく無事に朝が来て良かった。今日は大神官様にお会いするんだからもう少し休んでいたらどうだ?」
マルセルは窓辺から離れるとジャンのくつろいでいるソファーに向かいながら緩く頭を振った。
「もう眠れそうにない。起きた瞬間から何だか胸騒ぎがするんだ。大神官に会う前で緊張でもしているのかな?」
ジャンは珍しい事もあるものだとマルセルの方を見やったが、その表情は普段と何も変わらない様に見えた。
「マルセルが胸騒ぎ…ね。」
「大神官に話が聞けるとなると母上の事が何か分かるかもしれない。そうだろう?」
「マリエ様の話か。アルノー侯爵はあまり詳しい事を知らないようだったな。」
「あぁ、あれは意外だった。私たちは当事者だからポールからいろいろと聞いて知っているが、実際にこちらで公表されている情報はほんの一握りだけなんだな。」
「俺たちが思っていたよりも神殿は閉鎖的みたいだしな。」
「神殿か……。帰国するまでに一度は訪れてみたいものだが──例え聖母様に会うことができないとしても。」
「聖女様の顔は神殿に行けば遠目に見られると思うけど?俺たちとは従姉妹…になるのか?」
マルセルはジャンの言葉に珍しく声をたてて笑った。
「まさか従姉妹が異国の聖女様だとは。しかも話を聞く限りでは私たちと同い年の双子なんだろう?不思議な気分だな。」
「確かに。騎士学校でもある程度は学んだが、聖女様というのは身近な存在でありながら謎だらけなんだ。リュカとアルノー侯爵が研究対象として選ぶのも分かる気がするくらいに。それがいきなり従姉妹ですと言われても、正直実感がわかないな。」
マルセルは窓から朝陽が差し込んできた事に気が付くと自らの短い銀髪を触りながらカツラを探しはじめた。ジャンは立ち上がるとその場で大きく伸びをした。
「さて、じゃあそろそろ動き始めるか。ロベールは今日は街に出てみると言っていた。俺たちと一緒に大神官様の話を聞いていても退屈だろうからそれがいいと言っておいたよ。」
「それがいい。少しはアイツのステーリア語の勉強にもなるだろう。」
「アルノー侯爵の双子の娘が一緒らしいぞ?」
「それは……何と言うか……。」
マルセルはジャンと目を見合わせると苦笑いを浮かべた。
「ロベールなら案外ああいう子どもの扱いに慣れているかもしれないな?」
「少なくとも俺たちよりは──だろ?」
「そうだな、否定はしない。私はロベールがああいう風に気さくに人と付き合えるのを羨ましいと思うことがよくある。」
「へぇ、マルセルが?」
「私だって昔からずっと人間不信だった訳じゃない。それなりに努力をして信頼関係を築こうとしていた時期もある。でもいざそうなると色々な面で気苦労が多い、ジャンにも経験があるんじゃないか?」
「苦労……確かに見た目だけで判断されるせいで困ることは多かったかもしれないけど。人間不信に陥るほどの苦労はしなかったな……。」
マルセルは何かを思い出しながらそう話すジャンを少し驚いた様子で見つめた。
「……そうか。」
初めて会った日にマルセルがジャンに抱いた第一印象は──そこまで心の中で考えると、マルセルは小さく首を振った。
『 雪のように消えてしまいそうに見える。 』
ジャンはあの時初対面のマルセルに向かってそう言って来た。もう4年も前の事を今更蒸し返しても意味はないだろうが、あの時マルセルはジャンも同じ事を考えたことがあったから自分の気持ちが分かったのではないかと感じていた。ただ違ったのはジャンの方は既にそれを乗り越えていたという事。
──あれは一体何だったんだ?私の単なる勘違いか?
トロメリンの双子の王子としてザールでひっそりと生まれた二人だが、その後ポールに引き取られて育ったジャンは一体どのような家庭環境で育ってきたのか……。自分など消えてしまえばいいと思えるような出来事とは一体何だったのだろうか?
マルセルは颯爽と歩き出したジャンを横目で見ると、少なくとも自分よりは真っすぐに育ったのだろうなと自嘲の笑みを浮かべた。
ジャンはマルセルが動き出すと同時に目を開け、その様子をボーッと眺めているようだった。
「こんな時間にどうした?まだ夜が明けたばかりだぞ?」
「ジャンはずっと起きていたのか?船旅に身体が慣れ過ぎたせいか自然と目が覚めてしまったんだ。ここの所毎日夜明けとともに鳥の声と船員の足音で目が覚めていたせいかな。」
「まぁ、1月も船に乗っていたんだから無理もないか。確かに明け方の船は活気があって賑やかだったからな……。」
「ここは静かで物音ひとつしないから目が覚めるのもおかしな話なんだが。」
「あぁ。鳥の声すら聞こえない。」
王都クロゼでの暗殺未遂事件以来、寝起きを共にすることが多くなった二人はそれきりしばらくの間黙り込んだ。
マルセルはベッドを抜け出すとそのまま眠たそうな顔をして部屋の窓から外を覗いた。特段変わり映えもしない庭園では木々が朝陽に照らされキラキラと輝いて見える。木々と建物に視界が遮られたせいで周辺の様子は何も見えなかった。
「まぁ何事もなく無事に朝が来て良かった。今日は大神官様にお会いするんだからもう少し休んでいたらどうだ?」
マルセルは窓辺から離れるとジャンのくつろいでいるソファーに向かいながら緩く頭を振った。
「もう眠れそうにない。起きた瞬間から何だか胸騒ぎがするんだ。大神官に会う前で緊張でもしているのかな?」
ジャンは珍しい事もあるものだとマルセルの方を見やったが、その表情は普段と何も変わらない様に見えた。
「マルセルが胸騒ぎ…ね。」
「大神官に話が聞けるとなると母上の事が何か分かるかもしれない。そうだろう?」
「マリエ様の話か。アルノー侯爵はあまり詳しい事を知らないようだったな。」
「あぁ、あれは意外だった。私たちは当事者だからポールからいろいろと聞いて知っているが、実際にこちらで公表されている情報はほんの一握りだけなんだな。」
「俺たちが思っていたよりも神殿は閉鎖的みたいだしな。」
「神殿か……。帰国するまでに一度は訪れてみたいものだが──例え聖母様に会うことができないとしても。」
「聖女様の顔は神殿に行けば遠目に見られると思うけど?俺たちとは従姉妹…になるのか?」
マルセルはジャンの言葉に珍しく声をたてて笑った。
「まさか従姉妹が異国の聖女様だとは。しかも話を聞く限りでは私たちと同い年の双子なんだろう?不思議な気分だな。」
「確かに。騎士学校でもある程度は学んだが、聖女様というのは身近な存在でありながら謎だらけなんだ。リュカとアルノー侯爵が研究対象として選ぶのも分かる気がするくらいに。それがいきなり従姉妹ですと言われても、正直実感がわかないな。」
マルセルは窓から朝陽が差し込んできた事に気が付くと自らの短い銀髪を触りながらカツラを探しはじめた。ジャンは立ち上がるとその場で大きく伸びをした。
「さて、じゃあそろそろ動き始めるか。ロベールは今日は街に出てみると言っていた。俺たちと一緒に大神官様の話を聞いていても退屈だろうからそれがいいと言っておいたよ。」
「それがいい。少しはアイツのステーリア語の勉強にもなるだろう。」
「アルノー侯爵の双子の娘が一緒らしいぞ?」
「それは……何と言うか……。」
マルセルはジャンと目を見合わせると苦笑いを浮かべた。
「ロベールなら案外ああいう子どもの扱いに慣れているかもしれないな?」
「少なくとも俺たちよりは──だろ?」
「そうだな、否定はしない。私はロベールがああいう風に気さくに人と付き合えるのを羨ましいと思うことがよくある。」
「へぇ、マルセルが?」
「私だって昔からずっと人間不信だった訳じゃない。それなりに努力をして信頼関係を築こうとしていた時期もある。でもいざそうなると色々な面で気苦労が多い、ジャンにも経験があるんじゃないか?」
「苦労……確かに見た目だけで判断されるせいで困ることは多かったかもしれないけど。人間不信に陥るほどの苦労はしなかったな……。」
マルセルは何かを思い出しながらそう話すジャンを少し驚いた様子で見つめた。
「……そうか。」
初めて会った日にマルセルがジャンに抱いた第一印象は──そこまで心の中で考えると、マルセルは小さく首を振った。
『 雪のように消えてしまいそうに見える。 』
ジャンはあの時初対面のマルセルに向かってそう言って来た。もう4年も前の事を今更蒸し返しても意味はないだろうが、あの時マルセルはジャンも同じ事を考えたことがあったから自分の気持ちが分かったのではないかと感じていた。ただ違ったのはジャンの方は既にそれを乗り越えていたという事。
──あれは一体何だったんだ?私の単なる勘違いか?
トロメリンの双子の王子としてザールでひっそりと生まれた二人だが、その後ポールに引き取られて育ったジャンは一体どのような家庭環境で育ってきたのか……。自分など消えてしまえばいいと思えるような出来事とは一体何だったのだろうか?
マルセルは颯爽と歩き出したジャンを横目で見ると、少なくとも自分よりは真っすぐに育ったのだろうなと自嘲の笑みを浮かべた。
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