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悪い手本
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マルセルはザールの屋敷で過ごした日々を思い出していた。幼い頃、ロベールはいつだってテラスからマルセルの部屋にいきなり入ってきては驚かせていた。ある時には小動物や虫を持ち込みマルセルを追いかけ回し、冬の寒い日には雪のかたまりや氷を手に乱入してきたものだ。
部屋で本を読んで時間をつぶす事しかできなかった自分にとって、ロベールは外の香りを運んできてくれる唯一の存在だったのは間違いない。
「そうか…思い出した、夏だろう?私が男だと気が付いたというのは。」
「ん?あぁ。季節的には夏というか初夏、だな。お前の誕生日前だったから。」
「誕生日にお前が宝石を贈るとか言い出したからそんなものはいらないと言って喧嘩になったんだ。それで騒いでいるうちにジュースをこぼして着替えた事があったな。あの時なんだろう?」
「うん。お前そんなことまで覚えてるのか……。」
恥ずかしそうに赤くなり口ごもるロベールを見て、マルセルとジャンは耐え切れずに声を出して笑った。ポールだけは涼しい顔をしてロベールを見ないようにしている。
「そうか、確かに。言われてみればお前から誕生日に何かを贈ると言われたのはあれが最初で最後だったな。」
「……そりゃ、あの後すぐに男だと知ったんだ。男同志で誕生日に贈り物をというのもどうかと思って……。」
「そもそも私とロベールの婚約の話は本当にあったのか?私は何も聞いていなかったが。」
「親父が勝手にそうなると思い込んでただけだろ?マリエ様は当然頷くはずがないもんな。」
「公爵の思い込みだけ?」
「そうだろ。結局、あの親父が興味があるのは女の事だけなんだよ。跡継ぎでもない俺の結婚になんか全く興味はなかったはずだ。」
ジャンは不思議そうに首を傾げると、ロベールに尋ねた。
「ロベールに興味がないのならわざわざザールまで通わせたり、マルセルと婚約させようとしたりしないだろう?」
「バカ、ザールにいたのはマルセルだけじゃない。陛下の寵愛を一心に受けたマリエ様がいただろ?それに当時は侍女だって結構な人数いたんだ。」
「あー。」
納得した様子で頷くジャンを他所に、マルセルは苦笑をもらした。
ロベールはもう一度大きなため息をつくと頭を抱えて俯いた。
「どこか身近なところにまともな結婚生活を送っている手本がない限り、俺たちには明るい未来は望めないんじゃないか?」
「まともな結婚生活か…。」
マルセルが無意識のうちにジャンに目を向けると、ロベールもまたジャンの方を向いたところだった。
「……何だ、二人揃って。」
「ジャン、お前が一番望みがありそうだ。お前早く結婚しろよ?」
「そうだ、この前トロメリンの騎士爵をもらい受けたんだろう?丁度いいじゃないか。」
「馬鹿言うな…!俺はまだそんな……。」
ロベールは腕組みをして唸ると、マルセルを肘で突いた。
「おい、もしかしてその後何も進展してないのか?」
「私は何も聞いてない。」
「……」
ロベールはしばらく黙ってジャンの顔を見つめていたが、よしと小さく声に出しながら膝を叩くと立ち上がった。
「明日から早朝訓練をしよう。お前もな、マルセル。」
「早朝訓練?何だ?それは。」
呆れ顔の二人を他所にロベールは少し胸を張ると偉そうに腰に手をあてた。
「馬で早朝の王都を回るんだよ。マルセルは馬の練習になるし外に出ることができる。ジャンは商店街で運が良ければその子に逢えるかもしれない。」
「それで、お前は?」
「俺?俺は…その…まぁあれだ、あれ。な?」
ロベールは助けを求めるようにポールの姿を探したが、ポールは素知らぬ顔をして扉の前で立っていた。
「ポールも一緒に来るだろ?」
「必要でしたら私も護衛に付きますが?」
「護衛!そうだ。早朝とはいえ王都は明るくなると同時に人も動き始めているだろうから何があるか分からないからな?マルセルとジャンは一応顔をなるべく見られないようにして──。」
「それは勿論分かってる。だが敢えて人の多い方へ行かなくても、馬で駆けるだけなら郊外でいいじゃないか?」
「それじゃダメなんだよ。ジャンの気に入ってる女の子が見れないじゃないか!」
「どこが訓練なんだよ……。」
「二人とも分かった、こうしよう。早朝に王都の周辺を馬で回るのはいいと思う。だが駆けるのと降りるのは何かあった時だけだ。人が多いようならばすぐに引き返す。」
ロベールとジャンは顔を見合わせるとマルセルの言葉に渋々頷いた。
「それから別件でロベールとポールには人を探して欲しい。」
「人探しですか?」
「そうだ。色が白くて出来れば目が紫の女性だ。私の代わりに銀髪のカツラをつけてロベールと外出してもらおうと思う。」
「ロベールの婚約者役か…。それは重要だな。簡単には見つからないだろう。」
「そうだな、何せ王女役だもんな。秘密を守ることができないといけない。」
「ザールから連れてきた使用人の中で適当な者がいれば一番なんだが。」
「……ザールから来た使用人には紫の目の者はおりません。とりあえずは色の白い者を探してみましょう。」
「あぁ、頼んだ。」
「俺も一応探してはみるが、まぁ期待はするな。」
マルセルは苦笑しながらロベールの言葉に頷いた。
「分かってる。公爵家の使用人にそういう女性がいたら既にお前が目をつけているだろうからな。」
「俺じゃなくて親父の間違いだろ?勘弁してくれよ。」
部屋で本を読んで時間をつぶす事しかできなかった自分にとって、ロベールは外の香りを運んできてくれる唯一の存在だったのは間違いない。
「そうか…思い出した、夏だろう?私が男だと気が付いたというのは。」
「ん?あぁ。季節的には夏というか初夏、だな。お前の誕生日前だったから。」
「誕生日にお前が宝石を贈るとか言い出したからそんなものはいらないと言って喧嘩になったんだ。それで騒いでいるうちにジュースをこぼして着替えた事があったな。あの時なんだろう?」
「うん。お前そんなことまで覚えてるのか……。」
恥ずかしそうに赤くなり口ごもるロベールを見て、マルセルとジャンは耐え切れずに声を出して笑った。ポールだけは涼しい顔をしてロベールを見ないようにしている。
「そうか、確かに。言われてみればお前から誕生日に何かを贈ると言われたのはあれが最初で最後だったな。」
「……そりゃ、あの後すぐに男だと知ったんだ。男同志で誕生日に贈り物をというのもどうかと思って……。」
「そもそも私とロベールの婚約の話は本当にあったのか?私は何も聞いていなかったが。」
「親父が勝手にそうなると思い込んでただけだろ?マリエ様は当然頷くはずがないもんな。」
「公爵の思い込みだけ?」
「そうだろ。結局、あの親父が興味があるのは女の事だけなんだよ。跡継ぎでもない俺の結婚になんか全く興味はなかったはずだ。」
ジャンは不思議そうに首を傾げると、ロベールに尋ねた。
「ロベールに興味がないのならわざわざザールまで通わせたり、マルセルと婚約させようとしたりしないだろう?」
「バカ、ザールにいたのはマルセルだけじゃない。陛下の寵愛を一心に受けたマリエ様がいただろ?それに当時は侍女だって結構な人数いたんだ。」
「あー。」
納得した様子で頷くジャンを他所に、マルセルは苦笑をもらした。
ロベールはもう一度大きなため息をつくと頭を抱えて俯いた。
「どこか身近なところにまともな結婚生活を送っている手本がない限り、俺たちには明るい未来は望めないんじゃないか?」
「まともな結婚生活か…。」
マルセルが無意識のうちにジャンに目を向けると、ロベールもまたジャンの方を向いたところだった。
「……何だ、二人揃って。」
「ジャン、お前が一番望みがありそうだ。お前早く結婚しろよ?」
「そうだ、この前トロメリンの騎士爵をもらい受けたんだろう?丁度いいじゃないか。」
「馬鹿言うな…!俺はまだそんな……。」
ロベールは腕組みをして唸ると、マルセルを肘で突いた。
「おい、もしかしてその後何も進展してないのか?」
「私は何も聞いてない。」
「……」
ロベールはしばらく黙ってジャンの顔を見つめていたが、よしと小さく声に出しながら膝を叩くと立ち上がった。
「明日から早朝訓練をしよう。お前もな、マルセル。」
「早朝訓練?何だ?それは。」
呆れ顔の二人を他所にロベールは少し胸を張ると偉そうに腰に手をあてた。
「馬で早朝の王都を回るんだよ。マルセルは馬の練習になるし外に出ることができる。ジャンは商店街で運が良ければその子に逢えるかもしれない。」
「それで、お前は?」
「俺?俺は…その…まぁあれだ、あれ。な?」
ロベールは助けを求めるようにポールの姿を探したが、ポールは素知らぬ顔をして扉の前で立っていた。
「ポールも一緒に来るだろ?」
「必要でしたら私も護衛に付きますが?」
「護衛!そうだ。早朝とはいえ王都は明るくなると同時に人も動き始めているだろうから何があるか分からないからな?マルセルとジャンは一応顔をなるべく見られないようにして──。」
「それは勿論分かってる。だが敢えて人の多い方へ行かなくても、馬で駆けるだけなら郊外でいいじゃないか?」
「それじゃダメなんだよ。ジャンの気に入ってる女の子が見れないじゃないか!」
「どこが訓練なんだよ……。」
「二人とも分かった、こうしよう。早朝に王都の周辺を馬で回るのはいいと思う。だが駆けるのと降りるのは何かあった時だけだ。人が多いようならばすぐに引き返す。」
ロベールとジャンは顔を見合わせるとマルセルの言葉に渋々頷いた。
「それから別件でロベールとポールには人を探して欲しい。」
「人探しですか?」
「そうだ。色が白くて出来れば目が紫の女性だ。私の代わりに銀髪のカツラをつけてロベールと外出してもらおうと思う。」
「ロベールの婚約者役か…。それは重要だな。簡単には見つからないだろう。」
「そうだな、何せ王女役だもんな。秘密を守ることができないといけない。」
「ザールから連れてきた使用人の中で適当な者がいれば一番なんだが。」
「……ザールから来た使用人には紫の目の者はおりません。とりあえずは色の白い者を探してみましょう。」
「あぁ、頼んだ。」
「俺も一応探してはみるが、まぁ期待はするな。」
マルセルは苦笑しながらロベールの言葉に頷いた。
「分かってる。公爵家の使用人にそういう女性がいたら既にお前が目をつけているだろうからな。」
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