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早朝のマフィン
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「レジー?起きろ。」
目を開けるとまだ暗い。こんな時間に一体どうしたというのだろう?
「ジーク?」
ベッドに起き上がると目をこする。ぼんやりとした目にジークフリートの姿が見えた──既に着替えているようだ。
「日が昇る前に行きたい場所があるから付き合え。馬の準備に先に降りているから。」
「ん…わかった、馬ね…。」
「寝るな?起きろよ?」
ジークフリートはレジナルドの寝癖のついた頭をクシャッと撫でると笑いながら部屋を出て行った。
「なんか今頭撫でられたような気がする……」
目を覚ますために手に取った水が妙に冷たいことでやっと今居る場所が王宮ではないことを思い出した。
「あ、そっか……離宮来てたんだ。ってことは白馬だ、久し振りだな。」
静かな部屋に独り言が寂しく響く。
日の出前のこの時間は夏とは言え肌寒い程だ。湖が近いせいで湿度が高いのかもしれない、外に出た途端レジナルドは朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「おはよう!」
白馬を二頭連れたジークフリートに走り寄るとすぐさま手綱を渡され二人はそれぞれ馬に飛び乗った。
「で、何処に行くんだったっけ?」
「……ここから近い湖岸で眺めのいい場所を探しに行きたいんだ。」
「馬で近付ける岸辺?湖の向こうに山が見えるとなると……」
「とりあえずいつものコースで走ってみよう。何処か馬で入れる脇道があるかもしれない。」
「了解。」
夜明けが近付き白んできた空を見上げると二人は連なって駆け出した。
「寒!王都とは気温も随分違うね?一気に目が覚めたよ。」
「日が昇ったら気温もすぐ上がるさ。」
離宮の正面の橋を渡ると二人は白馬で慣れた道を進んで行った。
「今日は午前中にリア様連れて遠乗りするんだろ?それでいい感じの場所を探しに?」
前方を走るジークフリートに向かって大声を出すと、少しスピードが緩んだので隣に並ぶ。
「あぁ、レジーもついて来いよ?」
昨夜の事を思い出したレジナルドは少し呆れた顔をしてジークフリートを睨んだ。
「俺昨日みたいなお邪魔虫になるようなら遠慮しとくけど?」
「昨夜は済まなかったな。まさか寝てしまうとは……」
「で?リア様とはゆっくり話し合えた?」
ジークフリートは少し先に脇道があるのを見つけると頭でこっちだと曲がる先を示した。脇道に曲がった途端に道幅が狭くなり、自然と馬の速度も落ちる。
「話し合いというより……大事なことはこれからは態度でも示すことにした。」
「これ以上態度に出されると周りはたまったもんじゃないんだけど……」
「リアももちろんだが、レジーにも感謝しているからな。言葉と態度に出すように努力する。」
脇道の両脇にあった潅木が途切れると視界が一気に開けて輝く湖面が現れた。はるか向こうには頭に雪をかぶった山脈がそびえ立つ──どうやら移動している間に日が昇ったようだ。
白馬が更に歩みを緩めると二人は馬上からしばらくその美しい光景を堪能した。
「ここ、前に来たことがある様な気がする。」
「……私もそんな気がするな。馬に水を飲ませるために手綱を引いて歩いた記憶がある。」
「離宮からどっちが早く着くかよく競走してたよね?あの時かな?でも、こんなに近かった?」
二人はどちらからともなく馬を降りると、手網を引いて湖面に近付いた。ジークフリートは水を飲む馬を見ていて何かを思い出したようで、袋の中を探っている。
「ほら、投げるぞ?」
そう言うなりジークフリートは拳大の包みをいきなり放り投げてきた。
「おわ!ちょっと!」
いきなりの事に慌てながらも胸でキャッチすると、ふんわりと甘い香りが鼻をかすめる。
「出発が早かったから何も食べていないだろう?レジーにはマフィンを用意してもらった。」
「気がきくじゃん!」
「これからは態度に出すようにすると言っただろう?早朝から付き合わせて悪かったから、これはその感謝の気持ちだ。」
包みを開けるとほんわりとオレンジの香りがした。マーマレードが入っているのだろう、しっとりどっしりしたマフィンはこれ一つでも結構腹に溜まりそうだ。しばらくの間立ったままマフィンにかじりついていたレジナルドは、ジークフリートが何も食べていないことに気がついた。
「ジークは何か食べてきたの?」
「私はサンドイッチを軽くつまんできた。ほら、レジーを起こす前に。」
そういえば今朝ジークフリートが起こしに来てくれた時、既に着替えまで済ませていたような気もする。暗くてあまり見えなかったが……。
「ねぇ……今朝起こしに来てくれた時、なんか俺の頭撫でなかった?あれ何?」
「あれは……」
ジークフリートは口篭りながら白馬の首の所をポンポンと軽く叩いている。
「あれは?」
「つい、手が動いてしまったんだ。まだ暗いのに起こしてしまって申し訳ないのと……」
「?」
「……健気で偉いなぁと思って」
「何それ?俺お子様?」
ジークフリートはなおも馬の鬣を撫でながら苦笑いをした。
「仕方ないだろう?寝癖がついていて子供みたいだと思ったんだ。寝起きのボーッとしているレジーは……昔から変わらない。」
何かを言い返そうとしてレジナルドはふと気が付いた。
──きっとこれだ、リア様が言ってたジークが『 態度で可愛いと言ってる 』ってやつ。
「ジークだって……昔から変わらないじゃないか。例えば……」
「例えば?」
いい例えが思い付かずにしばらく悩む。
「マフィンが好きじゃないとことか…?」
「もっと何かなかったのか?」
ジークフリートは少し不満そうに鼻で笑うと、手綱を引っ張った。
「さぁ、そろそろ帰るぞ?」
そう言いながら白馬に跨ると、レジナルドを差し置いてサッと走り出す。
「あ!ずるい!」
遅れをとったレジナルドもすぐさま後ろを追いかける。
「離宮の橋まで競走だ!」
「卑怯だぞ!そういうとこだって昔からちっとも変わってないじゃないか!」
早朝の湖畔を二頭の白馬が連なって駆けて行く。先に到着したのは相変わらずジークフリートだった。
目を開けるとまだ暗い。こんな時間に一体どうしたというのだろう?
「ジーク?」
ベッドに起き上がると目をこする。ぼんやりとした目にジークフリートの姿が見えた──既に着替えているようだ。
「日が昇る前に行きたい場所があるから付き合え。馬の準備に先に降りているから。」
「ん…わかった、馬ね…。」
「寝るな?起きろよ?」
ジークフリートはレジナルドの寝癖のついた頭をクシャッと撫でると笑いながら部屋を出て行った。
「なんか今頭撫でられたような気がする……」
目を覚ますために手に取った水が妙に冷たいことでやっと今居る場所が王宮ではないことを思い出した。
「あ、そっか……離宮来てたんだ。ってことは白馬だ、久し振りだな。」
静かな部屋に独り言が寂しく響く。
日の出前のこの時間は夏とは言え肌寒い程だ。湖が近いせいで湿度が高いのかもしれない、外に出た途端レジナルドは朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「おはよう!」
白馬を二頭連れたジークフリートに走り寄るとすぐさま手綱を渡され二人はそれぞれ馬に飛び乗った。
「で、何処に行くんだったっけ?」
「……ここから近い湖岸で眺めのいい場所を探しに行きたいんだ。」
「馬で近付ける岸辺?湖の向こうに山が見えるとなると……」
「とりあえずいつものコースで走ってみよう。何処か馬で入れる脇道があるかもしれない。」
「了解。」
夜明けが近付き白んできた空を見上げると二人は連なって駆け出した。
「寒!王都とは気温も随分違うね?一気に目が覚めたよ。」
「日が昇ったら気温もすぐ上がるさ。」
離宮の正面の橋を渡ると二人は白馬で慣れた道を進んで行った。
「今日は午前中にリア様連れて遠乗りするんだろ?それでいい感じの場所を探しに?」
前方を走るジークフリートに向かって大声を出すと、少しスピードが緩んだので隣に並ぶ。
「あぁ、レジーもついて来いよ?」
昨夜の事を思い出したレジナルドは少し呆れた顔をしてジークフリートを睨んだ。
「俺昨日みたいなお邪魔虫になるようなら遠慮しとくけど?」
「昨夜は済まなかったな。まさか寝てしまうとは……」
「で?リア様とはゆっくり話し合えた?」
ジークフリートは少し先に脇道があるのを見つけると頭でこっちだと曲がる先を示した。脇道に曲がった途端に道幅が狭くなり、自然と馬の速度も落ちる。
「話し合いというより……大事なことはこれからは態度でも示すことにした。」
「これ以上態度に出されると周りはたまったもんじゃないんだけど……」
「リアももちろんだが、レジーにも感謝しているからな。言葉と態度に出すように努力する。」
脇道の両脇にあった潅木が途切れると視界が一気に開けて輝く湖面が現れた。はるか向こうには頭に雪をかぶった山脈がそびえ立つ──どうやら移動している間に日が昇ったようだ。
白馬が更に歩みを緩めると二人は馬上からしばらくその美しい光景を堪能した。
「ここ、前に来たことがある様な気がする。」
「……私もそんな気がするな。馬に水を飲ませるために手綱を引いて歩いた記憶がある。」
「離宮からどっちが早く着くかよく競走してたよね?あの時かな?でも、こんなに近かった?」
二人はどちらからともなく馬を降りると、手網を引いて湖面に近付いた。ジークフリートは水を飲む馬を見ていて何かを思い出したようで、袋の中を探っている。
「ほら、投げるぞ?」
そう言うなりジークフリートは拳大の包みをいきなり放り投げてきた。
「おわ!ちょっと!」
いきなりの事に慌てながらも胸でキャッチすると、ふんわりと甘い香りが鼻をかすめる。
「出発が早かったから何も食べていないだろう?レジーにはマフィンを用意してもらった。」
「気がきくじゃん!」
「これからは態度に出すようにすると言っただろう?早朝から付き合わせて悪かったから、これはその感謝の気持ちだ。」
包みを開けるとほんわりとオレンジの香りがした。マーマレードが入っているのだろう、しっとりどっしりしたマフィンはこれ一つでも結構腹に溜まりそうだ。しばらくの間立ったままマフィンにかじりついていたレジナルドは、ジークフリートが何も食べていないことに気がついた。
「ジークは何か食べてきたの?」
「私はサンドイッチを軽くつまんできた。ほら、レジーを起こす前に。」
そういえば今朝ジークフリートが起こしに来てくれた時、既に着替えまで済ませていたような気もする。暗くてあまり見えなかったが……。
「ねぇ……今朝起こしに来てくれた時、なんか俺の頭撫でなかった?あれ何?」
「あれは……」
ジークフリートは口篭りながら白馬の首の所をポンポンと軽く叩いている。
「あれは?」
「つい、手が動いてしまったんだ。まだ暗いのに起こしてしまって申し訳ないのと……」
「?」
「……健気で偉いなぁと思って」
「何それ?俺お子様?」
ジークフリートはなおも馬の鬣を撫でながら苦笑いをした。
「仕方ないだろう?寝癖がついていて子供みたいだと思ったんだ。寝起きのボーッとしているレジーは……昔から変わらない。」
何かを言い返そうとしてレジナルドはふと気が付いた。
──きっとこれだ、リア様が言ってたジークが『 態度で可愛いと言ってる 』ってやつ。
「ジークだって……昔から変わらないじゃないか。例えば……」
「例えば?」
いい例えが思い付かずにしばらく悩む。
「マフィンが好きじゃないとことか…?」
「もっと何かなかったのか?」
ジークフリートは少し不満そうに鼻で笑うと、手綱を引っ張った。
「さぁ、そろそろ帰るぞ?」
そう言いながら白馬に跨ると、レジナルドを差し置いてサッと走り出す。
「あ!ずるい!」
遅れをとったレジナルドもすぐさま後ろを追いかける。
「離宮の橋まで競走だ!」
「卑怯だぞ!そういうとこだって昔からちっとも変わってないじゃないか!」
早朝の湖畔を二頭の白馬が連なって駆けて行く。先に到着したのは相変わらずジークフリートだった。
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