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王家と商家
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昨夜はしっかりと睡眠時間をとったはずだったのに、泣き疲れたせいか安心したおかげか自室で再び眠り込んでしまったシルヴィを昼前にそっと起こしたのは母親だった。
「シルヴィ?よく眠っているようだけど。もうお昼よ。」
「お母様。」
「昨夜は……眠れなかったの?」
「いえ、どちらかというとぐっすりと。」
母親は気まずそうにシルヴィから視線をそらすと、言葉を選びながら話しだした。
「その……あの方とはどういう関係なのか、聞いても?」
「あの方とは?」
「昨日連絡をくださった第三王子。」
シルヴィは明らかに誤解している様子の母親を見て一気に目が覚めた。勢いよく布団から飛び出ると母親の両腕をがっしりと掴んだ。
「何も!レオ様に関することで少しだけお世話になっただけよ。変な風に誤解しないで?」
「そ、そう。それなら良かった。」
「えぇ、本当に。」
「この間は教会でも貴女の事を探してらしたようだったから気になっていたの。」
「あぁ、礼拝の時ね。」
シルヴィがギーとトラブルになった時に駆けつけてくれたあの日の事だろう。そういえば、ロジェは伯爵にシルヴィがどこにいるのか聞いたと言っていた気がする。
何か話でもあったのだろうか──今となっては確認する術もない。
「とにかく、ロジェ王子には気をつけなさい。」
「えぇ。」
シルヴィは母親の忠告に一旦は頷いたものの、心の中で一人首を傾げた。王子に気をつけろとは?一体何が言いたいのだろうか……。
「お母様、ロジェ様に何かあったの?」
「そうね。貴女の嫌いな噂よ。」
「ロジェ様に関する噂?」
「王子のお相手がガレル商会の娘なんじゃないかって話よ。確かにガレル商会の財力は今の王家にとっては魅力的なのかもしれないけれど……。」
母親はそこで言葉を濁したが、何を言いたいのかだいたいの想像はついた。
ガレル商会の財力が欲しい余り王子を商人の元へ生贄に差し出すというような王家の考え方には賛同できないと言いたいのだろう。
「そういえば……。ガレル商会の娘の婚約者が居なくなったと聞きました。」
「そうね。それにも上の方が関わっているんじゃないかという話よ。……だから貴女の心配をしているのよ。」
上の方──つまりは王家が関わっていると……。
「そんな話、馬鹿げてるわ。私昨日この目で見たのよ?レオ様だってご無事だったんですもの。ガレルの職人だというその人もきっと何か事情があって……。」
「シルヴィ?レオ様の置かれている今の状況をしっかりと見て頂戴。あの方の身に何が起きているのか、私は詳しく存じ上げないけれど結局はもうあの方にも戻って来れる場所はないのよ?」
「それは……。」
「貴女には話していなかったけれど。実は過去に侯爵様はガレル商会からの縁談を何度もお断りされていたのよ。それでもあの娘がレオ様のことを諦められないとしつこく言ってくるから、貴女の所に仮の婚約者をしてほしいと話が来たの。」
確かに。ガレル商会の名前までは聞いたことはなかったが、レオが引く手数多で困っていたというのは聞いたことがあった。
レオのあの見た目はガレルの娘の好みにピッタリであることは間違いない。
「お母様。もしかしてレオ様の今回の処分も王家がレオ様を遠ざけたい為に仕組んだと仰りたいの?」
「……そこまでは何とも。でも貴女にはこれ以上ロジェ王子とガレル商会に関わるのはやめて欲しいのよ。」
今度は素直に頷く事ができず、シルヴィは黙り込んだ。
どうしても、もやもやとした思いが消えない。
王家とガレル商会が手を結ぶために邪魔者は退場させられたというのはあまりにも話が突飛すぎる気がした。
第一今の話を聞いた限りでは、レオはむしろガレル商会の娘との縁談を嫌がっているではないか。
シルヴィの脳裏に昨夜のロジェとレオの姿が鮮明に蘇った。二人は熱心に何かを語っていたが、見方によっては言い争っているようにも見えた。
ロジェはレオを今でも何かから必死に守ろうとしている。その何かというのがもしボドワン王家だったとしたら……。
──もう私には関係ない。レオ様もロジェ様も。
母親と入れ替わるように部屋に滑り込んできた使用人が、シルヴィに来客がある事を告げた。
「私に?どなた?」
「それが……体の大きな男性で。ジョエルと言えば分かると。」
「ジョエル?」
今朝別れたばかりのジョエルが一体何の用があるのだろうか──シルヴィは不思議に思いながらもジョエルの待つ部屋へ向かった。
ジョエルは所在なさげに突っ立っていたが、シルヴィが現れると深く頭を垂れた。
「シルヴィ様。突然申し訳ありません。」
「いいのよ、気にしないで。それよりもどうしたの?何かあった?」
ジョエルは頭を下げたまま声を押し殺して一言発した。
「指輪を預からせていただきたい。」
「指輪……?」
誰からの指示だろうか?
指輪と言われてシルヴィが思い浮かべるのはレオからもらったあの指輪しかない。あれをシルヴィに返せと言えるのはレオだけだ。しかしジョエルの上官はレオではなくロジェ──ジョエルとレオとのつながりが見えない。
「貴方に預けてそれを誰のところに届けるつもり?」
「……」
「言えないのであれば、指輪は渡せません。」
「シルヴィ様……」
やっと顔を上げたジョエルの額には汗がにじんでいた。
「シルヴィ?よく眠っているようだけど。もうお昼よ。」
「お母様。」
「昨夜は……眠れなかったの?」
「いえ、どちらかというとぐっすりと。」
母親は気まずそうにシルヴィから視線をそらすと、言葉を選びながら話しだした。
「その……あの方とはどういう関係なのか、聞いても?」
「あの方とは?」
「昨日連絡をくださった第三王子。」
シルヴィは明らかに誤解している様子の母親を見て一気に目が覚めた。勢いよく布団から飛び出ると母親の両腕をがっしりと掴んだ。
「何も!レオ様に関することで少しだけお世話になっただけよ。変な風に誤解しないで?」
「そ、そう。それなら良かった。」
「えぇ、本当に。」
「この間は教会でも貴女の事を探してらしたようだったから気になっていたの。」
「あぁ、礼拝の時ね。」
シルヴィがギーとトラブルになった時に駆けつけてくれたあの日の事だろう。そういえば、ロジェは伯爵にシルヴィがどこにいるのか聞いたと言っていた気がする。
何か話でもあったのだろうか──今となっては確認する術もない。
「とにかく、ロジェ王子には気をつけなさい。」
「えぇ。」
シルヴィは母親の忠告に一旦は頷いたものの、心の中で一人首を傾げた。王子に気をつけろとは?一体何が言いたいのだろうか……。
「お母様、ロジェ様に何かあったの?」
「そうね。貴女の嫌いな噂よ。」
「ロジェ様に関する噂?」
「王子のお相手がガレル商会の娘なんじゃないかって話よ。確かにガレル商会の財力は今の王家にとっては魅力的なのかもしれないけれど……。」
母親はそこで言葉を濁したが、何を言いたいのかだいたいの想像はついた。
ガレル商会の財力が欲しい余り王子を商人の元へ生贄に差し出すというような王家の考え方には賛同できないと言いたいのだろう。
「そういえば……。ガレル商会の娘の婚約者が居なくなったと聞きました。」
「そうね。それにも上の方が関わっているんじゃないかという話よ。……だから貴女の心配をしているのよ。」
上の方──つまりは王家が関わっていると……。
「そんな話、馬鹿げてるわ。私昨日この目で見たのよ?レオ様だってご無事だったんですもの。ガレルの職人だというその人もきっと何か事情があって……。」
「シルヴィ?レオ様の置かれている今の状況をしっかりと見て頂戴。あの方の身に何が起きているのか、私は詳しく存じ上げないけれど結局はもうあの方にも戻って来れる場所はないのよ?」
「それは……。」
「貴女には話していなかったけれど。実は過去に侯爵様はガレル商会からの縁談を何度もお断りされていたのよ。それでもあの娘がレオ様のことを諦められないとしつこく言ってくるから、貴女の所に仮の婚約者をしてほしいと話が来たの。」
確かに。ガレル商会の名前までは聞いたことはなかったが、レオが引く手数多で困っていたというのは聞いたことがあった。
レオのあの見た目はガレルの娘の好みにピッタリであることは間違いない。
「お母様。もしかしてレオ様の今回の処分も王家がレオ様を遠ざけたい為に仕組んだと仰りたいの?」
「……そこまでは何とも。でも貴女にはこれ以上ロジェ王子とガレル商会に関わるのはやめて欲しいのよ。」
今度は素直に頷く事ができず、シルヴィは黙り込んだ。
どうしても、もやもやとした思いが消えない。
王家とガレル商会が手を結ぶために邪魔者は退場させられたというのはあまりにも話が突飛すぎる気がした。
第一今の話を聞いた限りでは、レオはむしろガレル商会の娘との縁談を嫌がっているではないか。
シルヴィの脳裏に昨夜のロジェとレオの姿が鮮明に蘇った。二人は熱心に何かを語っていたが、見方によっては言い争っているようにも見えた。
ロジェはレオを今でも何かから必死に守ろうとしている。その何かというのがもしボドワン王家だったとしたら……。
──もう私には関係ない。レオ様もロジェ様も。
母親と入れ替わるように部屋に滑り込んできた使用人が、シルヴィに来客がある事を告げた。
「私に?どなた?」
「それが……体の大きな男性で。ジョエルと言えば分かると。」
「ジョエル?」
今朝別れたばかりのジョエルが一体何の用があるのだろうか──シルヴィは不思議に思いながらもジョエルの待つ部屋へ向かった。
ジョエルは所在なさげに突っ立っていたが、シルヴィが現れると深く頭を垂れた。
「シルヴィ様。突然申し訳ありません。」
「いいのよ、気にしないで。それよりもどうしたの?何かあった?」
ジョエルは頭を下げたまま声を押し殺して一言発した。
「指輪を預からせていただきたい。」
「指輪……?」
誰からの指示だろうか?
指輪と言われてシルヴィが思い浮かべるのはレオからもらったあの指輪しかない。あれをシルヴィに返せと言えるのはレオだけだ。しかしジョエルの上官はレオではなくロジェ──ジョエルとレオとのつながりが見えない。
「貴方に預けてそれを誰のところに届けるつもり?」
「……」
「言えないのであれば、指輪は渡せません。」
「シルヴィ様……」
やっと顔を上げたジョエルの額には汗がにじんでいた。
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