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コーヒーと家族の記憶
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「それ…何が大丈夫なの?」
「何だと思う?」
「……」
「他人じゃあるまいし、今更だろ?」
目の前のテーブルにすっと菓子皿が押し出され、はっとそちらを見るとリリーがこちらに目配せをして、そのまま何も言わずに顔を赤らめて出て行った。
「リリー……。」
「気にすることない、そのままにしておけばいい。その方がこれ以上うるさく言われなくて都合がいいし…。」
凛花はじっとりとダニエルを見上げると疑惑の眼差しを向けた。
「もしかしてわざと使用人達に勘違いさせようとしてるの?」
「勘違い?俺たちの関係が?」
ダニエルは皿から一枚のクッキーを手に取ると凛花の口元に静かに差し出した。
──ぐっ…クッキーあ~んされちゃうとか……。だめだ、騙されちゃ…。
「食べないの?」
「じ、自分で食べる…から…。」
「……」
ダニエルはクッキーを持った手を下ろすとしばらく考えた後そのまま自分の口に入れた。
凛花もそれに倣ってクッキーを一枚手に取る。
「甘いクッキーのお供はやっぱりコーヒーだなぁ。」
何気なく呟いた凛花の一言にダニエルがはっと顔を上げた。
「コーヒーを飲んだ事があるのか?」
「あ、うん。もしかしてこの国にもあるの?」
「…ある。というか女性は飲まないものだという先入観があったから凛花には出さなかったが。俺は一人だとコーヒーばかり飲んでいる。」
「私も。濃いめに入れたコーヒーに氷を沢山入れて飲むのが好き。」
「砂糖もミルクも入れないままで?」
「……うん、甘くない方がごくごく飲めるから。」
ダニエルは突然ソファーから立ち上がると、部屋の扉を開けて外にいる使用人に話を付け始めた。どうやらアイスコーヒーの手配をしているようだ。
二枚目のクッキーにこっそり手を伸ばして様子を窺っていると、少しソワソワした様子をしてダニエルが隣に戻って来た。
「コーヒー頼んだの?」
「話をしていたら無性に飲みたくなって…。でも、凛花はこんな夜中に飲んでも大丈夫なのか?」
「あー、私なら平気。カフェインには強いから。」
「……」
ダニエルは驚いた様子で凛花を見ると顎に手をやった。
「まさか女性もブラックコーヒーを飲む習慣があるなんて…。」
「夜遅くまで勉強とか仕事してると目を覚ますためにコーヒー飲む人も多かったのよ?男も女も関係ないの。」
「……まるで騎士の様な生活だな。」
「騎士?」
「夜警があるから目を覚ますのにコーヒーをよく飲むんだ。」
──なるほどね。なんか納得だわ。
「凛花はそんなに遅くまで勉強をしていたの?」
「うん…。少し前に大事な試験があったからね。一応頑張ってた。」
ダニエルは何かを言いかけて止めると暗くなった窓の外に目を向けた。
「凛花は…日本に残してきた家族の話を全くしないんだな。どうして?思い出すのが辛いからか?」
「家族の話…?」
──そういえば…。お父さんとお母さんの話、ダニエルにしてなかった。
「凛花?」
「家族…?え?私……」
──家族って?私、覚えて…ない?
凛花は何かを探すように視線を窓の外に向けた。
ダニエルに言われるまで家族の事など少しも思い出すことがなかった。それに違和感がなかったのは覚えていなかったせいなのだ。
「どうしよう…。」
「ごめん、何か嫌な事を思い出させちゃった?」
「違うの…。違うんだけど…。私、家族の事何も思い出せない。今までどうして気が付かなかったんだろう…。何がどうなってるの?」
「思い出せない?何も?」
「……」
私の名前は相馬凛花。高3で受験が終わった所で…。違う、そんな事よりも、家族だ。両親と…兄弟?姉妹?名前も家族構成も懐かしい面影ですら、何一つとして頭に浮かんでこない。家…アパートだった?自分の部屋は二階にあったような気がするから戸建てだったのっだろうか?
つい数日前までははっきりとしていたはずの自分の部屋の記憶ですら曖昧になってきている気がする。
「記憶にないから今まで話をしなかったんだね?」
「……分からないけど、きっとそうだと思う。なんだか日本の記憶が少しずつ薄れていってる気がする。」
「分かった、凛花。無理に思い出そうとしなくてもいいから。」
「でも…。」
「今は必要ない情報だ…。思い出して会いたくなったと泣き出されても困るしね。さっきも言っただろ?何でも知ってればいいって訳でもないんだから。」
ダニエルは凛花の手を優しく握ると片手で頬を撫でた。凛花はダニエルに視線を戻すと不安そうにその顔を見つめる。
「私……気が付いていないだけで他にも何か大切な事を忘れかけているのかもしれない……。」
「大丈夫。俺の事だけ覚えててくれたら、今はそれでいい。」
ゆっくりとダニエルの顔が凛花に近付いてきたその時、扉が小さくノックされるとリリーがコーヒーを手に部屋に戻ってきた。
「!」
「それは机に。」
ダニエルはリリーの方には視線を動かすこともせず短く指示を出すと、そのまま凛花に優しく口付けた。
「何だと思う?」
「……」
「他人じゃあるまいし、今更だろ?」
目の前のテーブルにすっと菓子皿が押し出され、はっとそちらを見るとリリーがこちらに目配せをして、そのまま何も言わずに顔を赤らめて出て行った。
「リリー……。」
「気にすることない、そのままにしておけばいい。その方がこれ以上うるさく言われなくて都合がいいし…。」
凛花はじっとりとダニエルを見上げると疑惑の眼差しを向けた。
「もしかしてわざと使用人達に勘違いさせようとしてるの?」
「勘違い?俺たちの関係が?」
ダニエルは皿から一枚のクッキーを手に取ると凛花の口元に静かに差し出した。
──ぐっ…クッキーあ~んされちゃうとか……。だめだ、騙されちゃ…。
「食べないの?」
「じ、自分で食べる…から…。」
「……」
ダニエルはクッキーを持った手を下ろすとしばらく考えた後そのまま自分の口に入れた。
凛花もそれに倣ってクッキーを一枚手に取る。
「甘いクッキーのお供はやっぱりコーヒーだなぁ。」
何気なく呟いた凛花の一言にダニエルがはっと顔を上げた。
「コーヒーを飲んだ事があるのか?」
「あ、うん。もしかしてこの国にもあるの?」
「…ある。というか女性は飲まないものだという先入観があったから凛花には出さなかったが。俺は一人だとコーヒーばかり飲んでいる。」
「私も。濃いめに入れたコーヒーに氷を沢山入れて飲むのが好き。」
「砂糖もミルクも入れないままで?」
「……うん、甘くない方がごくごく飲めるから。」
ダニエルは突然ソファーから立ち上がると、部屋の扉を開けて外にいる使用人に話を付け始めた。どうやらアイスコーヒーの手配をしているようだ。
二枚目のクッキーにこっそり手を伸ばして様子を窺っていると、少しソワソワした様子をしてダニエルが隣に戻って来た。
「コーヒー頼んだの?」
「話をしていたら無性に飲みたくなって…。でも、凛花はこんな夜中に飲んでも大丈夫なのか?」
「あー、私なら平気。カフェインには強いから。」
「……」
ダニエルは驚いた様子で凛花を見ると顎に手をやった。
「まさか女性もブラックコーヒーを飲む習慣があるなんて…。」
「夜遅くまで勉強とか仕事してると目を覚ますためにコーヒー飲む人も多かったのよ?男も女も関係ないの。」
「……まるで騎士の様な生活だな。」
「騎士?」
「夜警があるから目を覚ますのにコーヒーをよく飲むんだ。」
──なるほどね。なんか納得だわ。
「凛花はそんなに遅くまで勉強をしていたの?」
「うん…。少し前に大事な試験があったからね。一応頑張ってた。」
ダニエルは何かを言いかけて止めると暗くなった窓の外に目を向けた。
「凛花は…日本に残してきた家族の話を全くしないんだな。どうして?思い出すのが辛いからか?」
「家族の話…?」
──そういえば…。お父さんとお母さんの話、ダニエルにしてなかった。
「凛花?」
「家族…?え?私……」
──家族って?私、覚えて…ない?
凛花は何かを探すように視線を窓の外に向けた。
ダニエルに言われるまで家族の事など少しも思い出すことがなかった。それに違和感がなかったのは覚えていなかったせいなのだ。
「どうしよう…。」
「ごめん、何か嫌な事を思い出させちゃった?」
「違うの…。違うんだけど…。私、家族の事何も思い出せない。今までどうして気が付かなかったんだろう…。何がどうなってるの?」
「思い出せない?何も?」
「……」
私の名前は相馬凛花。高3で受験が終わった所で…。違う、そんな事よりも、家族だ。両親と…兄弟?姉妹?名前も家族構成も懐かしい面影ですら、何一つとして頭に浮かんでこない。家…アパートだった?自分の部屋は二階にあったような気がするから戸建てだったのっだろうか?
つい数日前までははっきりとしていたはずの自分の部屋の記憶ですら曖昧になってきている気がする。
「記憶にないから今まで話をしなかったんだね?」
「……分からないけど、きっとそうだと思う。なんだか日本の記憶が少しずつ薄れていってる気がする。」
「分かった、凛花。無理に思い出そうとしなくてもいいから。」
「でも…。」
「今は必要ない情報だ…。思い出して会いたくなったと泣き出されても困るしね。さっきも言っただろ?何でも知ってればいいって訳でもないんだから。」
ダニエルは凛花の手を優しく握ると片手で頬を撫でた。凛花はダニエルに視線を戻すと不安そうにその顔を見つめる。
「私……気が付いていないだけで他にも何か大切な事を忘れかけているのかもしれない……。」
「大丈夫。俺の事だけ覚えててくれたら、今はそれでいい。」
ゆっくりとダニエルの顔が凛花に近付いてきたその時、扉が小さくノックされるとリリーがコーヒーを手に部屋に戻ってきた。
「!」
「それは机に。」
ダニエルはリリーの方には視線を動かすこともせず短く指示を出すと、そのまま凛花に優しく口付けた。
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