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ピアスの記憶
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ダニエルは凛花の髪を耳にかきあげながら琥珀のピアスを確認するように触った。
「初めて凛花と出会ったあの日。記憶のない凛花にピアスの穴を開けた記憶だけはしっかりと残っていることに俺は戸惑った。覚えてる?」
「…うん。あの時は私も口が滑っちゃったし。ピアスの造りもこの国のものとは違ったからでしょ?」
ダニエルは琥珀をクルクルと回して確かめると今度は反対の耳に手を伸ばした。
「日本とこの国では違うことが沢山ある。凛花はどうしてピアスの穴を開けたの?」
「それは…可愛いピアスを付けたかったから。」
「やっぱり。」
ダニエルはやっと耳から視線を戻すと凛花の手をとった。
「この国でピアスの穴を開けるのは婚約をしたという証なんだよ。だから普通は穴を開けるのも婚約者にしてもらう事なんだ。」
「え?そんな意味があるの?」
「そう、だけど君は恋人もいないと否定した…。」
凛花の視線は自然とダニエルの耳に向かった。出会った時からダニエルの耳には琥珀のピアスが輝いているということは、つまり…。
「ダニエルも…それ、婚約者に開けてもらったの?」
「まさか。言っただろ?俺はフィルの身代わりを務めていたんだ、だからだよ。フィルは幼い頃に王妃様に穴を開けてもらってるからね。」
「あ……。そっか。」
確か物語の中の王太子は……。そこまで考えた凛花は慌てて思考を切り替えた。
──そうだ、もうストーリーを追いかけるのは止めると決めたんだった。
「記憶がないと言っているのにピアスの穴を開けたことは覚えていて、でも恋人や婚約者は居ないと君は言ったんだ。」
「ほんと、ダニエルからしてみれば訳が分からない女ね。」
「うん。でもどうしてだか嘘をついているようには思えなかった。」
「ダニエルは…都合が悪くなると直ぐに黙り込むから、私最初は結構イライラしてたのよ?警戒…してたからなの?私の事。」
「まさか。凛花の事を警戒してたのはむしろフィルの方だ。出会って一日で俺の婚約者になるなんて絶対何か裏があるって。」
──確かにね、むしろそれがまともな考え方でしょ?
「だから婚約届を陛下に渡す前に凛花に会わせろと言ってきたんだ。……会わせるんじゃなかったって、今でもそう思ってるけど。」
「あのタイミングで会っていなければ今頃ダニエルとアオイがどうなっていたかも分からないのよ?ダニエルを修道院に行かせないためにも、私は日本の話をフィルにしなきゃいけなかったんだもん。」
ダニエルはじっと凛花を見つめた。
「そのことだけど…。俺、怒ってる。」
「え?」
言葉通り、先ほどまでの甘い雰囲気を消し去ったダニエルは確かに何かに対して怒っているようだった。
「凛花がフィルにした話はだいたい聞いてるよ。でもそれ、凛花は信じてたの?」
「信じていたとかそういうのじゃなくて。思い出したからフィルに言ったの。ダニエルに少しでも危険があるなら止めさせてほしかったし……。」
ダニエルは凛花の手を離すと小さくため息をついた。
「それだよ。俺が危険な目に遭うのはフィルと凛花を裏切った時──そうだろ?」
「でもそれは物語の中のディーの事で……あ…。」
「分かってくれた?」
凛花は小さく頷いた。
「そうだよね、ダニエルは物語の登場人物じゃない。私がそんな心配する必要なかったんだ。ごめん。」
「それにわざわざフィルと二人きりで話す必要もなかったんじゃない?」
「まさか、本人に言えるわけないじゃない?フィルを裏切って死ぬ運命だって知ってるなんて。」
「フィルは凛花と二人きりで話したその時に君の耳にピアスがあることに気が付いた。」
はっと顔を上げるとダニエルは微かに微笑んでいた。
「ピアスに気が付かなければあの時フィルは君を俺の手から永遠に奪っていたかもしれない。」
──どういうこと?
「フィルが婚約者に求める条件を君はあの時すべてクリアして見せたんだよ。」
「……」
「頭の回転が良く、王太子相手だからといって物怖じしない。媚びない──まっすぐな目で見つめる……。」
「何その条件…。」
「昔から俺だけが知ってるフィルの好み、国家機密。だから急がないといけなかったんだよ、君との婚約を。日本の話を聞きだす事もカテリーナ殿下の事も関係ない。」
「もしかして姿形だけじゃなくて好みも似てるの?」
「そういう事だ。だからアオイの件もうまく収められた。」
──アオイ…。二人の好みのタイプじゃなかったか…。
「何ていうか…。本当に血のつながりはないのね?フィルとは双子じゃない?」
「双子じゃない。母親は別だ。」
──母親は…ね。そういえばカテリーナ殿下とフィルって全然似てないよね。それにカテリーナ殿下はブラコン……複雑すぎる。父親は…どっちだ?侯爵?国王?
「凛花、長く君と話してたからお腹が空いてきた。少しだけ付き合ってくれない?」
ダニエルは申し訳なさそうに膝の上の凛花を抱きしめるとそのまま立ち上がった。
「あ、歩きます!大丈夫。」
長時間膝の上に座らされていたことを今頃になって思い出し赤くなる凛花を両腕にしっかりと抱きなおすとダニエルはそのまま部屋を後にした。
「初めて凛花と出会ったあの日。記憶のない凛花にピアスの穴を開けた記憶だけはしっかりと残っていることに俺は戸惑った。覚えてる?」
「…うん。あの時は私も口が滑っちゃったし。ピアスの造りもこの国のものとは違ったからでしょ?」
ダニエルは琥珀をクルクルと回して確かめると今度は反対の耳に手を伸ばした。
「日本とこの国では違うことが沢山ある。凛花はどうしてピアスの穴を開けたの?」
「それは…可愛いピアスを付けたかったから。」
「やっぱり。」
ダニエルはやっと耳から視線を戻すと凛花の手をとった。
「この国でピアスの穴を開けるのは婚約をしたという証なんだよ。だから普通は穴を開けるのも婚約者にしてもらう事なんだ。」
「え?そんな意味があるの?」
「そう、だけど君は恋人もいないと否定した…。」
凛花の視線は自然とダニエルの耳に向かった。出会った時からダニエルの耳には琥珀のピアスが輝いているということは、つまり…。
「ダニエルも…それ、婚約者に開けてもらったの?」
「まさか。言っただろ?俺はフィルの身代わりを務めていたんだ、だからだよ。フィルは幼い頃に王妃様に穴を開けてもらってるからね。」
「あ……。そっか。」
確か物語の中の王太子は……。そこまで考えた凛花は慌てて思考を切り替えた。
──そうだ、もうストーリーを追いかけるのは止めると決めたんだった。
「記憶がないと言っているのにピアスの穴を開けたことは覚えていて、でも恋人や婚約者は居ないと君は言ったんだ。」
「ほんと、ダニエルからしてみれば訳が分からない女ね。」
「うん。でもどうしてだか嘘をついているようには思えなかった。」
「ダニエルは…都合が悪くなると直ぐに黙り込むから、私最初は結構イライラしてたのよ?警戒…してたからなの?私の事。」
「まさか。凛花の事を警戒してたのはむしろフィルの方だ。出会って一日で俺の婚約者になるなんて絶対何か裏があるって。」
──確かにね、むしろそれがまともな考え方でしょ?
「だから婚約届を陛下に渡す前に凛花に会わせろと言ってきたんだ。……会わせるんじゃなかったって、今でもそう思ってるけど。」
「あのタイミングで会っていなければ今頃ダニエルとアオイがどうなっていたかも分からないのよ?ダニエルを修道院に行かせないためにも、私は日本の話をフィルにしなきゃいけなかったんだもん。」
ダニエルはじっと凛花を見つめた。
「そのことだけど…。俺、怒ってる。」
「え?」
言葉通り、先ほどまでの甘い雰囲気を消し去ったダニエルは確かに何かに対して怒っているようだった。
「凛花がフィルにした話はだいたい聞いてるよ。でもそれ、凛花は信じてたの?」
「信じていたとかそういうのじゃなくて。思い出したからフィルに言ったの。ダニエルに少しでも危険があるなら止めさせてほしかったし……。」
ダニエルは凛花の手を離すと小さくため息をついた。
「それだよ。俺が危険な目に遭うのはフィルと凛花を裏切った時──そうだろ?」
「でもそれは物語の中のディーの事で……あ…。」
「分かってくれた?」
凛花は小さく頷いた。
「そうだよね、ダニエルは物語の登場人物じゃない。私がそんな心配する必要なかったんだ。ごめん。」
「それにわざわざフィルと二人きりで話す必要もなかったんじゃない?」
「まさか、本人に言えるわけないじゃない?フィルを裏切って死ぬ運命だって知ってるなんて。」
「フィルは凛花と二人きりで話したその時に君の耳にピアスがあることに気が付いた。」
はっと顔を上げるとダニエルは微かに微笑んでいた。
「ピアスに気が付かなければあの時フィルは君を俺の手から永遠に奪っていたかもしれない。」
──どういうこと?
「フィルが婚約者に求める条件を君はあの時すべてクリアして見せたんだよ。」
「……」
「頭の回転が良く、王太子相手だからといって物怖じしない。媚びない──まっすぐな目で見つめる……。」
「何その条件…。」
「昔から俺だけが知ってるフィルの好み、国家機密。だから急がないといけなかったんだよ、君との婚約を。日本の話を聞きだす事もカテリーナ殿下の事も関係ない。」
「もしかして姿形だけじゃなくて好みも似てるの?」
「そういう事だ。だからアオイの件もうまく収められた。」
──アオイ…。二人の好みのタイプじゃなかったか…。
「何ていうか…。本当に血のつながりはないのね?フィルとは双子じゃない?」
「双子じゃない。母親は別だ。」
──母親は…ね。そういえばカテリーナ殿下とフィルって全然似てないよね。それにカテリーナ殿下はブラコン……複雑すぎる。父親は…どっちだ?侯爵?国王?
「凛花、長く君と話してたからお腹が空いてきた。少しだけ付き合ってくれない?」
ダニエルは申し訳なさそうに膝の上の凛花を抱きしめるとそのまま立ち上がった。
「あ、歩きます!大丈夫。」
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