33 / 45
4
夜
しおりを挟む
凛花はダニエルの腕の中でぎゅっと目を閉じた。
「話の中の出来事なのは分かってる。でも私、現実が何なのかもうよく分からない。今私がいるこの場所は現実なの?」
「今凛花は確かにここにいる。いくら寝ても朝目が覚めたらこの部屋のベッドに君はいる。夢じゃないんだよ。」
「そう言えば、俺も凛花に話さないといけない事があるって、そう言ったよね?」
凛花はダニエルから少しだけ身を離すと小さく頷いた。
「ずっと言えなかったんだけど。俺、この部屋の合鍵を持ってる。」
「は?」
思いがけないダニエルの告白に一瞬にして凛花の頭の中のモヤモヤが消え去った。
「毎朝凛花がベッドにまだいるか確認しに来てた。何度か隣でそのまま寝ちゃった事もあったけど……」
「それ、私がここに来た最初の日じゃない?朝早くに侍女に見つかったんでしょ?」
「……」
「私、あの侍女に朝から『 お慶び申し上げます』なんて言われちゃって…。」
凛花は既に乾きはじめた目元をこするとダニエルの腕から抜け出そうと試みた。
「どうした?」
「え?何が?」
「なんで逃げようとしてるの?」
「いや、なんでって言われても……。」
ダニエルは凛花の髪をするりと撫でると、小さく溜息をつきながら尋ねた。
「凛花、この際だからはっきりさせておきたいんだけど、凛花は俺の事どう思ってるの?」
ダニエルは凛花の頭に顎を乗せ、わざと顔を見ないようにしているようだった。それまでダニエルの腕の中でもぞもぞと抵抗していた凛花も大人しくなる。
「……何でも知ってるし頼りになるし。話もちゃんと聞いてくれるし。」
「評価してくれてるのはわかったけど、俺が聞きたいのはそんな言葉じゃないんだ。」
「……私、その…。ダニエルとの関係は近いうちに終わるんだって、ずっとそう思ってきたから……。」
「それは、凛花がこの世界は現実じゃないって思ってたせい?」
「そう。お話の通りにいったらダニエルみたいな人には、別のもっと素敵な女の人が現れるはずだから。」
「だから、婚約破棄されるの?凛花は。」
「うん。私はあのお話の中には存在しなかったんだもん。ダニエルの人生に深く関わっちゃいけないの。でも…私はあおいさんとダニエルを死なせちゃいけないって、あの時咄嗟にそう思っちゃった。」
「それで俺の人生に関わることにした?」
「助けられる命なら助けたかった。死んだ後その人がどうなるのかなんて知らない。もう一度どこかに生まれ変わるのか…天国に行くのか。でも、残された人たちでこの世界はまだまだ続いていくんだって気が付いた時、私、ここに一人で残されるのがすごく怖かった。」
凛花は逃げる事を諦め、その代わりにダニエルの背中に手を回し、その存在を確かめるようにそっと抱き締めた。
「私、ダニエルがいなくなるなんていやなの。傍にいてほしい。」
「うん。」
「でも、これ以上の事は今は言葉にできない…。」
「ありがとう。それで十分気持ちは伝わった。」
静かな部屋で暖かな腕に抱かれ、ふと目を上げると窓ガラスに映るのはしっかりと抱き合う二人の姿。その光景に凛花は言葉を失った。
──あれ……?なんで私こんなことになっちゃってるの?
慌ててダニエルの背中に回した手を下ろしたものの顔が一気に熱くなる。その様子に気がついたダニエルは、凛花から身体を離すと僅かに微笑んだ。
「凛花、ペンを借りるよ?」
「え?」
「もう少しだけ、一緒に居てもいいだろう?」
そう言うなりダニエルは先程まで凛花が座っていた椅子に腰掛けると、紙に何やら書き始めた。
肩越しに覗き込むとダニエルが口に出しながら教えてくれる。
「これでソウマ、こっちがリンカ。それから…これがダニエル。」
「…それ、ステーリア語?」
「うん。ステーリア語は周りの国に比べて装飾が多いから慣れるまではこのシンプルな形が書きやすいんだよ。」
「そう言えば…。騎士団で書いてた書体よりもこっちの方が読みやすいかも。」
ダニエルは少し考えた後でその下に小さく何かを書き留めた。
「それは?」
「『一目見た瞬間に恋に落ちた あなたの事が頭から離れない 愛している』」
「……」
「どうして俺はあの時咄嗟にこんな言葉を書いたんだろう…。」
机に向かうダニエルのペンが止まった。騎士団の本部で取り調べを受けたあの時とはまた少し違う書体で書かれたその言葉に凛花は首を傾げた。
「私が文字を読んでどんな反応をするか見たかったからでしょ?」
「そうだけど。でもわざわざこんな馬鹿みたいな事…」
「ダニエルらしくない?」
「まぁ……ね。」
「でも他の人達はそれを見て私が読めないって納得してたみたいだし。それはそれで良かったんじゃない?」
「凛花は?団長からどういう意味か聞いた時に呆れた顔をしてただろう?」
──あー、バレてた。確かに、失望した気はする…。
「よく見てるのね。」
「もちろん。凛花の反応を窺うために書いたんだから。」
「そういう言葉を誰にでもかけることの出来る軽い人なんだろうなって…残念に思ったのよ。」
「残念に?」
「うん。ちょっとだけ、ね?」
「軽い人……ね。ちょっとフィルみたいな響きで悪くない。」
「話の中の出来事なのは分かってる。でも私、現実が何なのかもうよく分からない。今私がいるこの場所は現実なの?」
「今凛花は確かにここにいる。いくら寝ても朝目が覚めたらこの部屋のベッドに君はいる。夢じゃないんだよ。」
「そう言えば、俺も凛花に話さないといけない事があるって、そう言ったよね?」
凛花はダニエルから少しだけ身を離すと小さく頷いた。
「ずっと言えなかったんだけど。俺、この部屋の合鍵を持ってる。」
「は?」
思いがけないダニエルの告白に一瞬にして凛花の頭の中のモヤモヤが消え去った。
「毎朝凛花がベッドにまだいるか確認しに来てた。何度か隣でそのまま寝ちゃった事もあったけど……」
「それ、私がここに来た最初の日じゃない?朝早くに侍女に見つかったんでしょ?」
「……」
「私、あの侍女に朝から『 お慶び申し上げます』なんて言われちゃって…。」
凛花は既に乾きはじめた目元をこするとダニエルの腕から抜け出そうと試みた。
「どうした?」
「え?何が?」
「なんで逃げようとしてるの?」
「いや、なんでって言われても……。」
ダニエルは凛花の髪をするりと撫でると、小さく溜息をつきながら尋ねた。
「凛花、この際だからはっきりさせておきたいんだけど、凛花は俺の事どう思ってるの?」
ダニエルは凛花の頭に顎を乗せ、わざと顔を見ないようにしているようだった。それまでダニエルの腕の中でもぞもぞと抵抗していた凛花も大人しくなる。
「……何でも知ってるし頼りになるし。話もちゃんと聞いてくれるし。」
「評価してくれてるのはわかったけど、俺が聞きたいのはそんな言葉じゃないんだ。」
「……私、その…。ダニエルとの関係は近いうちに終わるんだって、ずっとそう思ってきたから……。」
「それは、凛花がこの世界は現実じゃないって思ってたせい?」
「そう。お話の通りにいったらダニエルみたいな人には、別のもっと素敵な女の人が現れるはずだから。」
「だから、婚約破棄されるの?凛花は。」
「うん。私はあのお話の中には存在しなかったんだもん。ダニエルの人生に深く関わっちゃいけないの。でも…私はあおいさんとダニエルを死なせちゃいけないって、あの時咄嗟にそう思っちゃった。」
「それで俺の人生に関わることにした?」
「助けられる命なら助けたかった。死んだ後その人がどうなるのかなんて知らない。もう一度どこかに生まれ変わるのか…天国に行くのか。でも、残された人たちでこの世界はまだまだ続いていくんだって気が付いた時、私、ここに一人で残されるのがすごく怖かった。」
凛花は逃げる事を諦め、その代わりにダニエルの背中に手を回し、その存在を確かめるようにそっと抱き締めた。
「私、ダニエルがいなくなるなんていやなの。傍にいてほしい。」
「うん。」
「でも、これ以上の事は今は言葉にできない…。」
「ありがとう。それで十分気持ちは伝わった。」
静かな部屋で暖かな腕に抱かれ、ふと目を上げると窓ガラスに映るのはしっかりと抱き合う二人の姿。その光景に凛花は言葉を失った。
──あれ……?なんで私こんなことになっちゃってるの?
慌ててダニエルの背中に回した手を下ろしたものの顔が一気に熱くなる。その様子に気がついたダニエルは、凛花から身体を離すと僅かに微笑んだ。
「凛花、ペンを借りるよ?」
「え?」
「もう少しだけ、一緒に居てもいいだろう?」
そう言うなりダニエルは先程まで凛花が座っていた椅子に腰掛けると、紙に何やら書き始めた。
肩越しに覗き込むとダニエルが口に出しながら教えてくれる。
「これでソウマ、こっちがリンカ。それから…これがダニエル。」
「…それ、ステーリア語?」
「うん。ステーリア語は周りの国に比べて装飾が多いから慣れるまではこのシンプルな形が書きやすいんだよ。」
「そう言えば…。騎士団で書いてた書体よりもこっちの方が読みやすいかも。」
ダニエルは少し考えた後でその下に小さく何かを書き留めた。
「それは?」
「『一目見た瞬間に恋に落ちた あなたの事が頭から離れない 愛している』」
「……」
「どうして俺はあの時咄嗟にこんな言葉を書いたんだろう…。」
机に向かうダニエルのペンが止まった。騎士団の本部で取り調べを受けたあの時とはまた少し違う書体で書かれたその言葉に凛花は首を傾げた。
「私が文字を読んでどんな反応をするか見たかったからでしょ?」
「そうだけど。でもわざわざこんな馬鹿みたいな事…」
「ダニエルらしくない?」
「まぁ……ね。」
「でも他の人達はそれを見て私が読めないって納得してたみたいだし。それはそれで良かったんじゃない?」
「凛花は?団長からどういう意味か聞いた時に呆れた顔をしてただろう?」
──あー、バレてた。確かに、失望した気はする…。
「よく見てるのね。」
「もちろん。凛花の反応を窺うために書いたんだから。」
「そういう言葉を誰にでもかけることの出来る軽い人なんだろうなって…残念に思ったのよ。」
「残念に?」
「うん。ちょっとだけ、ね?」
「軽い人……ね。ちょっとフィルみたいな響きで悪くない。」
3
お気に入りに追加
105
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました
かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中!
そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……?
可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです!
そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!?
イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!!
毎日17時と19時に更新します。
全12話完結+番外編
「小説家になろう」でも掲載しています。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】100日後に処刑されるイグワーナ(悪役令嬢)は抜け毛スキルで無双する
みねバイヤーン
恋愛
せっかく悪役令嬢に転生したのに、もう断罪イベント終わって、牢屋にぶち込まれてるんですけどー。これは100日後に処刑されるイグワーナが、抜け毛操りスキルを使って無双し、自分を陥れた第一王子と聖女の妹をざまぁする、そんな物語。

【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない
櫻野くるみ
恋愛
伯爵家の長女、エミリアは前世の記憶を持つ転生者だった。
手のかからない赤ちゃんとして可愛がられたが、前世の記憶を活かし類稀なる才能を見せ、まわりを驚かせていた。
大人びた子供だと思われていた5歳の時、18歳の騎士ダニエルと出会う。
成り行きで、父の死を悔やんでいる彼を慰めてみたら、うっかり気に入られてしまったようで?
歳の差13歳、未来の騎士団長候補は執着と溺愛が凄かった!
出世するたびにアプローチを繰り返す一途なダニエルと、年齢差を理由に断り続けながらも離れられないエミリア。
騎士団副団長になり、団長までもう少しのところで訪れる愛の試練。乗り越えたダニエルは、いよいよエミリアと結ばれる?
5歳で出会ってからエミリアが年頃になり、逃げられないまま騎士団長のお嫁さんになるお話。
ハッピーエンドです。
完結しています。
小説家になろう様にも投稿していて、そちらでは少し修正しています。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる