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夜
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凛花はダニエルの腕の中でぎゅっと目を閉じた。
「話の中の出来事なのは分かってる。でも私、現実が何なのかもうよく分からない。今私がいるこの場所は現実なの?」
「今凛花は確かにここにいる。いくら寝ても朝目が覚めたらこの部屋のベッドに君はいる。夢じゃないんだよ。」
「そう言えば、俺も凛花に話さないといけない事があるって、そう言ったよね?」
凛花はダニエルから少しだけ身を離すと小さく頷いた。
「ずっと言えなかったんだけど。俺、この部屋の合鍵を持ってる。」
「は?」
思いがけないダニエルの告白に一瞬にして凛花の頭の中のモヤモヤが消え去った。
「毎朝凛花がベッドにまだいるか確認しに来てた。何度か隣でそのまま寝ちゃった事もあったけど……」
「それ、私がここに来た最初の日じゃない?朝早くに侍女に見つかったんでしょ?」
「……」
「私、あの侍女に朝から『 お慶び申し上げます』なんて言われちゃって…。」
凛花は既に乾きはじめた目元をこするとダニエルの腕から抜け出そうと試みた。
「どうした?」
「え?何が?」
「なんで逃げようとしてるの?」
「いや、なんでって言われても……。」
ダニエルは凛花の髪をするりと撫でると、小さく溜息をつきながら尋ねた。
「凛花、この際だからはっきりさせておきたいんだけど、凛花は俺の事どう思ってるの?」
ダニエルは凛花の頭に顎を乗せ、わざと顔を見ないようにしているようだった。それまでダニエルの腕の中でもぞもぞと抵抗していた凛花も大人しくなる。
「……何でも知ってるし頼りになるし。話もちゃんと聞いてくれるし。」
「評価してくれてるのはわかったけど、俺が聞きたいのはそんな言葉じゃないんだ。」
「……私、その…。ダニエルとの関係は近いうちに終わるんだって、ずっとそう思ってきたから……。」
「それは、凛花がこの世界は現実じゃないって思ってたせい?」
「そう。お話の通りにいったらダニエルみたいな人には、別のもっと素敵な女の人が現れるはずだから。」
「だから、婚約破棄されるの?凛花は。」
「うん。私はあのお話の中には存在しなかったんだもん。ダニエルの人生に深く関わっちゃいけないの。でも…私はあおいさんとダニエルを死なせちゃいけないって、あの時咄嗟にそう思っちゃった。」
「それで俺の人生に関わることにした?」
「助けられる命なら助けたかった。死んだ後その人がどうなるのかなんて知らない。もう一度どこかに生まれ変わるのか…天国に行くのか。でも、残された人たちでこの世界はまだまだ続いていくんだって気が付いた時、私、ここに一人で残されるのがすごく怖かった。」
凛花は逃げる事を諦め、その代わりにダニエルの背中に手を回し、その存在を確かめるようにそっと抱き締めた。
「私、ダニエルがいなくなるなんていやなの。傍にいてほしい。」
「うん。」
「でも、これ以上の事は今は言葉にできない…。」
「ありがとう。それで十分気持ちは伝わった。」
静かな部屋で暖かな腕に抱かれ、ふと目を上げると窓ガラスに映るのはしっかりと抱き合う二人の姿。その光景に凛花は言葉を失った。
──あれ……?なんで私こんなことになっちゃってるの?
慌ててダニエルの背中に回した手を下ろしたものの顔が一気に熱くなる。その様子に気がついたダニエルは、凛花から身体を離すと僅かに微笑んだ。
「凛花、ペンを借りるよ?」
「え?」
「もう少しだけ、一緒に居てもいいだろう?」
そう言うなりダニエルは先程まで凛花が座っていた椅子に腰掛けると、紙に何やら書き始めた。
肩越しに覗き込むとダニエルが口に出しながら教えてくれる。
「これでソウマ、こっちがリンカ。それから…これがダニエル。」
「…それ、ステーリア語?」
「うん。ステーリア語は周りの国に比べて装飾が多いから慣れるまではこのシンプルな形が書きやすいんだよ。」
「そう言えば…。騎士団で書いてた書体よりもこっちの方が読みやすいかも。」
ダニエルは少し考えた後でその下に小さく何かを書き留めた。
「それは?」
「『一目見た瞬間に恋に落ちた あなたの事が頭から離れない 愛している』」
「……」
「どうして俺はあの時咄嗟にこんな言葉を書いたんだろう…。」
机に向かうダニエルのペンが止まった。騎士団の本部で取り調べを受けたあの時とはまた少し違う書体で書かれたその言葉に凛花は首を傾げた。
「私が文字を読んでどんな反応をするか見たかったからでしょ?」
「そうだけど。でもわざわざこんな馬鹿みたいな事…」
「ダニエルらしくない?」
「まぁ……ね。」
「でも他の人達はそれを見て私が読めないって納得してたみたいだし。それはそれで良かったんじゃない?」
「凛花は?団長からどういう意味か聞いた時に呆れた顔をしてただろう?」
──あー、バレてた。確かに、失望した気はする…。
「よく見てるのね。」
「もちろん。凛花の反応を窺うために書いたんだから。」
「そういう言葉を誰にでもかけることの出来る軽い人なんだろうなって…残念に思ったのよ。」
「残念に?」
「うん。ちょっとだけ、ね?」
「軽い人……ね。ちょっとフィルみたいな響きで悪くない。」
「話の中の出来事なのは分かってる。でも私、現実が何なのかもうよく分からない。今私がいるこの場所は現実なの?」
「今凛花は確かにここにいる。いくら寝ても朝目が覚めたらこの部屋のベッドに君はいる。夢じゃないんだよ。」
「そう言えば、俺も凛花に話さないといけない事があるって、そう言ったよね?」
凛花はダニエルから少しだけ身を離すと小さく頷いた。
「ずっと言えなかったんだけど。俺、この部屋の合鍵を持ってる。」
「は?」
思いがけないダニエルの告白に一瞬にして凛花の頭の中のモヤモヤが消え去った。
「毎朝凛花がベッドにまだいるか確認しに来てた。何度か隣でそのまま寝ちゃった事もあったけど……」
「それ、私がここに来た最初の日じゃない?朝早くに侍女に見つかったんでしょ?」
「……」
「私、あの侍女に朝から『 お慶び申し上げます』なんて言われちゃって…。」
凛花は既に乾きはじめた目元をこするとダニエルの腕から抜け出そうと試みた。
「どうした?」
「え?何が?」
「なんで逃げようとしてるの?」
「いや、なんでって言われても……。」
ダニエルは凛花の髪をするりと撫でると、小さく溜息をつきながら尋ねた。
「凛花、この際だからはっきりさせておきたいんだけど、凛花は俺の事どう思ってるの?」
ダニエルは凛花の頭に顎を乗せ、わざと顔を見ないようにしているようだった。それまでダニエルの腕の中でもぞもぞと抵抗していた凛花も大人しくなる。
「……何でも知ってるし頼りになるし。話もちゃんと聞いてくれるし。」
「評価してくれてるのはわかったけど、俺が聞きたいのはそんな言葉じゃないんだ。」
「……私、その…。ダニエルとの関係は近いうちに終わるんだって、ずっとそう思ってきたから……。」
「それは、凛花がこの世界は現実じゃないって思ってたせい?」
「そう。お話の通りにいったらダニエルみたいな人には、別のもっと素敵な女の人が現れるはずだから。」
「だから、婚約破棄されるの?凛花は。」
「うん。私はあのお話の中には存在しなかったんだもん。ダニエルの人生に深く関わっちゃいけないの。でも…私はあおいさんとダニエルを死なせちゃいけないって、あの時咄嗟にそう思っちゃった。」
「それで俺の人生に関わることにした?」
「助けられる命なら助けたかった。死んだ後その人がどうなるのかなんて知らない。もう一度どこかに生まれ変わるのか…天国に行くのか。でも、残された人たちでこの世界はまだまだ続いていくんだって気が付いた時、私、ここに一人で残されるのがすごく怖かった。」
凛花は逃げる事を諦め、その代わりにダニエルの背中に手を回し、その存在を確かめるようにそっと抱き締めた。
「私、ダニエルがいなくなるなんていやなの。傍にいてほしい。」
「うん。」
「でも、これ以上の事は今は言葉にできない…。」
「ありがとう。それで十分気持ちは伝わった。」
静かな部屋で暖かな腕に抱かれ、ふと目を上げると窓ガラスに映るのはしっかりと抱き合う二人の姿。その光景に凛花は言葉を失った。
──あれ……?なんで私こんなことになっちゃってるの?
慌ててダニエルの背中に回した手を下ろしたものの顔が一気に熱くなる。その様子に気がついたダニエルは、凛花から身体を離すと僅かに微笑んだ。
「凛花、ペンを借りるよ?」
「え?」
「もう少しだけ、一緒に居てもいいだろう?」
そう言うなりダニエルは先程まで凛花が座っていた椅子に腰掛けると、紙に何やら書き始めた。
肩越しに覗き込むとダニエルが口に出しながら教えてくれる。
「これでソウマ、こっちがリンカ。それから…これがダニエル。」
「…それ、ステーリア語?」
「うん。ステーリア語は周りの国に比べて装飾が多いから慣れるまではこのシンプルな形が書きやすいんだよ。」
「そう言えば…。騎士団で書いてた書体よりもこっちの方が読みやすいかも。」
ダニエルは少し考えた後でその下に小さく何かを書き留めた。
「それは?」
「『一目見た瞬間に恋に落ちた あなたの事が頭から離れない 愛している』」
「……」
「どうして俺はあの時咄嗟にこんな言葉を書いたんだろう…。」
机に向かうダニエルのペンが止まった。騎士団の本部で取り調べを受けたあの時とはまた少し違う書体で書かれたその言葉に凛花は首を傾げた。
「私が文字を読んでどんな反応をするか見たかったからでしょ?」
「そうだけど。でもわざわざこんな馬鹿みたいな事…」
「ダニエルらしくない?」
「まぁ……ね。」
「でも他の人達はそれを見て私が読めないって納得してたみたいだし。それはそれで良かったんじゃない?」
「凛花は?団長からどういう意味か聞いた時に呆れた顔をしてただろう?」
──あー、バレてた。確かに、失望した気はする…。
「よく見てるのね。」
「もちろん。凛花の反応を窺うために書いたんだから。」
「そういう言葉を誰にでもかけることの出来る軽い人なんだろうなって…残念に思ったのよ。」
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「うん。ちょっとだけ、ね?」
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