異世界転移って?とりあえず設定を教えて下さい

ゆみ

文字の大きさ
上 下
31 / 45
4

グランディ伯爵家

しおりを挟む
「リンカ。」
 背後から届くダニエルの声はいつもと同じ調子だ。凛花を支えるために回された手も今では随分と慣れたものに感じる。

「エミールに弟がいたのは知ってる?」
「え?」
「妹はエミールの弟と婚約していたんだ。」

──過去形?どうして…。

 話を始めたのはダニエルの方だ。これは凛花にも聞いていい話なのだろう。
「今は…違うの?」
「リアムは…もういない。死んだよ。」

 街中を避けたのか人通りの余りない通りを行く馬の足音が辺りに響く。凛花は背後にいるダニエルがどんな表情をしてこの話をしているのかが気になっていた。見たことのない相手の見たことのない婚約者が死んだ──凛花にとっては非常に現実味のない話だ。

「リアムさんってダニエルと同い年くらいだったの?」
「そうだよ。リアムは共に騎士を目指す仲間だった。俺の顔がフィルと似ていなければリアムの方が将来有望だったはずだ。だから…アオイに狙われた。」
「あ…」

『あおいは婚約者のいる貴族子息まで見境なく誘惑して回った。』いつだったかダニエルが凛花にそう言った。あの時の厳しい他人行儀な顔は今でもはっきりと覚えている。ダニエルが凛花とあおいの関係を最後まで疑っていたのはこの事もあったからなのだろう。

「あの部屋で…。隠れるようにして妹はリアムの帰りを待っていたんだ、ずっと。」
「……」
「アオイと関係を持ってしまったと噂で聞いたからだよ。リアムは…妹にそれが伝わったことを聞いて…逃げたんだ。全ては不幸な偶然だった、事故に遭ったんだ。」
「事故…。じゃあリアムさんとあおいさんが本当はどうだったのか真相は分からないまま?」
「そんなことはリアムが逃げた時点で誰にでも分かったことだ。」

 ダニエルの吐き捨てるような言い方が、どこか裏切られた者の言い方に聞こえた。

「…ダニエルもそう思った?妹さんも?」
「……」

 ダニエルは返事をしない代わりに凛花に回した手に力をこめた。

 侯爵邸の門が見えて来る。ダニエルの両親と妹がきっと三年前までは仲良く暮らしていた邸……。

「父は俺が副団長に任命されたのを機に侯爵を辞して領地に戻った。母と妹はそれについて領地に一緒に戻ったんだ。」
「……でも、あおいさん……領地の修道院にいるんじゃなかった?大丈夫なの?」

 ダニエルが門衛に何か合図をすると侯爵邸の門をくぐって馬が玄関先まで入って行く。玄関先には先ほどの門衛が手配したのか使用人が待ち構えており、凛花が馬から降りるのを手伝ってくれた。凛花に続いて馬から降りたダニエルは手綱を使用人に渡すと凛花の方を振り返って微笑んだ。

「だから、俺が領地まで様子を見に行くと申し出たんだ。断られたが。」

──私…何も事情を知らないであんな事勝手に王太子に言っちゃって。どうしよう、これじゃ完全に私の知ってるストーリーとは違う。ディーの妹とかその婚約者とか…。こんなの無かったじゃない。影の騎士だとかストーリーだとか…そんなのもうこの世界では通用しない。

 凛花は決意を込めて大きく深呼吸をすると、ダニエルに数歩歩み寄った。

「ダニエル!あの、夕食の後でもいいから…二人きりで大切な話がしたいの。部屋に行ってもいい?」
「……リンカ?」

 ダニエルが口元に手をあてるのが分かった。近くにいる使用人たちも一斉に動きが止まる。

「は、話だよ?ちょっと勘違いしないでってば!嫌だ…。」

 そそくさと逃げて行く使用人を横目に、ダニエルが苦笑している。

「なかなかの発言だったね。話の続き?」
「…そう。」

 ダニエルは凛花の手をそっと握った。

「俺もまだ言わなきゃいけない事がある。」

 暗くなり始めた玄関先で見つめ合ったまま二人はしばらく黙っていた。先に口を開いたのはダニエルの方だった。

「妹が伯爵家で屋根裏部屋に隠れていたのは何故だか分かる?」
「……そう言えば。婚約者なら堂々と部屋で待たせてもらっても良さそうなものよね?どうして?」
「俺が、あの時はフィルだったからだよ。」
「ダニエルが、フィル?影武者ってこと?」
「そう。あの頃はまだ表舞台に立つことは許されなかった。だから伯爵家の者も俺の顔は知らなかったはずだ。」
「確かに。セリーナ夫人は私を拾ってくれたあの時、ダニエルの事が誰だか分かってなかったわ。」
「だから妹も事情を知るリアムによってあんな風に伯爵家では存在を隠されていたんだよ。」
「……影武者って事、知ってたのね?それなのにリアムさんはどうしてあおいさんと?」
「リンカ?続きは後で俺の部屋でじっくり聞くよ。そろそろ中に入ろう。」
「あ、うん。…いや、そうじゃなくて!」
「大丈夫、夜はまだまだ長いから。」

──あぁ!もぅ、頭パンクしそう!次は何言われるんだろう?ちょっとやばい情報量だわ……。しかもどれも簡単に聞き流せる内容じゃないし。重い、重すぎる過去だ…。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

学生のうちは自由恋愛を楽しもうと彼は言った

mios
恋愛
学園を卒業したらすぐに、私は婚約者と結婚することになる。 学生の間にすることはたくさんありますのに、あろうことか、自由恋愛を楽しみたい? 良いですわ。学生のうち、と仰らなくても、今後ずっと自由にして下さって良いのですわよ。 9話で完結

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

転生ガチャで悪役令嬢になりました

みおな
恋愛
 前世で死んだと思ったら、乙女ゲームの中に転生してました。 なんていうのが、一般的だと思うのだけど。  気がついたら、神様の前に立っていました。 神様が言うには、転生先はガチャで決めるらしいです。  初めて聞きました、そんなこと。 で、なんで何度回しても、悪役令嬢としかでないんですか?

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」 結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は…… 短いお話です。 新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。 4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

舌を切られて追放された令嬢が本物の聖女でした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

処理中です...