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どこからかヒーロー登場
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──助けが踏み込んで来るの遅いんじゃない?……まさかダニエル来てくれない?私、このまま……。婚約破棄されるパターン?
扉に押し付けた耳には急いで階段を駆け上がる足音も扉を叩く音も聞こえない。凛花がどうしようかと身を強張らせているとすぐそこにあったエミールの顔がすっと引いたのが分かった。
──何?
恐る恐る視線を動かしエミールを見ると、エミールは青い目を見開いたままゆっくりと両手を挙げた。その背後にはぴったりとくっつくように──ダニエルが立っている。そのすぐ傍には金髪のダニエルの姿までもが…。
「ダニエル…フィルも?」
「あぁ、どうにか間に合ったな。ダニエル、傷つけるなよ?」
「どうしていきなり?一体どこから?」
「リンカ、話は後だ。怪我はないか?」
ダニエルはエミールに突き付けていた短刀をフィリップに渡すと手早くエミールを縄で拘束した。
「大丈夫。怪我はしてないから…。」
ダニエルはすぐさま凛花に近寄ると顔を両手で覆い、親指でそっと目元をぬぐった。
──う…。顔押さえられたら真正面から逃げられないから!勘弁して!
「ダニエル、行くぞ?いちゃつくなら私の見てない時にしてくれ。」
エミールのポケットから鍵を取り出したフィリップが扉の錠前に手を掛けた。
「……本当に副団長の……。」
「何だ?」
凛花の頬から手を離したダニエルが、振り返りもせずに声だけでエミールに問う。
「副団長の女…。」
「お前、エミールと言ったか?もうちょっと何か言い方があるだろう?」
「フィリップ殿下…。」
フィリップがエミールを小突きながら扉から廊下に出るとダニエルは素早く凛花のおでこに唇をつけた。
「まっすぐに帰れと言ったはずだ。」
「……うん。来てくれてありがとう。」
ダニエルはそれ以上何も聞かずに、凛花の腰に手を回すと屋根裏部屋を後にした。
グランディ伯爵邸では、いきなり階上から現れた王太子と捕らわれたエミールを目にした使用人たちが大混乱に陥っていた。伯爵夫妻は留守にしているらしく、その場でこの事態に対応できるような者は誰一人としていない。
「伯爵には騎士団から知らせる。エミールは私が連れて行ったと伝えておいてくれ。」
王太子がエミールを馬車まで連行し、ダニエルが凛花を連れてその後に続く。
凛花はその様子に密かに首を捻っていた。
──逆じゃない?普通。なんで王太子直々に連行してるの?
前を歩くフィリップとエミールに続いて馬車に乗り込もうとしたところで、ダニエルに軽く腕を引かれて制止される。
「?」
「馬車は騎士団へ向かう。リンカは俺と馬で帰るぞ?」
「あ…そうなんだ。私たちは騎士団に行かなくていいの?」
「第一騎士団には今大勢集まっているからな。俺が行かなくても大丈夫だ。」
「何かあったの?」
ダニエルは口元に手をやると凛花から目を逸らした。
「リンカ、自分の立場を忘れていないか?」
「……」
「王宮から出た所で侯爵家の馬車が停められて君が街中を馬で連れ回されていたという話は既にかなり広まっている。」
凛花は黙ってまだ明るい空を見上げた。王宮でダニエルと別れてから2時間ほどしか経っていないだろうか。もちろんまだ日も沈んでいない。
「噂が広まるにしては早くない?」
「出所が2か所あるから早かったんだろう。おかげで俺もフィルも早くリンカに辿り着けたが。」
「噂の出所が2か所って…どういうこと?」
「外と中──目撃した街の者たちの噂と第一騎士団内部で突然湧いて出た噂だ。」
「騎士団内部でも…?」
「エミールがカテリーナ殿下から指示されて動いていたんだろう。だから騎士団の方はフィルに任せるんだ。」
二人を残して出発した馬車が伯爵家の門を出ていく。窓から見えた王太子は二人に向かって軽く手を挙げ、俯いたエミールの横顔は気のせいか白く見えた。
「そういえば…。あの部屋3階だったよね?」
伯爵邸を振り返ると屋根裏部屋の窓が小さく見えた。
「あぁ、偶然フィルと木に登っていたんだ。ほら、あの横に見えるだろう?」
ダニエルの指差した先には2階の屋根まで凸凹とした枝を伸ばす古木があった。
「偶然…ね。」
「そう。三年ほど前にも偶然あの木に登ったことがあってね。」
はっとして見上げたダニエルは、まだ屋根裏部屋の窓を見つめていた。
「だからあの部屋の事知ってたの?三年前って…まさかあおいさん?」
ダニエルは視線を凛花に戻すと、小さく首を横に振りながら否定した。
「そうじゃない。妹だよ。」
「ダニエルの?」
「あぁ。帰りながら話すよ。ひとまず馬に乗ろうか。」
「……うん。」
──そういえば…。ダニエルの両親と妹の話、私まだ何も聞いてなかった。
扉に押し付けた耳には急いで階段を駆け上がる足音も扉を叩く音も聞こえない。凛花がどうしようかと身を強張らせているとすぐそこにあったエミールの顔がすっと引いたのが分かった。
──何?
恐る恐る視線を動かしエミールを見ると、エミールは青い目を見開いたままゆっくりと両手を挙げた。その背後にはぴったりとくっつくように──ダニエルが立っている。そのすぐ傍には金髪のダニエルの姿までもが…。
「ダニエル…フィルも?」
「あぁ、どうにか間に合ったな。ダニエル、傷つけるなよ?」
「どうしていきなり?一体どこから?」
「リンカ、話は後だ。怪我はないか?」
ダニエルはエミールに突き付けていた短刀をフィリップに渡すと手早くエミールを縄で拘束した。
「大丈夫。怪我はしてないから…。」
ダニエルはすぐさま凛花に近寄ると顔を両手で覆い、親指でそっと目元をぬぐった。
──う…。顔押さえられたら真正面から逃げられないから!勘弁して!
「ダニエル、行くぞ?いちゃつくなら私の見てない時にしてくれ。」
エミールのポケットから鍵を取り出したフィリップが扉の錠前に手を掛けた。
「……本当に副団長の……。」
「何だ?」
凛花の頬から手を離したダニエルが、振り返りもせずに声だけでエミールに問う。
「副団長の女…。」
「お前、エミールと言ったか?もうちょっと何か言い方があるだろう?」
「フィリップ殿下…。」
フィリップがエミールを小突きながら扉から廊下に出るとダニエルは素早く凛花のおでこに唇をつけた。
「まっすぐに帰れと言ったはずだ。」
「……うん。来てくれてありがとう。」
ダニエルはそれ以上何も聞かずに、凛花の腰に手を回すと屋根裏部屋を後にした。
グランディ伯爵邸では、いきなり階上から現れた王太子と捕らわれたエミールを目にした使用人たちが大混乱に陥っていた。伯爵夫妻は留守にしているらしく、その場でこの事態に対応できるような者は誰一人としていない。
「伯爵には騎士団から知らせる。エミールは私が連れて行ったと伝えておいてくれ。」
王太子がエミールを馬車まで連行し、ダニエルが凛花を連れてその後に続く。
凛花はその様子に密かに首を捻っていた。
──逆じゃない?普通。なんで王太子直々に連行してるの?
前を歩くフィリップとエミールに続いて馬車に乗り込もうとしたところで、ダニエルに軽く腕を引かれて制止される。
「?」
「馬車は騎士団へ向かう。リンカは俺と馬で帰るぞ?」
「あ…そうなんだ。私たちは騎士団に行かなくていいの?」
「第一騎士団には今大勢集まっているからな。俺が行かなくても大丈夫だ。」
「何かあったの?」
ダニエルは口元に手をやると凛花から目を逸らした。
「リンカ、自分の立場を忘れていないか?」
「……」
「王宮から出た所で侯爵家の馬車が停められて君が街中を馬で連れ回されていたという話は既にかなり広まっている。」
凛花は黙ってまだ明るい空を見上げた。王宮でダニエルと別れてから2時間ほどしか経っていないだろうか。もちろんまだ日も沈んでいない。
「噂が広まるにしては早くない?」
「出所が2か所あるから早かったんだろう。おかげで俺もフィルも早くリンカに辿り着けたが。」
「噂の出所が2か所って…どういうこと?」
「外と中──目撃した街の者たちの噂と第一騎士団内部で突然湧いて出た噂だ。」
「騎士団内部でも…?」
「エミールがカテリーナ殿下から指示されて動いていたんだろう。だから騎士団の方はフィルに任せるんだ。」
二人を残して出発した馬車が伯爵家の門を出ていく。窓から見えた王太子は二人に向かって軽く手を挙げ、俯いたエミールの横顔は気のせいか白く見えた。
「そういえば…。あの部屋3階だったよね?」
伯爵邸を振り返ると屋根裏部屋の窓が小さく見えた。
「あぁ、偶然フィルと木に登っていたんだ。ほら、あの横に見えるだろう?」
ダニエルの指差した先には2階の屋根まで凸凹とした枝を伸ばす古木があった。
「偶然…ね。」
「そう。三年ほど前にも偶然あの木に登ったことがあってね。」
はっとして見上げたダニエルは、まだ屋根裏部屋の窓を見つめていた。
「だからあの部屋の事知ってたの?三年前って…まさかあおいさん?」
ダニエルは視線を凛花に戻すと、小さく首を横に振りながら否定した。
「そうじゃない。妹だよ。」
「ダニエルの?」
「あぁ。帰りながら話すよ。ひとまず馬に乗ろうか。」
「……うん。」
──そういえば…。ダニエルの両親と妹の話、私まだ何も聞いてなかった。
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