上 下
22 / 45
3

そもそもの前提?

しおりを挟む
 再び訪れた王太子の執務室で、凛花はダニエルと共に入口付近に立ったまま王太子に向かって頭を下げていた。
「一体何があった?」
「申し訳ありません、私がダニエルに我儘を言ったんです。」
「話があると聞いたが?まぁいい、座れ。」
 王太子が昼と同様に座るよう指示をするが二人は立ったまま動こうとしなかった。
「何だ?」
 王太子が不思議そうに二人を見上げるとダニエルの方から凛花に声をかけた。
「俺は席を外した方がいいんだろう?」
 凛花はダニエルを真っ直ぐに見つめると黙ったまま頷いた。

──ごめんなさい。

「何だ…。早速喧嘩でもしたのか?」
「…フィル、俺は隣の部屋に控えている。頼んだ。」
「……」
「あぁ…。」
 王太子はポカンとしたまま隣室へ移動するダニエルの後ろ姿を見送った。

「それで?ダニエルにも言えない話なんだな?」
「はい。あおいさんの事で…。」
「何か思い出したとでも?」
「確認ですが、あおいさんは今修道院におられるのですか?」
「……あぁその通りだ。ダニエルから聞いていたのか?」
「いいえ。カテリーナ殿下がダニエルのことを『ディー』と呼んでいるのを聞いて、思い出したことがあって。」
「……思い出した?まさかお前も未来が見えるなどと言い出すのか?」

 フィリップはあおいのこともあるのでこの手の話を切り出されてもすぐに信じてくれるかどうかは怪しい所だろう。

──やっぱり…。信じてもらえないかもしれない。どうしよう。

「未来が見える訳では……。どう説明をしたらいいのか自分でもよく分からないんですが…。とにかく、王太子殿下は年に数回修道院にあおいさんの様子を確認する為に誰かを送っていらっしゃる。そして次に派遣されるのはダニエルの予定なんじゃないですか?」
 フィリップは顎に手をやると何か考え込む様子で凛花をじっと見つめた。
「…確かに、その通りだ。今朝ダニエルの方からそうしたいと言われたばかりだが…。」
 フィリップは半信半疑ながらも一応は話を聞く気になってきたようで凛花に先を促した。
「私が知っている通りに事が運ぶと……ダニエルの身に危険が迫ります。あおいさんも一緒にです。だから……ダニエルを侯爵領の修道院に行かせるのは止めて頂きたいんです。」
「……」

 フィリップの表情が一気に曇るのが分かった。やはりいきなりそんな事を言われてもにわかには信じられないのだろう。それは当然の反応に思われた。

「殿下が私の言うことを信じられないのは分かります。私だって本当にそうなるのかは分からないんです。」
「リンカ、そう結論を急ぐな。隠さずお前の知っている事を全て話せ。いきなり結論から先に言われても私も判断に苦しむではないか。」
「……全てを話すのは構いませんが。」
「一応確認しておくが、その話は誰かの罪を問うものなのか?」
「いいえ。まだ起きていない事ですから誰も罪には…。」
「ならば、信じるに値するかどうかは話を聞いた後で私が判断する。」

──王太子殿下、なんかちょっと頼もしい味方な予感がする。

「分かりました。」

 凛花は思いつく限り全ての情報をフィリップにありのまま伝えることにした。

 全ての話が終わると、フィリップはソファーにもたれかかり天井を見上げたまま大きな溜息をついた。

「崖崩れか……。侯爵領の北側の国境に続く道は確かに山道で危険な箇所がいくつかあるはずだ。」
「やっぱり。そうなんですか。」
「それで……お前のその話の通りならばダニエルはアオイに初めて心を開くのだな?」
「はい。それまで押し殺していた自分という存在を初めて認めて受け入れてくれたのがあおいさんだったと──。」
「では、私はお前の話の通りには事が運ばないと思う。」

──え?ここまで話を聞いてまさか…?どうして?

「それは…。やっぱり私なんかの話は信じられないと言う事ですか?」
「そうではない、話としては信じている。だが、お前の知る話とはそもそも前提条件が変わっていることに気が付かないか?」
「前提条件?」
 王太子はソファーに再び座り直すと、ダニエルと同じその眼差しを凛花にむけてニッコリと微笑んだ。
「そうだ。ダニエルは既にリンカに心を開いている。違うか?」

──私?

「……」
「お前達の婚約届は既に国王の許可を得た。ダニエルは婚約者を残してアオイと二人で国外逃亡をすると思うか?どうだ?」
「それは…。」
「本人に聞いてみるか?私は今聞いた話の内容ならばダニエルに聞かせても構わないと考えるが?」
「ダニエルが国外に逃げ出すとは思いませんが…。でも、もし危険な目に遭うようならば……。」
 フィリップはまだ納得のいかない顔をしている凛花を慰めるように身を乗り出した。
「心配するな。ダニエルを死なせたりしない。約束しよう。」
「約束、ですか……。」
 凛花はフィリップの言葉をどこまで信じるべきなのか分からず、正面からじっとその目をうかがった。
「……お前はどうしてそう人の目をまっすぐに見てくるんだ?男なら誰でも勘違いするぞ?」
「え?ご、ごめんなさい。別にそんなんじゃ。」
 慌てて目をそらした凛花を見ると、フィリップは笑いながら立ち上がり、ダニエルの控えている隣室の扉へ向けて歩き出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。

櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。 ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。 気付けば豪華な広間。 着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。 どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。 え?この状況って、シュール過ぎない? 戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。 現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。 そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!? 実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。 完結しました。

求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。

待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。 父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。 彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。 子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

乙女ゲームの悪役令嬢は断罪回避したらイケメン半魔騎士に執着されました

白猫ケイ
恋愛
【本編完結】魔法学園を舞台に異世界から召喚された聖女がヒロイン王太子含む7人のイケメンルートを選べる人気のゲーム、ドキ☆ストの悪役令嬢の幼少期に転生したルイーズは、断罪回避のため5歳にして名前を変え家を出る決意をする。小さな孤児院で平和に暮らすある日、行き倒れの子供を拾い懐かれるが、断罪回避のためメインストーリー終了まで他国逃亡を決意。 「会いたかったーー……!」 一瞬何が起きたか理解が遅れる。新聞に載るような噂の騎士に抱きすくめられる様をみた、周囲の人がざわめく。 【イラストは自分で描いたイメージです。サクッと読める短めのお話です!ページ下部のいいね等お気軽にお願いします!執筆の励みになります!】

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。 宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。 だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!? ※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

処理中です...