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二人のダニエル
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王宮の広い廊下をダニエルについてあちこち曲がって行くと、突然視界が開け明るい庭園が目に飛び込んできた。
「中庭?」
眩しさに目を細めて隣を見上げると、こちらも眩しいダニエルの笑顔があった。
「そんなに驚く様な事だったか?」
「その、眩しくて。いきなりだったし。」
──噴水と花壇と……なんだっけあの公園の休憩所みたいな所。すごい、本当に私、王宮に来てるんだ。
庭園の入口には二人を待ち構えていたような騎士と侍女の姿があった。ダニエルは騎士に頷くとそのまま庭園の奥の方へ凛花をエスコートしていく。
「リンカ、驚くのはまだ早い。覚悟はいいか?」
「はい。」
よく手入れのされた庭園はまるで何処かの公園かテーマパークのようで、凛花はほんの束の間、その華やかな様子に心躍らせた。
しかしすぐに聞こえてきた男性の声で現実へと引き戻される。
「ダニエル、待っていた。」
「殿下、もうお越しでしたか。」
「え?」
ダニエルに声をかけてきたのは庭園で数人の騎士を従え優雅に座っている──金髪のダニエルだった。
──ダニエルが…二人?この人が王太子?どういうこと?
戸惑う凛花を他所にダニエルは王太子の近くまで凛花を連れて行くと、腰に手を回したままその場で軽く頭を下げた。
「殿下こちらがソウマ リンカです。」
とりあえず挨拶くらいはしないと失礼にあたると凛花は慌ててその場でお辞儀をした。
王太子はダニエルとよく似た琥珀色の瞳で値踏みするようにこちらを見ている。
「何故口を聞かない?言葉は話せると聞いているが?そうだったな?ダニエル。」
「はい。言葉は話せますがやはり文字は読めないようです。」
「そうか。では置き手紙も?」
「内容はまだ……。」
──置き手紙?
凛花を置き去りに進んでいく二人の会話に違和感を覚え始めた時、王太子は椅子から立ち上がると凛花の目の前まで進み出た。
髪の色が違うだけでまるでダニエルと双子のような顔が凛花の目の前に迫る。
「ソウマ リンカ。記憶があるのだろう?お前もニホンという国で生まれたのか?」
──お前も?日本?
凛花は目を見開いて王太子の視線を真っ直ぐに受け止めた。
「私の他にも誰か日本から来た人がこの国にはいるのですか?」
王太子はダニエルに目配せをすると、再び凛花を見据えて話し出した。
「それは少し違うが……。キノシタ アオイという名前に聞き覚えは?」
「きのした あおい、確かに日本人の名前のようですが……。」
それまで黙っていたダニエルがそこでようやく話に入って来た。
「リンカ、正直に話して欲しい。アオイという女性のことを何か知っているか?」
「いいえ…知り合いにあおいという子はいませんでした。もしかしたら顔を見れば何か分かるかもしれませんが、他に何か特徴は?」
ダニエルが王太子に合図をすると、王太子が話を引き継いだ。
「アオイはピンク色の髪で緑の瞳をしている。」
「え?」
──それ、いわゆるヒロインの特徴じゃん。私より前に転生して来てたの?じゃあ物語はもう始まってるってこと?
「こっちで生まれたんですね、あおいさんは。」
腰に回されたままだったダニエルの手がグッとリンカを引き寄せるのが分かった。
「それは、どういうことだ?」
厳しい目で凛花を見下ろしたダニエルは今度こそ凛花の逃亡を阻止するためだけに腰に手を回しているのだろう。甘さの欠片もないその眼差しに、凛花は密かに息を呑んだ。
「…どういうことと言われても。」
「今『こっち』と言ったな?」
「はい。」
幾分穏やかに問いかけてくれる王太子に視線を向けると、凛花はそちらに向かって答える事にした。
「日本人は基本的に黒の髪と瞳を持って生まれてきますから、ピンク色の髪が本物であるのならば──。」
「待て、リンカ。続きは場所を変えよう。ダニエル、私の部屋に。」
王太子はそう言うと直ぐに凛花の目の前で踵を返し歩き出した。
開放的な庭園でするには少し不味い内容だったのだろう。凛花は警戒心もなく喋り過ぎたことをほんの少しだけ後悔していた。
「そうだ、そういえばお前気付いているのか?何時までそうやってリンカを抱き寄せているつもりだ?」
「っ!」
庭園に王太子の大きな笑い声が響くと、ダニエルは気まずそうに凛花に回していた手を離した。
「ねぇ、ダニエル。王太子殿下とは血の繋がりがあるの?」
「ない。」
「そうなんだ…あんまりそっくりだから驚いたわ。」
庭園から移動しながら何気ない風に会話を続ける凛花を、ダニエルはまともに見る事もしなかった。
──そっか。ダニエルの役割は私をここに連れて来て王太子殿下に会わせることだったのね。全てはあおいっていうヒロインの情報を得るためだけに…。
王女殿下から逃れる為だとか、婚約届を国王に出す為にだとか。今まで色々と聞かされた事もその全てがこうなってしまうと信用出来なくなってしまった。
──こんな回りくどい事しなくても、私をすぐに王太子のところに連れて来れば良かったのに。
「中庭?」
眩しさに目を細めて隣を見上げると、こちらも眩しいダニエルの笑顔があった。
「そんなに驚く様な事だったか?」
「その、眩しくて。いきなりだったし。」
──噴水と花壇と……なんだっけあの公園の休憩所みたいな所。すごい、本当に私、王宮に来てるんだ。
庭園の入口には二人を待ち構えていたような騎士と侍女の姿があった。ダニエルは騎士に頷くとそのまま庭園の奥の方へ凛花をエスコートしていく。
「リンカ、驚くのはまだ早い。覚悟はいいか?」
「はい。」
よく手入れのされた庭園はまるで何処かの公園かテーマパークのようで、凛花はほんの束の間、その華やかな様子に心躍らせた。
しかしすぐに聞こえてきた男性の声で現実へと引き戻される。
「ダニエル、待っていた。」
「殿下、もうお越しでしたか。」
「え?」
ダニエルに声をかけてきたのは庭園で数人の騎士を従え優雅に座っている──金髪のダニエルだった。
──ダニエルが…二人?この人が王太子?どういうこと?
戸惑う凛花を他所にダニエルは王太子の近くまで凛花を連れて行くと、腰に手を回したままその場で軽く頭を下げた。
「殿下こちらがソウマ リンカです。」
とりあえず挨拶くらいはしないと失礼にあたると凛花は慌ててその場でお辞儀をした。
王太子はダニエルとよく似た琥珀色の瞳で値踏みするようにこちらを見ている。
「何故口を聞かない?言葉は話せると聞いているが?そうだったな?ダニエル。」
「はい。言葉は話せますがやはり文字は読めないようです。」
「そうか。では置き手紙も?」
「内容はまだ……。」
──置き手紙?
凛花を置き去りに進んでいく二人の会話に違和感を覚え始めた時、王太子は椅子から立ち上がると凛花の目の前まで進み出た。
髪の色が違うだけでまるでダニエルと双子のような顔が凛花の目の前に迫る。
「ソウマ リンカ。記憶があるのだろう?お前もニホンという国で生まれたのか?」
──お前も?日本?
凛花は目を見開いて王太子の視線を真っ直ぐに受け止めた。
「私の他にも誰か日本から来た人がこの国にはいるのですか?」
王太子はダニエルに目配せをすると、再び凛花を見据えて話し出した。
「それは少し違うが……。キノシタ アオイという名前に聞き覚えは?」
「きのした あおい、確かに日本人の名前のようですが……。」
それまで黙っていたダニエルがそこでようやく話に入って来た。
「リンカ、正直に話して欲しい。アオイという女性のことを何か知っているか?」
「いいえ…知り合いにあおいという子はいませんでした。もしかしたら顔を見れば何か分かるかもしれませんが、他に何か特徴は?」
ダニエルが王太子に合図をすると、王太子が話を引き継いだ。
「アオイはピンク色の髪で緑の瞳をしている。」
「え?」
──それ、いわゆるヒロインの特徴じゃん。私より前に転生して来てたの?じゃあ物語はもう始まってるってこと?
「こっちで生まれたんですね、あおいさんは。」
腰に回されたままだったダニエルの手がグッとリンカを引き寄せるのが分かった。
「それは、どういうことだ?」
厳しい目で凛花を見下ろしたダニエルは今度こそ凛花の逃亡を阻止するためだけに腰に手を回しているのだろう。甘さの欠片もないその眼差しに、凛花は密かに息を呑んだ。
「…どういうことと言われても。」
「今『こっち』と言ったな?」
「はい。」
幾分穏やかに問いかけてくれる王太子に視線を向けると、凛花はそちらに向かって答える事にした。
「日本人は基本的に黒の髪と瞳を持って生まれてきますから、ピンク色の髪が本物であるのならば──。」
「待て、リンカ。続きは場所を変えよう。ダニエル、私の部屋に。」
王太子はそう言うと直ぐに凛花の目の前で踵を返し歩き出した。
開放的な庭園でするには少し不味い内容だったのだろう。凛花は警戒心もなく喋り過ぎたことをほんの少しだけ後悔していた。
「そうだ、そういえばお前気付いているのか?何時までそうやってリンカを抱き寄せているつもりだ?」
「っ!」
庭園に王太子の大きな笑い声が響くと、ダニエルは気まずそうに凛花に回していた手を離した。
「ねぇ、ダニエル。王太子殿下とは血の繋がりがあるの?」
「ない。」
「そうなんだ…あんまりそっくりだから驚いたわ。」
庭園から移動しながら何気ない風に会話を続ける凛花を、ダニエルはまともに見る事もしなかった。
──そっか。ダニエルの役割は私をここに連れて来て王太子殿下に会わせることだったのね。全てはあおいっていうヒロインの情報を得るためだけに…。
王女殿下から逃れる為だとか、婚約届を国王に出す為にだとか。今まで色々と聞かされた事もその全てがこうなってしまうと信用出来なくなってしまった。
──こんな回りくどい事しなくても、私をすぐに王太子のところに連れて来れば良かったのに。
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