異世界転移って?とりあえず設定を教えて下さい

ゆみ

文字の大きさ
上 下
11 / 45
2

ふたつの顔

しおりを挟む
 見上げた御屋敷はグランディ伯爵邸より余程大きく、そして歴史を感じさせる建物だった。由緒ある貴族──それもかなり高位の家の所有である事は間違いない。

「え~っと…。私、ダニエルに聞いてなかったみたいだけど。ひょっとして副団長ってだけじゃなくて他にも何か肩書きがあったりする?」
 ダニエルは邸の玄関に向かいながら微妙な表情で微笑んだ。
「そういう風に身分を聞かれるのは随分久しぶりだな。そう言えばリンカにはまだ言っていなかったか?私は侯爵だ。」
「それは先に言っておくべき事でしょ?絶対に!」
「今まで聞かれたこともなかったからな、気が付かなかった。申し訳ない。」
 申し訳ない素振りは露ほども見せず、むしろ凛花の反応を楽しそうに見ているダニエルはまるで別人になったかの様に優しい顔をしている。
「ようこそ。こちらが我がオルランド侯爵邸でございます。」
 おどけるダニエルに、ドアを開けた使用人が一瞬だけ驚いた顔を見せた。

──ダニエル・オルランド侯爵…。

 招き入れられた邸は確かに管理の行き届いた豪邸ではあった。が、凛花はかすかな違和感を覚えた。使用人は何人か見えるが余りにも静か過ぎる。
「ダニエルは普段この邸に住んでいないのでしょう?」
「あぁ、その通りだ。ここに帰ってきたのはひと月ぶりか…二月たつかな?」
「他には誰かこの邸に?」
 ダニエルが凛花に向かって恭しく手を差し出してくる。エスコートするとでも言うのだろうか?どうしたらいいのかよく分からないのでとりあえずお手をするように手を重ねてみる…。ダニエルは微笑むとその手を自分の腕に回した。
「腕を組むんだよ、そう。……以前は妹と両親が居たが、今はここには誰も住んでいない。」
「そう、何となく人気がない気がしたの。」
 両親と妹がどうしたのかは聞くべきではないと察した凛花はダニエルの腕が身体に密着しないように歩くにはどうしたらいいのかを考えていた。

「…リンカは俺の事を余り知りたがらないんだな。婚約するのだからもっと聞いてくれて構わない。」
「そう?聞いたらまずお前から話せって言うでしょ?でも私には家族の話なんて…。」
 ダニエルは急に立ち止まると凛花を見下ろした。
「記憶に無いことを聞かれても苦痛なだけだろうな、あの時はついカッとなってしまったんだ。済まなかった。もうあんな事は言わない。」

 あの時というのは騎士団の本部から帰る馬車の中での事だろう。何か会話の中でダニエルを怒らせるような事を言っただろうか?凛花は暫く考えたが思い当たることがなかった。
「何でそんな……私何か気に障る様なこと言ってた?」
 ダニエルはある部屋の前にたどり着くと顔を扉に向けたまま戸惑った様に答えた。
「婚約しているのかと聞かれたら、誰でも期待するものじゃないか?」
「期待…?」
「もしかして自分のことを気にかけていてくれるのではないかと…。だが、リンカは記憶に無いだけで本当はもう心に決めた相手がいたのかもしれない。それはどうやって確かめればいい?」
「記憶がないと言うのだから、確かめる方法は…ないでしょうね。」
「その通りだ。だからついカッとなってリンカにあんなことを言ったんだと思う。」

──えーっと。それってつまりは私の事…。

「ダニエル、ひょっとして本当に私の事気になってたりするの?嘘でしょ?」
「っ!」
 ダニエルは凛花から視線を逸らすと口元を隠すように手で覆った。
「それは……。」
 ほんのりと耳たぶが赤くなっているのが分かる。

──やばい、年上のはずなのに何この可愛い顔。鼻血出そうだわ。

 凛花の方も慌ててダニエルから目を逸らすとわざと話を真面目な方向にふった。
「私の事、この国には記録がなかったのでしょう?だったらどこかよその国で既に婚約をしていたとしてもこの国では無効だわ、違う?」
「この国ではな。……リンカの記憶が戻った時には、その国ではこちらの記録が無効になるだけだ。」
「記憶が戻った時、この婚約は無効になるの?」
「リンカがそう望めば。」

 凛花が望めば無効になる婚約。ダニエルはカタリーナ殿下との婚約話を断るために記憶のない出会ったばかりの凛花を利用しようとしているのだろうか。恋に落ちたフリまでして?
 ダニエルは出会った当初はこんな風に感情を表に出すような事をしなかった。常に無表情でこちらを監視するようにじっと見つめていたはずだ。無表情の騎士と、顔を赤らめている侯爵と、そのどちらかが演技なのだろうか?

 まだ試されているのだとしても、もう凛花は心に決めていた。ダニエルには凛花のこちらの世界でのになってもらわなければならない。情報を得るには騎士団副団長というダニエルの立ち位置は丁度いい。それに頭の回転も早いし、何よりも気を使わなくて良さそうなイケメンなのだから。

──利害関係が一致しているなら一時的に婚約してても問題ないか……。きっとストーリーが始まったら邪魔者は婚約破棄されるのよね。

 ダニエルはまた何か一人で考えはじめたリンカの事をひっそりと見ていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

悪役令嬢は処刑されないように家出しました。

克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。 サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。

婚約したら幼馴染から絶縁状が届きました。

黒蜜きな粉
恋愛
婚約が決まった翌日、登校してくると机の上に一通の手紙が置いてあった。 差出人は幼馴染。 手紙には絶縁状と書かれている。 手紙の内容は、婚約することを発表するまで自分に黙っていたから傷ついたというもの。 いや、幼馴染だからって何でもかんでも報告しませんよ。 そもそも幼馴染は親友って、そんなことはないと思うのだけど……? そのうち機嫌を直すだろうと思っていたら、嫌がらせがはじまってしまった。 しかも、婚約者や周囲の友人たちまで巻き込むから大変。 どうやら私の評判を落として婚約を破談にさせたいらしい。

転生ガチャで悪役令嬢になりました

みおな
恋愛
 前世で死んだと思ったら、乙女ゲームの中に転生してました。 なんていうのが、一般的だと思うのだけど。  気がついたら、神様の前に立っていました。 神様が言うには、転生先はガチャで決めるらしいです。  初めて聞きました、そんなこと。 で、なんで何度回しても、悪役令嬢としかでないんですか?

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

処理中です...