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ふたつの顔
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見上げた御屋敷はグランディ伯爵邸より余程大きく、そして歴史を感じさせる建物だった。由緒ある貴族──それもかなり高位の家の所有である事は間違いない。
「え~っと…。私、ダニエルに聞いてなかったみたいだけど。ひょっとして副団長ってだけじゃなくて他にも何か肩書きがあったりする?」
ダニエルは邸の玄関に向かいながら微妙な表情で微笑んだ。
「そういう風に身分を聞かれるのは随分久しぶりだな。そう言えばリンカにはまだ言っていなかったか?私は侯爵だ。」
「それは先に言っておくべき事でしょ?絶対に!」
「今まで聞かれたこともなかったからな、気が付かなかった。申し訳ない。」
申し訳ない素振りは露ほども見せず、むしろ凛花の反応を楽しそうに見ているダニエルはまるで別人になったかの様に優しい顔をしている。
「ようこそ。こちらが我がオルランド侯爵邸でございます。」
おどけるダニエルに、ドアを開けた使用人が一瞬だけ驚いた顔を見せた。
──ダニエル・オルランド侯爵…。
招き入れられた邸は確かに管理の行き届いた豪邸ではあった。が、凛花はかすかな違和感を覚えた。使用人は何人か見えるが余りにも静か過ぎる。
「ダニエルは普段この邸に住んでいないのでしょう?」
「あぁ、その通りだ。ここに帰ってきたのはひと月ぶりか…二月たつかな?」
「他には誰かこの邸に?」
ダニエルが凛花に向かって恭しく手を差し出してくる。エスコートするとでも言うのだろうか?どうしたらいいのかよく分からないのでとりあえずお手をするように手を重ねてみる…。ダニエルは微笑むとその手を自分の腕に回した。
「腕を組むんだよ、そう。……以前は妹と両親が居たが、今はここには誰も住んでいない。」
「そう、何となく人気がない気がしたの。」
両親と妹がどうしたのかは聞くべきではないと察した凛花はダニエルの腕が身体に密着しないように歩くにはどうしたらいいのかを考えていた。
「…リンカは俺の事を余り知りたがらないんだな。婚約するのだからもっと聞いてくれて構わない。」
「そう?聞いたらまずお前から話せって言うでしょ?でも私には家族の話なんて…。」
ダニエルは急に立ち止まると凛花を見下ろした。
「記憶に無いことを聞かれても苦痛なだけだろうな、あの時はついカッとなってしまったんだ。済まなかった。もうあんな事は言わない。」
あの時というのは騎士団の本部から帰る馬車の中での事だろう。何か会話の中でダニエルを怒らせるような事を言っただろうか?凛花は暫く考えたが思い当たることがなかった。
「何でそんな……私何か気に障る様なこと言ってた?」
ダニエルはある部屋の前にたどり着くと顔を扉に向けたまま戸惑った様に答えた。
「婚約しているのかと聞かれたら、誰でも期待するものじゃないか?」
「期待…?」
「もしかして自分のことを気にかけていてくれるのではないかと…。だが、リンカは記憶に無いだけで本当はもう心に決めた相手がいたのかもしれない。それはどうやって確かめればいい?」
「記憶がないと言うのだから、確かめる方法は…ないでしょうね。」
「その通りだ。だからついカッとなってリンカにあんなことを言ったんだと思う。」
──えーっと。それってつまりは私の事…。
「ダニエル、ひょっとして本当に私の事気になってたりするの?嘘でしょ?」
「っ!」
ダニエルは凛花から視線を逸らすと口元を隠すように手で覆った。
「それは……。」
ほんのりと耳たぶが赤くなっているのが分かる。
──やばい、年上のはずなのに何この可愛い顔。鼻血出そうだわ。
凛花の方も慌ててダニエルから目を逸らすとわざと話を真面目な方向にふった。
「私の事、この国には記録がなかったのでしょう?だったらどこかよその国で既に婚約をしていたとしてもこの国では無効だわ、違う?」
「この国ではな。……リンカの記憶が戻った時には、その国ではこちらの記録が無効になるだけだ。」
「記憶が戻った時、この婚約は無効になるの?」
「リンカがそう望めば。」
凛花が望めば無効になる婚約。ダニエルはカタリーナ殿下との婚約話を断るために記憶のない出会ったばかりの凛花を利用しようとしているのだろうか。恋に落ちたフリまでして?
ダニエルは出会った当初はこんな風に感情を表に出すような事をしなかった。常に無表情でこちらを監視するようにじっと見つめていたはずだ。無表情の騎士と、顔を赤らめている侯爵と、そのどちらかが演技なのだろうか?
まだ試されているのだとしても、もう凛花は心に決めていた。ダニエルには凛花のこちらの世界でのスマホ代わりになってもらわなければならない。情報を得るには騎士団副団長というダニエルの立ち位置は丁度いい。それに頭の回転も早いし、何よりも気を使わなくて良さそうなイケメンなのだから。
──利害関係が一致しているなら一時的に婚約してても問題ないか……。きっとストーリーが始まったら邪魔者は婚約破棄されるのよね。
ダニエルはまた何か一人で考えはじめたリンカの事をひっそりと見ていた。
「え~っと…。私、ダニエルに聞いてなかったみたいだけど。ひょっとして副団長ってだけじゃなくて他にも何か肩書きがあったりする?」
ダニエルは邸の玄関に向かいながら微妙な表情で微笑んだ。
「そういう風に身分を聞かれるのは随分久しぶりだな。そう言えばリンカにはまだ言っていなかったか?私は侯爵だ。」
「それは先に言っておくべき事でしょ?絶対に!」
「今まで聞かれたこともなかったからな、気が付かなかった。申し訳ない。」
申し訳ない素振りは露ほども見せず、むしろ凛花の反応を楽しそうに見ているダニエルはまるで別人になったかの様に優しい顔をしている。
「ようこそ。こちらが我がオルランド侯爵邸でございます。」
おどけるダニエルに、ドアを開けた使用人が一瞬だけ驚いた顔を見せた。
──ダニエル・オルランド侯爵…。
招き入れられた邸は確かに管理の行き届いた豪邸ではあった。が、凛花はかすかな違和感を覚えた。使用人は何人か見えるが余りにも静か過ぎる。
「ダニエルは普段この邸に住んでいないのでしょう?」
「あぁ、その通りだ。ここに帰ってきたのはひと月ぶりか…二月たつかな?」
「他には誰かこの邸に?」
ダニエルが凛花に向かって恭しく手を差し出してくる。エスコートするとでも言うのだろうか?どうしたらいいのかよく分からないのでとりあえずお手をするように手を重ねてみる…。ダニエルは微笑むとその手を自分の腕に回した。
「腕を組むんだよ、そう。……以前は妹と両親が居たが、今はここには誰も住んでいない。」
「そう、何となく人気がない気がしたの。」
両親と妹がどうしたのかは聞くべきではないと察した凛花はダニエルの腕が身体に密着しないように歩くにはどうしたらいいのかを考えていた。
「…リンカは俺の事を余り知りたがらないんだな。婚約するのだからもっと聞いてくれて構わない。」
「そう?聞いたらまずお前から話せって言うでしょ?でも私には家族の話なんて…。」
ダニエルは急に立ち止まると凛花を見下ろした。
「記憶に無いことを聞かれても苦痛なだけだろうな、あの時はついカッとなってしまったんだ。済まなかった。もうあんな事は言わない。」
あの時というのは騎士団の本部から帰る馬車の中での事だろう。何か会話の中でダニエルを怒らせるような事を言っただろうか?凛花は暫く考えたが思い当たることがなかった。
「何でそんな……私何か気に障る様なこと言ってた?」
ダニエルはある部屋の前にたどり着くと顔を扉に向けたまま戸惑った様に答えた。
「婚約しているのかと聞かれたら、誰でも期待するものじゃないか?」
「期待…?」
「もしかして自分のことを気にかけていてくれるのではないかと…。だが、リンカは記憶に無いだけで本当はもう心に決めた相手がいたのかもしれない。それはどうやって確かめればいい?」
「記憶がないと言うのだから、確かめる方法は…ないでしょうね。」
「その通りだ。だからついカッとなってリンカにあんなことを言ったんだと思う。」
──えーっと。それってつまりは私の事…。
「ダニエル、ひょっとして本当に私の事気になってたりするの?嘘でしょ?」
「っ!」
ダニエルは凛花から視線を逸らすと口元を隠すように手で覆った。
「それは……。」
ほんのりと耳たぶが赤くなっているのが分かる。
──やばい、年上のはずなのに何この可愛い顔。鼻血出そうだわ。
凛花の方も慌ててダニエルから目を逸らすとわざと話を真面目な方向にふった。
「私の事、この国には記録がなかったのでしょう?だったらどこかよその国で既に婚約をしていたとしてもこの国では無効だわ、違う?」
「この国ではな。……リンカの記憶が戻った時には、その国ではこちらの記録が無効になるだけだ。」
「記憶が戻った時、この婚約は無効になるの?」
「リンカがそう望めば。」
凛花が望めば無効になる婚約。ダニエルはカタリーナ殿下との婚約話を断るために記憶のない出会ったばかりの凛花を利用しようとしているのだろうか。恋に落ちたフリまでして?
ダニエルは出会った当初はこんな風に感情を表に出すような事をしなかった。常に無表情でこちらを監視するようにじっと見つめていたはずだ。無表情の騎士と、顔を赤らめている侯爵と、そのどちらかが演技なのだろうか?
まだ試されているのだとしても、もう凛花は心に決めていた。ダニエルには凛花のこちらの世界でのスマホ代わりになってもらわなければならない。情報を得るには騎士団副団長というダニエルの立ち位置は丁度いい。それに頭の回転も早いし、何よりも気を使わなくて良さそうなイケメンなのだから。
──利害関係が一致しているなら一時的に婚約してても問題ないか……。きっとストーリーが始まったら邪魔者は婚約破棄されるのよね。
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