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ずる休み
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翌日、いつも通りに登校すると、教室には既に幸人の姿があった。時間ギリギリになってから現れることが多い幸人にしては珍しいと思っていると、幸人を囲む様に群がっていた女の子たちの足元の隙間から、一瞬だけ白い何かが見えた気がした。
「サイト?」
「あ、マユ。おはよー。」
「おはよーって……何その右足、どうしたの?」
「ちょっとね、折れた。」
サイトの右足はギプスでガッチリと固定してあった。昨日幸人が学校を休んだのは自転車のパンクだけが原因ではなかったようだ。利き足を骨折して病院に行っていたのだろう。
「何で?私何も聞いてないけど。」
「ナオにもまだ言ってねぇもん。」
いつ、どこで、どうして。いろいろと聞きたいことはあるはずなのに、私の頭の中には昨日の直哉の言葉がまだ生々しく残っていて結局それ以上は何も聞くことができなかった。
親友だと思っていた相手にこんなに大事な話を前もって教えて貰えなかったことは、私にとってもかなりショッキングな出来事だった。ましてや直哉の事を考えると……。
幸人と私の会話が途切れるのを見計らっていたかのように周りの女子たちがあれこれと幸人の世話を焼き始める。休んだ分の授業ノートのコピーや持ち物の出し入れなど、自分をアピールするにはまたとないチャンスなのだろう。私の出る幕はない。
昼休みに入るとすぐに直哉が教室に顔を出した。直哉は無言で幸人の席まで近寄ると、その場にしゃがみ込んでサイトの顔を下から見上げた。
「いつ?」
「ナオ……。」
「俺と別れた後かよ?」
「近ぇよ。しかも声でか過ぎるって。」
「何で一言言わなかったんだよ?ふざけんな!」
いつもはどちらかと言うと穏やかな直哉が幸人を怒鳴りつける様子にクラスの空気が一変した。このままじゃ不味い……。
「ナオ、ちょっと落ち着いてよ。」
「いいからマユは黙ってて。」
一方的に怒り出した直哉を止めようと二人の間に割って入ると、幸人の方が私を制止した。
「ナオ、それ取って。」
幸人は直哉に松葉杖を持って来させると、慣れた様子で席から立ち上がった。教室から出てどこか違う場所で話をする気だ。
「私もついて行っていい?」
「マユはここにいて。大丈夫、ナオは手出したりしないから。」
直哉は歩き出した幸人を見て急に我に返ったのか、少し気まずそうに周りを見回しながら幸人の後ろをついて教室から大人しく出て行った。
「ねぇ繭、幸人くんと直哉くん喧嘩?珍しいじゃん、あんな風に直哉くんが怒るの。」
「確かに……ナオがあんな風に大きい声出して怒るのは珍しいかも。」
「あの二人でもトラブることあるんだねー。」
「そう言えば、サイは何で怪我したって言ってた?」
「聞いてないの?事故だってさ。夜、自転車で車と接触したらしいよ?」
「夜?」
「そう。塾帰りとかで暗かったんじゃないの?怖いよね~。」
サイトが学校を休んだのは昨日だから、夜怪我をしたというのが本当ならばその前日の事だ。
三人でコーラを飲みながら帰って、その後私をバス停で見送ってくれたあの日の夜――。
『ナオ今日このまま家?』
『あぁ、お前来る?』
『いや、俺は今日やめとく。』
『そっか。じゃ、また明日。』
あの日二人が交わしていた会話はよく覚えている。それなのにさっきナオはサイに向かって俺と別れた後かと言っていた気がする。一体どういう事なんだろうか。
結局、サイはそのまま教室に戻って来なかった。午後の授業が始まる直前に保健教諭がサイの荷物を取りに来ていたのできっと保健室に居るのだろう。
ナオとはクラスが違うのであの後何が起きたのかを直接確認することもできず、私は上の空のままでその後の授業を受けた。
「マユ、帰ろっか。」
「ナオ……。」
「サイ保健室にいるから、寄ってくだろ?」
「……あの後何があったの?」
「あの後?話してたら昼飯食べる時間なくなったから、アイツ保健室に行って土下座する勢いで頼み込んでんの、ウケるよね。教室に戻ってないみたいだし多分そのまま寝てたんじゃない?」
「……」
「時間なかったからマユには言えなくて──。」
私は直哉の言い訳を最後まで聞くこともせず荷物をつかむと教室から飛び出した。何もかもがもうどうでも良かった。私が余計な心配をして保健室にサイトの様子を見に行く必要なんて全く無い。
「馬鹿みたい。ほんと、心配して損した。もう勝手にしてよ。」
ナオが後ろから付いてきているのは分かっていたけれど、私は足を止めるつもりはなかった。
「マユ!」
下駄箱で追い付いてきた直哉が心配そうに声を掛けて来るがそれさえも気に入らなかった。
「ナオが行ってあげたら?私には関係ないから。」
「ごめん、マユに余計な心配かけたのは謝る。でも関係なくはないだろ?もう少しアイツの事気にかけてやってもいいんじゃない?」
「何なのよそれ?意味わかんない。ナオはサイと私が仲良くするの嫌だって言ったでしょ?」
人気のない昇降口で言い争いをしている私たちの前に、どう見ても高校生ではない私服姿の男の人が現れるなり突然声を掛けてきた。
「あのー、お取込み中すみません。もしかして幸人の友達?」
直哉が背後からふいに声をかけられたことに驚いて振り返り、そしてその男の人の顔を見て二度驚いた。
「サイの兄ちゃん?」
「おう。幸人迎えに来たんだけど、どこ居るか知らない?」
「あ……。多分まだ保健室に。」
「保健室?ごめん、悪いけど呼んで来てくれない?俺そこに車止めちゃってるからあんま離れたらまずいと思うんだよね。」
直哉は少し迷うように私と幸人のお兄さんの顔を見比べると、うなずいた後で保健室に幸人を呼びに行った。
「ごめんね、なんか邪魔しちゃって。彼氏と喧嘩中だった?」
「彼氏じゃありませんから。」
「あー。でも何か話してる最中だったよね?まとめて車で送るから君も乗っていきなよ?幸人の友達でしょ?」
「……サイとナオとは方向違うんで。」
「そうなの?じゃ尚更放っとけないな。」
「サイト?」
「あ、マユ。おはよー。」
「おはよーって……何その右足、どうしたの?」
「ちょっとね、折れた。」
サイトの右足はギプスでガッチリと固定してあった。昨日幸人が学校を休んだのは自転車のパンクだけが原因ではなかったようだ。利き足を骨折して病院に行っていたのだろう。
「何で?私何も聞いてないけど。」
「ナオにもまだ言ってねぇもん。」
いつ、どこで、どうして。いろいろと聞きたいことはあるはずなのに、私の頭の中には昨日の直哉の言葉がまだ生々しく残っていて結局それ以上は何も聞くことができなかった。
親友だと思っていた相手にこんなに大事な話を前もって教えて貰えなかったことは、私にとってもかなりショッキングな出来事だった。ましてや直哉の事を考えると……。
幸人と私の会話が途切れるのを見計らっていたかのように周りの女子たちがあれこれと幸人の世話を焼き始める。休んだ分の授業ノートのコピーや持ち物の出し入れなど、自分をアピールするにはまたとないチャンスなのだろう。私の出る幕はない。
昼休みに入るとすぐに直哉が教室に顔を出した。直哉は無言で幸人の席まで近寄ると、その場にしゃがみ込んでサイトの顔を下から見上げた。
「いつ?」
「ナオ……。」
「俺と別れた後かよ?」
「近ぇよ。しかも声でか過ぎるって。」
「何で一言言わなかったんだよ?ふざけんな!」
いつもはどちらかと言うと穏やかな直哉が幸人を怒鳴りつける様子にクラスの空気が一変した。このままじゃ不味い……。
「ナオ、ちょっと落ち着いてよ。」
「いいからマユは黙ってて。」
一方的に怒り出した直哉を止めようと二人の間に割って入ると、幸人の方が私を制止した。
「ナオ、それ取って。」
幸人は直哉に松葉杖を持って来させると、慣れた様子で席から立ち上がった。教室から出てどこか違う場所で話をする気だ。
「私もついて行っていい?」
「マユはここにいて。大丈夫、ナオは手出したりしないから。」
直哉は歩き出した幸人を見て急に我に返ったのか、少し気まずそうに周りを見回しながら幸人の後ろをついて教室から大人しく出て行った。
「ねぇ繭、幸人くんと直哉くん喧嘩?珍しいじゃん、あんな風に直哉くんが怒るの。」
「確かに……ナオがあんな風に大きい声出して怒るのは珍しいかも。」
「あの二人でもトラブることあるんだねー。」
「そう言えば、サイは何で怪我したって言ってた?」
「聞いてないの?事故だってさ。夜、自転車で車と接触したらしいよ?」
「夜?」
「そう。塾帰りとかで暗かったんじゃないの?怖いよね~。」
サイトが学校を休んだのは昨日だから、夜怪我をしたというのが本当ならばその前日の事だ。
三人でコーラを飲みながら帰って、その後私をバス停で見送ってくれたあの日の夜――。
『ナオ今日このまま家?』
『あぁ、お前来る?』
『いや、俺は今日やめとく。』
『そっか。じゃ、また明日。』
あの日二人が交わしていた会話はよく覚えている。それなのにさっきナオはサイに向かって俺と別れた後かと言っていた気がする。一体どういう事なんだろうか。
結局、サイはそのまま教室に戻って来なかった。午後の授業が始まる直前に保健教諭がサイの荷物を取りに来ていたのできっと保健室に居るのだろう。
ナオとはクラスが違うのであの後何が起きたのかを直接確認することもできず、私は上の空のままでその後の授業を受けた。
「マユ、帰ろっか。」
「ナオ……。」
「サイ保健室にいるから、寄ってくだろ?」
「……あの後何があったの?」
「あの後?話してたら昼飯食べる時間なくなったから、アイツ保健室に行って土下座する勢いで頼み込んでんの、ウケるよね。教室に戻ってないみたいだし多分そのまま寝てたんじゃない?」
「……」
「時間なかったからマユには言えなくて──。」
私は直哉の言い訳を最後まで聞くこともせず荷物をつかむと教室から飛び出した。何もかもがもうどうでも良かった。私が余計な心配をして保健室にサイトの様子を見に行く必要なんて全く無い。
「馬鹿みたい。ほんと、心配して損した。もう勝手にしてよ。」
ナオが後ろから付いてきているのは分かっていたけれど、私は足を止めるつもりはなかった。
「マユ!」
下駄箱で追い付いてきた直哉が心配そうに声を掛けて来るがそれさえも気に入らなかった。
「ナオが行ってあげたら?私には関係ないから。」
「ごめん、マユに余計な心配かけたのは謝る。でも関係なくはないだろ?もう少しアイツの事気にかけてやってもいいんじゃない?」
「何なのよそれ?意味わかんない。ナオはサイと私が仲良くするの嫌だって言ったでしょ?」
人気のない昇降口で言い争いをしている私たちの前に、どう見ても高校生ではない私服姿の男の人が現れるなり突然声を掛けてきた。
「あのー、お取込み中すみません。もしかして幸人の友達?」
直哉が背後からふいに声をかけられたことに驚いて振り返り、そしてその男の人の顔を見て二度驚いた。
「サイの兄ちゃん?」
「おう。幸人迎えに来たんだけど、どこ居るか知らない?」
「あ……。多分まだ保健室に。」
「保健室?ごめん、悪いけど呼んで来てくれない?俺そこに車止めちゃってるからあんま離れたらまずいと思うんだよね。」
直哉は少し迷うように私と幸人のお兄さんの顔を見比べると、うなずいた後で保健室に幸人を呼びに行った。
「ごめんね、なんか邪魔しちゃって。彼氏と喧嘩中だった?」
「彼氏じゃありませんから。」
「あー。でも何か話してる最中だったよね?まとめて車で送るから君も乗っていきなよ?幸人の友達でしょ?」
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