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演じることとリアル
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舞台は狭くて広い。その中央で浴びるスポットライトは背中が焼けそうに熱い。前方にはライトよりも熱く、ときには冷ややかな観客の眼差しがある。それらを想定して私は演じる。
「ああ……貴女は……貴女こそが『姫君』なのですね? 私のなかに流れる僅かな血が騒ぐ……貴女はまことの『帝』の娘御であらせられると……」
「わたくしのこの瞳を真っ直ぐに見つめてきたのはお前が初めてだわ、人間……名は何というの?」
凛然としたメゾソプラノで問いかけるのは吸血鬼コースの2年生にして女役のトップを務める美矢乃さまだ。
帝の直系の子孫である美矢乃さまには他の吸血鬼とは大きく異なった外見がある。
吸血鬼はほとんどが漆黒の髪に闇色の瞳だが、帝の直系の子孫だけは輝くプラチナブロンドの髪に、とろけるような蜜色の瞳、陶磁器のごとき滑らかな白い肌をもっている。加えて魅入られそうなほどに整った顔立ち、舞台映えする肉体美をも備えている。美矢乃さまは初等部から演劇を始め、常に女役トップを務めてきた実力者だ。
その迫力に気圧されることなく、なおかつ畏れをあらわにして頭を垂れる。
「畏れおおくも姫君に名乗るほどの名はございません。どうか、お許しを……」
「……そう。ならば、『あなた』と呼ぶわ。代わりにわたくしも名乗らない。これでおあいこね? わたくしのことは、ただ『姫』と呼びなさい」
「姫君、そのような……」
「ほら、『姫』でしょう?」
美矢乃さまが、いたずらに微笑む。促すような挑発に、顔を上げて実体のない稲妻に打たれた衝撃を全身であらわす。
「ああ、姫……貴女のその麗しいお声に胸が震えてやまない」
今にも跪きたいのを堪える哀れな男役を私は演じている。そう言い聞かせる。そうでもなければ存在感に圧倒されてしまう。
美矢乃さまの表情が残酷な慈母になった。
「そう、いい子ね。あなた、腰に下げている物は何? 当ててあげましょうか?」
自然と体が強張る。美矢乃さまの瞳が妖しい光を放った。
「これは……! いや、私は狂ってしまった帝を討たなければ……けれど……」
帝を討つということは、姫の実の父を殺めるということだ。男は既に姫という徒花に捕らわれている。
「その純銀の剣……やはりあなたも帝の血によって運命を狂わされたのね」
淡々と言う口調に憐れみや同情などはない。真実のみだ。だからこそ響く。
「帝は悪魔より生まれ、この地で人間とまぐわった……生まれし御子は吸血鬼となり、帝は御子と契り、双子を生ませた……より濃い血を持つ吸血鬼をと、それだけの理由で。そこに愛はないのです。吸血鬼は帝が君臨する限り悪意をもって増え続けるのです……時として人間とも交わりながら……姫、貴女こそ悲劇の傍らで苦しまれておいでではないのですか?」
「忘れたわ……忘れ続けなければ狂うあまりに現し世を滅ぼしてしまうもの」
そう、帝には逆らえない。実の娘でさえも、道具にされる。たったひとつの存在だった帝は、その孤独に狂って過ちを犯した。彼が我にかえるのは、千年ののちだ。『魂の契り』は、狂うことに疲れた帝が純潔なる『花の一族』を統べる乙女に出逢ってから定められたと古文書にはあるが、この一族の存在を知る者は少ない。帝直系の子孫である美矢乃さまのお相手を務める私ですら、『花の一族』に関してはほとんど何も知らないのだ。帝にとって、どのような存在として現れたのかも、帝をはじめとする吸血鬼達に何をもたらしたかも、その影響力がいかほどかさえも知らない。美矢乃さまから『花の一族』について知らされた事も何一つない。
この舞台の物語は、吸血鬼が跋扈する世の中で魂の契りが制定される前の悲劇だ。当時の吸血鬼は、一般人を下等種として餌食にしていた。私が演じる人物は、哀れにも家族全員を吸血鬼に屠られて独り生き残り、復讐を胸に誓った男だ。
美矢乃さまは遠い目をして、うっすらと笑みさえ浮かべた。哀しい笑みなのに、息を呑むほど美しい。
「姫……貴女というお方は、帝に汚されてなお、なにゆえに美しく私を魅力するのですか?」
美矢乃さまの笑みが、哀しい。愛しいと書いて『かなしい』と読むように。男は仇敵の娘に抗いようのない感情を抱きはじめている。いや、ひと目見た瞬間から──。
「それは、あなたがわたくしを見つけたからよ。……あなた、真実帝を討ちたいというならば、わたくしの血を受けとりなさい」
「私ごとき身が、そのような……!」
男は畏怖で胸が潰れそうになる。しかし、その奥の感情を姫君は見逃してはくれない。
美矢乃さまが一歩だけ歩み寄った。百里をも越える一歩。
「そう? でも、あなたは既に欲しているわ、わたくしの血を」
「姫……姫……お許しください……!」
思い留まってください、私などと。このような下賎の身と。しかも私は貴女の父を殺そうとしているのです。──激しく首を振り、あえかな抵抗をする。
そこで、美矢乃さまの唇に赤い花が咲いた。
「さあ、わたくしは今、唇を噛み切った……くちづけでもって、契りなさい」
「……っ!」
美矢乃さまが迫ってくる。唇ばかりが目立って、──恐怖に負けた。
「ああ……貴女は……貴女こそが『姫君』なのですね? 私のなかに流れる僅かな血が騒ぐ……貴女はまことの『帝』の娘御であらせられると……」
「わたくしのこの瞳を真っ直ぐに見つめてきたのはお前が初めてだわ、人間……名は何というの?」
凛然としたメゾソプラノで問いかけるのは吸血鬼コースの2年生にして女役のトップを務める美矢乃さまだ。
帝の直系の子孫である美矢乃さまには他の吸血鬼とは大きく異なった外見がある。
吸血鬼はほとんどが漆黒の髪に闇色の瞳だが、帝の直系の子孫だけは輝くプラチナブロンドの髪に、とろけるような蜜色の瞳、陶磁器のごとき滑らかな白い肌をもっている。加えて魅入られそうなほどに整った顔立ち、舞台映えする肉体美をも備えている。美矢乃さまは初等部から演劇を始め、常に女役トップを務めてきた実力者だ。
その迫力に気圧されることなく、なおかつ畏れをあらわにして頭を垂れる。
「畏れおおくも姫君に名乗るほどの名はございません。どうか、お許しを……」
「……そう。ならば、『あなた』と呼ぶわ。代わりにわたくしも名乗らない。これでおあいこね? わたくしのことは、ただ『姫』と呼びなさい」
「姫君、そのような……」
「ほら、『姫』でしょう?」
美矢乃さまが、いたずらに微笑む。促すような挑発に、顔を上げて実体のない稲妻に打たれた衝撃を全身であらわす。
「ああ、姫……貴女のその麗しいお声に胸が震えてやまない」
今にも跪きたいのを堪える哀れな男役を私は演じている。そう言い聞かせる。そうでもなければ存在感に圧倒されてしまう。
美矢乃さまの表情が残酷な慈母になった。
「そう、いい子ね。あなた、腰に下げている物は何? 当ててあげましょうか?」
自然と体が強張る。美矢乃さまの瞳が妖しい光を放った。
「これは……! いや、私は狂ってしまった帝を討たなければ……けれど……」
帝を討つということは、姫の実の父を殺めるということだ。男は既に姫という徒花に捕らわれている。
「その純銀の剣……やはりあなたも帝の血によって運命を狂わされたのね」
淡々と言う口調に憐れみや同情などはない。真実のみだ。だからこそ響く。
「帝は悪魔より生まれ、この地で人間とまぐわった……生まれし御子は吸血鬼となり、帝は御子と契り、双子を生ませた……より濃い血を持つ吸血鬼をと、それだけの理由で。そこに愛はないのです。吸血鬼は帝が君臨する限り悪意をもって増え続けるのです……時として人間とも交わりながら……姫、貴女こそ悲劇の傍らで苦しまれておいでではないのですか?」
「忘れたわ……忘れ続けなければ狂うあまりに現し世を滅ぼしてしまうもの」
そう、帝には逆らえない。実の娘でさえも、道具にされる。たったひとつの存在だった帝は、その孤独に狂って過ちを犯した。彼が我にかえるのは、千年ののちだ。『魂の契り』は、狂うことに疲れた帝が純潔なる『花の一族』を統べる乙女に出逢ってから定められたと古文書にはあるが、この一族の存在を知る者は少ない。帝直系の子孫である美矢乃さまのお相手を務める私ですら、『花の一族』に関してはほとんど何も知らないのだ。帝にとって、どのような存在として現れたのかも、帝をはじめとする吸血鬼達に何をもたらしたかも、その影響力がいかほどかさえも知らない。美矢乃さまから『花の一族』について知らされた事も何一つない。
この舞台の物語は、吸血鬼が跋扈する世の中で魂の契りが制定される前の悲劇だ。当時の吸血鬼は、一般人を下等種として餌食にしていた。私が演じる人物は、哀れにも家族全員を吸血鬼に屠られて独り生き残り、復讐を胸に誓った男だ。
美矢乃さまは遠い目をして、うっすらと笑みさえ浮かべた。哀しい笑みなのに、息を呑むほど美しい。
「姫……貴女というお方は、帝に汚されてなお、なにゆえに美しく私を魅力するのですか?」
美矢乃さまの笑みが、哀しい。愛しいと書いて『かなしい』と読むように。男は仇敵の娘に抗いようのない感情を抱きはじめている。いや、ひと目見た瞬間から──。
「それは、あなたがわたくしを見つけたからよ。……あなた、真実帝を討ちたいというならば、わたくしの血を受けとりなさい」
「私ごとき身が、そのような……!」
男は畏怖で胸が潰れそうになる。しかし、その奥の感情を姫君は見逃してはくれない。
美矢乃さまが一歩だけ歩み寄った。百里をも越える一歩。
「そう? でも、あなたは既に欲しているわ、わたくしの血を」
「姫……姫……お許しください……!」
思い留まってください、私などと。このような下賎の身と。しかも私は貴女の父を殺そうとしているのです。──激しく首を振り、あえかな抵抗をする。
そこで、美矢乃さまの唇に赤い花が咲いた。
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