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第45話 再始動~罠の代償 参
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翌日に金崎の処遇が知れた。
信州への配流、幽閉される身になったという。しかし、法度を犯したとはいえ金崎の罪は本来、大奥で裁くものだ。それが御公儀が乗り出してきたのだ。
『いつなんどき、自分も同じ目に遭うかわからない』
沢渡主殿頭のふるった大鉈は金崎と同じく、代参帰りの余興を楽しんでいた御中臈たちを含め、お目見え以上の者たちを心胆寒からしめるもので、その恐怖は大奥の火を消すのに十分すぎるほどの衝撃を与えた。
これ以上、被害を広げるわけにはいかないと塩沢は広間に皆を集め、しばらくのあいだ遊興は自粛せよと申し渡した。
そして、時を待たず大奥にとって死の宣告に等しい沙汰が表向きから下された。
大奥行事の財源削減はもとより、芝居見物の禁止、料理も一汁二菜とし、菓子などの甘味も極力減らし、贅沢な着物も質素倹約に相応しからぬと、木綿のものを着用するように求めるものだった。
大奥にかかる予算は幕府の年間財政の四分の一を占めている。
今回の沙汰はそれを極限まで削り取るものだった。大奥を照らしていた篝火は燃え尽き、艶やかに彩るために集う女たちは存在意味を失った。
そのさなか、高遠がもっとも気にかけたのは須磨だ。
須磨は再び絵を描くことを選んでいる身だ。
以前と同じくひとりの部屋方だけでは、須磨が総触れに出て、部屋方が部屋を空けてしまえばもぬけの殻だ。
――男色本出版がなされることは知られている前提で動かなければ。もう二度とあのような目に遭わせてはならぬ。
高遠は大奥の人事を司る留守居のもとへ赴き、部屋方として働ける女中一名を早急に須磨の部屋へ置くことを命じ、それが叶うまでは、自分がもっとも信頼のおける部屋方の霞に須磨の部屋へ行くことを申しつけた。
「霞。お前だけが頼りだ。もう二度と奥内で賊の侵入など許してはならぬ。決して部屋を空けることなく、お須磨の方さまにお仕えするのだ」
***
金崎の事件から数週間を経て、塩沢が集めた情報がもたらされた。御広座敷にある執務所は重苦しい空気に覆われていた。
「――つまり、金崎殿は、時期大奥総取締役を狙い、大奥内部の子細を沢渡主殿頭に流していたと」
叶の言葉に塩沢が頷いた。
「老中首座の後ろ盾を狙ったのだろうが相手を見誤ったな。愚かなことじゃ」
金崎と大奥総取締役を争っていた叶は言葉を失い、沈痛な面持ちで目を閉じた。中野が、
「では、お須磨の方さまの部屋を荒らした黒幕は、沢渡主殿頭だということでしょうか? 金崎殿はその罪をなすりつけられて……」と問いかける。
塩沢は答える。
「断定はできぬが、そうでなければ説明がつかぬ。金崎は直接手を下しておらずとも一枚噛んでおったのだろう」
たしかに、賊の侵入は狙いすましたかのような手際の良さだった。
そして、男色本出版中止を求めた衆議の場で須磨の件を持ち出し、全員の意識を出版中止へと誘導した――。
金崎の目的はそれだったのだろう。
金崎にとって大奥の風紀を乱した高遠の行為は許しがたかったに違いない。金崎が理想とすべき大奥に不必要な存在だった。その点にかんして、沢渡主殿頭と同意見だったのだろう。
しかし、理想を追求するあまり、道を、進退を託すべき相手を見誤った。
自分の罪ではない賊の汚名を被せられ流罪となった今、すべては遅きに失する。
それに、問題は金崎の一件だけにとどまらない。
信州への配流、幽閉される身になったという。しかし、法度を犯したとはいえ金崎の罪は本来、大奥で裁くものだ。それが御公儀が乗り出してきたのだ。
『いつなんどき、自分も同じ目に遭うかわからない』
沢渡主殿頭のふるった大鉈は金崎と同じく、代参帰りの余興を楽しんでいた御中臈たちを含め、お目見え以上の者たちを心胆寒からしめるもので、その恐怖は大奥の火を消すのに十分すぎるほどの衝撃を与えた。
これ以上、被害を広げるわけにはいかないと塩沢は広間に皆を集め、しばらくのあいだ遊興は自粛せよと申し渡した。
そして、時を待たず大奥にとって死の宣告に等しい沙汰が表向きから下された。
大奥行事の財源削減はもとより、芝居見物の禁止、料理も一汁二菜とし、菓子などの甘味も極力減らし、贅沢な着物も質素倹約に相応しからぬと、木綿のものを着用するように求めるものだった。
大奥にかかる予算は幕府の年間財政の四分の一を占めている。
今回の沙汰はそれを極限まで削り取るものだった。大奥を照らしていた篝火は燃え尽き、艶やかに彩るために集う女たちは存在意味を失った。
そのさなか、高遠がもっとも気にかけたのは須磨だ。
須磨は再び絵を描くことを選んでいる身だ。
以前と同じくひとりの部屋方だけでは、須磨が総触れに出て、部屋方が部屋を空けてしまえばもぬけの殻だ。
――男色本出版がなされることは知られている前提で動かなければ。もう二度とあのような目に遭わせてはならぬ。
高遠は大奥の人事を司る留守居のもとへ赴き、部屋方として働ける女中一名を早急に須磨の部屋へ置くことを命じ、それが叶うまでは、自分がもっとも信頼のおける部屋方の霞に須磨の部屋へ行くことを申しつけた。
「霞。お前だけが頼りだ。もう二度と奥内で賊の侵入など許してはならぬ。決して部屋を空けることなく、お須磨の方さまにお仕えするのだ」
***
金崎の事件から数週間を経て、塩沢が集めた情報がもたらされた。御広座敷にある執務所は重苦しい空気に覆われていた。
「――つまり、金崎殿は、時期大奥総取締役を狙い、大奥内部の子細を沢渡主殿頭に流していたと」
叶の言葉に塩沢が頷いた。
「老中首座の後ろ盾を狙ったのだろうが相手を見誤ったな。愚かなことじゃ」
金崎と大奥総取締役を争っていた叶は言葉を失い、沈痛な面持ちで目を閉じた。中野が、
「では、お須磨の方さまの部屋を荒らした黒幕は、沢渡主殿頭だということでしょうか? 金崎殿はその罪をなすりつけられて……」と問いかける。
塩沢は答える。
「断定はできぬが、そうでなければ説明がつかぬ。金崎は直接手を下しておらずとも一枚噛んでおったのだろう」
たしかに、賊の侵入は狙いすましたかのような手際の良さだった。
そして、男色本出版中止を求めた衆議の場で須磨の件を持ち出し、全員の意識を出版中止へと誘導した――。
金崎の目的はそれだったのだろう。
金崎にとって大奥の風紀を乱した高遠の行為は許しがたかったに違いない。金崎が理想とすべき大奥に不必要な存在だった。その点にかんして、沢渡主殿頭と同意見だったのだろう。
しかし、理想を追求するあまり、道を、進退を託すべき相手を見誤った。
自分の罪ではない賊の汚名を被せられ流罪となった今、すべては遅きに失する。
それに、問題は金崎の一件だけにとどまらない。
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