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第34話 頓挫 弐
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お目見え以上の者も久しぶりに着飾れるとあって、意趣を凝らした着物を着て、場を飾っている。傍目には財政難など感じさせない優美な景観が広がっていた。
この美しさに、大奥に憧れを抱く姫君も少なくない。
大奥は、最新のファッションを知ることができる場でもあるので、皆、羨望の眼差しで御中臈たちの装いを見つめるのだ。
軒並ぶ模擬店を見て回るのも楽しみのひとつだ。
五十三次の宿場町の名物を売る露天が設けられ、小物から絹織物、簪、櫛、菓子から酒まで揃っており、このご時世に禁止されている贅沢品がずらりと並んでいる。店側も贔屓にしてもらえるチャンスを逃すまいと張り切っている。
「この着物でよかったかしら。もう少し派手だったほうが……」
「やだ、あなた本気で上様のお目に留まるつもりだったの?」
奥女中も散策する上様に拝謁できる機会を逃すまいと、普段引かないような紅を差してお目が止まらないかと浮き立ち、それはそれは活気に満ちていた。
諸藩の大名家も訪れるとあって、五十三次の予算は大幅な減額を受けず、盛況に執り行われているので、皆、久しぶりの娯楽を謳歌している。
大奥内の催事は縮小されていくばかりなので、この賑わいは、ひとしおの喜びなのだろう。
ただ、高貴な身分の者が多く出入りし、外から人が多く入るため、不届き者が紛れ込まないよう、御末たちが目を光らせ、高遠も問題が起こらないか気にかけつつ、あちこちに気を配っている。
――あ……。お須磨の方さま。
御中臈たちの最後尾に近いところに須磨が歩いていた。
部屋を荒らした賊は見つからないままだが、須磨の部屋方は須磨が絵を描いていることは誰にも言っていないと証言し、そこに嘘は見当たらなかったたことと男色本出版が見送られたことで、いったん須磨の警護は解除され、以前の部屋に戻って暮らしていると教えられた。
絵を描いてくれた恩を考えれば、出版が見送られたことを詫びるべきなのだが、立案者である高遠と関わりがあることを知られる方が須磨にとって危険だと考え、なにも伝えないでいた。それに、出版が中止になった噂は大奥に知れ渡っているので須磨の耳にも届いているはずだ。
――ああ、変わらずつつましい装いだな。少し痩せられたか?
と、高遠は心配しつつ目を細めて見つめた。
今のところ大きな問題はなく、宴は進んでいるようで、高遠はお目見え以下たちがご用聞きに入る部屋を覗きに行った。あちこちで、声が飛び交っている。
「墨が切れたそうだ。急いで届けよ」
「駕籠を回してお迎えに」
出店する店には御右筆が控えており、御簾中――諸藩の奥方さまや、姫君がなにを買ったか記し、御広敷用人がその精算をするため墨が欠かせない。
移動も城の外までは男性が駕籠を担ぐが、大奥のなかには入れないため、奥内に入ると、体格のよい女性の御末がせっせと駕籠を担ぎ、やんごとなきお方を運ぶ。
他にも喉が渇いたので茶を飲みたいという奥方がいたりと、細々とした用事が多く、猫の手も借りたい忙しさだ。
「滞りないな?」
「これは高遠さま。はい。問題ございません」
「では、引き続き頼むぞ」
「――は」
御末頭は平伏して答えた。仕事の邪魔にならぬように、高遠はまた外へと出た。
――この次は四月の灌仏会だが、これは大奥内での催事だから中止であったな。
そう考えつつ歩いていると、
「まったく……。誰もかれも浮かれて金を使いおって」と苦々しい声がした。
この美しさに、大奥に憧れを抱く姫君も少なくない。
大奥は、最新のファッションを知ることができる場でもあるので、皆、羨望の眼差しで御中臈たちの装いを見つめるのだ。
軒並ぶ模擬店を見て回るのも楽しみのひとつだ。
五十三次の宿場町の名物を売る露天が設けられ、小物から絹織物、簪、櫛、菓子から酒まで揃っており、このご時世に禁止されている贅沢品がずらりと並んでいる。店側も贔屓にしてもらえるチャンスを逃すまいと張り切っている。
「この着物でよかったかしら。もう少し派手だったほうが……」
「やだ、あなた本気で上様のお目に留まるつもりだったの?」
奥女中も散策する上様に拝謁できる機会を逃すまいと、普段引かないような紅を差してお目が止まらないかと浮き立ち、それはそれは活気に満ちていた。
諸藩の大名家も訪れるとあって、五十三次の予算は大幅な減額を受けず、盛況に執り行われているので、皆、久しぶりの娯楽を謳歌している。
大奥内の催事は縮小されていくばかりなので、この賑わいは、ひとしおの喜びなのだろう。
ただ、高貴な身分の者が多く出入りし、外から人が多く入るため、不届き者が紛れ込まないよう、御末たちが目を光らせ、高遠も問題が起こらないか気にかけつつ、あちこちに気を配っている。
――あ……。お須磨の方さま。
御中臈たちの最後尾に近いところに須磨が歩いていた。
部屋を荒らした賊は見つからないままだが、須磨の部屋方は須磨が絵を描いていることは誰にも言っていないと証言し、そこに嘘は見当たらなかったたことと男色本出版が見送られたことで、いったん須磨の警護は解除され、以前の部屋に戻って暮らしていると教えられた。
絵を描いてくれた恩を考えれば、出版が見送られたことを詫びるべきなのだが、立案者である高遠と関わりがあることを知られる方が須磨にとって危険だと考え、なにも伝えないでいた。それに、出版が中止になった噂は大奥に知れ渡っているので須磨の耳にも届いているはずだ。
――ああ、変わらずつつましい装いだな。少し痩せられたか?
と、高遠は心配しつつ目を細めて見つめた。
今のところ大きな問題はなく、宴は進んでいるようで、高遠はお目見え以下たちがご用聞きに入る部屋を覗きに行った。あちこちで、声が飛び交っている。
「墨が切れたそうだ。急いで届けよ」
「駕籠を回してお迎えに」
出店する店には御右筆が控えており、御簾中――諸藩の奥方さまや、姫君がなにを買ったか記し、御広敷用人がその精算をするため墨が欠かせない。
移動も城の外までは男性が駕籠を担ぐが、大奥のなかには入れないため、奥内に入ると、体格のよい女性の御末がせっせと駕籠を担ぎ、やんごとなきお方を運ぶ。
他にも喉が渇いたので茶を飲みたいという奥方がいたりと、細々とした用事が多く、猫の手も借りたい忙しさだ。
「滞りないな?」
「これは高遠さま。はい。問題ございません」
「では、引き続き頼むぞ」
「――は」
御末頭は平伏して答えた。仕事の邪魔にならぬように、高遠はまた外へと出た。
――この次は四月の灌仏会だが、これは大奥内での催事だから中止であったな。
そう考えつつ歩いていると、
「まったく……。誰もかれも浮かれて金を使いおって」と苦々しい声がした。
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