上 下
34 / 69

第34話 頓挫 弐

しおりを挟む
 お目見え以上の者も久しぶりに着飾れるとあって、意趣を凝らした着物を着て、場を飾っている。傍目には財政難など感じさせない優美な景観が広がっていた。
 この美しさに、大奥に憧れを抱く姫君も少なくない。

 大奥は、最新のファッションを知ることができる場でもあるので、皆、羨望の眼差しで御中臈たちの装いを見つめるのだ。
 軒並ぶ模擬店を見て回るのも楽しみのひとつだ。
 五十三次ごじゅうさんつぎの宿場町の名物を売る露天が設けられ、小物から絹織物、簪、櫛、菓子から酒まで揃っており、このご時世に禁止されている贅沢品がずらりと並んでいる。店側も贔屓にしてもらえるチャンスを逃すまいと張り切っている。

「この着物でよかったかしら。もう少し派手だったほうが……」
「やだ、あなた本気で上様のお目に留まるつもりだったの?」

 奥女中も散策する上様に拝謁できる機会を逃すまいと、普段引かないような紅を差してお目が止まらないかと浮き立ち、それはそれは活気に満ちていた。
 諸藩の大名家も訪れるとあって、五十三次の予算は大幅な減額を受けず、盛況に執り行われているので、皆、久しぶりの娯楽を謳歌している。
 大奥内の催事は縮小されていくばかりなので、この賑わいは、ひとしおの喜びなのだろう。

 ただ、高貴な身分の者が多く出入りし、外から人が多く入るため、不届き者が紛れ込まないよう、御末おすえたちが目を光らせ、高遠も問題が起こらないか気にかけつつ、あちこちに気を配っている。

 ――あ……。お須磨の方さま。

 御中臈おちゅうろうたちの最後尾に近いところに須磨が歩いていた。
 部屋を荒らした賊は見つからないままだが、須磨の部屋方は須磨が絵を描いていることは誰にも言っていないと証言し、そこに嘘は見当たらなかったたことと男色本出版が見送られたことで、いったん須磨の警護は解除され、以前の部屋に戻って暮らしていると教えられた。

 絵を描いてくれた恩を考えれば、出版が見送られたことを詫びるべきなのだが、立案者である高遠と関わりがあることを知られる方が須磨にとって危険だと考え、なにも伝えないでいた。それに、出版が中止になった噂は大奥に知れ渡っているので須磨の耳にも届いているはずだ。

 ――ああ、変わらずつつましい装いだな。少し痩せられたか?

 と、高遠は心配しつつ目を細めて見つめた。
 今のところ大きな問題はなく、宴は進んでいるようで、高遠はお目見え以下たちがご用聞きに入る部屋を覗きに行った。あちこちで、声が飛び交っている。

「墨が切れたそうだ。急いで届けよ」
駕籠かごを回してお迎えに」

 出店する店には御右筆が控えており、御簾中ごれんじゆう――諸藩の奥方さまや、姫君がなにを買ったか記し、御広敷用人おひろしきようにんがその精算をするため墨が欠かせない。

 移動も城の外までは男性が駕籠を担ぐが、大奥のなかには入れないため、奥内に入ると、体格のよい女性にょしょう御末おすえがせっせと駕籠を担ぎ、やんごとなきお方を運ぶ。
 他にも喉が渇いたので茶を飲みたいという奥方がいたりと、細々とした用事が多く、猫の手も借りたい忙しさだ。

「滞りないな?」
「これは高遠さま。はい。問題ございません」
「では、引き続き頼むぞ」
「――は」

 御末頭おすえがしらは平伏して答えた。仕事の邪魔にならぬように、高遠はまた外へと出た。

 ――この次は四月の灌仏会かんぶつえだが、これは大奥内での催事だから中止であったな。

 そう考えつつ歩いていると、

「まったく……。誰もかれも浮かれて金を使いおって」と苦々しい声がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

独り剣客 山辺久弥 おやこ見習い帖

笹目いく子
歴史・時代
旧題:調べ、かき鳴らせ 第8回歴史·時代小説大賞、大賞受賞作品。本所松坂町の三味線師匠である岡安久弥は、三味線名手として名を馳せる一方で、一刀流の使い手でもある謎めいた浪人だった。 文政の己丑火事の最中、とある大名家の内紛の助太刀を頼まれた久弥は、神田で焼け出された少年を拾う。 出自に秘密を抱え、孤独に生きてきた久弥は、青馬と名付けた少年を育てはじめ、やがて彼に天賦の三味線の才能があることに気付く。 青馬に三味線を教え、密かに思いを寄せる柳橋芸者の真澄や、友人の医師橋倉らと青馬の成長を見守りながら、久弥は幸福な日々を過ごすのだが…… ある日その平穏な生活は暗転する。生家に政変が生じ、久弥は青馬や真澄から引き離され、後嗣争いの渦へと巻き込まれていく。彼は愛する人々の元へ戻れるのだろうか?(性描写はありませんが、暴力場面あり)

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

お鍋の方【11月末まで公開】

国香
歴史・時代
織田信長の妻・濃姫が恋敵? 茜さす紫野ゆき標野ゆき 野守は見ずや君が袖振る 紫草の匂へる妹を憎くあらば 人妻ゆゑにわれ恋ひめやも 出会いは永禄2(1559)年初春。 古歌で知られる蒲生野の。 桜の川のほとり、桜の城。 そこに、一人の少女が住んでいた。 ──小倉鍋── 少女のお鍋が出会ったのは、上洛する織田信長。 ───────────── 織田信長の側室・お鍋の方の物語。 ヒロインの出自等、諸説あり、考えれば考えるほど、調べれば調べるほど謎なので、作者の妄想で書いて行きます。 通説とは違っていますので、あらかじめご了承頂きたく、お願い申し上げます。

処理中です...