27 / 69
第27話 いざ勝負~衆議の場 伍
しおりを挟む
そう前置きして金の説明をした。
当時の草双紙は一冊、約二匁――四千円弱で売られている。
印税の二割が二十五分――約八百円。
初版の六百部が九回続けば、五千四百部の発行となり、印税は三十三両。
これに、潤筆料と絵の十両を足して四十三両――四百九十万円だ。
高遠の話を聞いて、金崎は鼻で笑った。
「どの催事にも満たない額ではないか」
「確かに千両を賄うことなどできませぬし、皮算用なのも認めます。ですが、これは最低限の話にございます。増刷がかかれば、また話は違ってまいります」
「それでも、たかが知れておるだろう」
「ですが金崎殿」
「なんじゃ」
「その四十両ていどを行事ごとに用意していただけるのですか?」
「――そ、……それは……」
「本は来年の二月まで隔月発行され、それまで必ず金が入ってくるのです。催事は縮小させ、女中たちを減らすことはすでに決まっておりますし、なにより此度のことを言い出したのはわたくしでございます、女中に振るまう酒代などはわたくしが金子を出しまする」
「な、なにもそこまでせずとも……」
「では、金崎殿は大奥が沢渡主殿頭に屈することを善し。――そう思うのですか?」
今度こそ金崎は口をつぐんだ。
「確かに。確かに最初は雀の涙ていどの金でしょう。ですが、わたくしは悔しいのでございます。『男が決めたことに黙って素直に従う』ことが大奥にとってよいことなのかと。確かに沢渡主殿頭の政は飢饉により混乱する日の本を救うためでしょう。ですが、そのやり方は多くの者を、民を混乱させるばかりです」
場の空気は高遠に流れ、皆、黙って聞いていた。
「これは言ってしまえば、わたくしひとりの御公儀への反発――蜂起です。ですから、責任はすべてわたくしにございます。皆さまはこの件に責めを負うことはございません。切り捨てるべきはわたくし、ひとりのみでございます」
「…………」
高遠の本気に触れた金崎は叶や中野に視線を合わせて、『あなた方はどうなのです』と視線で訴えいた。反論できる材料がない金崎の代わりに口火を切ったのは叶だった。
「――……それならば、少なくとも八月一日に行われる『八朔の日』を取りやめにするという悲劇は避けねばなりませんな」
中野も意を得たりとばかりに頷き、
「八朔の日は、東照大権現さまが初めて江戸城に入った正月に次ぐ重要な式。沢渡主殿頭に負けて執り行えぬなど業腹。で、あれば高遠殿の行いは良しとすべきかもしれませぬな」と相づちを打った。
八朔の日は全大名が総登城する日で、装束が白帷子で揃えられている。
大奥でも一番高貴な御台所を始めとして、上様と顔合わせが許されている、お目見え以上は全員地白、白晒しに縫いのある掻取を着るのだ。重要な式典で万全でなくとも『行える』ということが重要なのだ。
高遠は言う。
「夜に演じられる御狂言師の芝居は、ずいぶんと控えたものにしなければなりませぬが、女中たちに振る舞う酒などはわたくしがなんとかいたします。慣例通りに行えずとも、中止になれば主殿頭の思う壺。今はしのぐことが大切であると考えます」
それ以上異議はなく、場を締めるように大奥総取締役、塩沢が言った。
「大奥が生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされている今、この方法だけが沢渡主殿頭に対抗しうる手段なのじゃ。『些細なことでよい』と金策をつのったのはわしじゃ。高遠はそれに答えたまでのこと。他に手立てがないのであれば出版に賭けるしかなかろう」
それ以上、反対意見は出ることはなかった。
当時の草双紙は一冊、約二匁――四千円弱で売られている。
印税の二割が二十五分――約八百円。
初版の六百部が九回続けば、五千四百部の発行となり、印税は三十三両。
これに、潤筆料と絵の十両を足して四十三両――四百九十万円だ。
高遠の話を聞いて、金崎は鼻で笑った。
「どの催事にも満たない額ではないか」
「確かに千両を賄うことなどできませぬし、皮算用なのも認めます。ですが、これは最低限の話にございます。増刷がかかれば、また話は違ってまいります」
「それでも、たかが知れておるだろう」
「ですが金崎殿」
「なんじゃ」
「その四十両ていどを行事ごとに用意していただけるのですか?」
「――そ、……それは……」
「本は来年の二月まで隔月発行され、それまで必ず金が入ってくるのです。催事は縮小させ、女中たちを減らすことはすでに決まっておりますし、なにより此度のことを言い出したのはわたくしでございます、女中に振るまう酒代などはわたくしが金子を出しまする」
「な、なにもそこまでせずとも……」
「では、金崎殿は大奥が沢渡主殿頭に屈することを善し。――そう思うのですか?」
今度こそ金崎は口をつぐんだ。
「確かに。確かに最初は雀の涙ていどの金でしょう。ですが、わたくしは悔しいのでございます。『男が決めたことに黙って素直に従う』ことが大奥にとってよいことなのかと。確かに沢渡主殿頭の政は飢饉により混乱する日の本を救うためでしょう。ですが、そのやり方は多くの者を、民を混乱させるばかりです」
場の空気は高遠に流れ、皆、黙って聞いていた。
「これは言ってしまえば、わたくしひとりの御公儀への反発――蜂起です。ですから、責任はすべてわたくしにございます。皆さまはこの件に責めを負うことはございません。切り捨てるべきはわたくし、ひとりのみでございます」
「…………」
高遠の本気に触れた金崎は叶や中野に視線を合わせて、『あなた方はどうなのです』と視線で訴えいた。反論できる材料がない金崎の代わりに口火を切ったのは叶だった。
「――……それならば、少なくとも八月一日に行われる『八朔の日』を取りやめにするという悲劇は避けねばなりませんな」
中野も意を得たりとばかりに頷き、
「八朔の日は、東照大権現さまが初めて江戸城に入った正月に次ぐ重要な式。沢渡主殿頭に負けて執り行えぬなど業腹。で、あれば高遠殿の行いは良しとすべきかもしれませぬな」と相づちを打った。
八朔の日は全大名が総登城する日で、装束が白帷子で揃えられている。
大奥でも一番高貴な御台所を始めとして、上様と顔合わせが許されている、お目見え以上は全員地白、白晒しに縫いのある掻取を着るのだ。重要な式典で万全でなくとも『行える』ということが重要なのだ。
高遠は言う。
「夜に演じられる御狂言師の芝居は、ずいぶんと控えたものにしなければなりませぬが、女中たちに振る舞う酒などはわたくしがなんとかいたします。慣例通りに行えずとも、中止になれば主殿頭の思う壺。今はしのぐことが大切であると考えます」
それ以上異議はなく、場を締めるように大奥総取締役、塩沢が言った。
「大奥が生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされている今、この方法だけが沢渡主殿頭に対抗しうる手段なのじゃ。『些細なことでよい』と金策をつのったのはわしじゃ。高遠はそれに答えたまでのこと。他に手立てがないのであれば出版に賭けるしかなかろう」
それ以上、反対意見は出ることはなかった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
雲母虫漫筆 ~江戸のあれこれ~
糺ノ杜 胡瓜堂
エッセイ・ノンフィクション
「耳嚢」や「兎園小説」「新著聞集」「甲子夜話」など、江戸時代の書物から、面白いと思ったものをピックアップしてゆく短いエッセイ。
怪談や奇談、感動話、しょ~もない話までその時の気分次第。
「雲母虫」とは紙につく虫「シミ」の異名、小さくて可愛らしい(?)虫です。
本の虫になったつもりで色々な江戸時代に書かれた話をご紹介してゆきたいと思っています。
ネット上で気軽に様々な情報が拾える昨今、自分自身で「オリジナル」を読むという行為はなかなか手間がかかりますが、その分色々と新しい発見があります!
【完結】パンでパンでポン!!〜付喪神と作る美味しいパンたち〜
櫛田こころ
キャラ文芸
水乃町のパン屋『ルーブル』。
そこがあたし、水城桜乃(みずき さくの)のお家。
あたしの……大事な場所。
お父さんお母さんが、頑張ってパンを作って。たくさんのお客さん達に売っている場所。
あたしが七歳になって、お母さんが男の子を産んだの。大事な赤ちゃんだけど……お母さんがあたしに構ってくれないのが、だんだんと悲しくなって。
ある日、大っきなケンカをしちゃって。謝るのも嫌で……蔵に行ったら、出会ったの。
あたしが、保育園の時に遊んでいた……ままごとキッチン。
それが光って出会えたのが、『つくもがみ』の美濃さん。
関西弁って話し方をする女の人の見た目だけど、人間じゃないんだって。
あたしに……お父さん達ががんばって作っている『パン』がどれくらい大変なのかを……ままごとキッチンを使って教えてくれることになったの!!
日本国転生
北乃大空
SF
女神ガイアは神族と呼ばれる宇宙管理者であり、地球を含む太陽系を管理して人類の歴史を見守ってきた。
或る日、ガイアは地球上の人類未来についてのシミュレーションを実施し、その結果は22世紀まで確実に人類が滅亡するシナリオで、何度実施しても滅亡する確率は99.999%であった。
ガイアは人類滅亡シミュレーション結果を中央管理局に提出、事態を重くみた中央管理局はガイアに人類滅亡の回避指令を出した。
その指令内容は地球人類の歴史改変で、現代地球とは別のパラレルワールド上に存在するもう一つの地球に干渉して歴史改変するものであった。
ガイアが取った歴史改変方法は、国家丸ごと転移するもので転移する国家は何と現代日本であり、その転移先は太平洋戦争開戦1年前の日本で、そこに国土ごと上書きするというものであった。
その転移先で日本が世界各国と開戦し、そこで起こる様々な出来事を超人的な能力を持つ女神と天使達の手助けで日本が覇権国家になり、人類滅亡を回避させて行くのであった。
我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~
城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。
一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。
二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。
三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。
四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。
五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。
六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。
そして、1907年7月30日のことである。
三九郎の疾風(かぜ)!!
たい陸
歴史・時代
滝川三九郎一積は、織田信長の重臣であった滝川一益の嫡孫である。しかし、父の代に没落し、今は浪人の身であった。彼は、柳生新陰流の達人であり、主を持たない自由を愛する武士である。
三九郎は今、亡き父の遺言により、信州上田へと来ていた。そして、この上田でも今、正に天下分け目の大戦の前であった。その時、三九郎は、一人の男装した娘をひょんな事から助けることとなる。そして、その娘こそ、戦国一の知将である真田安房守昌幸の娘であった。
上田平を展望する三九郎の細い瞳には何が映って見えるのだろうか?これは、戦国末期を駆け抜けた一人の歴史上あまり知られていない快男児の物語である。
16世紀のオデュッセイア
尾方佐羽
歴史・時代
【第12章を週1回程度更新します】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。
12章では16世紀後半のヨーロッパが舞台になります。
※このお話は史実を参考にしたフィクションです。
【完結】月よりきれい
悠井すみれ
歴史・時代
職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。
清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。
純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。
嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。
第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。
表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる