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第19話 出版に向かって~須磨の事情 陸
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十二月二十一日、朝の総触れのあと退室しようとした高遠に、須磨がそっと告げた。
「……ご所望の品をご用意できました」
――ついにできたか。ああ、見たい、早く、この目で見たいぞ。
高遠は目で頷き、仕事が終わってから、はやる胸を押さえつつ須磨の部屋を訪ねた。すぐに部屋へ招き入れられる。
「お待たせいたしました。こちらが表紙。こちらが挿画です」
逸る心を抑えつつ、受け取った絵をガン見する。
――ふおおおお、こ、これは最高ではないか……! 神! これぞ神の御業……!
鉄壁の無表情の下で喝采を送った。
いや、スタンディングオベーションでも足りないくらいだ。
表紙絵候補は二枚あり、一枚は、攻めが受けの後ろからはだけた胸元に手を入れ、愛おしげに愛でているもので、受けの表情は蕩けそうに甘い。
もう一枚は、顎をのけぞらせた受けの首に、攻めが舌を這わせている。
どちらもまぐわいの熱気や、恍惚とした表情が印象的で、特に目が人物の性格をとらえていた。
――これは間違いなく人の目に留まる。留まらないわけがない。
最高にエロいホットな絵だ。男色好きな人間ならジャケ買いすること間違いない。いや、男色好きではなくとも手に取ってみたくなる絵だ。
自分なら言い値で買う。
むしろ、今後の活動のためにお布施をさせてください。
挿画も五枚用意され、姿や体格差のわかる絵から、濃厚な絡みや悲しみの底にいる絵、最後に、はにかんで笑う絵まで揃い、小説デビュー作を飾るに相応しい最高の絵が用意されていた。
これで売れなければ嘘だ。
「あの……。なにか問題でもありましたか? やはり、やり過ぎましたか……?」
夢中になり、絵を見ていた高遠は我に返った。
「いいえ。文句なしの出来映えに感心していた次第です」
「では……」
「はい。問題ありませぬ。これでいくよう鶴屋にとおしますゆえ、ご安心くだされ」
「……よ、よかった」
ホッとしたようにフゥと細い息を吐いた須磨は、ようやく微笑みを浮かべた。
落ち着いて見ると、少し顔色が悪い。きっと毎晩、必死で描き、悩みに悩んで選出した絵なのだろう。
ここまで頑張ってくれたのだ。労いの言葉をかけてこそ上に立つ者の使命。
高遠はできるだけ優しい声音を心がけて言った。
「受けの涼やかな目元に朱がさしているのが見えるようでございます。そして、攻めの余裕がありながらも独占欲を隠しきれない雰囲気。この表現ができるのは、江戸中を探しても、お須磨の方さま以外おりますまい。この腕の筋張った線など男らしさを感じさせます。受けといっても、そこは男子。なよなよしていては男色の意味がございませぬ」
須磨は一気に表情を輝かせた。
「お、おわかりになりますか? わたくし『男前受け』が大好きなんです……!」
「わかりますとも。健気も捨てがたいですが、やはり、攻めを守れる強さがあってこそ、話も盛り上がると言うもの」
「ああ……。大奥にいながら、このような幸せが待っていようとは思いませんでした。わたくしなど、とうに上様からは捨て置かれておりますから、男色本を読み、絵を描くことだけが生きがいのようなものでしたので……。本当に嬉しゅうございます」
大奥は規律が厳しい場所だ。好きなように、好きなだけ物事を行うには権勢が必要となる。須磨のように引っ込み思案な性格ではとうてい無理な話だ。
だから、装いも控え目にして出しゃばることなく、ひっそりと趣味にいそしんでいたのかもしれない。
きっと須磨にとって絵を描くことは着飾ることより、寵愛を受けることより大切なことなのだろう。
「……ご所望の品をご用意できました」
――ついにできたか。ああ、見たい、早く、この目で見たいぞ。
高遠は目で頷き、仕事が終わってから、はやる胸を押さえつつ須磨の部屋を訪ねた。すぐに部屋へ招き入れられる。
「お待たせいたしました。こちらが表紙。こちらが挿画です」
逸る心を抑えつつ、受け取った絵をガン見する。
――ふおおおお、こ、これは最高ではないか……! 神! これぞ神の御業……!
鉄壁の無表情の下で喝采を送った。
いや、スタンディングオベーションでも足りないくらいだ。
表紙絵候補は二枚あり、一枚は、攻めが受けの後ろからはだけた胸元に手を入れ、愛おしげに愛でているもので、受けの表情は蕩けそうに甘い。
もう一枚は、顎をのけぞらせた受けの首に、攻めが舌を這わせている。
どちらもまぐわいの熱気や、恍惚とした表情が印象的で、特に目が人物の性格をとらえていた。
――これは間違いなく人の目に留まる。留まらないわけがない。
最高にエロいホットな絵だ。男色好きな人間ならジャケ買いすること間違いない。いや、男色好きではなくとも手に取ってみたくなる絵だ。
自分なら言い値で買う。
むしろ、今後の活動のためにお布施をさせてください。
挿画も五枚用意され、姿や体格差のわかる絵から、濃厚な絡みや悲しみの底にいる絵、最後に、はにかんで笑う絵まで揃い、小説デビュー作を飾るに相応しい最高の絵が用意されていた。
これで売れなければ嘘だ。
「あの……。なにか問題でもありましたか? やはり、やり過ぎましたか……?」
夢中になり、絵を見ていた高遠は我に返った。
「いいえ。文句なしの出来映えに感心していた次第です」
「では……」
「はい。問題ありませぬ。これでいくよう鶴屋にとおしますゆえ、ご安心くだされ」
「……よ、よかった」
ホッとしたようにフゥと細い息を吐いた須磨は、ようやく微笑みを浮かべた。
落ち着いて見ると、少し顔色が悪い。きっと毎晩、必死で描き、悩みに悩んで選出した絵なのだろう。
ここまで頑張ってくれたのだ。労いの言葉をかけてこそ上に立つ者の使命。
高遠はできるだけ優しい声音を心がけて言った。
「受けの涼やかな目元に朱がさしているのが見えるようでございます。そして、攻めの余裕がありながらも独占欲を隠しきれない雰囲気。この表現ができるのは、江戸中を探しても、お須磨の方さま以外おりますまい。この腕の筋張った線など男らしさを感じさせます。受けといっても、そこは男子。なよなよしていては男色の意味がございませぬ」
須磨は一気に表情を輝かせた。
「お、おわかりになりますか? わたくし『男前受け』が大好きなんです……!」
「わかりますとも。健気も捨てがたいですが、やはり、攻めを守れる強さがあってこそ、話も盛り上がると言うもの」
「ああ……。大奥にいながら、このような幸せが待っていようとは思いませんでした。わたくしなど、とうに上様からは捨て置かれておりますから、男色本を読み、絵を描くことだけが生きがいのようなものでしたので……。本当に嬉しゅうございます」
大奥は規律が厳しい場所だ。好きなように、好きなだけ物事を行うには権勢が必要となる。須磨のように引っ込み思案な性格ではとうてい無理な話だ。
だから、装いも控え目にして出しゃばることなく、ひっそりと趣味にいそしんでいたのかもしれない。
きっと須磨にとって絵を描くことは着飾ることより、寵愛を受けることより大切なことなのだろう。
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