上 下
15 / 69

第15話 出版に向かって ~鶴屋の女将途上 弐 

しおりを挟む
「お言葉痛み入ります。お力になるよう励ませていただきます」
「では、さっそく本題に入ろう。こちらへ」

 佐枝は羽音のように身体を滑らせ、高遠の傍へ進んだ。

「まず、こちらを見て欲しい」

 高遠が須磨の絵を差し出す。
 佐枝は恭しく受け取り、一枚、また一枚とめくっていく。

「――なんと……。これは……」

 感嘆し、思わず洩れる声に内心満足する。
 やはり、須磨の絵はプロをも唸らせる才能なのだ。塩沢に見せた無難な絵ではなく、高遠が見た、ばっちり交合している絵なのだが、佐枝はなんなく受け容れている。

「この絵師を使いたいのだがよいか」

 高遠の問いかけに佐枝は「はい」と答える。「実によい絵でございます。男色絵でありながら、独特の色香があり、気品さえ伺えます。このような絵は見たことがございません」

 確かな手応えに高遠は言う。

「問題ない。ということだな」

 佐枝は頷くが、「ですが……」と語尾を濁した。

「なんだ? なにか問題でもあるのか?」
「いささか卑猥すぎかと。もう少し抑えた絵の方が望ましいです」

 佐枝は一旦区切り、言葉を選ぶように続けた。

「昨今は色々と取り締まりが厳しくなっておりますので、あまり露骨なものは……」

 ――なるほど。目立つものは避けたいのか。しかし、なればこそ、お須磨の方さまの絵は目を引く。

「では、もっと卑猥な絵でいこう」
「ええっ!?」

 佐枝は驚きに目を見開いた。

「その方がより売れるであろう?」

 思いも寄らない提案に、佐枝は目を白黒させ『本気ですか!?』とやや引き気味だ。
 大奥の頂点にある役職、『御年寄』という立場の人間が『もっと卑猥に』などと口にしているのだから仕方がない。それでも本を売らねば財政難を救えない。そのためには、確実に売れる形に仕上げる必要があるのだ。

「どうすればこの絵を活かせる?」

 佐枝は奇異な生物に遭遇した表情を商人の顔に戻し、

「そうでございますね……」と絵を前に思案した。「極彩色で摺った錦絵がよろしいと存じます。この絵ならば見栄えいたしましょう」
「ならば、それで頼む」
「承りました」
「では、出版契約や工程などについても聞かせてくれ」

 鶴屋との話し合いが終わり、高遠はフウと深い息を吐いた。
 なんとか考えたとおりに話が進んだ。
 これで売り上げがよければ、大奥行事を慣例通りに行える手助けになる。

「――あとは、お須磨の方さまに報告して、絵を依頼しなければ」

 高遠は説明を受けた際、覚え書きしていた紙を懐にしまい、須磨の部屋へ赴いた。


 ***


「お須磨の方さま。高遠にございます」
「どうぞ、お入りになって」

 相変わらず静かな部屋だが、須磨の表情は晴れ晴れとしたものだった。好きだった男色本が存分に購入できて、萌えが充実していると見える。それだけでも部屋がずいぶん明るいように感じた。
 須磨は部屋方を下がらせ、言った。

「高遠さま。先日はありがとうございました。お陰で日々が楽しゅうございます」
「それはようございました」
「あの謎の作者の書かれた小説は本当に素晴らしいものでした。深い考察に伏線の貼り方など最後まで読む者を飽きさせない作りで。より理解したくて二度目の読み直しをしているところなのです」

 高揚した頬は赤く、心からそう感じていることが伝わってくる。

 ――夜なべして清書した甲斐があった。

 苦労が報わるのは嬉しいことだ。
 須磨は饒舌に語る。

「この『忍は御屋形おやかたさまに愛される~戦国に咲いた白い花~』など、時代背景が詳細で、受けの忍、雪が危険を承知で敵国へ向かう理由が書かれていて、攻めである正盛まさもりも行かせたくないけれど、命じなければならない歯がゆさが秀逸で」
「そうでございますか。少々文字数をかけすぎた気もいたしますが……」
「いいえ、死に別れになってもおかしくない背景だからこそ、丁寧に描く意味があるのです」

 ――そこをわかってくださるとは有り難い。

 と、高遠は手を握りたい気分になった。

「だからこそ、求め合う交わりが健気であり、慈愛に満ちているのです。単なる卑猥な本と一線を画す内容です」

 須磨の言葉は字書きとしてこれ以上ない褒め言葉だった。嬉しくなり、心がふうわりとホワホワし、にやけそうになる唇を引き結ぶのに苦労した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【淀屋橋心中】公儀御用瓦師・おとき事件帖  豪商 VS おとき VS 幕府隠密!三つ巴の闘いを制するのは誰?

海善紙葉
歴史・時代
●青春真っ盛り・話題てんこ盛り時代小説 現在、アルファポリスのみで公開中。 *️⃣表紙イラスト︰武藤 径 さん。ありがとうございます、感謝です🤗 武藤径さん https://estar.jp/users/157026694 タイトル等は紙葉が挿入しました😊 ●おとき。17歳。「世直しおとき」の異名を持つ。 ●おときの幼馴染のお民が殺された。役人は、心中事件として処理しようとするが、おときはどうしても納得できない。 お民は、大坂の豪商・淀屋辰五郎の妾になっていたという。おときは、この淀辰が怪しいとにらんで、捜査を開始。 ●一方、幕閣の柳沢吉保も、淀屋失脚を画策。実在(史実)の淀屋辰五郎没落の謎をも巻き込みながら、おときは、モン様こと「近松門左衛門」と二人で、事の真相に迫っていく。 ✳おおさか 江戸時代は「大坂」の表記。明治以降「大阪」表記に。物語では、「大坂」で統一しています。 □主な登場人物□ おとき︰主人公 お民︰おときの幼馴染 伊左次(いさじ)︰寺島家の職人頭。おときの用心棒、元武士 寺島惣右衛門︰公儀御用瓦師・寺島家の当主。おときの父。 モン様︰近松門左衛門。おときは「モン様」と呼んでいる。 久富大志郎︰23歳。大坂西町奉行所同心 分部宗一郎︰大坂城代土岐家の家臣。城代直属の市中探索目附 淀屋辰五郎︰なにわ長者と呼ばれた淀屋の五代目。淀辰と呼ばれる。 大曽根兵庫︰分部とは因縁のある武士。 福島源蔵︰江戸からやってきた侍。伊左次を仇と付け狙う。 西海屋徳右衛門︰ 清兵衛︰墨屋の職人 ゴロさん︰近松門左衛門がよく口にする謎の人物 お駒︰淀辰の妾

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

大奥~牡丹の綻び~

翔子
歴史・時代
*この話は、もしも江戸幕府が永久に続き、幕末の流血の争いが起こらず、平和な時代が続いたら……と想定して書かれたフィクションとなっております。 大正時代・昭和時代を省き、元号が「平成」になる前に候補とされてた元号を使用しています。 映像化された数ある大奥関連作品を敬愛し、踏襲して書いております。 リアルな大奥を再現するため、性的描写を用いております。苦手な方はご注意ください。 時は17代将軍の治世。 公家・鷹司家の姫宮、藤子は大奥に入り御台所となった。 京の都から、慣れない江戸での生活は驚き続きだったが、夫となった徳川家正とは仲睦まじく、百鬼繚乱な大奥において幸せな生活を送る。 ところが、時が経つにつれ、藤子に様々な困難が襲い掛かる。 祖母の死 鷹司家の断絶 実父の突然の死 嫁姑争い 姉妹間の軋轢 壮絶で波乱な人生が藤子に待ち構えていたのであった。 2023.01.13 修正加筆のため一括非公開 2023.04.20 修正加筆 完成 2023.04.23 推敲完成 再公開 2023.08.09 「小説家になろう」にも投稿開始。

龍馬暗殺の夜

よん
歴史・時代
慶応三年十一月十五日。 坂本龍馬が何者かに暗殺されるその日、彼は何者かによって暗殺されなかった。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

狐侍こんこんちき

月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。 父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。 そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、 門弟なんぞはひとりもいやしない。 寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。 かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。 のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。 おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。 もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。 けれどもある日のこと。 自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。 脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。 こんこんちきちき、こんちきちん。 家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。 巻き起こる騒動の数々。 これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。

浅葱色の桜 ―堀川通花屋町下ル

初音
歴史・時代
新選組内外の諜報活動を行う諸士調役兼監察。その頭をつとめるのは、隊内唯一の女隊士だった。 義弟の近藤勇らと上洛して早2年。主人公・さくらの活躍はまだまだ続く……! 『浅葱色の桜』https://www.alphapolis.co.jp/novel/32482980/787215527 の続編となりますが、前作を読んでいなくても大丈夫な作りにはしています。前作未読の方もぜひ。 ※時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦組みを推奨しています。行間を詰めてありますので横組みだと読みづらいかもしれませんが、ご了承ください。 ※あくまでフィクションです。実際の人物、事件には関係ありません。

処理中です...