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12話 金策、見出す~一縷の望み 伍

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 そもそも高遠自身、男性の裸体を見たことがなく、まして逸物いちもつ(男性性器)など空想上の生き物に近く、せいぜい『蛍のように光る棒』くらいの認識で止まっている。
 もちろん床入りするための指南知識はあるし、そういった類いの絵は見たことはあるが実際に自分で使用したことがないので使い勝手がわからない。

 元のサイズよりどのくらい膨張するのか、勃つといっても直角90度なのか、はたまた天を突くほど斜め45度なのかさっぱりなので、長さと大きさを決めて『こんな感じ』で書いていたのが実情だ。
 なので、絵としてブツを描けるはずもない。
 いよいよ本格的に手詰まりになってしまった。

「ああ。大奥のどこかにいないだろうか。男色本への理解があって、絵がしびれるほど上手くて、絡みが描けて、摩羅まらの形を知っていて、かつ、描くことに抵抗のない女性は……」

 言葉にして、その難易度の高さに絶望した。

 ――無理だな……。諦めるしかないのか――……。

「あ……」

 そのとき閃くものがあった。
『読み専』『受け』『攻め』『萌え』
 腐った人間のみ伝わる単語が自然と洩れていた、あのお方、須磨がいるではないか……! 少なくとも須磨は男色本への理解はある。
 いや、むしろ、相当好きだ。

 ――お須磨の方さまなら、男色絵を描く人間のツテを持っているかもしれない。

 どうせ、今のままでは解決できない。ならばダメ元でも声をかけてみるしかない。
 高遠は翌日、須磨の住む新壱ノ側しんいちのかわへ赴くことを決めた。


 ***


 須磨の部屋は新壱ノ側の一番奥の突き当たりにあった。賑わう他の御中臈たちの部屋と比べてとても静かだ。高遠は障子の前で呼びかけた。

「お須磨の方さま。高遠にございます、少々よろしいでしょうか」

 ゴソと人が動く気配がして、「なにようでしょう」と返事があった。

「ご相談したき儀がございまして、まかり越しました」

 手短に用件を告げると、「どうぞ」と言う声と共に障子が開いた。
 須磨の世話をする部屋方は平伏し、小刻みに震えていた。高遠はその無表情さゆえ、人に恐れられている。下がってもらうには丁度いいと、

「お須磨の方さまに話があるのだ。お前は席を外してくれ」と言葉を投げかけた。

 須磨も、「下がっておいでなさい」と小さく言う。
 部屋子が合の間へ消えるのを待ってから、須磨は唇を開いた。

「わたくしに話とは……どのようなことでしょうか?」

 高遠は意を決して切り出した。

「ご無礼は承知で伺います。お須磨の方さまは、男色絵を描ける人物に心当たりはございませぬか?」
「……男色絵、ですか?」
「左様です。急ぎ探し出さねばならぬのです」

 高遠の唐突な問いに須磨は即答せず、それは……と、口ごもった。

 ――当たりだ。

 その迷いこそが答えだ。やはり蛇の道は蛇。

「是非、その方を紹介していただきたく存じます」

 怒られるわけでもなく、むしろ、恐ろしいほどの高遠の真剣さに須磨は居住まいを正して答えた。

「……高遠さま。どうして男色絵が必要なのかをご説明いただけませんか? 理由を知らぬまま紹介するわけには参りません」

 もっともな言い分だ。いきなり男色絵を描いてくれと言って、

「はい。わかりました」と引き受けてはくれないだろう。

「――他言無用ですぞ」

 そう前置きして、男色本出版についての話をした。

「――そう言うわけで、絵師を大奥で探さねばならぬのです」

 須磨は黙って聞き、細めの目をぱちくりさせながら、

「あの本が出版、ですか。それは吉報ですね」とうっすらと笑みを浮かべた。

 だが、すぐに花がしおれるように俯いてしまった。

「……でも、男色本購入は禁じられてしまいましたので、わたくしは読むことができません。寂しいことです……」

 その言葉に、ここは押すべきだと踏んだ。

「……お読みすることが可能。そうお約束すれば、ご紹介いただけますか?」
「読めるのですか……!?」

 日陰に陽が差したようにパァっと表情が輝く。
 よほど男色本に飢えていたのだ。自給自足で萌えを調達している高遠だって、できるなら人の書いたものを読みたい。気持ちはわかる。

「無理を言うのです。ご紹介いただけるなら、出版された本もお渡しします」

 須磨は口元に指を当て、幸薄そうな眉を寄せて思案し、

「……他の男色本購入についての許可と、その作者が書かれた他の作品を読ませていただけるなら考えます」と言った。
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