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10話 金策、見出す~お墨付き 参

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 鶴屋へ奇襲をかけた数日後、高遠宛にふみが届いた。差出人は鶴屋だ。

 ――ついにきたか。

 物になるのかならないのか。
 高遠は夜が更けてから、バクバクと鳴る心臓をなだめつつ折りたたまれた文を開いていった。

「あ……」

 そこには高遠の決意を押す文章がしたためられていた。

『面白い話でした。十分に本に出来る内容です』

 ――いよっしゃああ! キタコレ――!

 握りこぶしを天に突き上げたいほどの歓喜に包まれた。
 好きでやっていたことがプロに認められたのだ。物書きとしてこれほど嬉しいこともない。勇気を出してよかった。
 文を抱きしめてホゥと息を吐く。一息付いてから続けて読み進めた。

『出版は可能ですが、潤筆料じゅんぴつりょうは二両となります。これに絵があれば五両出せるのですが、それでよろしければお返事をお待ちしております』

 一気に現実に引き戻された。

 ――これが無名作家の現実か。甘くはないな。

 売れっ子作家なら、本の価格が高くなっても表紙絵と挿画さしがを使うだろうが、売れるかどうかわからない本に金を掛けられないということだ。

 ――しかし二両とは。

 とても財政難を救える額ではない。狂言鳴物を行うだけでも千両必要なのだ。
 それでも、と考える。
 老舗の字本問屋で売られるのだ。やり方次第でもっと稼げる可能性はある。
 そのためには必要なのは『売れる絵』だ。
 しかし高遠に絵師のアテなどない。

 ――うーむ。鶴屋に紹介してもらうか、自分で探すか……。

 自腹を切って売れっ子の絵師に依頼してもいいが、いつ絵が描き上がるかわからないし、人気のあるジャンルとはいえ売れっ子絵師が男色ものというハードルの高い、ニッチな絵を引き受けてくれるかどうか激しく問題が残る。
 それでも売れるためには、人が手にしたいと思う表紙が必要なのだ。

 ――絵師か。うーん絵師なぁ……。

 箪笥たんすの引き出しから三作品を取り出して、文机に重ねる。ページをめくれば必死で書いた思い出が蘇ってくる。
 悩みながら下調べをして書いたのだ。できれば自分の作風を活かしてくれる絵師に頼みたい。

 ――ああ、どこかに絵がどちゃくそ上手くて、男色に理解がある絵師はいないものか。

 高遠が頭を悩ませていると、

「高遠。ちと話がある」と声がした。

「し、塩沢さま!?」
「うむ」

 ――どうしてこんな時間に!

 突然の大奥総取締役の来訪に高遠は慌てふためいた。目の前には知られてはならない男色本がバッチリ揃っている。すぐにしまわなくてはと胸に抱えるが、三作品、二十七冊が収まるはずもなく、腕からバサバサと抜け落ちる。

「入るぞ」
「――あ……」

 塩沢の目に入ったのは畳に散らばった綴本の数々と、それを拾おうとしている高遠の姿。

「――なにをしておる。このように散らかして。なんじゃ、これは?」

 塩沢の手は綴本を拾い上げ、無残にも中身を改めた。
 怪訝な表情が徐々に曇り、キリキリと眉がつり上がっていく。

 ――終わった……。

 この状況で言い訳はつうじない。足下が揺らぐような気がして蹈鞴たたらを踏んだ。ゴクリと唾を飲み込む音が耳の奥に響く。
 塩沢の目は威圧を増して、高遠を射貫いた。

「――男色本を書いたのは、お前であったか……」

 ギギギィと、地獄の門が開いたような、地を這う声に高遠の背は凍り付いた。高遠より、ずっと小柄な身体から放たれる圧迫感は、大奥総取締役に相応しい威厳を醸し出している。

 ――もう逃げられない。

 高遠は覚悟した。

「……衆議しゅうぎの場でも言ったが、大奥は品位を保たねばならぬ場所だ。それはわかっておるな?」
「――はい」
「ならば、なぜこのようなものを書いた。実直なお前が」

 高遠は手を突き、深く頭を垂れて答えた。

「――返す言葉もございません。しかし、これを使って大奥の財政難を救えないかと考えたのでございます」
「大奥を救うじゃと……? 男色本でか」
「はい。実は――……」

 高遠は鶴屋に出向いたこと、それでお金が得られることを、鶴屋からきた文と共に洗いざらい話した。

「あれが金になるというのか?」

 塩沢はいささか驚いたようだ。

「幾らの助けにもならぬものですが、わたくしが、できることはこれしかないと心を決めた次第です」
「――よこしまな心で行動したわけではないのだな」
「決して、そのようなことは」

 塩沢はようやくいからせた肩を下ろした。

「わかった。しかし、二両ではとても財政難を救うことはできぬぞ」
「わたくしに少々考えがございます。まだ、なにも決まっておりませぬので、はっきりとは申せませぬが……」
「ふうむ。なにか策があるのだな?」
「はい」

 塩沢は、高遠の持ちかけた男色本出版と、それを大奥総取締役として許すべきことか? という気持ちを天秤にかけ、どちらに利があるか思考するように沈黙し、おもむろに、こう告げた。

「――本来なら、とても許可できるものではないが、大奥を救おうとする忠義の心に免じて今回だけは特別に認めよう。やってみよ」
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