彼を忘れるためのクスリ

一色とうい

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「ふざけたつもりはない」
「ついてくんな」
「……もしかして俺は重かったか」
「ハァ?」

 「重い」の意味がわからず、返事もしないまま足だけを動かしていると、和巳は同じ速度で隣を歩きながら話を続けた。

「こんなオッサンの番になって、本当は嫌な思いをしてたんじゃないのか。だから出て行くなんて言い出したんだろ」
「……んだよそれ。その言葉そっくりそのまま返してやる」

 フンっと鼻を鳴らすと「冗談で言ったんじゃない」と怒られた。
こっちだって冗談なんかじゃねえ。
胸の中で反抗した瞬間、覚えのある痛みが頭を締めつけた。
頭痛が波になって押し寄せる。こんな時に勘弁してくれ。

「それなら好きなヤツができたのか。だったら――」
「だったらなんだよ」

 見当違いなことを言われ、一瞬で頭に血が上った。目眩がしてイライラする。

だったら、の後には一体どんな言葉が続いたのだろう。
仕方ない。お別れだ。せいせいする。
想像した直後、頭部が鈍く軋んだ。

「好きなヤツいんのアンタの方だろ! 毎晩バカみたいにまりかまりかって、もう聞き飽きた! 早く、そいつんとこ、……イッ」

 言い切るより先、痛みで視界が歪む。
まずいと思った時には地面に倒れ込んでいた。

驚いて名前を繰り返す和巳の声と、心配げな表情が、意識の狭間に滑り込んで焼きついた。





 棗が目を覚ますと自宅のベッドに横たわっていた。
飲みかけの錠剤がサイドテーブルに並べられ、不機嫌な表情の和巳に痛いほどギュッと抱き潰される。

「このバカ! どうしてこんなものまで飲んで発情期が来ないなんて嘘つくんだ」
「……ちょ、痛え……」
「痛かったよな。こんな強い抑制剤を長期間飲んだら、副作用は相当きつかったはずだって病院の先生が言ってたぞ」

 そっちの痛みではないのだが、意識を失っている間に病院で診察され、秘密にしていたことがバレてしまったらしい。計画は水の泡だ。

「……俺は誰かの代わりにされるのなんか趣味じゃねえんだよ」
「そんなことするわけないだろ」

 力強く反論され、少しばかり驚く。肩口に顔を埋めた和巳が包容を深めた。

「悪かった。毎晩寝言で呼んでたなんて知らなかったんだ。誓って言うがやましいことはなにもない。……まりかのこと話してもいいか?」

 真剣な声音で覚悟を決めたように問われ、無言で頷く。
一拍置いて和巳が昔話を始めた。




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