彼を忘れるためのクスリ

一色とうい

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「別に怖くねえし。でも、アンタ以外のαは嫌いだ」
「……あらま、オジサン慕われるのは嬉しいけど心配だなあ」
「あ、オッサンって認めた」

 くっと笑いを噛み殺した瞬間、くしゃくしゃに髪を掻き混ぜられた。
安心できる大きな手。唯一信じられるα。
卒業したらもう会えなくなるなんて耐えられない。

「アンタみたいなαとなら番になってもいい」

 大人しく撫でられながら目を細めると、和巳に額をベチンと叩かれた。

「……心配すぎる。とにかくいつ来てもおかしくないから、抑制剤は携帯するように。万が一の時は這ってでもここに来なさい」
「ん」

 離れていった手が名残惜しくて自分で額を撫でる。体が熱い。
湧き上がる反応を誤魔化そうと腰を上げた瞬間、足元が揺れた。気のせいだろうか。

窓辺に立つとスチール枠の向こうで体育に励む学生たちの姿が見えた。

「若者たちは元気だな」

 ひょいと後ろから覗き込んだ和巳がおどけて言う。
なんでもない一言なのに、年齢の違いを突きつけられたようで胸が軋む。

 おかしい。感情の波が不安定で上手くコントロールできない。
動悸が激しくなり、体の中でぶわりと熱が膨れあがる。
棗は胸元を握りしめ、その場にずるずる崩れ落ちた。

「岩佐!? おい、大丈夫か!?」

 慌てた和巳に抱き起こされ、体中に雷のような衝撃が走った。
ドクンドクン。全身が心臓になったみたいに脈打つ。
触れられた部分から痺れるほど甘い疼きが生まれた。

「ハア、ハア……なんだ、これ」
「この匂いは……っく、発情期だな」
「え……発情、期?」

 喉がカラカラに干上がる。熱い、欲しい、もっと。
この腕でめちゃくちゃにして欲しい。
目の前がチカチカして欲望に支配される。これが発情期……。
堪らず和巳にしがみつき、夢中で唇を押し付けた。

「んっ!? 岩佐……!」
「はあ……んむ、んんぅ……」

 キスなんてしたこともないのに、突き動かされるまま舌を絡め、柔らかな粘膜を舐め回す。
唾液が砂糖菓子のように甘い。
クラクラするほどの快感が全身へと広がった。

「岩佐、落ち着け……んっ…こら、向こうに抑制剤が」
「や、イヤだ、薬いらない、アンタが欲しい……!」

 抵抗されて涙がボロボロ零れ落ちる。
朦朧とした意識で白衣の合わせ目に手を伸ばし、膝の上に跨った。
尻を揺らして男の中心に擦りつけると、和巳が眉を寄せる。

 フェロモン全開のΩに襲われればαの彼はひとたまりもない。
瞳の奥にじわりと欲望が滲んだのを棗は見逃さなかった。

「なあ、しろよ……アンタのものに。……な、シて、先生」
「っくそ、もう、知らないからな……!」

 縋り付いて懇願すると、彼は険しい顔で棗を抱き上げ、ベッドに放った。

 一回り体格の大きな男に組み敷かれた棗は、ぐずぐずに蕩かされ、感じるままに啼いた。
お願いだから項を噛んでくれ。
奥を穿つ熱に翻弄され、何度も何度もうわ言のように繰り返すと、フェロモンに屈した和巳は請われるまま棗の項を噛んだ。


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