彼を忘れるためのクスリ

一色とうい

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 彼、長谷川和巳は去年まで通っていた高校の養護教諭だ。
出会った頃は先生と生徒の関係だった。

 αともあろう優秀な男がなぜこんな地味な職種を選んだのかと疑問に思ったが、和巳には信念があった。
Ωが理不尽に扱われる階級社会が許せず、フェアな世界を作りたいと考えた結果らしい。

 互いを尊重しあうには体の機能と周期の理解を深めるところから、と教育に心血を注いでいた和巳は、高い志を買われ、新聞に取り上げられたり講演を頼まれたりと、地元ではちょっとした有名人だった。

 誰に対しても態度を変えない和巳のいる保健室は、さながら戦場の中のオアシス。
棗にとっては唯一心休まる場所だった。




「岩佐は今日もサボりか?」

 保健室の扉を開けると、棗を視界に入れた和巳が破顔した。

等身の高いバランスのとれた肢体に、白衣を纏う男の無防備な笑顔。
一瞬で棗の心臓が天井まで跳ね上がる。
無論悟らせるようなことはしない。

教員机のすぐ脇にパイプ椅子を移動させ、断りもなく腰掛けた。棗の定位置だ。

「オッサンには番いんの?」
「……オッサンはやめなさい岩佐。俺まだギリギリアラフォーよ」
「俺からすれば充分――」
「やめてえ!」

 顔を覆ってしくしく泣き真似をしてみせる和巳の姿が笑いを誘う。
つまらない日々の中、棗の口角が上がるのは保健室にいる時ぐらいのものだ。

 この人を独り占めしたい。子どもじみた願望が頭をもたげる。

 αらしい有能さと優れた容姿を持つ彼が独り身であるはずがない。
和巳以外のαが番になることを想像するだけで吐き気がする。

「発情期なんかこなきゃいいのに」
「岩佐は19なのに遅いな。……まだαが怖いか?」

 優しげな瞳で気遣うように尋ねられ、かあっと頬が茹だった。見透かされている。
発情期がなかなかこないのはメンタルの問題だろう。

 棗はαを毛嫌いしていた。
Ωを蔑むことにエクスタシーを感じる下衆が死ぬほど嫌いだ。
周囲の態度に嫌気がさして学校をサボるようになった棗は、昨年留年してしまった。

 憂鬱の原因は学校だけではない。
元はといえば家庭環境の悪辣さが棗のα嫌いを助長している。

 エリート一家の岩佐家は、代々αの男子ばかりを授かってきた。
名誉ある血統に突如立ちはだかった不名誉なΩが棗だ。

憤慨した父親は、棗の出生を認めることなく養子として育て、義務教育が終了するなり大金を積んで放り出した。
お前とはもう縁もゆかりもないと豪語したくせに、棗の留年を知るや強引に押しかけ、口汚い言葉で卒業を命じた。

 αなんて自分勝手で尊大で、同じ空間にいるだけで反吐が出そうになる。

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