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マフィー

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chapter02 紅蓮の魔女【ジャスティス】

scene11.75 業火の化身

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 「煉…そんな悲しい声を出さないでくれる?」
 
 粉塵の中から平然とした姐様の一言が聞こえた瞬間、真っ赤なベールを脱ぎ捨てるように周囲を炎で薙ぎ払って、掠り傷はおろかドレスすら無傷の姐様が姿を現した。姐様の右手は白熱電球が光っているように赤くなっていて、そこから見るからに熱そうな蒸気が立ち昇っていた。
 「この炎の魔女が、向日葵の種なんかで倒せると思われるとは舐められたものだわ…私に触れた物全ては灰となり蒸発する、貴様の魔術など恐れるに足らないのよデビル?」
 姐様は服に付いた粉塵を軽くはたきながら、涼しげな表情を浮かべてデビルに言い放った。最早砲撃と読んで差し支えないアスファルトを粉砕する程の攻撃を軽くあしらう姐様の振る舞いに、あたしは姐様の身を案じてしまったことが恥ずかしくなった。姐様はその気になれば世界中を火の海にできる魔力を持つ第壱等級魔女、それより格下のデビルが不意を突いたところで敵うはずがないのだから。
 その手を真っ赤に燃やしながら歩み寄る姐さ様を見て、ようやくデビルの表情から余裕が消えた。そして少しずつ後ずさりしながら歯を食い縛って口を開いた。
 「くっ…流石の化け物ぶりだねぇ…せめて青アザくらいできたらよかったのだけど…」
 「全く、強がるほど無様なことはない…貴様とはお喋りが過ぎたわ、まぁ貴様から手を出してくれたおかげで私も遠慮なく殺しにかかれる…」
 姐様は低い声でそう言って屈み込むと、赤く光る右手を突然地面に突き立てた。姐様が公言する通り触れた物全てを蒸発させるほどの熱を帯びた掌は、ヘリポートのアスファルトにまるで水に浸したかのように溶かしながらすっぽり埋まったのだ。そして手の埋まった所から、紅いインクが水面に広がるかのようにアスファルトが熱を発して溶け始めた。
 「行きなさい、【火砕流】…!!」
 静かに発せられた姐様の一言で、煮え滾るアスファルトが噴火を起こしたかのように沸騰して、夜空へ向けて紅色の火柱を上げたのだ。一瞬にしてあたしの視界に収まりきらない高さまで噴き上がった火柱は、再三に渡る魔術の余波でボロボロになっていたヘリポートに止めを刺し、屋上からタワーマンションを溶かしながら巨大な波濤となってデビルに襲い掛かった。
 「ぐぅっ…!!」
 溶岩の津波と言っていい魔術にデビルはたまらず桜吹雪に化けて空中へと逃げ延びた。煮え滾るアスファルトの間欠泉を紙一重でかわしながら、体勢を立て直そうとマンションから距離を取ろうとし始めるデビルであったが姐様はすぐに立ち上がり、ドロドロととろける真っ赤なセメントを滴らせた右手を軽く拭うとその掌を少しずつ離れていく桜吹雪に向けた。
 「【烈火】…」
 静かに姐様がそう言うと、掌の中央に炎が圧縮されるように赤い光が集まっていき、その光が一瞬激しく輝いた瞬間に巨大な炎が吐き出されたのだ。【烈火】はセンチネルのあたし達も会得しているが、姐様の放ったそれは人間の火炎放射器に匹敵するあたし達の【烈火】が蝋燭の火に思えるほどの炎の量で、タワーマンションを横倒しにしたほどの範囲を呑み込む火炎放射が瞬く間に摩天楼の夜空を炎で覆い尽くした。
 姐様の【烈火】に晒された桜の花びらは荒波にもまれるように空中で激しく揉まれながら一片ずつ灰になり、残った一枚が桃色の光を放ってデビルの姿へと戻りながら再度こちらへ舞い降りてきたが、変身の解けたデビルはドレスの半分ほどが焼け落ち、髪も乱れてほうほうの身になっていた。
 「はぁっ…はぁっ…」
 「愚かな魔女ね、このジャスティスに戦いを挑もうだなんて…私にとって貴様を殺す事よりも、有り余る魔力で人間達に余計な被害が及ばないようにする方がよっぽど難しいというものよ? 燃えたビルはお金で修復できても、燃えた人間はお金でも魔術でも還ってこないからね…」
 すっかり立場は逆転していた。姐様は苦しそうな息をするデビルを尻目に、魔術によって内部の鉄筋や鉄骨まで跡形もなく溶けて無くなったヘリポートの一角に手を添えてそう言った。圧倒的という日本語の意味をあたしは思い知った、あたし達が束になってかかっても苦戦したデビルを平然と追い詰めてしまう姐様の実力こそが「圧倒的」と呼べるものなのだろう。全身から魔術の余波でこちらが暑苦しく感じるほどの熱気を放つ姐様の後ろ姿に、あたしはさながら神様に似た畏怖と経緯の念を抱いていた。
 「す、すごい…これが、姐様の、お力…?」
 「煉にも初めて見せたかしら? 最初から私一人で事を済ませれば早いのは分かっているけれど、できればセンチネルの貴女達に任せたくてね…」
 姐様は振り返ってあたしを見ると、そう静かに言った。
 「だが私の怒りを買ったからには、いかなる魔女の命も風前の灯…さぁ、灰に還る覚悟はできたかしらデビル」
 「…覚悟なら、とっくにできてるよ…だけど、まだ、本当に灰になるわけには、いかない…」
 端正なお顔が歪むほどの剣幕で睨みつけながらますます殺気立つ姐様の言葉に、デビルは焼け爛れた腕を押さえながら言った。しかしヤツは既に立っていることすらやっとの様子だった。大勢は決しているというのに、傷だらけの姿で勝ち目のない戦いに挑むヤツの振る舞いは哀愁すら漂っていた。
 「そうか…まぁ一瞬で殺しはしないわ、私の部下達に貴様がそうやったように、たっぷり苦しんでその業を味わってから逝きなさい…!!」
 姐様は呻くような声で呟いた直後、鋭く地面を蹴ってデビルとの間合いを一気に詰めた。デビルもそれを見てすかさず手の中から蛇の群れが湧いて出てくるように棘の付いたつるを伸ばし、薔薇でできた槍を召喚して身構えた。
 「くっ、このぉぉっ!!」
 槍の切っ先をかざすデビルだったが、姐様も右手を更に赤く紅く輝かせながらデビルに突っ込んでいった。その手がデビルの槍に触れた瞬間、刃が姐様の肌を貫くよりも先に真っ黒な灰となって四散したのだ。たちまち焼失する槍にデビルがたじろいだ瞬間に、姐様がデビルの懐まで潜り込んだ。
 「うっ…?!」
 「無駄な足掻きを…」
 姐様が燃えたぎる腕でデビルを力一杯抱き締めた。間髪入れずに二人は激しく燃える炎の中に包まれていったのだ。そこでは、顔色一つ変えずに静かに抱擁する姐様とは打って変わって、デビルは激しくもがきながら悲鳴を上げていた。
 「うぐあぁぁっ!!!!」
 「もっと叫びなさい、もっと苦しみなさい…貴様の罪の重さを、その身で噛み締めなさい…!!」
 文字通りに熱い包容を受けて、デビルの苦悶の声が激しさを増す業火の音と共に響き渡った。全てを瞬時に焼き尽くす姐様の炎を浴びて叫ぶ余裕があるところからして恐らく姐様は本気ではないのだろう、デビルは生焼にされてじっくりと命を削り取られているのだ。あたし達をいたぶったヤツへのお返しとしてはこれ以上のものはない。
 程なくして、二人を包む炎が徐々に火勢を弱めていった。その頃にはやかましく喚き散らしていたデビルの声もほとんど聞こえなくなっていた。そして姐様がぐったりとするデビルを突き放すと、ドレスもほとんど焼け落ちた黒焦げのデビルがごろごろと地面を転がっていったのだ。
 「姐様…ヤツは死んだのですか?」
 「いや、まだ生きているわ。魔女の生命力は表面を炙っただけでは簡単に死なない、それはこいつとて例外ではないわ」
 恐る恐るあたしが尋ねると、姐様は身体中に纏わり付く炎を手で払いながらそう言った。そして言う通り、真っ黒に焼けたデビルは未だに蠢いていた。
 「なんてヤツ…しぶといですね…」
 「ええ。でもこれでお終いにしましょう、街中でこれ以上人目に付く真似を続けてはいられないからね…」
 姐様は右手を高く空へ掲げて言った。次の瞬間、夜空へ吸い上げられるかの勢いで掲げた掌から炎が噴き上がったかと思うと、炎が消えた時には真紅に輝く一振りの細身の刀剣が握られていたのだ。炎の力を凝縮して生み出されたと思われるその剣は、あたし達センチネルが用いる【燈火】に似ているものの、炎の面影を残す【燈火】と違い、鋼鉄の質感すら感じられるほどに純然たる刀剣の姿をしていた。しかもその剣からは、炎の魔術で高熱には耐性のあるあたしでさえ肌が痛いほどの熱気を放っていたのだ。
 「【レーヴァテイン】、私の魔力を集めて生み出された、万物を焼き切る剣よ。貴様の首もこれで刎ねれば安らかに死ねるでしょう…」
 レーヴァテインの切っ先を静かに下して姐様は言った。すると、うずくまっていたデビルがゆっくりと体を起こして、地面に這いつくばりながら少しずつ姐様の方へと近寄り出したのだ。
 「…なっ、何度でも言うわよ…私は…ここで、死ぬわけには…いかない、の…」
 「なら何度でも言わせてもらうわ、貴様は私の怒りを買ったの。だからここで死んでもらうわ」
 「ふふっ、正義を語れば、頭に血が昇っただけで、他者を殺せるのね…お前の正義も浅はかなものだよ…」
 デビルの小さな声が聞こえた。ビルの屋上に吹く風の音で消えてしまいそうなほどに小さな声だ。しかし、その声を聞いた姐様の動きが止まった。
 「何ですって…?」
 「死ぬ覚悟なんて、私自身とっくにできている…だが、運命の輪ホイール・オブ・フェイトはそれを許さない…私との約束を果たすまでは、ね…」
 姐様に半殺しにされながらも、不気味なまでにその言葉遣いには自信と余裕が垣間見られた。あれだけふんぞり返っていた態度でいたデビルにここまで言わしめるとなると、運命の輪ホイール・オブ・フェイトがいかに危険な存在であるかは全く得体を知らないあたしにも察しがついた。焦燥感に背中を突き動かされ、あたしは姐様に向けて口を開いた。
 「ね、姐様‼ 早く始末しましょう、この女まだ何か企んでいます‼」
 「そんな事は分かっているわよ、もう無駄口は叩かせない…」
 そう言って姐様はレーヴァテインを両手で持って高く振りかざした。ますます激しく真っ赤に輝く刀身は、摩天楼に点々と灯る航空障害灯の点滅すらも呑み込んで煌々とした光を放っていた。夜の空気は瞬く間に焼き付いて、あたしの肌も熱した鉄板を押し付けられたような痛みが走った。直接この刃が触れずとも、軽く一振りするだけでその溢れんばかりの熱波がデビルの身を蒸発させそうだった。
 だが、姐様が今まさにレーヴァテインの刃を振り下ろそうとした瞬間だった。遠くから人の声が聞こえてきた。初めはレーヴァテインの燃え盛る音に紛れてしまいよく分からなかったが、次第に明瞭に聞こえてくる慌てふためいた男の声には聞き覚えがあった。

 「…って……くださ………ちょっと待ってくださいって!!…」

 「この声は…翔真君?」
 あたしが声が近付いてくる方向に目をやると、近くのタワーマンションの屋上から現れた人影が数十メートルあろうかというビル同士の谷間を軽々と飛び越えて、あたし達の前に舞い降りたのだ。着地と同時に波紋のように砂ぼこりを舞い上げ、顔を上げたその姿は、紛れもなく翔真君だった。
 「はぁっ…はぁっ…ちょっと、ちょっと待ってくださいっ…あぁ、吐きそう…」
 見るからにくたくたになっている翔真君はそのまま膝から崩れ落ちた。するとその背中から、もう一人の人影が姿を見せたのだ。翔真君が背負ってここまでやってきたのだろう人影は、彼と同世代の女の子だった。
 「すみません先輩、ありがとうございました…」
 翔真君に一礼してからこちらを振り向いた女の子の顔には、見覚えがあった。以前店に訪れていたあの少女だ。呼び止めこそしなかったが、少し言動に違和感を覚えていたのではっきりと記憶に残っていた。
 「あなた、この前に見た顔ね…」
 「はい、あの時はご迷惑をおかけしました…この場で謝ります、ごめんなさい」
 女の子はあたしの問い掛けに平然と反応してそう言った。辺り一面が焼け落ち、炎の剣を携えた女性と大火傷を負った女性がいるこの光景を前にして平然とできるところからして、翔真君が無関係の一般人を拾ってきたわけではないのはすぐに分かった。
 それは姐様も同じだった、デビルに向けていた険しい眼差しを崩さずに彼女を見つめると、静かに話しかけた。
 「…何者かしら?」
 「面と向かってお話するのは初めてです、正義ジャスティスさん…私は、箕輪 絵美と言います」
 「それで? こんな危ないところまで、私の部下を使ってまで何の用?」
 姐様の口調は、普段あたし達だけでなく普通の人に接するような穏やかで慈愛あるものではなかった。殺気こそなくとも明らかに敵意の滲み出した問い掛けに、箕輪さんは大きく一呼吸置いてから答えた。

 「貴女に、お願いがあります。運命の輪ホイール・オブ・フェイトとして…」
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