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chapter02 紅蓮の魔女【ジャスティス】
scene09 旧電気街
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時刻は21:30、私は先輩の指示通り秋葉台の煌びやかな中央の電気街のお隣にある商店街エリアに足を運んでいた。元々は個人経営の小規模の電気屋さんが集まっていて秋葉台の基礎を築いた所であるが、大手家電量販店にお客さんが流れた結果、今や余程ニッチな品物を扱ったり値引きの良い少数の店が生き残る程度ですっかり人気の無い商店街と化している。しかもそれらの店が閉店した今の時間帯は、不気味なほど静まり返っていた。
人気の無い商店街のアーケードに私の靴の音が空しく響いていた。折り紙つきで治安の悪いこのエリアを安心して歩くのは勿論、センチネルとなった火野先輩と会うからにはsuperfaceは常に待機状態で鞄に忍ばせていた。訓練を重ねて大方の魔術の扱いには慣れ始めていたので、一人ぼっちで歩いていてもごろつき相手に恐れることはなかった。
徐々に先輩の指定するポイントに近付く中、私のスマホが着信音を鳴らし始めた。ポケットから取り出して画面を確認すると、そこには【花巻 樹梨】とあった。一体誰だったっけと一瞬戸惑ったがすぐに思い出した、あのデビルの人間相手の偽名だ。
「もしもし?」
《おお、聞こえた!! こんなカードみたいなもので遠くの相手と話ができるなんて、【すまほ】はもはや魔術だね》
私が通話ボタンを押して言葉を発するや、電話口から一発で分かるくらいにデビルは興奮しているようだった。随分長い間封印されて現代社会を知らずに日本へやってきたとはいえ、かれこれ1か月近くこの私と行動を共にしているのに、ただの電話にこんな初々しい反応をされると、パソコンの操作等も全て何かの魔術だと本気で思っていたのかもしれないと、このデビルの声を聞いて思った。
そもそも何故デビルがスマホを持っているのかというと、日中はほとんど私のそばを離れて街中をふらふらしているくせに、彼女との連絡手段が直接会う以外無いというのが我慢ならなかったので、私の名義で中古スマホに格安SIMを差し込んでデビルに手渡しておいたのだ。月々の通信費が若干増えるのは致し方ないが、私のストレスが今以上増えずに済むし、これをきっかけにもう少し現代のデジタルツールに慣れてもらえるのなら我慢できる出費だ。
《…そんな事より、今日は家に居ないようだね。こんな夜遅くに一体どこにいるの?》
するとデビルは声のトーンを落として私に尋ねてきた。
「ああ、言い忘れてたよ。実はあの火野先輩に急に呼び出されちゃってさ…人気のない何とも不穏な場所に来ている訳なのよ」
《それは…身元がばれた、という認識でいいのかな…?》
「私はそのつもりで来ているよ。superfaceも持ってきたけど、一体どうなる事か…」
私の中の最悪のシナリオは、火野先輩と一戦交えなければならなくなる事態だ。既に絢爛豪華本店の膝元まで来ているのだから、もし私の正体を知って待っているのならそこに居るのは火野先輩だけではないだろうと容易に想像がついた。私があのジャスティスの宿敵の協力者と知れば、無事では済まないだろう。
脳裏に一抹どころではない不安を抱えたまま、弱音とも取れる口調で私が言うと、デビルはさと当然のような様子で答えた。
《私とあの火達磨女とは決して相容れない同士さ、その仲間と知れば戦闘になるのは必定だよ。でもまぁ、流石に同じ学び舎の男を殺すのは気が引けるのかい?》
「なっ、何で先輩を殺すことになってるのよ?!」
《だが火野は殺しにかかると思うよ? 何たってあいつのセンチネルになったんだ、主である魔女には絶対服従だもの。この私と一緒に本拠地を偵察までした相手を、そりゃあ生かして帰しはさせないだろうさぁ…》
デビルの言葉は私を弄んでいるように聞こえた。実際弄んでいるのだろう。切羽詰った状況でこういう話をされると血圧が上がっていくのが分かった。だが、私はこういう時に調子に乗ったデビルを黙らせる一言を知っていた。
「デビル、そういう意地の悪いことばっかり言ってると、あんたの魔女の毒治すの手伝ってやんないからね…?」
《むっ…じょ、冗談だよ冗談。そんなカッカしないでよもぅ…》
まるで親に怒られた子供のようにデビルは静かになった。今の彼女にとって私は唯一の協力者であり唯一の希望なのだから、唯一のからかい相手であっても見限られるのは恐れているようだった。デビルが真面目に話を聞くようになったところで、私も声色を少し引き締めて口を開いた。
「まぁ、こっちは何とか穏便に済ませるよ。それよりデビルも気をつけなよ?」
《んっ?》
「私の事が感付かれたのなら、いずれあんたにもセンチネルのメイド達がやってくるんじゃないの?」
するとデビルは小さく笑ったような声を発して答えた。
《いくら多勢で挑んでも、元人間が多少魔術を使えるようになっただけのセンチネルごときに、このデビルが負けると思ってるの?》
「…そんな調子で私に懲らしめられたんじゃなかったっけ…?」
《もうヘマはしないわよ、絵美の心配は無用。とりあえずヤツらが目立って動けないようにあえて街の中心にでも待機しているよ、無事に帰ってこられたら連絡をちょうだい。じゃあね》
デビルはそう言い残して電話を切った、かに見えた。しかし切れていなかった。私も話の流れのままに通話を終えようとすると、まだスピーカーから声が聞こえてくるのだ。
《…あれ、これ、どうやっらた、終わるの…? こ、これを押せばいいの…? あぁっ!! 何か変なの出てきた!! ちょっと待って、さっきの画面にはどうやったら戻れ…あ、アプリ内課金って一体…》
スマホの操作が分からないデビルを電話越しに聞くのは愉快だったが、嫌な単語が聞こえてきたのでそろそろ助け舟を出してやることにした。
「ちょっと待ってデビル、そのまま進められるのはマズイ。スマホの上の方に電源スイッチがあったでしょ? 確かそのスマホはスリープ押しても通話が終わったはずだから」
《あぁ、最初に押したボタンをもう一回押せばいいんだね、了解了解っ》
デビルはそう言い残して、今度こそ本当に通話が終了した。私はさしずめ田舎のおばあちゃんのような機械音痴っぷりを見せてくれるデビルの情けなさに深い溜め息を吐きながらも、その胸の奥では彼女の身を案じている自分がいる事に気付いた。デビルにとって天敵と言って差し支えない炎の魔女相手に、どこからその自信が来るというのだろうか。
「頼むよデビル…その余裕にはちゃんと勝算があるって信じてるよ…?」
祈るようにスマホに向けて囁いた私の視界に、シャッターの閉まった店舗の壁にもたれかかっている火野先輩が入った。この辺りの店舗は数年前には店じまいしていて経年劣化が目立っているものが多かったが、先輩の待つ建物はかなり綺麗な外観であった。その瞬間に先輩も気が付いたようで、私をやけに大きなアクションで手招きしていた。
「おぉ~~、来てくれたんだね箕輪さん、待ってたぜ~」
「こ、こんばんは…」
先輩は私を見て胸を撫で下ろしているような様子で話しかけてきた。まともに会話をした覚えもないのに妙に馴れ馴れしい先輩の態度にちょっと引き気味な私は、小さな声で答えた。
「まぁ立ち話もなんだし中に入ってくれよ、お菓子とかジュースも用意してあるよ?」
「…ここは一体何ですか?」
「ん~まぁ、その事については中で説明するよ、とりあえず入っちゃおうぜ?」
私からの当然の質問は軽くあしらわれてしまった。余程に私を中へと誘い込みたいようだ。この時点で罠の匂いがプンプンする。だがここまで来て引き下がるわけにもいかなかった、私はsuperfaceを入れた鞄をぎゅっと握りしめてから意を決して首を縦に振ると、先輩が開けてくれたシャッター横の従業員出入り口らしき扉から建物の中へと踏み入った。
建物の中は照明も点けておらず真っ暗と言っていいほどに何も見えなかった。広大な部屋の中にいくつか机らしき影が見えるだけで、あまり物は置かれていない様子だった。スマホのライトを点灯させながら先導する先輩の人影について行き、どんどん部屋の奥へと進んでいくと突然先輩が大声を上げた。
「オッケーッス!!!」
「えっ?!」
その瞬間、いきなり私が入ってきた扉が勢いよく閉まり、ガチャリと鍵をかけた音が聞こえた。そして屋内の照明が一斉に点灯すると、部屋の中には気配を押し殺して潜んでいたであろう絢爛業火部隊と思われるメイドさん達が数名で私を取り囲んでいた。全員その手には、ジャスティスのセンチネルに配られていたオイルライターが握られていた。
私の大方の予想通りの展開だった、既に部屋が暗い時点で私の中の警戒度を最大まで引き上げていたので特別驚くほどの事ではなかった。そんな事よりも驚いたのは、メイドさん達の開口一番の会話の内容だった。
「ナイス火野君、うまく箕輪ちゃん救出成功じゃない?」
「周辺を一通りスモークサーチしました、反応がないのを見るに、魔女は近くにいないようですね」
「いやぁ、これで一安心ですぅ…お手柄ですよ翔真さん、秋山隊長の評価もこれで更に上がりますよ!!」
周囲のメイドさん達は一斉に喜びの声を上げて火野先輩を称えているのだ。もっと殺気立って待ち構えているかと思いきや朗らかな雰囲気に包まれていて、既に目的を達したかのような様子に私は口をあんぐりとしてしまっていた。そんな中、先輩が喜びを隠しきれない笑みを浮かべた表情で私に近付いてきた。
「いやぁびっくりさせちゃったかな? でもこれにはちゃーんとワケがあるんだよ、まぁ座りなって」
「は、はぁ…」
先輩はそう言うと、机の横にパイプ椅子を二脚並べた。別の意味で状況が呑み込めないまま私は出された椅子にゆっくり腰を下ろすと、先輩も向かい合った椅子にどかっと座り話を続けた。
「まぁ先に俺達の真の目的を教えよう…それはズバリ、魔女に脅迫されている箕輪さんを助け出す事だ」
「はぁ?」
「とぼけなくても大丈夫だよ、俺達はその辺の事情はよーく知ってるからさ。実は俺はジャスティスっていう人間の味方をしてくれる良い魔女に認められてその力を分け与えてもらった、センチネルと呼ばれている魔術が使える人間なんだ。そんでもって今箕輪さんに付き纏っている悪い魔女、デビルっていうヤツからこの街の人達を守る為に活動してるんだよ」
口調と言葉遣いからして、先輩は極力私に事情が伝わりやすいように丁寧に説明しているという事が分かり、そこから察するに先輩は私の事を騒動に巻き込まれた一般人とみているという事も分かった。どうやら私の正体まで辿り着いていないと見るや、先輩をかまかける為に私はあえて先輩の期待する通りのリアクションをしてみる作戦に出た。
「せ、せんぱいがそんなひとだったなんておどろきました~…それにしても、どうしてわたしがまじょにおわれていることをしったんですか? だれにもはなしていないのに…」
「今もニュースで話題になってる採石場の爆発事故…実はあそこは俺達の秘密の訓練施設でもあってね、たまたま俺も居合わせてたんだ。そこでデビルに無理やり連れて行かれる人影が遠くで見えてたんだけど、ずーっと頭の中で初めて会う気がしないな~って思ってた。でも、俺達の隊長が撮影した当時の動画を解析したら、ある店の防犯カメラの映像と顔が一致したんだ。大体察しが付くだろう?」
「あぁ、けんらんごうかですか?」
「その通り。箕輪さんは秋葉台の人間だからヤツにあそこへ案内されたんじゃない? あそこは俺達の本拠地も兼ねててさ、ヤツは恐らく魔術でジャスティスさんの動向を偵察してたんだ。だが逃走時にあそこのレジ前のカメラがデビルと一緒に連れ出される箕輪さんを捉えてたんだ。そこから俺の仲間が秋葉台のあちこちの監視カメラの画像を集めて回ったらしく、そしたらちょうどデビルが現れた辺りに喫茶店で喋ってる姿も映ってたんだよ。それらを見て俺は気付いたんだ、こんな顔をした生徒が学校にいたな、ってね」
今までの私とデビルのやり取りは、傍から見ると私はデビルに強要されて連れ回されているかのように見えているようだ。実際のところ本当に脅されていたのは最初だけなのだが、こうして客観的に私とデビルの会話を見た感想を聞くのは新鮮な気分になって、それをもっと聞きたいが為に私は話の流れに沿って、このままデビルに脅されている女子高生を演じてみようとした。
「そうです…あのまじょはあきばだいのさまざまなところをあんないさせるようにいってきました…まじょいわく、だれかをずっとさがしているらしくって…」
「そう、デビルって悪い魔女の目的は、あいつの病気を治せる力を持ってる人物らしいんだ。そいつがデビルの手に渡ると、ヤツは魔術が全力で使えるようになって大暴れするらしいからこっちとしては全力で阻止したいんだけど…さっぱり情報が掴めていない。秋葉台中の監視カメラを漁ってもそれらしい人間が出てこないんだ」
「どんなひとをさがしているんですか?」
「運命の輪って魔術師だ。詳しい情報が無いのが厄介で、推測だと魔術を使うのに辞書ばりに分厚い大量の魔術書を持ち歩いているらしいから、それらしい人間を探してはいるんだけどね。はぁっ、無事だといいんだけど…」
溜め息混じりに先輩は語っていたが、私の様子をここまで観察しておきながら私の正体に気付けない理由がここで分かった。一昔前なら探す当てはそれで間違いないだろうが、こんな軽装の私がまさか先輩達が血眼で探している運命の輪とは夢にも思っていないだろう。
その時だった、周囲を取り囲むメイドの一人に着信があり、その電話のやり取りを聞くや朗らかな表情を一変させて皆に伝えた。
「秋山隊長の部隊から連絡です、ついにデビルを発見しました…!! ここから一駅離れたくらいの場所にあるタワーマンションの屋上に陣取っているそうです、これから全員でデビルの拘束にかかります」
「つ、ついに…まぁ、ジャスティス姐さんも一目置く煉さんならきっとヤツを捕まえてくれるはずッスね…」
その報告に私の表情も強張った。人間社会に悟られないように目立った動きはしてこないと内心たかをくくっていたのだが、街中の監視カメラの映像を集めたりしている辺り、相当本腰を入れて捜索していたのだろう。そして何百世帯が住むタワーマンションであのメイド軍団を使って大捕物を演じようとしているのだから、デビルの思惑も外れてしまったようだ。
それとは反対に、絢爛業火部隊のメンバーらと火野先輩はあわただしく言葉を交わしていた。
「私達も加勢しましょうか? ひとまず箕輪さんはしばらくここにいてもらって、残りは現地に向かっても…」
「そうね。あたしが彼女に付いておくから、火野君達は秋山隊長の援護に回ってくれるかしら?」
「了解ッス、いよいよ実戦か…緊張してきますねぇ…」
先輩はそう言うと椅子から立ち上がり、ぐるりと肩を回しながら鼻息荒げに言っていた。その言葉を聞いて、私はデビルの居場所がばれた事以上に鼓動が激しくなっているのを感じた。憎きジャスティスのけしかけた手下を相手にデビルがちゃんと手加減してくれるのか分からない、そんな彼女に火野先輩が戦いを挑むというのだ。
私は火野先輩と親交はない、だがこのシチュエーションながら初めて先輩とじっくり交わした言葉からは、ジャスティスに認められてもおかしくない確かな優しさを感じた。先輩がデビルと戦い傷つくのを、このまま見過ごすのは許せなかった。そう感じた瞬間に、とぼけて被害者面を演じる真似は終わった。
「ちょっと待って…先輩に、言わなきゃいけない事がある…」
「んっ? どうしたの箕輪さん?」
きょとんとして振り返った先輩に、私は意を決して口を開いた。
「先輩や皆さんが探している【運命の輪】は…この私なんです…」
人気の無い商店街のアーケードに私の靴の音が空しく響いていた。折り紙つきで治安の悪いこのエリアを安心して歩くのは勿論、センチネルとなった火野先輩と会うからにはsuperfaceは常に待機状態で鞄に忍ばせていた。訓練を重ねて大方の魔術の扱いには慣れ始めていたので、一人ぼっちで歩いていてもごろつき相手に恐れることはなかった。
徐々に先輩の指定するポイントに近付く中、私のスマホが着信音を鳴らし始めた。ポケットから取り出して画面を確認すると、そこには【花巻 樹梨】とあった。一体誰だったっけと一瞬戸惑ったがすぐに思い出した、あのデビルの人間相手の偽名だ。
「もしもし?」
《おお、聞こえた!! こんなカードみたいなもので遠くの相手と話ができるなんて、【すまほ】はもはや魔術だね》
私が通話ボタンを押して言葉を発するや、電話口から一発で分かるくらいにデビルは興奮しているようだった。随分長い間封印されて現代社会を知らずに日本へやってきたとはいえ、かれこれ1か月近くこの私と行動を共にしているのに、ただの電話にこんな初々しい反応をされると、パソコンの操作等も全て何かの魔術だと本気で思っていたのかもしれないと、このデビルの声を聞いて思った。
そもそも何故デビルがスマホを持っているのかというと、日中はほとんど私のそばを離れて街中をふらふらしているくせに、彼女との連絡手段が直接会う以外無いというのが我慢ならなかったので、私の名義で中古スマホに格安SIMを差し込んでデビルに手渡しておいたのだ。月々の通信費が若干増えるのは致し方ないが、私のストレスが今以上増えずに済むし、これをきっかけにもう少し現代のデジタルツールに慣れてもらえるのなら我慢できる出費だ。
《…そんな事より、今日は家に居ないようだね。こんな夜遅くに一体どこにいるの?》
するとデビルは声のトーンを落として私に尋ねてきた。
「ああ、言い忘れてたよ。実はあの火野先輩に急に呼び出されちゃってさ…人気のない何とも不穏な場所に来ている訳なのよ」
《それは…身元がばれた、という認識でいいのかな…?》
「私はそのつもりで来ているよ。superfaceも持ってきたけど、一体どうなる事か…」
私の中の最悪のシナリオは、火野先輩と一戦交えなければならなくなる事態だ。既に絢爛豪華本店の膝元まで来ているのだから、もし私の正体を知って待っているのならそこに居るのは火野先輩だけではないだろうと容易に想像がついた。私があのジャスティスの宿敵の協力者と知れば、無事では済まないだろう。
脳裏に一抹どころではない不安を抱えたまま、弱音とも取れる口調で私が言うと、デビルはさと当然のような様子で答えた。
《私とあの火達磨女とは決して相容れない同士さ、その仲間と知れば戦闘になるのは必定だよ。でもまぁ、流石に同じ学び舎の男を殺すのは気が引けるのかい?》
「なっ、何で先輩を殺すことになってるのよ?!」
《だが火野は殺しにかかると思うよ? 何たってあいつのセンチネルになったんだ、主である魔女には絶対服従だもの。この私と一緒に本拠地を偵察までした相手を、そりゃあ生かして帰しはさせないだろうさぁ…》
デビルの言葉は私を弄んでいるように聞こえた。実際弄んでいるのだろう。切羽詰った状況でこういう話をされると血圧が上がっていくのが分かった。だが、私はこういう時に調子に乗ったデビルを黙らせる一言を知っていた。
「デビル、そういう意地の悪いことばっかり言ってると、あんたの魔女の毒治すの手伝ってやんないからね…?」
《むっ…じょ、冗談だよ冗談。そんなカッカしないでよもぅ…》
まるで親に怒られた子供のようにデビルは静かになった。今の彼女にとって私は唯一の協力者であり唯一の希望なのだから、唯一のからかい相手であっても見限られるのは恐れているようだった。デビルが真面目に話を聞くようになったところで、私も声色を少し引き締めて口を開いた。
「まぁ、こっちは何とか穏便に済ませるよ。それよりデビルも気をつけなよ?」
《んっ?》
「私の事が感付かれたのなら、いずれあんたにもセンチネルのメイド達がやってくるんじゃないの?」
するとデビルは小さく笑ったような声を発して答えた。
《いくら多勢で挑んでも、元人間が多少魔術を使えるようになっただけのセンチネルごときに、このデビルが負けると思ってるの?》
「…そんな調子で私に懲らしめられたんじゃなかったっけ…?」
《もうヘマはしないわよ、絵美の心配は無用。とりあえずヤツらが目立って動けないようにあえて街の中心にでも待機しているよ、無事に帰ってこられたら連絡をちょうだい。じゃあね》
デビルはそう言い残して電話を切った、かに見えた。しかし切れていなかった。私も話の流れのままに通話を終えようとすると、まだスピーカーから声が聞こえてくるのだ。
《…あれ、これ、どうやっらた、終わるの…? こ、これを押せばいいの…? あぁっ!! 何か変なの出てきた!! ちょっと待って、さっきの画面にはどうやったら戻れ…あ、アプリ内課金って一体…》
スマホの操作が分からないデビルを電話越しに聞くのは愉快だったが、嫌な単語が聞こえてきたのでそろそろ助け舟を出してやることにした。
「ちょっと待ってデビル、そのまま進められるのはマズイ。スマホの上の方に電源スイッチがあったでしょ? 確かそのスマホはスリープ押しても通話が終わったはずだから」
《あぁ、最初に押したボタンをもう一回押せばいいんだね、了解了解っ》
デビルはそう言い残して、今度こそ本当に通話が終了した。私はさしずめ田舎のおばあちゃんのような機械音痴っぷりを見せてくれるデビルの情けなさに深い溜め息を吐きながらも、その胸の奥では彼女の身を案じている自分がいる事に気付いた。デビルにとって天敵と言って差し支えない炎の魔女相手に、どこからその自信が来るというのだろうか。
「頼むよデビル…その余裕にはちゃんと勝算があるって信じてるよ…?」
祈るようにスマホに向けて囁いた私の視界に、シャッターの閉まった店舗の壁にもたれかかっている火野先輩が入った。この辺りの店舗は数年前には店じまいしていて経年劣化が目立っているものが多かったが、先輩の待つ建物はかなり綺麗な外観であった。その瞬間に先輩も気が付いたようで、私をやけに大きなアクションで手招きしていた。
「おぉ~~、来てくれたんだね箕輪さん、待ってたぜ~」
「こ、こんばんは…」
先輩は私を見て胸を撫で下ろしているような様子で話しかけてきた。まともに会話をした覚えもないのに妙に馴れ馴れしい先輩の態度にちょっと引き気味な私は、小さな声で答えた。
「まぁ立ち話もなんだし中に入ってくれよ、お菓子とかジュースも用意してあるよ?」
「…ここは一体何ですか?」
「ん~まぁ、その事については中で説明するよ、とりあえず入っちゃおうぜ?」
私からの当然の質問は軽くあしらわれてしまった。余程に私を中へと誘い込みたいようだ。この時点で罠の匂いがプンプンする。だがここまで来て引き下がるわけにもいかなかった、私はsuperfaceを入れた鞄をぎゅっと握りしめてから意を決して首を縦に振ると、先輩が開けてくれたシャッター横の従業員出入り口らしき扉から建物の中へと踏み入った。
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「オッケーッス!!!」
「えっ?!」
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私の大方の予想通りの展開だった、既に部屋が暗い時点で私の中の警戒度を最大まで引き上げていたので特別驚くほどの事ではなかった。そんな事よりも驚いたのは、メイドさん達の開口一番の会話の内容だった。
「ナイス火野君、うまく箕輪ちゃん救出成功じゃない?」
「周辺を一通りスモークサーチしました、反応がないのを見るに、魔女は近くにいないようですね」
「いやぁ、これで一安心ですぅ…お手柄ですよ翔真さん、秋山隊長の評価もこれで更に上がりますよ!!」
周囲のメイドさん達は一斉に喜びの声を上げて火野先輩を称えているのだ。もっと殺気立って待ち構えているかと思いきや朗らかな雰囲気に包まれていて、既に目的を達したかのような様子に私は口をあんぐりとしてしまっていた。そんな中、先輩が喜びを隠しきれない笑みを浮かべた表情で私に近付いてきた。
「いやぁびっくりさせちゃったかな? でもこれにはちゃーんとワケがあるんだよ、まぁ座りなって」
「は、はぁ…」
先輩はそう言うと、机の横にパイプ椅子を二脚並べた。別の意味で状況が呑み込めないまま私は出された椅子にゆっくり腰を下ろすと、先輩も向かい合った椅子にどかっと座り話を続けた。
「まぁ先に俺達の真の目的を教えよう…それはズバリ、魔女に脅迫されている箕輪さんを助け出す事だ」
「はぁ?」
「とぼけなくても大丈夫だよ、俺達はその辺の事情はよーく知ってるからさ。実は俺はジャスティスっていう人間の味方をしてくれる良い魔女に認められてその力を分け与えてもらった、センチネルと呼ばれている魔術が使える人間なんだ。そんでもって今箕輪さんに付き纏っている悪い魔女、デビルっていうヤツからこの街の人達を守る為に活動してるんだよ」
口調と言葉遣いからして、先輩は極力私に事情が伝わりやすいように丁寧に説明しているという事が分かり、そこから察するに先輩は私の事を騒動に巻き込まれた一般人とみているという事も分かった。どうやら私の正体まで辿り着いていないと見るや、先輩をかまかける為に私はあえて先輩の期待する通りのリアクションをしてみる作戦に出た。
「せ、せんぱいがそんなひとだったなんておどろきました~…それにしても、どうしてわたしがまじょにおわれていることをしったんですか? だれにもはなしていないのに…」
「今もニュースで話題になってる採石場の爆発事故…実はあそこは俺達の秘密の訓練施設でもあってね、たまたま俺も居合わせてたんだ。そこでデビルに無理やり連れて行かれる人影が遠くで見えてたんだけど、ずーっと頭の中で初めて会う気がしないな~って思ってた。でも、俺達の隊長が撮影した当時の動画を解析したら、ある店の防犯カメラの映像と顔が一致したんだ。大体察しが付くだろう?」
「あぁ、けんらんごうかですか?」
「その通り。箕輪さんは秋葉台の人間だからヤツにあそこへ案内されたんじゃない? あそこは俺達の本拠地も兼ねててさ、ヤツは恐らく魔術でジャスティスさんの動向を偵察してたんだ。だが逃走時にあそこのレジ前のカメラがデビルと一緒に連れ出される箕輪さんを捉えてたんだ。そこから俺の仲間が秋葉台のあちこちの監視カメラの画像を集めて回ったらしく、そしたらちょうどデビルが現れた辺りに喫茶店で喋ってる姿も映ってたんだよ。それらを見て俺は気付いたんだ、こんな顔をした生徒が学校にいたな、ってね」
今までの私とデビルのやり取りは、傍から見ると私はデビルに強要されて連れ回されているかのように見えているようだ。実際のところ本当に脅されていたのは最初だけなのだが、こうして客観的に私とデビルの会話を見た感想を聞くのは新鮮な気分になって、それをもっと聞きたいが為に私は話の流れに沿って、このままデビルに脅されている女子高生を演じてみようとした。
「そうです…あのまじょはあきばだいのさまざまなところをあんないさせるようにいってきました…まじょいわく、だれかをずっとさがしているらしくって…」
「そう、デビルって悪い魔女の目的は、あいつの病気を治せる力を持ってる人物らしいんだ。そいつがデビルの手に渡ると、ヤツは魔術が全力で使えるようになって大暴れするらしいからこっちとしては全力で阻止したいんだけど…さっぱり情報が掴めていない。秋葉台中の監視カメラを漁ってもそれらしい人間が出てこないんだ」
「どんなひとをさがしているんですか?」
「運命の輪って魔術師だ。詳しい情報が無いのが厄介で、推測だと魔術を使うのに辞書ばりに分厚い大量の魔術書を持ち歩いているらしいから、それらしい人間を探してはいるんだけどね。はぁっ、無事だといいんだけど…」
溜め息混じりに先輩は語っていたが、私の様子をここまで観察しておきながら私の正体に気付けない理由がここで分かった。一昔前なら探す当てはそれで間違いないだろうが、こんな軽装の私がまさか先輩達が血眼で探している運命の輪とは夢にも思っていないだろう。
その時だった、周囲を取り囲むメイドの一人に着信があり、その電話のやり取りを聞くや朗らかな表情を一変させて皆に伝えた。
「秋山隊長の部隊から連絡です、ついにデビルを発見しました…!! ここから一駅離れたくらいの場所にあるタワーマンションの屋上に陣取っているそうです、これから全員でデビルの拘束にかかります」
「つ、ついに…まぁ、ジャスティス姐さんも一目置く煉さんならきっとヤツを捕まえてくれるはずッスね…」
その報告に私の表情も強張った。人間社会に悟られないように目立った動きはしてこないと内心たかをくくっていたのだが、街中の監視カメラの映像を集めたりしている辺り、相当本腰を入れて捜索していたのだろう。そして何百世帯が住むタワーマンションであのメイド軍団を使って大捕物を演じようとしているのだから、デビルの思惑も外れてしまったようだ。
それとは反対に、絢爛業火部隊のメンバーらと火野先輩はあわただしく言葉を交わしていた。
「私達も加勢しましょうか? ひとまず箕輪さんはしばらくここにいてもらって、残りは現地に向かっても…」
「そうね。あたしが彼女に付いておくから、火野君達は秋山隊長の援護に回ってくれるかしら?」
「了解ッス、いよいよ実戦か…緊張してきますねぇ…」
先輩はそう言うと椅子から立ち上がり、ぐるりと肩を回しながら鼻息荒げに言っていた。その言葉を聞いて、私はデビルの居場所がばれた事以上に鼓動が激しくなっているのを感じた。憎きジャスティスのけしかけた手下を相手にデビルがちゃんと手加減してくれるのか分からない、そんな彼女に火野先輩が戦いを挑むというのだ。
私は火野先輩と親交はない、だがこのシチュエーションながら初めて先輩とじっくり交わした言葉からは、ジャスティスに認められてもおかしくない確かな優しさを感じた。先輩がデビルと戦い傷つくのを、このまま見過ごすのは許せなかった。そう感じた瞬間に、とぼけて被害者面を演じる真似は終わった。
「ちょっと待って…先輩に、言わなきゃいけない事がある…」
「んっ? どうしたの箕輪さん?」
きょとんとして振り返った先輩に、私は意を決して口を開いた。
「先輩や皆さんが探している【運命の輪】は…この私なんです…」
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あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
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