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chapter02 紅蓮の魔女【ジャスティス】
scene03 【絢爛豪華】
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火野先輩は他の部員と別れた後、一人で足早に自宅へと帰っていった。帰ると言っても、先輩の自宅は学園のすぐ近くにある賃貸アパートなので、私達はコンビニから動かなくても動向を確かめられた。そして10分程度ですぐアパートの扉が開き、汗を洗い流してカジュアルな私服に着替えてプライベートの鞄をぶら下げた先輩が出てきたのだった。そのまま駅の方角へと歩いていく先輩の背中を追って、私達三人は追跡を開始した。
勿論道中では魔女の嗅覚で女の匂いを嗅ぎ付けたデビルと頑なにそれを認めない累との不毛なやり取りが延々繰り返された。デビルは人の不幸は蜜の味と言わんばかりに累の不安を煽っては、ムキになった累が泣きそうな表情を浮かべるので、思わず鞄にしまってあるsuperfaceを立ち上げて電磁熱射を一発お見舞いしてやりたい衝動に駆られてしまった。
そうこうしているうちに先輩とそれを追う私達は最寄りの駅から電車に乗り込み、秋葉台の心臓部にして魔境、電気街エリアの方角へと向かっていった。窓際の座席に座ってのんびりスマホを見ている先輩は通路を挟んで向かい側にいる私達に気付く様子は見られなかった。学年違いで部活も違えば勿論交流もない私達が私服姿でいれば、先輩が気付くはずもないのだが。
乱立するビル群に近未来的な整然とした佇まいは無く、昼間でもギラギラとネオン煌めく無秩序に建ち並んだ大手家電量販店の店舗の足元を中小の非常に専門的なジャンルの電化製品を取り扱う商店やパソコンショップが固め、更には昨今のヲタク達を魅了する数々のメイドカフェやゲームセンターが続々と軒を連ねる。道行く人々も秋葉台の象徴とも言うべき個性の塊のような人達ばかりだ。ここは日本であって日本じゃない独特の雰囲気を持っている。
「…大都会っていうものはいくつも見てきたけれど…ここの雰囲気だけは他のどことも違う…」
慣れない電車に揺られながら、車窓から見える美少女キャラクターの看板や眼下を行き交う人々の、魔女である自身と変わらない奇抜なファッションを興味深そうにキョロキョロ見回しながらデビルは呟いた。
「そりゃあデビっ…樹梨ちゃん、ここは日本のヲタク文化が凝縮したところだからねぇ~」
危うく本当の名前を漏らしそうになるのを堪えて私は言った。
「私にはそのヲタクというものが良く分からないのだけど…」
「ヲタクねぇ、ざっくりまとめれば【物好き】な人だよ。家電が好き、ゲームが好き、マンガが好き、好みは色々だけどそんな人のためにここはあるわけよ。だからそんなヲタクな人でも受け入れてくれるから、みんな普段じゃできない格好もするし、自分の好きな事に没頭しても皆が共感してくれて居心地がいいんじゃないかな?」
素朴なデビルの質問にらしくなく真面目に私の見解を語った。そう、この街はどんな人でも受け入れる懐の深さが真の魅力だと私は考えている。デビルだって目の前で魔術を使わない限りは、どんな姿で何をしていようと秋葉台で浮くことはない、世間で浮いている人達が身を寄せ合う街なのだから、奇妙で奇抜で奇天烈であればあるほど秋葉台に溶け込んでいくのだ。
そして電車は電気街の駅に近づいてきて減速を始めた。するとそれに合わせて火野先輩もスマホをポケットに突っ込んで席を立った、このまま電気街で降りるのは間違いない。しかしこうして改めて秋葉台の電気街を考察するにつれてふと疑問が浮かび上がった。
「絵美ちゃん、火野先輩降りますよ」
「そうだね…っていうか、何で先輩がこっち方面に?」
陸上部で汗を流し、知る限りの性格ではこことは対極の位置にいる快活な熱血漢の火野先輩がここに何の用事があるというのだろうか。それこそ単に電化製品を買いにでも来たのだろうかと想像したが、ただの買い物の割には小奇麗にまとめた服装をしている先輩の姿を見ると、別の予測が脳裏を過った。
「…デート…?」
「えぇぇっ?!」
私の独り言に敏感に反応した累が駅に停まった電車の中で声を張り上げた。
「ちょ、累ちゃんあんまり声出すと気付かれちゃうっ…!!」
「もう、諦めなさいよ貴女も。お洒落して街へ繰り出す人間は男も女も異性に会う為に決まってるじゃない」
累をたしなめる私をよそにデビルはゆったりと立ち上がりながら、頭を抱える彼女へ冷たい言葉を吐きかけた。しかし累はそれでもまだ諦めている様子は見せなかった。
「いいえ、まだ…まだ決めつけるのは早いです…」
まるで自分に言い聞かせるかのように累は小さな声でそう言った。そして電車の自動ドアが開くと同時に外に出る先輩の数歩後ろで、一斉に扉から流れ出ていく人波に紛れながら私達も続いていった。
電気街へと繰り出した先輩は、時折スマホで地図を見ているのか何度も立ち止まっては画面を確認し、キョロキョロと周囲を見渡しながら歩を進めており、あまりこの辺りの土地勘がない雰囲気を醸し出していた。道中に並ぶ大小の電気屋には特に目も触れず去っていくところからして、やはり買い物が目的ではなさそうだった。こうして先輩に悟られないように適度な間合いを保ちながら追跡してしばらく歩いた後、先輩の歩みがぴたりと止まった。
「いらっしゃいませーー、メイドカフェ【絢爛豪華】は当ビル3階フロアになりまーーすっ!!」
「お待たせいたしましたご主人様、それでは店内にご案内いたしまーすっ!!」
そこではピンク色ののぼりを持つ、テンプレート的なメイド衣装を着た可愛らしい女の子が、あからさまに作った声を発してお客さんの呼び込みを行っていた。その背後にはビルの壁面に一際目を引く大きな看板にメイドさんのイラストと七色に輝く電飾が施されていた。【絢爛豪華】とは秋葉台では知らない人のいないメイドカフェチェーン店で、秋葉台を訪れた観光客にも人気のスポットで急速に勢いを増している業界最大手にして、このビルにあるのはその中でも最も規模の大きな本店だ。昼過ぎのピークタイムである影響か、店の外には収まりきらなかった客が長蛇の列をなしていた。すると先輩はその行列から少し距離を置いたガードレールに寄りかかりながら、またスマホをいじり始めた。
「せ、先輩…まさか、メイドカフェに行くつもり?」
「でも誰かを待ってるみたいですね…」
私と累は目を丸くしてその光景をビルの影から見つめていた。あの店の客層と言えば、メイドとの戯れを生きがいとする生粋のヲタクや純粋にカフェとして利用する女子達、そしてここの評判を聞いて物珍しさで入店する観光客だ。だが火野先輩にはそのどれもが当てはまらないのだ。
「め、メイドカフェ…?」
その後ろで、この手の類の店を初めて見たデビルが呆然とした顔つきでド派手な店舗に目を奪われていた。
「樹梨ちゃん、メイドカフェってのは名前の通り、店先に出ているあんな感じのメイドさんがサービスしてくれるカフェだよ。まぁ本物のメイドさんじゃなくてあくまでコスプレ、見た目と雰囲気を真似てるだけだけどね…でもそんなメイドさんに会うために皆集まってくるんだよ」
「へぇ~…人間、というより日本人は奇妙な性癖があるんだねぇ…」
ようやくデビル=花巻 樹梨として無意識に喋れるようになっていた私は得意げに解説を始めた。私も単なるカフェとしてこの絢爛豪華に足を運んでおり、競合他店に真似できないコスパに優れたフードメニューと、店内で堂々とイラスト作成に勤しんでも気兼ねしないで済む雰囲気が居心地良いのだ。
だが、私の友人設定にしてはあまりに無知なデビルの言動に、初めて累は疑惑の眼差しを向けて言った。
「花巻さんって、何だかさっきからここに初めて来たみたいなことを仰ってる気がするんですけど、今は秋葉台に住んでおられるんですか…?」
「ほえっ?! いや、そりゃ、勿論…」
不意な問いかけにあからさまに慌てふためいたリアクションを晒してデビルが言うが、その戸惑いようが更に累の疑いの念を強めてしまったのか、デビルの目を見つめて更に問いただした。
「ちなみに、お家はどちらです…?」
「えっと…え、絵美ちゃんの家の近所よ」
「住所は?」
「じ、住所…?」
ここまで誤魔化してとうとうデビルの言葉が詰まった。累はどうやら樹梨がただの友人ではないことにまでは気付いてしまった様子だった。下手に横槍を入れると余計疑われてしまいそうなので静観していた私だったが、流石にまずいと二人に割って入った。
「あぁ、累ちゃん実はね、樹梨ちゃんは最近秋葉台に引っ越してきたんだよ」
「そうなんですか? では花巻さんとはどういった関係で?」
「ネットで知り合ったんだよ。私最近になってベランダでガーデニングしたくってさ、樹梨ちゃんはお花とかに詳しいからいろいろ教えてもらってたの」
草木を操る魔女、ひいては草花の専門家たるデビルが何を聞かれても答えに詰まることのない唯一無二な理由をつけて私は答えた。私の後ろではデビルはうんうんと大げさに頷いて細やかながら後押ししてくれていて、どうやら彼女としてもとっさに思いついた私の設定を受け入れてくれるようだった。これを聞いた累は、しばらくの沈黙の後に微笑みながら口を開いた。
「…そうだったんですね。絵美ちゃんがお花を育てているなんてあまり想像がつきませんが、変に疑ってごめんなさい…」
累は小さく頭を下げた。それを見た私は心の中で緊張の糸が切れて大きく息を吐いていた。この尾行が終わったらもう少し花巻 樹梨の人間設定を煮詰め直そうと思っていた矢先、火野先輩に視線を戻した累は私の腕をぐいぐいと引っ張っていた。
「ちょ、絵美ちゃん絵美ちゃんっ!!」
「な、何?」
目を見開いて動揺している累の視線の先に目を向けると、火野先輩がガードレールから身を起こして、絢爛豪華に並ぶお客さんの列の向こう側へ目がけて手を挙げている姿が飛び込んできた。そして深くお辞儀をして火野先輩は声を発した。
「どうも、お久しぶりですっ!! まさか、こんな場所で落ち合うとは思ってなくて、少し迷っちゃいました…」
火野先輩の実に丁寧な挨拶が聞こえた直後、行列を割って一人の女性が姿を現した。身長180cm近い火野先輩と殆ど変わらないほどの長身で、長い金髪をたなびかせる日本人離れした容姿の女性だった。離れた距離から見える落ち着いた雰囲気は私達の世代よりもずっと上の、30歳代のようにも思われるが、それもよりも印象的なのが、まだ残暑の余韻が抜けない蒸し暑い季節というのに、目が覚めるように真っ赤なロングコートと黒いロングブーツを履いているところだった。
そしてその女性は火野先輩のところへと悠然と歩み寄り、その口を開いた。
「久しぶりね翔真、待ったかしら?」
「いえいえ、俺もついさっき着いたところッス」
「貴方も驚いたでしょう、まさかこの私がメイド喫茶を待ち合わせに指定するだなんて…」
火野先輩はその女性に対してとても下手な姿勢で話していて、そこには明確な上下関係が伺えた。しかしながらその女性は時折微笑みも混ぜながら先輩に話しかけたのだ。
「それは、まぁそうッスね…夏休み前に最後に姐さんと会った時も、ホテルのレストランとかすごく大人な雰囲気の場所に連れて行ってもらったんで…」
「でもこの場所は私にとって、とても重要な意味を持っているの。詳しい話は後でするわ、立ち話はこれまでにして中に入りましょう」
そう言うと、女性は先輩を引き連れて行列のできた絢爛豪華の店の入口へと向かっていった。しかし行列に並ぶことはせずに堂々とその脇から扉をくぐろうとしたのだ。当然のように、店先に立っていたメイド達は順番を無視する二人の前に立ち塞がった。
「お、お待ちくださいご主人様とお嬢様!! 店内に入られる方は列の最後尾までお並びくださ…」
「あら、まさか私を待たせる気?」
呼び止めるエイドに向かって女性は平然と、しかし刺々しい口調で答えた。すると、その一言を聞いたメイド達は驚いたような表情を一瞬浮かべるや、慌てて深々と頭を下げたのだ。
「あっ…?! し、失礼致しましたご主人様…まさか貴女様とは思いもよらず、無礼をお許しください…」
「構わないわ。それより、中にいるメンバーにも私が来たことを伝えて頂戴」
「了解しました。それではどうぞ…」
怯えた様子でメイドが女性と火野先輩を中へと誘導し、それに続いて二人は店内へと姿を消した。それを見ていた一部の客が、順番を飛ばして贔屓をしたと声を張り上げ、店の入り口は少々騒がしくなり始めていった。そして、一部始終を隠れ潜んでみていた私と累は、お互い顔を見合わせて呆然としていた。
「あ、あれは一体…何なんでしょう…?」
「さぁ…私にはさっぱり分からない…お姉ちゃん? 知り合い?」
火野先輩は女性と待ち合わせていたという、累にとっては知りたくない事実が判明したが、ここから見られる範疇においてそれは男女でのお付き合いという甘酸っぱさや和やかさを一切感じられなかった。そこにあるのは真っ赤な服の女性に言われるがまま付き従う、火野先輩の恐縮した姿だけだった。私の拙い人生経験においてその関係性を解き明かすヒントは何一つ見当たらなかったのだ。
だが、その答えは私と累の後ろで血の気が引いた表情を浮かべて奥歯を噛みしめているデビルの口から小さく零れた一言によって明らかとなった。
「こんな所で会うことになるなんてね…【正義】…!!」
勿論道中では魔女の嗅覚で女の匂いを嗅ぎ付けたデビルと頑なにそれを認めない累との不毛なやり取りが延々繰り返された。デビルは人の不幸は蜜の味と言わんばかりに累の不安を煽っては、ムキになった累が泣きそうな表情を浮かべるので、思わず鞄にしまってあるsuperfaceを立ち上げて電磁熱射を一発お見舞いしてやりたい衝動に駆られてしまった。
そうこうしているうちに先輩とそれを追う私達は最寄りの駅から電車に乗り込み、秋葉台の心臓部にして魔境、電気街エリアの方角へと向かっていった。窓際の座席に座ってのんびりスマホを見ている先輩は通路を挟んで向かい側にいる私達に気付く様子は見られなかった。学年違いで部活も違えば勿論交流もない私達が私服姿でいれば、先輩が気付くはずもないのだが。
乱立するビル群に近未来的な整然とした佇まいは無く、昼間でもギラギラとネオン煌めく無秩序に建ち並んだ大手家電量販店の店舗の足元を中小の非常に専門的なジャンルの電化製品を取り扱う商店やパソコンショップが固め、更には昨今のヲタク達を魅了する数々のメイドカフェやゲームセンターが続々と軒を連ねる。道行く人々も秋葉台の象徴とも言うべき個性の塊のような人達ばかりだ。ここは日本であって日本じゃない独特の雰囲気を持っている。
「…大都会っていうものはいくつも見てきたけれど…ここの雰囲気だけは他のどことも違う…」
慣れない電車に揺られながら、車窓から見える美少女キャラクターの看板や眼下を行き交う人々の、魔女である自身と変わらない奇抜なファッションを興味深そうにキョロキョロ見回しながらデビルは呟いた。
「そりゃあデビっ…樹梨ちゃん、ここは日本のヲタク文化が凝縮したところだからねぇ~」
危うく本当の名前を漏らしそうになるのを堪えて私は言った。
「私にはそのヲタクというものが良く分からないのだけど…」
「ヲタクねぇ、ざっくりまとめれば【物好き】な人だよ。家電が好き、ゲームが好き、マンガが好き、好みは色々だけどそんな人のためにここはあるわけよ。だからそんなヲタクな人でも受け入れてくれるから、みんな普段じゃできない格好もするし、自分の好きな事に没頭しても皆が共感してくれて居心地がいいんじゃないかな?」
素朴なデビルの質問にらしくなく真面目に私の見解を語った。そう、この街はどんな人でも受け入れる懐の深さが真の魅力だと私は考えている。デビルだって目の前で魔術を使わない限りは、どんな姿で何をしていようと秋葉台で浮くことはない、世間で浮いている人達が身を寄せ合う街なのだから、奇妙で奇抜で奇天烈であればあるほど秋葉台に溶け込んでいくのだ。
そして電車は電気街の駅に近づいてきて減速を始めた。するとそれに合わせて火野先輩もスマホをポケットに突っ込んで席を立った、このまま電気街で降りるのは間違いない。しかしこうして改めて秋葉台の電気街を考察するにつれてふと疑問が浮かび上がった。
「絵美ちゃん、火野先輩降りますよ」
「そうだね…っていうか、何で先輩がこっち方面に?」
陸上部で汗を流し、知る限りの性格ではこことは対極の位置にいる快活な熱血漢の火野先輩がここに何の用事があるというのだろうか。それこそ単に電化製品を買いにでも来たのだろうかと想像したが、ただの買い物の割には小奇麗にまとめた服装をしている先輩の姿を見ると、別の予測が脳裏を過った。
「…デート…?」
「えぇぇっ?!」
私の独り言に敏感に反応した累が駅に停まった電車の中で声を張り上げた。
「ちょ、累ちゃんあんまり声出すと気付かれちゃうっ…!!」
「もう、諦めなさいよ貴女も。お洒落して街へ繰り出す人間は男も女も異性に会う為に決まってるじゃない」
累をたしなめる私をよそにデビルはゆったりと立ち上がりながら、頭を抱える彼女へ冷たい言葉を吐きかけた。しかし累はそれでもまだ諦めている様子は見せなかった。
「いいえ、まだ…まだ決めつけるのは早いです…」
まるで自分に言い聞かせるかのように累は小さな声でそう言った。そして電車の自動ドアが開くと同時に外に出る先輩の数歩後ろで、一斉に扉から流れ出ていく人波に紛れながら私達も続いていった。
電気街へと繰り出した先輩は、時折スマホで地図を見ているのか何度も立ち止まっては画面を確認し、キョロキョロと周囲を見渡しながら歩を進めており、あまりこの辺りの土地勘がない雰囲気を醸し出していた。道中に並ぶ大小の電気屋には特に目も触れず去っていくところからして、やはり買い物が目的ではなさそうだった。こうして先輩に悟られないように適度な間合いを保ちながら追跡してしばらく歩いた後、先輩の歩みがぴたりと止まった。
「いらっしゃいませーー、メイドカフェ【絢爛豪華】は当ビル3階フロアになりまーーすっ!!」
「お待たせいたしましたご主人様、それでは店内にご案内いたしまーすっ!!」
そこではピンク色ののぼりを持つ、テンプレート的なメイド衣装を着た可愛らしい女の子が、あからさまに作った声を発してお客さんの呼び込みを行っていた。その背後にはビルの壁面に一際目を引く大きな看板にメイドさんのイラストと七色に輝く電飾が施されていた。【絢爛豪華】とは秋葉台では知らない人のいないメイドカフェチェーン店で、秋葉台を訪れた観光客にも人気のスポットで急速に勢いを増している業界最大手にして、このビルにあるのはその中でも最も規模の大きな本店だ。昼過ぎのピークタイムである影響か、店の外には収まりきらなかった客が長蛇の列をなしていた。すると先輩はその行列から少し距離を置いたガードレールに寄りかかりながら、またスマホをいじり始めた。
「せ、先輩…まさか、メイドカフェに行くつもり?」
「でも誰かを待ってるみたいですね…」
私と累は目を丸くしてその光景をビルの影から見つめていた。あの店の客層と言えば、メイドとの戯れを生きがいとする生粋のヲタクや純粋にカフェとして利用する女子達、そしてここの評判を聞いて物珍しさで入店する観光客だ。だが火野先輩にはそのどれもが当てはまらないのだ。
「め、メイドカフェ…?」
その後ろで、この手の類の店を初めて見たデビルが呆然とした顔つきでド派手な店舗に目を奪われていた。
「樹梨ちゃん、メイドカフェってのは名前の通り、店先に出ているあんな感じのメイドさんがサービスしてくれるカフェだよ。まぁ本物のメイドさんじゃなくてあくまでコスプレ、見た目と雰囲気を真似てるだけだけどね…でもそんなメイドさんに会うために皆集まってくるんだよ」
「へぇ~…人間、というより日本人は奇妙な性癖があるんだねぇ…」
ようやくデビル=花巻 樹梨として無意識に喋れるようになっていた私は得意げに解説を始めた。私も単なるカフェとしてこの絢爛豪華に足を運んでおり、競合他店に真似できないコスパに優れたフードメニューと、店内で堂々とイラスト作成に勤しんでも気兼ねしないで済む雰囲気が居心地良いのだ。
だが、私の友人設定にしてはあまりに無知なデビルの言動に、初めて累は疑惑の眼差しを向けて言った。
「花巻さんって、何だかさっきからここに初めて来たみたいなことを仰ってる気がするんですけど、今は秋葉台に住んでおられるんですか…?」
「ほえっ?! いや、そりゃ、勿論…」
不意な問いかけにあからさまに慌てふためいたリアクションを晒してデビルが言うが、その戸惑いようが更に累の疑いの念を強めてしまったのか、デビルの目を見つめて更に問いただした。
「ちなみに、お家はどちらです…?」
「えっと…え、絵美ちゃんの家の近所よ」
「住所は?」
「じ、住所…?」
ここまで誤魔化してとうとうデビルの言葉が詰まった。累はどうやら樹梨がただの友人ではないことにまでは気付いてしまった様子だった。下手に横槍を入れると余計疑われてしまいそうなので静観していた私だったが、流石にまずいと二人に割って入った。
「あぁ、累ちゃん実はね、樹梨ちゃんは最近秋葉台に引っ越してきたんだよ」
「そうなんですか? では花巻さんとはどういった関係で?」
「ネットで知り合ったんだよ。私最近になってベランダでガーデニングしたくってさ、樹梨ちゃんはお花とかに詳しいからいろいろ教えてもらってたの」
草木を操る魔女、ひいては草花の専門家たるデビルが何を聞かれても答えに詰まることのない唯一無二な理由をつけて私は答えた。私の後ろではデビルはうんうんと大げさに頷いて細やかながら後押ししてくれていて、どうやら彼女としてもとっさに思いついた私の設定を受け入れてくれるようだった。これを聞いた累は、しばらくの沈黙の後に微笑みながら口を開いた。
「…そうだったんですね。絵美ちゃんがお花を育てているなんてあまり想像がつきませんが、変に疑ってごめんなさい…」
累は小さく頭を下げた。それを見た私は心の中で緊張の糸が切れて大きく息を吐いていた。この尾行が終わったらもう少し花巻 樹梨の人間設定を煮詰め直そうと思っていた矢先、火野先輩に視線を戻した累は私の腕をぐいぐいと引っ張っていた。
「ちょ、絵美ちゃん絵美ちゃんっ!!」
「な、何?」
目を見開いて動揺している累の視線の先に目を向けると、火野先輩がガードレールから身を起こして、絢爛豪華に並ぶお客さんの列の向こう側へ目がけて手を挙げている姿が飛び込んできた。そして深くお辞儀をして火野先輩は声を発した。
「どうも、お久しぶりですっ!! まさか、こんな場所で落ち合うとは思ってなくて、少し迷っちゃいました…」
火野先輩の実に丁寧な挨拶が聞こえた直後、行列を割って一人の女性が姿を現した。身長180cm近い火野先輩と殆ど変わらないほどの長身で、長い金髪をたなびかせる日本人離れした容姿の女性だった。離れた距離から見える落ち着いた雰囲気は私達の世代よりもずっと上の、30歳代のようにも思われるが、それもよりも印象的なのが、まだ残暑の余韻が抜けない蒸し暑い季節というのに、目が覚めるように真っ赤なロングコートと黒いロングブーツを履いているところだった。
そしてその女性は火野先輩のところへと悠然と歩み寄り、その口を開いた。
「久しぶりね翔真、待ったかしら?」
「いえいえ、俺もついさっき着いたところッス」
「貴方も驚いたでしょう、まさかこの私がメイド喫茶を待ち合わせに指定するだなんて…」
火野先輩はその女性に対してとても下手な姿勢で話していて、そこには明確な上下関係が伺えた。しかしながらその女性は時折微笑みも混ぜながら先輩に話しかけたのだ。
「それは、まぁそうッスね…夏休み前に最後に姐さんと会った時も、ホテルのレストランとかすごく大人な雰囲気の場所に連れて行ってもらったんで…」
「でもこの場所は私にとって、とても重要な意味を持っているの。詳しい話は後でするわ、立ち話はこれまでにして中に入りましょう」
そう言うと、女性は先輩を引き連れて行列のできた絢爛豪華の店の入口へと向かっていった。しかし行列に並ぶことはせずに堂々とその脇から扉をくぐろうとしたのだ。当然のように、店先に立っていたメイド達は順番を無視する二人の前に立ち塞がった。
「お、お待ちくださいご主人様とお嬢様!! 店内に入られる方は列の最後尾までお並びくださ…」
「あら、まさか私を待たせる気?」
呼び止めるエイドに向かって女性は平然と、しかし刺々しい口調で答えた。すると、その一言を聞いたメイド達は驚いたような表情を一瞬浮かべるや、慌てて深々と頭を下げたのだ。
「あっ…?! し、失礼致しましたご主人様…まさか貴女様とは思いもよらず、無礼をお許しください…」
「構わないわ。それより、中にいるメンバーにも私が来たことを伝えて頂戴」
「了解しました。それではどうぞ…」
怯えた様子でメイドが女性と火野先輩を中へと誘導し、それに続いて二人は店内へと姿を消した。それを見ていた一部の客が、順番を飛ばして贔屓をしたと声を張り上げ、店の入り口は少々騒がしくなり始めていった。そして、一部始終を隠れ潜んでみていた私と累は、お互い顔を見合わせて呆然としていた。
「あ、あれは一体…何なんでしょう…?」
「さぁ…私にはさっぱり分からない…お姉ちゃん? 知り合い?」
火野先輩は女性と待ち合わせていたという、累にとっては知りたくない事実が判明したが、ここから見られる範疇においてそれは男女でのお付き合いという甘酸っぱさや和やかさを一切感じられなかった。そこにあるのは真っ赤な服の女性に言われるがまま付き従う、火野先輩の恐縮した姿だけだった。私の拙い人生経験においてその関係性を解き明かすヒントは何一つ見当たらなかったのだ。
だが、その答えは私と累の後ろで血の気が引いた表情を浮かべて奥歯を噛みしめているデビルの口から小さく零れた一言によって明らかとなった。
「こんな所で会うことになるなんてね…【正義】…!!」
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しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
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