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マフィー

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chapter01 草木の魔女【デビル】

scene04 魔術書の真価

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 「うふふ、私の新しく考案した魔術はどう? これはこの国原産のバラを基にした、標的を拘束する魔術だよ。こいつは私の魔術との相性がとてもいいよ、まるで私の手足のようにコントロールできる…」 
 私を取り囲むテリハノイバラの外周を歩き回りながら、デビルは誇らしそうに語った。私の指ほどの大きさのある無数のトゲのひとつに彼女が手を添えると、つるは血管が脈打つかのように蠢いていた。
 「観念しなさい絵美。テリハノイバラは中に閉じ込めたヤツの動きや声に反応してトゲを伸ばすことができる、下手に抵抗したら串刺しになるよ?」
 私の視界を埋め尽くす茨の向こう側からの声に、私はまともに返事もできないほど疲弊していた。ガクガクと震えて地面に吸い付いたままの膝が全く持ち上がらないのが、足に溜まった乳酸のせいなのかデビルの魔術のせいなのかも分からないほどに。
 「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」
 口元の微かな酸素を口の中にねじ込むような荒い息をする私はデビルの忠告もはっきりと聞き取れていなかった。結局は四方を囲まれて逃げる場所など何処にも無いのに、危機回避本能に従って私の脚は懸命に立ち上がろうとしていた。それこそ生まれたての子山羊のようにわなわな足を震わせながらほんの少し地面から宙に浮いた膝を、鋭い睨みを利かせているテリハノイバラの鋭い棘は見逃してはくれなかった。
 「おっと」
 私が動いたことに気付いたデビルの声をかき消して、取り巻くつるが激しくのたうち、私の脚に燃えるような激痛が走った。疲労感さえ消し飛ぶ痛みに私が足に目をやると、すぐ足元に垂れていたつるに生えた棘が指の長さから腕の長さにまで伸びあがっていて、太腿の肉を貫いていた。生まれて初めて目にする大量の鮮血を前に、私は絶叫した。

 「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あああああああっっっ!!!!!」

 痙攣したように体を反り返らせ、竹藪の隅々まで響き渡りそうな咆哮をした私は、その後ぐったりと地面に倒れた。もう、足どころか身体すら起き上がらせる気力を無くしているようだった。太腿に突き刺さった棘が萎むように小さくなりながら脚の肉から離れるや、トマトジュースの缶でも倒したかのようにどくどくと真っ赤な血が地面を染めていった。
 「だから言ったのに…もう懲りたでしょ? 今すぐスーパーフェイスを使えるようにしなさい、今ならまだ私の力でその傷も治してあげられるから…」
 デビルはその場にしゃがんでテリハノイバラのつるの合間から私を覗き込んでそう言った。先程よりも幾分か刺々しさの抜けた、むしろ私を憐れんでいるようにも聞こえる口調だった。
 足の肉はぐちゃぐちゃだが、まるで流れ出る血と一緒に心の中の雑念の類がみるみる消えていくような感覚で不思議と落ち着いていた。頭の中でぶつりと緊張の糸が切れる音がして、私はついに決意をした。
 「分かった…教、える、全部…教えて、あげるからっ…」
 「…その言葉、待ってたよ絵美」
 静かにそう言ったデビルは、つるの合間から腕を突っ込んむと、掌を上に向けて大きく広げた。すると、そこに緑色の光の粒が集まり、徐々に彼女の手のひらから零れ落ちそうなほどに凝集していった。それは放射状に広がりながら輪郭を形成していき、光が収まった後の手の上にはまるまると太ったアロエの葉が茂っていたのだ。
 デビルはその魔術で生み出したアロエを私の体の上で絞るように握り潰した。瑞々しい汁は私の全身に振り掛けられたが、ほのかに温かく、そして何より皮膚についていた細かなすり傷や切り傷が、飛沫を浴びて間もなく消しゴムで消されるように見えなくなっていったのだ。止めどなく流れ出る足からの流血も蛇口の栓を閉めたかのように止まっていて、ぽっかり開いた傷口は真新しい皮膚と筋肉によって生々しい痕跡だけは残しつつもどうにか塞がっていた。
 「【アロエベラ】…私の力で効能を高めた薬草の汁で傷を治す魔術さ。勘違いしてほしくないんだけど、私の得意魔術筆頭はこういう薬草やハーブでの治癒魔術だからね」
 あれだけの殺意を私に向けていたとは思えないほど穏やかにデビルは話しかけてきた。勝利を確信した者の余裕なのか、まるで私を子供扱いしているような言動だった。腹立たしさは残るも、命を救われた安堵が心を満たしていた。
 アロエからの絞り汁が一滴も垂れなくなったところで、デビルは私の顎をくいっと持ち上げて目を見つめながら言った。
 「ま、これはほんの応急処置。ここから無事に帰りたかったら、約束は守ってもらうわよ?」
 「…まずはsuperfaceを立ち上げないと…それを私に向けて…」
 「向ける…? こう?」
 デビルがいぶかしげにsuperfaceの画面をこちらに向けた。私はその画面の真上にあるフロントカメラを大きく目を見開いて見つめた。するとこれまで頑なにデビルを拒んでいたであろうsuperfaceは、私の瞳をカメラで認識した瞬間に一秒と経たずしてホーム画面に移行した。
 「んなっ…画面が変わった? やっぱりお前が封印の魔術の類を…」
 「いやいや…ただの虹彩認証だよ…」
 「こ、こうさい…?」
 デビルがこの辺りで既に私の話について来れなくなってきていたが、構わず私はsuperfaceの説明を続けた。血の滲んだ指で画面のクラウドコンテナのショートカットをタップした。
 「この中に、私が、集めた魔方陣が保存されて、いる…パスワードと、私の指紋も、認識させて…」
 私に残された残りカス程度の気力を振り絞って指を動かし、キーボードと指紋認識パッドを真っ赤に汚してしまうのも気にせず、クラウドコンテナのユーザー認証をパスした。
 ≪暗証番号認証…OK 指紋認証…OK 虹彩認証…OK ようこそEMIさん≫
 superfaceの液晶画面に無数の魔方陣の画像データが並ぶ。私にとっては見慣れた光景だが、デビルはまるで宝の山でも見ているかのようにその七色に光る瞳を輝かせていた。ここまで操作した時点でデビルは私の手を振りほどき、superfaceに映し出される魔方陣を食い入るように眺めていた。
 「ついに私の手に…運命の輪ホイール・オブ・フェイトの魔術書が…」
 デビルが興奮を抑えるのに必死になっているのが見てとれた。superfaceを掲げながらあどけない笑みを浮かべる今の彼女に、魔女の風格はなかった。それこそ、念願のゲーム機を親に買ってもらってはしゃぐ女の子、とでも表現した方がしっくりきた。
 そんな油断しきったシチュエーションを、私の眼光は見逃さなかった。こっそり手に持ったスマホから、放射状に電球の絵が並んだ魔方陣をスワイプすると同時に、スマホの画面を地面に向けた。
 「…んっ?」
 テリハノイバラの向こう側でデビルのいぶかしげな声が聞こえてきたが、それは何故かは知っている。彼女のsuperfaceの画面では、私のスマホと同じ魔方陣が突然現れたのだ。そしてそれは車のタイヤのように激しく回り始めながら紋章の中に光を蓄えていき、デビルの直観が危機感を覚える頃には、魔方陣が液晶画面を飛び出てデビルの目の前に現れ、その刹那に夜から突然真昼になったかのような眩い光に竹林全体が包まれた。
 「ぎゃああああぁっ!!!!!」
 硬く目を閉ざしていた私の耳に、デビルの悲鳴が飛び込んできた。恐る恐る目を開くと、辺りが本来の時刻を取り戻すようにゆっくりと暗くなっていく中で、顔を手で押さえてのた打ち回るデビルの姿があった。まるで熱湯でもかけられたかのように顔面からは濛々と湯気が噴き出ており、微かに指の隙間から真っ赤にただれた肌が見え、先程の強烈な光と熱量で瞳ごと顔を火傷した様子だった。
 「なっ…何をしたの絵美ぃぃっ!!?」
 「何をしたって、画面が見やすいように私のスマホからリモートコントロールで明るくしてあげただけだよ。私の照明魔術をとびっきり出力アップさせてね」
 地面を転がりながら怒鳴り散らすデビルに、淡々と私は言った。私のスマホとsuperfaceにはリモートデスクトップアプリが入っていて、同期した端末をスマホから遠隔操作ができるのだ。それを使ってクラウドコンテナに新しく作った【デビルとっちめ用フォルダ】に入っていた目くらまし用の魔術を発動させたという訳だ。元はせいぜいスポットライト程度の光度だが、私の持つ魔方陣は大きくて数が多いほど効果を増す特性を持っているので、私はデビルに見えない位置でこっそり画像を出来る限り拡大させておいた。
 デビルの繰り出す魔術の数々に私は再三驚かされ、恐怖した。だが、死の間際まで打ちのめされて私はふと、まだ自分の持つ数多の魔術の中で、せいぜいコソ泥を捕まえるのが精一杯の低級なものしか披露していないこと気付いた。私の力はこんなものじゃない、私はまだ全力を出し切っていない、そんな状態で白旗を振るわけにはいかない。
 「っっ…怪我まで治してやったのに…ふ、ふざけた真似をぉぉっ!!!」
 どすの利いた呻き声で叫ぶデビルは、全身の毛が逆立つほどの怒りに震えていた。そして片手で顔を抑えたまま、私を取り囲むつるに手をかざした。
 「テリハノイバラ、あいつの全身を穴だらけにしてやれっ!!」
 デビルの命令に呼応して、錆び付いた歯車が回り出すかのように耳障りな音を立てて私の周囲のつるが蠢き出し、それと同時に無数の棘が小刻みに震えていた。四方八方に伸びていた棘が磁石で吸い寄せられたかのように私にその先端を向けてきた。
 でも私は既にここを出し抜く考えは決まっていた。デビルのボルテージが跳ね上がる前からスマホのカメラを起動し、パノラマ撮影機能を立ち上げていた私は、周囲のテルハノイバラをまるごと撮影してすかさず画像編集に移り、黒色の極太ペンを選択して写真に写るテリハノイバラのつるの上を大雑把に塗りたくった。そしてつるから大挙して棘が押し寄せる寸前で、魔方陣の選択にこぎつけた。
 「変換魔術よ、虚構を現実へと投影せよっ!!」
 魔方陣が私の慌てた声に呼応して大急ぎで回転を始めた。すると、私が画面上で適当に指を走らせて塗った黒いペンに合わせてテリハノイバラのつるはまるで粘土がくり抜かれたかのような断面で各所が寸断され、私に襲い掛かった棘もそのほとんどが影も形もなく消え、黒いペンで塗りきれなかった分もことごとく私を外して力無く地面に転げ落ちていったのだ。分厚いカーテンのように視界を遮っていたつるは、この瞬間に魔術としての機能が崩壊したのか、残骸がぼとぼとと地面に崩れると同時に水蒸気となって消えていった。
 テリハノイバラから解放された私の視界に入ったのは、撮影した画像に収まっていた周囲の竹藪が私の魔術の余波で上半分が刈り取られたかのように無くなっている光景と、未だ視界が戻らない中、音だけで状況を察したのか絶句いているデビルの姿であった。
 「嘘…私の魔術を、破ったの…?」
 「周りが人気のない竹藪じゃなかったら絶対できない魔術だけどね…でも、私だって魔術が使えるんだから…あんたに負ける時は、私の全力を出し切ってからだ!!」
 出血が止まったとはいえ、既にコップ一杯では済まない量の血を失った私の身体は立っているだけでも必死だった。まるで頭蓋骨の中で脳みそが跳ね回っているかのように頭がくらくらするし、視界も曇ったガラス越しに見ている程度しか見えないでいた。それでも、何をしでかすか分からないこのデビルという魔女を放っておけない危機感と、本物相手だろうと魔女を自称しておきながら魔術合戦で負けていられない意地が私を突き動かしていた。
 だが、デビルものろのろと立ち上がるとゆっくりと手を下ろして、私の強烈な閃光で視力を失い蒼白とした眼球をぎらつかせて睨み付けてきた。鬼気迫るそのグロテスクな顔は悪魔デビルと呼ぶに相応しい。でも彼女がこの程度で敗北を認めるとは私も思っていない、何せ彼女は、人間ではないから。本物の魔女なのだから。

 「絵美…」
 「何?」
 「お前…殺していい?」
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