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その46 ドクトゥス君は…

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「サマチ様……」

 ドクトゥス君の返事を待たず、隣によいしょと腰をかける。
 
「お体の方はよろしいのですか?」

「ああ。ケガは……してなかったからね」

 大怪我ではあったが『英雄殺し』のおかげで今はケガ一つない。なにがあったか説明も出来ないし。

「モウスは……サマチ様から見てどうでしたか?」

 その質問にどう答えるべきか分からず、ただ黙ってドクトゥス君を見た。

「私は……モウスのことを、もうすぐ忘れてしまうのですね……」

「そうだね……」

 前回は、消してから記憶消えるまで、およそ12時間ほどだった。恐らくは、もうすぐドクトゥス君から……いや、この世界の住人全ての記憶から消えてしまう。

「今……私の中にモウスがいるうちに、サマチ様にお話をしてもよろしいでしょうか?」

 もうすぐ消えてしまうモウスの生きた証を、覚えていられるオレに託したかったのだろう。
 オレは黙って頷いて、前を見る。



 ────────
 
 
 
 ドクトゥス君からモウスの話が止めどなく溢れ出てきた。
 頼りになる冒険者で自分の右腕だった事。
 堅物で真面目だったが意外に天然な所がある事。
 パーティーの中心的人物で皆から慕われていた事。
 そして……

「私がモウスに出会ったのは50年以上も前の話です。当時、私はフリーの冒険者としてランドルト王国内を転々としていましたランドルト王国の端。最古の揺り籠クレイドル地区と隣接している街で出会いました」

「え? モウスっていくつだったの? どう見てもそんな年齢としには見えなかったけど……」

「モウスは……サマチ様と戦った際に鬼のような姿に変身しませんでしたか?」

「ああ。最初誰か分からなかったよ……」

「鬼神族と呼ばれる……揺り籠クレイドルで最初に地上から滅ぼされたはずの一族。高い身体能力と再生能力を持つ戦闘種族でした。モウスは純血ではなかったですが、その末裔です。エルフやハーフエルフの私程ではありませんが、長命な種族なので見た目よりも若いのです」

「ってことは……。ドクトゥス君はモウスが揺り籠クレイドル出身だったってことは知ってたってこと?」
 
「……その通りです」
 
 驚いているオレに構わずドクトゥス君は続ける。
 
「当時モウスはその街の近辺で盗賊のリーダーをしていました。冒険者達はこれを討伐しようと何度も挑みますが、誰も敵わなかったのです」
 
「そこでドクトゥス君にお声がかかったと」

 ドクトゥス君はコクリと頷き、話を進める。

「私はまだ冒険者としては新人でしたが、王国からの推薦もありその街へと討伐に向かいました。その途中でモウスとその一味に襲われたのです」

 随分と物騒な話をドクトゥス君は懐かしそうに話す。

「当時のモウスは幼さすら残るほどに若く、まだその力の使い方もよく分かっていなかったようでした。ただただ暴れるのみ……私は簡単に一味を制圧しモウスを捕らえました」

 まあ……ドクトゥス君凄いもんなぁ。瞬間移動したり、重力操ったり。普通あんなん誰も勝てんよね。

「モウスは取り乱し、泣きわめき、「殺せ」と叫びました。その時にモウスが揺り籠クレイドルの出身者であることを明かしたのです」

 紳士で大人なイメージしかないモウスからは想像出来ない昔話だ。

揺り籠クレイドルからの出国は重罪です。壮絶な拷問の後で処刑は確実でした。私はどうしてもそのままにしておけず、一味をその場で解散させ、モウスを連れて帰りました。戦い方を教え、ランドルト王国で生きていけるよう身分を偽らせ、……5、6年が経ち、ほとぼりが冷めたのを見計らいモウスと2人でパルデンスを立ち上げたのです」

 戦友じゃねえか。昨日今日のオレとは比べるべくもない。正直、恨まれていても……

「モウスは……私にとってかけがえのない……友でした。にも関わらず……私は今、サマチ様をまったく恨めないでいるのです」

 ドクトゥス君の性格から言ってこんなことを本人にぶつけることはないと思っていただけに、少し面食らってしまう。

「こ、こんなこと……申し訳ございません。しかし私にとって……この感情が自分でも理解出来ないのです……」
 
「……ドクトゥス君は……モウスに怒ってんじゃないかな」
 
「え?」
 
 突然話しが切り替わりドクトゥス君がビックリする。

「なんで、オレに言わなかったんだよ。……って。怒りもせず、助けも求めず、黙って勝手に自分を追い詰めたモウスが……許せないんじゃないかな」

 ドクトゥス君こちらの目を見据えたまま固まってしまった。
 しまった……いらんこと言い過ぎたか。

「ご、ごめん。なんかそんな気がしてね……」

「ふ……ふふふ」

 気を悪くしたのかと思った矢先にドクトゥス君が笑った。

「いえ……そうですね。私は彼に相談して欲しかったのでしょうね」

 その後、ドクトゥス君はアゴに手を当てて少し考えてからこちらに質問をしてきた。

「もう一つ、よろしいでしょうか……。揺り籠クレイドルはこのランドルト王国では問題視すらされないほどの常識です。彼らを踏みにじることでしかランドルト王国の今の繁栄は保てません。少なくとも人々はそう思っています。……サマチ様ならどうなさいますか?」

 難しい質問だな……権力にゃ弱いからなぁ……卑屈な笑顔で乗り切るのが社会人のたしなみだぜ。でも……

「まあ……例えば、ドクトゥス君が踏まれてたなら『その足退けろよ』くらいは言ってやるけどね。オレは……」

 キョトンとした顔でこちらの顔を見るとブッっと噴き出した。

「『足を退けろ』ですか? ハハハ!」

「え? え? 仲間がそんな目に遭ってたら、そんくらいの文句言わん?」

「そう……そうですね。そう言ってやれたらよかったのでしょうね。なるほど……」

 どうにも的外れな解答だったようだが、妙にスッキリとした顔で納得している。
 とはいえだ。彼らにとって揺り籠クレイドルの問題は軽視出来るようなものではないはずだ。
 もし、モウスがドクトゥス君に相談していたとしたら……今頃はどうなっていたのだろう。手を差し伸べていたのだろうか、それとも……
 考えてもしかたのない事だ。モウスはもういないのだから。ああ、そうだ。モウスのことで一つ思い出した。

「ああ。そうだった……。最後にモウスがドクトゥス君に……」

 そこまで口にしてドクトゥス君の表情の変化に気付き、言葉を止める。

「? ……えっと……最後に、何を申される・・・・のですか?」
 
 ドクトゥス君の中からモウスが消えた。
 
「そうですね。もう遅いですし……明日は闘技会です。ゆっくり体をお休めになって下さい。それでは……」
 
「ああ。おやすみ」

 ベンチに座ったままドクトゥス君を見送る。
 モウスの最後の言葉。唇の動きからおよその想像はつく。
 ま、謝罪くらい自分でしろってんだ。なんでオレが謝んなくちゃならんのだ。
 一つ……この世界を救う、お金以外の目的が出来たな。
 しかし……全てのプレイヤーを救うまで、一体あとどのくらいかかるのか……。
そもそもこの世界を普通のおっさんが救うことなど出来るのだろうか?
 明日に備えて早く眠ってしまいたいが、さすがに今日は色々とありすぎた。
 仮想世界の左町さんは今日も夢を見れそうにない。
 
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