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その41 拓光君は大賢者モードに突入!

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「冗談じゃねえ。やってられるか」
 
 そう言うと、マルコは拓光に背を向け、瞬間移動でその場から離れる。とにかく出来るだけ遠くに。
 4、5回は飛んだだろう。それ位離れれば、拓光の目の届かない所まで逃げられると踏んだのだ。

「ここまで来れば……」
 
「なんだ? もっと遠くに逃げた方がいいぞ」
 
 マルコが振り返ると、拓光はそこにいた。ボロボロになって横たわる『埼玉』もだ。
 
「なんで……」
 
「お前の原点・・ソコ・・に設定した。オレの許可がない限り、どこに行こうがお前の立ち位置はソコ・・だ」

「……『闇断やみだち』」

 マルコは『埼玉』を切り刻んだ黒い剣を出すと拓光に向かって走り出す。
 だが、いつまで走っても、拓光にたどり着けない。いや、そもそも近付くことすら出来ない。

「もっと必死に走ったらどうだ? もっとも、そこから抜け出すには光と同等以上の速度が必要だがな」
 
「ふ、ふざけんな……こんな魔法があってたまるか……」
 
 マルコは走るのを止め、拓光に手をかざす。

「光の姿を纏いし魔力よ、その輝きは闇を貫き、全てを浄化せん。ルミナス・レディエンス!」

 マルコから光の玉が打ち出される。
 拓光も手をかざすとソレを、まるで手元にあるかのように握り潰してみせた。光の玉は拓光に届くことなく煙のようにかき消えた。

「ブッ、ハハハ、呪文が……その……フフ……随分と……小っ恥ずかしくないのか? いいか、マルコ。世界は物理的法則に支配されている。この世界とて例外ではない。万有引力の法則、運動の3法則、熱力学……例を挙げればきりが無いほど、世界はこれらに縛られている。だが、それを捻じ曲げるのが魔法だ。貴様らはこの万物の法則のコードの書き換え……その作業を呪文や魔力と呼んで行使しているに過ぎん」

 マルコは拓光の言っていることがまるで理解出来ないという顔だ。

「あ、あんた何言ってんだ……?」

「ま、理解出来ないのが分かってて言ってるからな。知識人は往々にして知ってることををひけらかすものさ。なんせオレは『大賢者様』だからな」

 マルコは為す術を失い、その場にへたり込む。

「で? マルコ。オレがここに来ることを教えたヤツは誰だ? パルデンスの裏切り者は誰だ?」

「モウスだ……」

「モウス? モウスってパルデンスの幹部のモウスか? 何でアイツが裏切る?」

「し、知らねえよ。オレはただアンタがここに一人でここに来るってことを聞いただけだ。パルデンスの他のメンバーは絶対に近寄らないようにしとくから。ってな」

「……。」

「ほ、本当だって! アイツがなにをしようがオレは知ったこっちゃ……」

「静かにしてろ」

 拓光はマルコに人差し指の腹を見せ、下にシュッシュッと何度も動かして見せる。まるでスマホを操作するように。

「な、なにやってんだ?」

「いいから黙ってろ。お前の行動ログを読んでるだけだ……ん? なんだ……昨日の夜に聞いたのか。ウソはついていないようだ………………余計なことは一切口にしてないな。動機も目的もまるで分からん。じゃあモウスはどこにいる? …………いない? 消えてるな……左町さんがやったのか?」
 
 拓光がブツブツとつぶやいているのをマルコはただ黙って見ていた。これが終わったなら自分はどうなるのか。それだけを考えながら。
 
「さてと……仲村さん」
 
「う、え? な、なに?」
 
「コイツどうやって殺して欲しいですか?」
 
「こ、殺す? 殺しちゃうの?」
 
 仲村は身の回りに起こる現象に思考がようやく追い付き始めたところで、拓光に声をかけられる。その第一声が思っていたより物騒なものでギョッとしてしまった。
 
「そりゃ、そうでしょう。仲村さんはこの世界を創ったブルマインを作った人ですよ? いわば神の神だ。そんな人に手を出そうとしてタダで帰すわけないでしょう」
 
「た、拓光君。私は大丈夫だし気にしてないから。ね? もう行こ?」
 
「そうですか……でもね、仲村さんが良くても……こっちの気が収まらないのだよ!」
 
 拓光は自分の目の前で指とマルコに焦点を合わせると人差し指と親指を使い、まるで豆でも摘まむような仕草を見せた。すると、なにかに締め付けられているかのようにマルコの両腕はビシッと体にくっつき、その体はミシミシと音をあげはじめた。
 
「ぐっ……う、うわあああああ!」
 
「じゃあ、仲村さん。このまま圧死というのはどうだ? なーに……こんなクズ……しかもブルマイン内のNPCだろう? 死んでも心など痛まん。虫を潰すのと一緒さ」
 
 仲村から見て、拓光は完全に我を失っているうように見えた。このままマルコを押し潰す前に正気に戻さなくては、という思いで必死に拓光にしがみつく。
 
「ダメ! ダメだよ! 今の拓光君はブルマインの『演じる』機能に飲まれちゃってる! ここでそんなことしたら拓光君は!」
 
 仲村は拓光に止めさせようと必死で説得をするが、もはや拓光は聞く耳を持っていないようだった。
 
「拓光君! いつもの拓光君なら絶対にこんなこと…………す、するかもしれないけど……でも! お願いだから止めて!」
 
 仲村は、自分の身体能力を2倍にして力尽くで止めようとするが、拓光はビクともしない。しかし、腕を下ろさせようとして、ある事に気付く。
 拓光がしている腕輪だ。
 仲村は、今日はソレが一度もなってないことに気付くと急いで腕輪を操作する。
 
 ピピピピ……ピピピピ……ピピピピ……
 
 腕輪のアラーム音が鳴り響く。
 
「拓光君!」
 
「う、あ、え? な、なんすか?」
 
 拓光の表情や口調がいつも通りに戻った。
 
「拓光君! 拓光君は今、現実と仮想世界の自分の境界線が曖昧になってる。その状態で殺人なんて犯したら、現実世界で人を殺す事に躊躇のない人間になっちゃうかもしれない! すぐに止めて!」

 そんなこと……あるのか、ないのか。ただ、仲村は拓光の殺人を止めるのに必死だった。
 
「それはちょっとゴメンっすね……ま、いっか……」
 
 拓光は仲村に言われるまま、素直にマルコを締め付るのをやめる。
 
「がっ! はぁはぁはぁ……」
 
「とりあえず、消えてくんないっすかね。あっ。ジジイになったヤツらは元に戻ってると思うっすよ。他の連中はそこら辺に飛ばしたんで……まあ、冒険者なんだし、そのうち自力で帰ってくるっしょ。はい! ほら、消えてよし」
 
「ひっ……ひぃっ……」
 
 マルコは小さく悲鳴をあげると瞬間移動でその場から去った。

「ふぅー……仲村さーん……戻ると同時に能力も使えなくなってたらどうすんすか? 二人共殺されてたっすよ」

「だって……」

「それに、この世界で殺しちゃったら、ていうアレ。左町さんはどうすんすか? 最初の世界から数えても5、6人殺っちゃってますよ」

「左町さんは仕事として割り切れてるっていうか……拓光君は、そういう資質があるというか……それに『英雄殺し』で消すのは殺すのとは違うくない?」

「信用……ねーっすね……」
 
 拓光は目をこする。
 
「気……失う前に……移動するっすよ」
 
「へ? どこに……きゃっ」
 
 拓光はドクトゥスの使っていた長距離転移魔法を使い、光に包まれる。
 着いた所はパルデンスの食堂。ただし、天井ギリギリの高さに転移し

「え? え? え? ちょっと……ココ……」

 仲村と拓光は昼食時の机の上に勢いよくガッシャーン! と落ちた。
 
「うお!な、なんだ!?」
 
 そこにはちょうどシルバが座っていた席であり、昼食をとっていた時であった。
 
「タ、タクミ様!? どうなさったんですか!?」
 
「あ……げんか……い……あと……ヨロシ……ク」
 
 拓光はそこで気を失う。
 仲村は拓光に呼びかけるも、最早返事はない。ただ、やりきったぞ。という男の顔がそこにあった。
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