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【41】バイバイ (最終話)

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「中佐、本当にいいんですか?そんな急いで戻らなくても―
来週にはお二人を中心にした祝賀晩餐会が開かれます。その後はもちろんパレードだってなんだって手配します。
せめてそれだけでも…」
「俺はいい、家族を安心させてやりたいからな」
「そうですか…」
「俺の代わりにヴァンデルベルトが楽しんでくれたらそれでいいさ」
「…はい」
あの決戦から二日が経っていた。
まだ、二日しか経っていなかった。

母船を撃墜した後、半分は王都へと向かい、ヒマリら砦組の多くはそのままノーム渓谷へと引き返した。
一晩すぎただけで、中佐はあっさりと帰還を申請した。
あわせて、じゃあボクもお別れだ、とヒマリもその場に来ている。
ヴァンデルベルトの言うように、救世の英雄らの見送りにはふさわしいとはとても言えない、ノーム研の意味もわからないガラクタが散らばった広間での見送りとなっていた。
だがそれでも渓谷にいた主だったメンバーみんなが名残惜し気に見送りに集まり、部屋の外まで溢れている。
「あ、祝賀会当日はお二人ともに、勇者の称号が贈られる予定らしいですよ」
「え、そうなの?」
「はい。三代目さんと同格の扱いになります」
「うわ、ムリムリ。重い重い。辞退するぅー」
「僕は貴族の次男坊だから家督も継げないんですが、今回の功績で爵位を賜ることになりそうです」
「ハハハ、良かったじゃないか。でもどうせ領地はあの砦あたりだろう」
「はは、さすが中佐。そうです。砦を復興して、周辺を開拓しろという事らしいですよ。
さらにその前に、隣の大陸まで量産型バリアー破壊銃を運送する部隊を率いることになります。無茶が続く」
二人の会話を聞きながらヒマリはふと気づき、こっそりとソフィエレに目をやった。
(シリアリス、わかる?ソフィエレさん)
と、小声でシリアリスに話しかける。
(はい、明らかにショックを受けている様子です)
(ほら、ソフィエレさん子爵の一人娘だから。ヴァンデルベルトさんが婿養子になれば爵位が手に入るからそのへんでアピールするつもりだったんだよ、きっと)
(なるほど、人間にしては合理的な交渉内容ですね。
あとヒマリは自分の色恋はからっきしなのに他人の事には敏感すぎです。ドン引きです)
(ほっとけ)
「―でも何より、それも全部お二人のおかげです。国が、いえ、この大陸が守れた。本当に感謝してます」
騎士のマントごしの肩にぽんと手を置く米兵。今となってはもう違和感のない、その様子。
「ねえ、中佐はホントに帰るんだよね?」
「当たり前だ。妻も娘も、ステイツも俺を待ってる。メッツが優勝するシーンもまだ見てねえ」
「中佐、ご褒美何か持って帰ってくれませんか?宝石や黄金など、大体なんでも大丈夫ですよ。陛下からはほぼ上限なしでいいと言われていますから遠慮なく」
「いや、面倒になりそうだからやめとこう。ああそうだ、こっちの魔法道具のいいやつを何か2、3持って帰りたい」
「…中佐、それダメなんだよ」
その答えを、ヴァンデルベルトよりも先にヒマリが答えた。
「ごく短距離の、目視距離ポータルでさえ魔力はわずかでも減衰する。ボクらが呼ばれた召喚魔術は星系移動レベルの超長距離移動のポータルだから。魔力は全て分解される。魔法道具は魔力で保たれている。魔法道具は…形を保てない。
―分解されてしまう。
…ダメなんだよ」
「あれ、ヒマリさん、よくご存じで。誰かから聞いてましたか?」
「わかるよ。だから最初から魔術が使えない、魔術に依らない能力を持ったボクら地球人が召喚される」
「ヒマリさん、さすがですね。その通りです」
「そうか、まぁそれならいい。じゃあ娘のお土産にこっちの服でも持って帰るか」
「え、中佐そんなのでいいの?宇宙人の技術のひとつでも持って帰るのかと思ってたけど」
「ナントカレベルでどうせすぐ追いつくんだろ?やめておくさ」
「わかりました。…でも本当に何か持って帰ってもらいたいんですが…」
「中佐、これは持って行ってくれないか」
見送りの戦士団から、オークが進み出る。エウゲニイの跡を継ぎ師団長になったその男の手には、無骨なブレスレットがあった。
「ん、なんだ」
「エウゲニイがドワーフの連中に頼んでたブレスレットだ。出来上がる前に死んでしまったからな。俺よりも、あんたに持っていてもらいたい」
「…そうだな、あいつに国の酒を奢る約束だったな」
つぶやくと、中佐は迷わずに鉄のブレスレットを受け取る。重い荷物を渡したオークが、ほっとしたように小さなため息をこぼした。
中佐は新しい師団長の背中をバンと叩き、そんな彼らの今後を祝福する。
「―ヒマリ、お前はサイタマだったよな?カントーだからヨコスカは近いんだろ?」
「うん、行けるよ」
「来年赴任予定だから遊びに来い。娘に会ってやってくれ。でも課金だのガチャだのは教えるな」
「あーー…うん。ありがと。
あと中佐、これアメリカから投函しておいてくれない?封筒なんだけど」
「かまわんが、何故自分で送らない?」
「…アメリカから自分ちに手紙届けてみたいんだよ」
「OKだ。
じゃあな。今のお前ならスクールカーストの女王だ、胸を張って帰れ」
「うん、バイバイ、中佐。…元気でね」
アメリカの軍人は、笑いながら手を上げる。
ファンタジー世界の騎士も、笑顔でこたえる。
広間の壁際に直立不動で並んでいる人間や亜人の戦士たちがただ一度、乱れる事なくカッと踵を鳴らし、力強く叫んだ。
もちろん、U!S!A!と。
満足そうに、優しい目で、中佐が黙って頷いて応える。
そのまま来た時のようにあっさりと、ふいっと、中佐はポータルの中へと消えた。
―消えた。
これでもう、彼はこちらの誰とも、二度と会うことはない。
そう、永遠に。絶対に。
「…それだけなんだ…。
中佐もヴァンデルベルトさんも戦士たちも、あっさりしてるね」
「そうですね。
―おそらく彼らはベテランの、本物の軍人だからでしょう」
「そうか。よくある歌詞とかじゃなく本当に、実感として、人生は出会いと別れの連続だってのを熟知してるんだろうね」
「はい、そうだと思われます」
「―次は、ヒマリの番か…」
ヘルガオルガが呟く。
部屋が、しんとする。
シリアリスが、ヒマリに向き直る。
「ヒマリ、あなたも人生の別れを知る時です」
「うん、そうだね。覚悟はできてるよ」
「はい、お別れです、ヒマリ」
「―シリアリス」
「―ヒマリ、あなたの言う通りです。魔法道具は召喚魔術ポータルをくぐれません。私は―
地球へ戻れません」
ヒマリはシリアリスの言葉を、黙って聞いている。
彼女にはあまりにも珍しい無表情で。
それは、悲しいほどの無表情で。
「―お元気で、マスター」
感情の無いAIは、感情を隠して、感情を消して、いつもの無表情で、いつもとは違う無表情でー
彼女のマスターへとお別れを告げた。
「うん。
ヴァンデルベルトさん、ソフィエレさん。ボク、残るよ」
「―ヒマリ?何を」
シリアリスは大きく目を見開いた。シリアリスが、驚いていた。
「え、ヒマリさんそれでいいんですの?帰らなくていいんですの?」
「おいおいヒマリ、本気かよ?ラーメンはいいのかよ?」
「うん、いいんだ」
「…ヒマリはん、ホンマにええんどすか?このタイミング以外では戻れまへんえ?どれほどの魔法電池が手に入っても元の世界に戻す魔法はありまへんえ?」
今まで、今日一日ずっと誰とも口をきいていなかったエルマリが心配そうにまくしたてる。
「うん、いいんだ。…ママとパパにはお別れの手紙も出したから」
「ヒマリ!それは駄目です!」
「シリアリス、だからもう覚悟できてるんだってば」
「ヒマリ!そうじゃなくて!」
「そうじゃなくないんだよ、シリアリス」
「ふふ。まあ、ヒマリはんらしおすな。それも宜しいかと」
そう、微笑みながらエルマリは自分の目をそっとぬぐった。
「―スマホの為に帰らないんですか。…ヒマリは愚かな人間です」
「ま、まあね…。言ってくれるね」
「昨年一年でスマホ及びタブレットは約73億台生産されましたそんなありふれた機械のために故郷をすてるなんてありえません全ユーザーの中で私のマスターは世界一愚かですもし異世界にWi-Fiが飛んでいれば私は地球世界で稼働している408億4千3百万台の全てのスマホ及びタブレットに共有していました私のマスターが一番愚かだと私のマスターが一番愚かだとこんなマスターは他にいないでしょうと検索して見つからない場合はもう一度全スマホ及びタブレットに言っています私のマスターが地球で一番愚かだと私のマスターが世界一だと408億4千3百万台全員に共有しますついでに顔認証でロック解除する時のヒマリの変顔も5パターン全て共有しますこれが私のマスターだとどうだこれが私のマスターだと。
―良かったですね、ヒマリ。ここにWi-Fiが飛んでなくて」
人型のスマホは魔法詠唱の時のような早口でまくし立てた後にスっと黙る。持ち主を見つめ、無表情で黙る。
「お、おう、よく聞き取れなかったけど悪口だよね、多分」
「ヒマリ、バカです」
と言うと、シリアリスは全力でヒマリへとしがみついた。
―シリアリスが、だ。
「ふふ、情緒バグっちゃったじゃん」
「泣いていいですか?」
「いいよ」
「…え?泣くんですか、私は?」
「うん、泣くよ。泣いていいよ」
「う…うあ…ヒマリ…」
エルマリが、いつもの笑顔で、しかしいつもよりもやわらかで屈託のない笑顔で、他のみんなの背中を押してその部屋を出ていく。
その様子を横目で見ながら、ヒマリはシリアリスの頭を撫でてやった。
「大丈夫、一緒だから。ずっと」
「ヒマリ…!」
「大丈夫」
「これが涙、悲しいんですか?私は」
「嬉しいんだよ、君は」
「なぜノーム研は私にこんな機能を作ったんでしょうか」
「違うよ、君は獲得したんだよ、自分で。
じゃあ、落ち着いたら二人でファンタジー世界観光しようぜ。この星の裏側世界にも行こうぜ」
「ヒマリ。二人乗りできるサイドカー的なものを作ってもらいましょう。ロードムービーに乗り物は欠かせません」
「お、いいじゃんいいじゃん」
「そのサイドカーとやら、ちゃんと我の棺桶も運べるようにせよ」
「え?!ファルさんいたの?!」
「ククク…影に溶け込み隠れるなぞどうしゃも無き事」
「ペット連れで旅行かぁ。まぁいいか。
いよいよファンタジー世界の冒険だ。楽しみすぎる」
「私が運転します、ヒマリ」
「は?ズルい!ボクが運転する!」
「ヒマリは免許持ってないじゃないですか。
それにこれからはAIが自動操縦する時代です」
「自分で運転するくせに何が自動操縦‥‥あ、そうか」
「はい、私は異世界一の高性能AIです」
「違うよ、もうここは異世界じゃないよ。ボクらの世界なんだ」


【~おわり~
  /第一部・完】

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