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【40】星雲。それは、君が見た光。
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―ヒマリら4人は今、砦が、その上空の母船がよく見える崖の上に立っていた。
いかにも魔族らしい憎い演出だとヒマリは思った。
朝焼けの空にいくつもの黒煙を上げながらも浮いている巨大母船。横に、厚みの無い光る巨大な円盤が水平に浮いている。
―それは直径数百メートルにも及ぶ、あまりに巨大な魔法陣。
ずっと離れた場所から見ているにもかかわらず、目の前全てに広がって見える、その光景。
そんなはるか離れたヒマリらの場所にも、強い風が吹いている。
あの空の穴に目がけて、見える範囲全ての空気が吸い寄せられている。雲すらもが吸い込まれている。周囲の光が歪んでいる。
まさにこの世の終わりのような光景。
天空のポータルの向こうには星座が瞬いていた。
眼前に広がるスペクタクルに高揚したほほで、うるんだ瞳でヒマリは嗚咽のように、言葉をこぼす。
「シリアリス…!ここはボクらの銀河だ!」
「え?」
「ここは異世界じゃない、別次元なんかじゃないんだ!
ボクらの世界と同じ次元―それどころか同じ銀河の同じ区画だよ!
―わかる?近所なんだよ!
召喚魔法はテレポート魔法のただの上位互換なんだ…」
「……?」
「あれは、召喚魔法は異次元ポータルじゃないんだよ、シリアリス!時空ポータルだ!ボクらは時空のワームホールをくぐってやってきたんだよ!なら!ボクら地球人もいずれここに来れるよ!ボクらはいつか自分の意志で!ここに、異世界に来れるんだ!きっと、いつかきっと、ボクらは誰でもエルフの森に遊びに行けるんだよ!」
「…はい、ヒマリ」
シリアリスの知識ではわからない、シリアリスのAIでは理解できない話だった。
しかし、彼女のマスターの輝く瞳からとめどなくあふれ続ける涙は、地球人類の孤独を克服できる希望の涙は、とてもエモい物だと判断した。
その気持ちを込めてシリアリスはヒマリの手をぎゅっと握った。
―これが、異世界側の本当の最後の切り札だった。
それまでの人類が持つ4枚全ての切り札を費やしたのは、ただここに繋げるため。
何百、何千年と生きる5人の魔族とその眷属ら全員での召喚魔法。
魔界から魔神の召喚―。
150年前の多種族戦争のきっかけとなった、禁忌として封印された魔神召喚儀式の再現。
母船の横に、巨大ポータルから出現した、何キロも離れた場所からですら認識できる巨大な光る人のカタチ。
―それは無音で、一定速度で、あたかもCGを引き延ばすように、機械的に拡大される。
そのあまりの違和感に見る者の正気を奪う。
ただ、静かに、雲の中へと埋もれていく。
成層圏に到達した光る巨人に、表情はない。
光る人の形に、その頭部にぼんやりと目のような穴が見えるだけだった。それもまた見るだけでその人の心をざわつかせるものだった。
やはりその顔―と言っていいのだろうか。頭部の前面、垂直に切り立った岸壁に空いた二つの穴は虚無のままだった。
―ソレは、ゆっくりと腕を振り上げる。
王国全土の、全ての生き物が光る巨人を見上げていた。ただただ見上げ、何も言えなかった。
エルマリは、生き残ったエルフの戦士らは浮かない顔でその光景を見上げていた。魔神召喚はエルフも、人間も、魔族でさえ行っていい魔術ではない。下手をすると今の宇宙人侵略よりも酷い事態が起こりうると、エルフ王国ヴィイユックティル=ル・ド・メルメには伝わっていたからだ。
光る巨人が、ゆっくりと、ゆっくりと右腕を持ち上げていく。
その動きは全てが等速で行われる。めりはりの無い、モーターじかけのように一定速度で持ち上げられていく。
母船の中に生き残った宇宙人らも呆然と魔神の動きを見上げていた。
もしかしたら彼らの世界にもおとぎ話はあるのかもしれない。時空の果ての神が、彼らの星の太古に現出した記録があったのかもしれない。彼らも子供の頃から魔神が世界を滅ぼす物語を読んでいるのかもしれない。
その、おとぎ話の魔界の門が開かれたのだ―。
長かったような、短いような時間をかけて振り上げ終わった巨大な拳が、腕が、ゆっくりと、ゆっくりと振り下ろされる。
それもまた、全く加速のない、自然界には存在しない完全なまでの等速の動きでだった。
「…シリアリス、ゆっくりに見えるけどすごいんだろうね、あの腕」
「肩から拳までの長さは970メートルと試算されます。
その腕が描く放物線は1240メートル。9.2秒かけて振り下ろされ母船に衝突すると思われます。
その際の拳部位のトップスピードは毎秒134メートル。マッハ0.4に相当し…」
「当たった…」
ずぶずぶずぶ、と、魔神の拳が母船へとめりこんでゆく。
ゆっくりと、もぐりこむ拳にあわせて巨大なコッペパンは半分に折れていった。
「…何秒かしたらすごい音がするんだろうね。ここに来た日を思い出すよ」
「そうですね。決着の花火に相応しいのではないでしょうか」
「―うん、そうかも」
二人はずっと、ぎゅっと手を握ったまま、これから何千年と語られるであろう伝説の瞬間を眺めている。
スローモーションのように、二つに折れる巨大な宇宙船。
空を覆う雲から、光りながら落ちる、いくつものUFO。
それは、異世界人らの願いを叶えるために力尽きて落ちてゆく流星群のようだった。
すううう…、と、ヒマリは、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
きっちり3秒間、その空気を味わい尽くすかのように目も口も閉じて胸に蓄えた後、ゆっくりと、大きく吐き出した。
「はあああ…。
よし帰ろう、シリアリス。ボクらの家に。帰ったらまずはお風呂だ。ホントに疲れた」
「はい」
振動と轟音が届いた。
いかにも魔族らしい憎い演出だとヒマリは思った。
朝焼けの空にいくつもの黒煙を上げながらも浮いている巨大母船。横に、厚みの無い光る巨大な円盤が水平に浮いている。
―それは直径数百メートルにも及ぶ、あまりに巨大な魔法陣。
ずっと離れた場所から見ているにもかかわらず、目の前全てに広がって見える、その光景。
そんなはるか離れたヒマリらの場所にも、強い風が吹いている。
あの空の穴に目がけて、見える範囲全ての空気が吸い寄せられている。雲すらもが吸い込まれている。周囲の光が歪んでいる。
まさにこの世の終わりのような光景。
天空のポータルの向こうには星座が瞬いていた。
眼前に広がるスペクタクルに高揚したほほで、うるんだ瞳でヒマリは嗚咽のように、言葉をこぼす。
「シリアリス…!ここはボクらの銀河だ!」
「え?」
「ここは異世界じゃない、別次元なんかじゃないんだ!
ボクらの世界と同じ次元―それどころか同じ銀河の同じ区画だよ!
―わかる?近所なんだよ!
召喚魔法はテレポート魔法のただの上位互換なんだ…」
「……?」
「あれは、召喚魔法は異次元ポータルじゃないんだよ、シリアリス!時空ポータルだ!ボクらは時空のワームホールをくぐってやってきたんだよ!なら!ボクら地球人もいずれここに来れるよ!ボクらはいつか自分の意志で!ここに、異世界に来れるんだ!きっと、いつかきっと、ボクらは誰でもエルフの森に遊びに行けるんだよ!」
「…はい、ヒマリ」
シリアリスの知識ではわからない、シリアリスのAIでは理解できない話だった。
しかし、彼女のマスターの輝く瞳からとめどなくあふれ続ける涙は、地球人類の孤独を克服できる希望の涙は、とてもエモい物だと判断した。
その気持ちを込めてシリアリスはヒマリの手をぎゅっと握った。
―これが、異世界側の本当の最後の切り札だった。
それまでの人類が持つ4枚全ての切り札を費やしたのは、ただここに繋げるため。
何百、何千年と生きる5人の魔族とその眷属ら全員での召喚魔法。
魔界から魔神の召喚―。
150年前の多種族戦争のきっかけとなった、禁忌として封印された魔神召喚儀式の再現。
母船の横に、巨大ポータルから出現した、何キロも離れた場所からですら認識できる巨大な光る人のカタチ。
―それは無音で、一定速度で、あたかもCGを引き延ばすように、機械的に拡大される。
そのあまりの違和感に見る者の正気を奪う。
ただ、静かに、雲の中へと埋もれていく。
成層圏に到達した光る巨人に、表情はない。
光る人の形に、その頭部にぼんやりと目のような穴が見えるだけだった。それもまた見るだけでその人の心をざわつかせるものだった。
やはりその顔―と言っていいのだろうか。頭部の前面、垂直に切り立った岸壁に空いた二つの穴は虚無のままだった。
―ソレは、ゆっくりと腕を振り上げる。
王国全土の、全ての生き物が光る巨人を見上げていた。ただただ見上げ、何も言えなかった。
エルマリは、生き残ったエルフの戦士らは浮かない顔でその光景を見上げていた。魔神召喚はエルフも、人間も、魔族でさえ行っていい魔術ではない。下手をすると今の宇宙人侵略よりも酷い事態が起こりうると、エルフ王国ヴィイユックティル=ル・ド・メルメには伝わっていたからだ。
光る巨人が、ゆっくりと、ゆっくりと右腕を持ち上げていく。
その動きは全てが等速で行われる。めりはりの無い、モーターじかけのように一定速度で持ち上げられていく。
母船の中に生き残った宇宙人らも呆然と魔神の動きを見上げていた。
もしかしたら彼らの世界にもおとぎ話はあるのかもしれない。時空の果ての神が、彼らの星の太古に現出した記録があったのかもしれない。彼らも子供の頃から魔神が世界を滅ぼす物語を読んでいるのかもしれない。
その、おとぎ話の魔界の門が開かれたのだ―。
長かったような、短いような時間をかけて振り上げ終わった巨大な拳が、腕が、ゆっくりと、ゆっくりと振り下ろされる。
それもまた、全く加速のない、自然界には存在しない完全なまでの等速の動きでだった。
「…シリアリス、ゆっくりに見えるけどすごいんだろうね、あの腕」
「肩から拳までの長さは970メートルと試算されます。
その腕が描く放物線は1240メートル。9.2秒かけて振り下ろされ母船に衝突すると思われます。
その際の拳部位のトップスピードは毎秒134メートル。マッハ0.4に相当し…」
「当たった…」
ずぶずぶずぶ、と、魔神の拳が母船へとめりこんでゆく。
ゆっくりと、もぐりこむ拳にあわせて巨大なコッペパンは半分に折れていった。
「…何秒かしたらすごい音がするんだろうね。ここに来た日を思い出すよ」
「そうですね。決着の花火に相応しいのではないでしょうか」
「―うん、そうかも」
二人はずっと、ぎゅっと手を握ったまま、これから何千年と語られるであろう伝説の瞬間を眺めている。
スローモーションのように、二つに折れる巨大な宇宙船。
空を覆う雲から、光りながら落ちる、いくつものUFO。
それは、異世界人らの願いを叶えるために力尽きて落ちてゆく流星群のようだった。
すううう…、と、ヒマリは、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
きっちり3秒間、その空気を味わい尽くすかのように目も口も閉じて胸に蓄えた後、ゆっくりと、大きく吐き出した。
「はあああ…。
よし帰ろう、シリアリス。ボクらの家に。帰ったらまずはお風呂だ。ホントに疲れた」
「はい」
振動と轟音が届いた。
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