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【27】脱出
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―遠く山峰が白み始めた。
6機のドローンタイプUFOに無数の戦闘機型UFOの猛攻が始まっていた。
階段を駆け上り、まだ崩れきる程の攻撃を受けていない廊下を、ヒマリは走る。外の喧騒だけは少し遠ざかったが、UFOの熱線砲による地響きは休む事なく砦全てを揺さぶり続けている。
逃げる人々とは逆方向に走るヒマリは―自分たちの部屋があった廊下で立ち止まったままの一つの人影を見た。
バルコニー状になったそこには、空を見上げるファルがいた。
黙ってマザーシップを見上げ、寂しそうに考え込んでいる様子だった。
轟音の中で聞こえる床を叩く足音と、何よりも自分を呼ぶ声にファルはヒマリを振り返る。
「なんじゃ、まだ居たのかヒマリ」
「いやいやいや、それファルさんだよ!もう朝になるから棺桶に戻って脱出しないと!」
「さっきもなんか兵士が来てそんなざれごと言うておったわ」
「そりゃそうでしょ、何言ってんの」
「で、貴様は何をしている」
いつかの戦艦の甲板のように。これほどの修羅場にもおびえる様子もなくファルは不思議そうな顔をしてヒマリに聞いた。
「―守るんだよ。砦を、守らなきゃいけない」
いつもの軽口も何もないヒマリの顔を見て、ファルはむしろうれしそうにニヤリと笑う。
「ククク…。なるほどな。この我の出番ということであろう?なあヒマリ」
「いや、ダメだよ、もう朝になる。それにあれバリアーがなんかおかしい。たとえファルさんでもマザーシップはどうしようもないから、今は逃げて」
それでもやはりヒマリは真顔で答えた。
「ダメなんだよ、ファルさん。ここがやられたら後はヤツらは丁寧に世界を滅ぼすだけだ、逃げないと」
「え?そうなのか?」
「ボクらがやられたら後は順番に都市を、町を、村を焼いていくだけだよ。一か月かけて丁寧に真面目にコツコツと世界を滅ぼすよ。
異世界側は何もできずに空を見上げながら滅んでいくだけなんだよ。
だから―」
「ヒマリ、我な、ちんこ生やせるんじゃが」
「ちんこ生やせるんじゃが?!生やせるの?!すっごーい!
―ふざけんなよ!この世界には土壇場になったら面白い事言わなきゃダメって法律でもあるのかよ!」
「なあヒマリ。良かったらお前、我の嫁になれ」
「…はあ?!?!」
「もうここダメじゃろ。そりゃ我にもわかってる。だからお前は地下世界に匿ってやる。な?
ほら、棺桶ふたり入れるから。中でな?な?」
「ファルさん、盛ってる場合じゃないんだよ。確かに男子となんて考えたこともないけど。ファルさんならいい気がするけど」
「じゃあ!じゃあ!な、ヒマリ、棺桶このまま地下世界に運ばせてな?な?優しくしてやるから。我の嫁になれ!」
「盛んなってば!!」
ヒマリは容赦なくゲンコツを幼女に落とす。
「あいった!」
自分の右手も痺れながら、ヒマリはファルの両肩を掴む。小さな体を揺さぶってからガッシリと固定し、その瞳をまっすぐ見つめる。
「さっき言ったでしょ。今もし逃げきれなかったら本当に異世界側の負けなんだ。人間もドワーフもエルフもオークも全部滅ぼされるんだ。
―それでも、ファルさんだけは生き残らないといけないんだよ。中佐でも三代目さんでもない、ファルさんなんだよ。
―全ての街が焼かれても、ファルさん一人が生きて、逃げて隠れて、上手くやればUFO一つずつ落とせるんだから。一人でもいつか全部に勝てるかもしれないんだから。ファルさんだけは生きなきゃいけない。全員死んだそこからでも逆転の可能性がゼロじゃないんだよ。ファルさんだけがボクらの切り札なんだよ」
しばらくきょとんとした後、不死身のヴァンパイアは震え、沸き上がった感情をこらえきれずに、叫ぶ。
「そんなの嫌じゃヒマリ!我また一人になるではないか!またずっと部屋で一人ぼっちではないか!一人はもう嫌じゃ!」
「いいから逃げてファルさん、ボクだってまだ死ぬ気ないから!すぐ追いかけるから!」
「で、でもなヒマリ!」
「いーから棺桶入れ!ほら蓋しっかり、誰かガムテとって!誰かこの棺運んで!割れ物指定だから大事に!」
近くを通りがかっていた兵士二人と料理係を捕まえ、ヒマリは四人で棺桶を中庭へと、荷馬車へと運びこむ。
「ほら、ヒマリさんも乗って、早く!」
と、一緒に運んだ兵士が促す。
その時、離れた場所にしつらえられたカタパルトが爆発する。守備の兵士らが吹き飛ぶ声がこだました。
「なんっ、だよもう!!卑怯!!みんながんばってるのに!!」
「―何を言ってるんですか!」
「まだ戦ってる人がいるから、ボクも手伝わないと!このままだと砦が―!」
「…何言ってるんですかヒマリさん、早く乗って!」
「乗らないね!ボクはブームに乗せられないタイプだからね!」
癇癪を起こして叫ぶヒマリに、兵士らは何事かと驚きを隠せない。
「何を…
あ!副団長!いた!副団長!こっちです!」
兵士らの声に、ソフィエレが駆けてくる。
ヴァンデルベルトとソフィエレは砦内を走り回り、各部隊の問題を解きほぐして少しでも効率よく離脱が終わるよう努めていた。
「そちら、あと何人ぐらい残っていまして?!」
「違うんです、副団長!ヒマリさんが逃げてくれないんですよ、副団長から言ってください!」
「―は?!ヒマリさんが?何故まだ残ってますの?!」
想定外の言葉に狼狽を隠しきれずに裏返った声を上げるソフィエレ。
「何をしてますの、ヒマリさん!早く逃げてくださいまし!」
「でもソフィエレさん!!あんなの、ずるい!!マザーシップにはこっちの何も届かない距離なのに、あんなバリアー張りっぱなしだよ?!どうしようもないよ!」
その声を証明するように、見張り塔の一つにドローンUFOの熱線が群がり、砦に哀れな轟音を上げさせて崩れさせる。
ゴゴゴゴとゆっくり砕け散り、落ちる石壁を背景にソフィエレは声を強める。
「ヒマリさん。冷静に、すべき行動をしてください」
「―でも、ここを守る方法が、何かあるかも―、いや、きっと!」
「ヒマリさん、今はもうアイデアどうこうのレベルじゃないでしょう?その荷馬車に乗って、先に逃げてください。わかりまして?」
ソフィエレはヒマリの手を引き、避難馬車の元へ連れて行く。
「う、うん…、でもこのままだと砦が壊れ―」
「ええ、ええ。そうですわ、砦が崩れる前に、UFOの攻撃が脱出馬車へと向く前に早く逃げてください。私もすぐに、必ず脱出しますから。よろしい?」
「―うん」
そこまで言われてやっと、避難する民間人の列にヒマリは入った。
ソフィエレは、泣きそうなヒマリの両肩に手を置き、頼もしい笑顔を向けて笑って頷いてみせる。
(無理もありませんわ。彼女は17歳の、戦争の無い異世界からやってきた少女なんですから―)
この一か月足らずでソフィエレにとってもヒマリは異世界からの助っ人として以前に、かけがえのない戦友としてでもなく、初めて出来た妹のような存在になっていた。
その妹を安心させるためにもう一度肩を叩き、ソフィエレは再び走っていく。
「―荷馬車へは非戦闘員を優先して!まだ残っているでしょう!地竜戦車は武装を全部外して―」
―その様子を見送ると、ヒマリは馬車に背を向けて二階層への階段へと―まだかろうじて残っているそれへと走り出した。
逃げる人々の中を、燃える砦の壁へ。まだ抵抗を続ける勇士らの元へと。
―戦闘開始から20分―。
…果たしてそれを戦闘と呼んでいいのだろうか。
各隊長らの指示に従い、狭い門から列をなして逃げる兵士。
敵UFOを引き付けるように壁上での必死の反撃。
この絶望的な状況で砦の大半が脱出できたのは砦のメンバーが築き上げた絆の力だろう。
そして、何よりも無駄とも思える反撃でUFOの行動をわずかでも制限し脱出メンバーから気をそらすために、一方的な攻撃に蟷螂の斧を振り上げていた兵士らの功績が一番である事は間違いない。
「ヴァンデルベルト様、もうここの馬車はこれが最後です、乗ってしんがり指揮をお願いしますわ!
あとの南側のエルマリさんのピックアップは私が―!」
ヴァンデルベルトは、どんなに自分がその役割をしたくとも言い合う時間がない事を知っていた。
何よりも、ここでもまた砦の責任者として頷くしか無い事を理解していた。
「―頼みました、ソフィエレさん。ノーム渓谷で会いましょう」
ヴァンデルベルトと兵士らを乗せて正門から走り出すその最後の荷車を横目で確認するとソフィエレはまた砦の中を走り出す。
「……っ」
しかし走りながら、白みゆく空よりも、空に浮かぶ虹色のマザーシップUFOよりも煌々と真っ赤に燃え盛る砦にソフィエレは呼吸が出来なくなってしまう。
ヴァンデルベルトの元でずっとずっと守り続けてきたこの砦の最後をまざまざと突き付けられた今、ソフィエレは唇を噛みしめ、膝を折りたくなった。
誰も見ていない今、思い切り泣き叫びたくなった。
それでも彼女は顔を上げ、一人でも逃がそうと再び力強く走り出す。
その姿こそが、騎士団員全員が団長に負けない程に若い彼女を信頼し付き従う理由だった。
―彼女が走って行った先には、もう戦闘の音、鬨の声は、反撃をする者は誰も居なくなっていた。
宇宙人にとってサンドリアス砦が憎かった事が伝わってくるほどの、容赦のない殲滅攻撃。砦に残ったのはわずかな壁と、半壊した一本の見張り塔。
そして、エルマリによる複数同時に展開されるシールド魔法に守られた非戦闘員や少数の兵士ら。
「エルマリさん、ご無事で!もう、誰も、―行きましょう!」
「…ええ、あんじょう」
物悲しい、エルマリの笑顔。彼女の心も、ソフィエレのそれと同じものだったのだろう。
彼女らを乗せて、最後の荷馬車が走り出す。死屍累々とした砦の城壁跡を離れようとする。
ソフィエレは、時間稼ぎをしてくれた勇士たちへ心の中で祈り、そしてまた上空を飛びまわる戦闘機UFOに見つからない事を強く願った。
「―ソフィエレはん、あれを!」
砦の最後を見上げていたエルフの視力が、最後の見張り塔の上を見とがめる。
「…あれは、ヒマリさん?!まだ残って居たんですか!なぜ?!あんな所に!御者、止めてくださいまし!」
「ソフィエレはんそのまま!ウチが!」
「でも、馬はもう…!」
「任せよし!」
と、答えながらボロボロに破れ煤けたマントを広げ、エルマリは馬車を飛び降りてそのまま見張り塔へと疾走していく。
6機のドローンタイプUFOに無数の戦闘機型UFOの猛攻が始まっていた。
階段を駆け上り、まだ崩れきる程の攻撃を受けていない廊下を、ヒマリは走る。外の喧騒だけは少し遠ざかったが、UFOの熱線砲による地響きは休む事なく砦全てを揺さぶり続けている。
逃げる人々とは逆方向に走るヒマリは―自分たちの部屋があった廊下で立ち止まったままの一つの人影を見た。
バルコニー状になったそこには、空を見上げるファルがいた。
黙ってマザーシップを見上げ、寂しそうに考え込んでいる様子だった。
轟音の中で聞こえる床を叩く足音と、何よりも自分を呼ぶ声にファルはヒマリを振り返る。
「なんじゃ、まだ居たのかヒマリ」
「いやいやいや、それファルさんだよ!もう朝になるから棺桶に戻って脱出しないと!」
「さっきもなんか兵士が来てそんなざれごと言うておったわ」
「そりゃそうでしょ、何言ってんの」
「で、貴様は何をしている」
いつかの戦艦の甲板のように。これほどの修羅場にもおびえる様子もなくファルは不思議そうな顔をしてヒマリに聞いた。
「―守るんだよ。砦を、守らなきゃいけない」
いつもの軽口も何もないヒマリの顔を見て、ファルはむしろうれしそうにニヤリと笑う。
「ククク…。なるほどな。この我の出番ということであろう?なあヒマリ」
「いや、ダメだよ、もう朝になる。それにあれバリアーがなんかおかしい。たとえファルさんでもマザーシップはどうしようもないから、今は逃げて」
それでもやはりヒマリは真顔で答えた。
「ダメなんだよ、ファルさん。ここがやられたら後はヤツらは丁寧に世界を滅ぼすだけだ、逃げないと」
「え?そうなのか?」
「ボクらがやられたら後は順番に都市を、町を、村を焼いていくだけだよ。一か月かけて丁寧に真面目にコツコツと世界を滅ぼすよ。
異世界側は何もできずに空を見上げながら滅んでいくだけなんだよ。
だから―」
「ヒマリ、我な、ちんこ生やせるんじゃが」
「ちんこ生やせるんじゃが?!生やせるの?!すっごーい!
―ふざけんなよ!この世界には土壇場になったら面白い事言わなきゃダメって法律でもあるのかよ!」
「なあヒマリ。良かったらお前、我の嫁になれ」
「…はあ?!?!」
「もうここダメじゃろ。そりゃ我にもわかってる。だからお前は地下世界に匿ってやる。な?
ほら、棺桶ふたり入れるから。中でな?な?」
「ファルさん、盛ってる場合じゃないんだよ。確かに男子となんて考えたこともないけど。ファルさんならいい気がするけど」
「じゃあ!じゃあ!な、ヒマリ、棺桶このまま地下世界に運ばせてな?な?優しくしてやるから。我の嫁になれ!」
「盛んなってば!!」
ヒマリは容赦なくゲンコツを幼女に落とす。
「あいった!」
自分の右手も痺れながら、ヒマリはファルの両肩を掴む。小さな体を揺さぶってからガッシリと固定し、その瞳をまっすぐ見つめる。
「さっき言ったでしょ。今もし逃げきれなかったら本当に異世界側の負けなんだ。人間もドワーフもエルフもオークも全部滅ぼされるんだ。
―それでも、ファルさんだけは生き残らないといけないんだよ。中佐でも三代目さんでもない、ファルさんなんだよ。
―全ての街が焼かれても、ファルさん一人が生きて、逃げて隠れて、上手くやればUFO一つずつ落とせるんだから。一人でもいつか全部に勝てるかもしれないんだから。ファルさんだけは生きなきゃいけない。全員死んだそこからでも逆転の可能性がゼロじゃないんだよ。ファルさんだけがボクらの切り札なんだよ」
しばらくきょとんとした後、不死身のヴァンパイアは震え、沸き上がった感情をこらえきれずに、叫ぶ。
「そんなの嫌じゃヒマリ!我また一人になるではないか!またずっと部屋で一人ぼっちではないか!一人はもう嫌じゃ!」
「いいから逃げてファルさん、ボクだってまだ死ぬ気ないから!すぐ追いかけるから!」
「で、でもなヒマリ!」
「いーから棺桶入れ!ほら蓋しっかり、誰かガムテとって!誰かこの棺運んで!割れ物指定だから大事に!」
近くを通りがかっていた兵士二人と料理係を捕まえ、ヒマリは四人で棺桶を中庭へと、荷馬車へと運びこむ。
「ほら、ヒマリさんも乗って、早く!」
と、一緒に運んだ兵士が促す。
その時、離れた場所にしつらえられたカタパルトが爆発する。守備の兵士らが吹き飛ぶ声がこだました。
「なんっ、だよもう!!卑怯!!みんながんばってるのに!!」
「―何を言ってるんですか!」
「まだ戦ってる人がいるから、ボクも手伝わないと!このままだと砦が―!」
「…何言ってるんですかヒマリさん、早く乗って!」
「乗らないね!ボクはブームに乗せられないタイプだからね!」
癇癪を起こして叫ぶヒマリに、兵士らは何事かと驚きを隠せない。
「何を…
あ!副団長!いた!副団長!こっちです!」
兵士らの声に、ソフィエレが駆けてくる。
ヴァンデルベルトとソフィエレは砦内を走り回り、各部隊の問題を解きほぐして少しでも効率よく離脱が終わるよう努めていた。
「そちら、あと何人ぐらい残っていまして?!」
「違うんです、副団長!ヒマリさんが逃げてくれないんですよ、副団長から言ってください!」
「―は?!ヒマリさんが?何故まだ残ってますの?!」
想定外の言葉に狼狽を隠しきれずに裏返った声を上げるソフィエレ。
「何をしてますの、ヒマリさん!早く逃げてくださいまし!」
「でもソフィエレさん!!あんなの、ずるい!!マザーシップにはこっちの何も届かない距離なのに、あんなバリアー張りっぱなしだよ?!どうしようもないよ!」
その声を証明するように、見張り塔の一つにドローンUFOの熱線が群がり、砦に哀れな轟音を上げさせて崩れさせる。
ゴゴゴゴとゆっくり砕け散り、落ちる石壁を背景にソフィエレは声を強める。
「ヒマリさん。冷静に、すべき行動をしてください」
「―でも、ここを守る方法が、何かあるかも―、いや、きっと!」
「ヒマリさん、今はもうアイデアどうこうのレベルじゃないでしょう?その荷馬車に乗って、先に逃げてください。わかりまして?」
ソフィエレはヒマリの手を引き、避難馬車の元へ連れて行く。
「う、うん…、でもこのままだと砦が壊れ―」
「ええ、ええ。そうですわ、砦が崩れる前に、UFOの攻撃が脱出馬車へと向く前に早く逃げてください。私もすぐに、必ず脱出しますから。よろしい?」
「―うん」
そこまで言われてやっと、避難する民間人の列にヒマリは入った。
ソフィエレは、泣きそうなヒマリの両肩に手を置き、頼もしい笑顔を向けて笑って頷いてみせる。
(無理もありませんわ。彼女は17歳の、戦争の無い異世界からやってきた少女なんですから―)
この一か月足らずでソフィエレにとってもヒマリは異世界からの助っ人として以前に、かけがえのない戦友としてでもなく、初めて出来た妹のような存在になっていた。
その妹を安心させるためにもう一度肩を叩き、ソフィエレは再び走っていく。
「―荷馬車へは非戦闘員を優先して!まだ残っているでしょう!地竜戦車は武装を全部外して―」
―その様子を見送ると、ヒマリは馬車に背を向けて二階層への階段へと―まだかろうじて残っているそれへと走り出した。
逃げる人々の中を、燃える砦の壁へ。まだ抵抗を続ける勇士らの元へと。
―戦闘開始から20分―。
…果たしてそれを戦闘と呼んでいいのだろうか。
各隊長らの指示に従い、狭い門から列をなして逃げる兵士。
敵UFOを引き付けるように壁上での必死の反撃。
この絶望的な状況で砦の大半が脱出できたのは砦のメンバーが築き上げた絆の力だろう。
そして、何よりも無駄とも思える反撃でUFOの行動をわずかでも制限し脱出メンバーから気をそらすために、一方的な攻撃に蟷螂の斧を振り上げていた兵士らの功績が一番である事は間違いない。
「ヴァンデルベルト様、もうここの馬車はこれが最後です、乗ってしんがり指揮をお願いしますわ!
あとの南側のエルマリさんのピックアップは私が―!」
ヴァンデルベルトは、どんなに自分がその役割をしたくとも言い合う時間がない事を知っていた。
何よりも、ここでもまた砦の責任者として頷くしか無い事を理解していた。
「―頼みました、ソフィエレさん。ノーム渓谷で会いましょう」
ヴァンデルベルトと兵士らを乗せて正門から走り出すその最後の荷車を横目で確認するとソフィエレはまた砦の中を走り出す。
「……っ」
しかし走りながら、白みゆく空よりも、空に浮かぶ虹色のマザーシップUFOよりも煌々と真っ赤に燃え盛る砦にソフィエレは呼吸が出来なくなってしまう。
ヴァンデルベルトの元でずっとずっと守り続けてきたこの砦の最後をまざまざと突き付けられた今、ソフィエレは唇を噛みしめ、膝を折りたくなった。
誰も見ていない今、思い切り泣き叫びたくなった。
それでも彼女は顔を上げ、一人でも逃がそうと再び力強く走り出す。
その姿こそが、騎士団員全員が団長に負けない程に若い彼女を信頼し付き従う理由だった。
―彼女が走って行った先には、もう戦闘の音、鬨の声は、反撃をする者は誰も居なくなっていた。
宇宙人にとってサンドリアス砦が憎かった事が伝わってくるほどの、容赦のない殲滅攻撃。砦に残ったのはわずかな壁と、半壊した一本の見張り塔。
そして、エルマリによる複数同時に展開されるシールド魔法に守られた非戦闘員や少数の兵士ら。
「エルマリさん、ご無事で!もう、誰も、―行きましょう!」
「…ええ、あんじょう」
物悲しい、エルマリの笑顔。彼女の心も、ソフィエレのそれと同じものだったのだろう。
彼女らを乗せて、最後の荷馬車が走り出す。死屍累々とした砦の城壁跡を離れようとする。
ソフィエレは、時間稼ぎをしてくれた勇士たちへ心の中で祈り、そしてまた上空を飛びまわる戦闘機UFOに見つからない事を強く願った。
「―ソフィエレはん、あれを!」
砦の最後を見上げていたエルフの視力が、最後の見張り塔の上を見とがめる。
「…あれは、ヒマリさん?!まだ残って居たんですか!なぜ?!あんな所に!御者、止めてくださいまし!」
「ソフィエレはんそのまま!ウチが!」
「でも、馬はもう…!」
「任せよし!」
と、答えながらボロボロに破れ煤けたマントを広げ、エルマリは馬車を飛び降りてそのまま見張り塔へと疾走していく。
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