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【24】たまにはファンタジーからSFだよ

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―数日が過ぎた。
あの激戦から意外な事に、あるいは激戦の後だからこそ、だろうか。
UFOによるサンドリアス砦への襲来は無く静かに過ぎていた。
だがその間にも周辺都市への攻撃は続いている。攻撃された都市はその日のうちに陥落するため、援軍の要請などはない。生き残りの避難民がその報告だった。

今もまさに、そんな奇妙に静かで空恐ろしい数日を表現する静かな月明りの夜だった。
激戦の疲労を少しでも回復するために、砦そのものが眠っているかのような静かな夜に、ひとつの影が飛来し、胸壁へと舞い降りる。それは、人間をぶら下げた黒く大きな鳥だった。見張り兵へ手を振りながら、黒い鳥から降りるヒマリがエスペラント語ではしゃぐ。
「ついたついた!ファルさんすげー!お疲れ様!」
「あーーもうやらん!絶対やらんからな!」
黒く大きな鳥は、するすると幼女へと姿を変えつつヒマリに文句を返している。
その鳥が首から下げていたヒマリが乗っていたブランコがカランカランと音を立て、砦の眠りを邪魔する。
「なんでだよ、すげーよノーム研から1時間だよ?!100キロは離れてるのに!次は1時間切れるって!タイムアタックしようって!ロリパイアちゃんねるで配信しようよ!」
「なんじゃそれは。旨いのか?」
「当たればある意味めっちゃ美味いよ」
「あーもうどうでも良いわ。じゃあな、ヒマリ。我はとこしえの眠りにつく」
それだけ言うと、ファルはふらふらと自分の部屋へと帰っていった。カンオケカンオケ、とぶつぶつ言っている。
「うん、お疲れ様。ありがとう」
ヒマリはそんなファルを見送りながら、やっぱヴァンパイアは猫科だなと思った。捕食者として強い肉体の代わりに稼働時間が短かく、一日の大半を寝て過ごす猫科動物だ。

―今日も3つの月が登っていた。
地球で言う深夜1時ごろ。3つの月が同時に浮かぶ夜空を見られるのはこの1時間ほどだけだ。久しぶりに砦から見上げるその風景を何とはなく眺めながら、ヒマリは大きく伸びをする。
「ヘイ、シリアリ…」
しゃべりかけた言葉を止め、ヒマリは苦々しくため息を吐いた。
誰も居ない静かな砦の胸壁に手をつき首を垂れ、もう一度深く息を吐き出す。
この数日で、ヒマリはまたすっかり夜型に戻っていた。
一つ目の理由は、言葉を習う相手が夜の世界の住人ヴァンパイアだから。
もう一つは、寝る事が怖くなっていたからだった。ノーム研での研究開発の忙しさを理由にずるずると寝る時間をずらしていたのもその為だ。いつも寝る時に二人で話していた相手がいない事を強く感じてしまう時間が怖くて、目をそらすように眠る事から逃げていた。
ヒマリも自分の部屋に戻って寝るつもりだったが…足が竦む。
自分の部屋なのに。自分の部屋だから。
ファルと二人ですごしていたノーム研の部屋とは比較にならないほどに、シリアリスと過ごした思い出が染みついたその部屋に入る事を恐れるように、ヒマリは逆方向へと歩き出した。
「…UFO来てないって聞いてたけどマジで静かじゃんね、シリア…」
独り言になってしまったその言葉を止め、自分が信じられないという気持ちでため息をついた。
そんなヒマリの歩調は自然ととぼとぼと落ちてしまう。
が、廊下の先から聞こえてきた男たちの笑い声に、ヒマリは顔を上げて、沈み込んだ心も引き上げて元気そうな表情を作ってみせる。
角を曲がったその先には、見知った顔が二つ並んでいた。月明かりの差し込むバルコニー状の廊下に小さなテーブルとイスを並べて話している、ヴァンデルベルトと中佐だ。
談笑していた二人はヒマリに気付いて言葉を止める。ヴァンデルベルトは手に持っていた木製のジョッキをテーブルに置いて腰を上げる。
「ヒマリさん!元気そうで良かった」
「ヴァンデルベルトさん、ただいまー。こんな時間まで飲んでんだ」
「こっちは料理はともかく酒の味は悪くないからな。―お前エスペラント語覚えたんだな」
中佐も英語ではなくエスペラント語で話しかける。
「まあね」
「やればできるじゃないか」
「……。
それ中佐に言われたかったんじゃないんだけどな…」
「ん?どうした」
「んーん、なんでも。
通信で報告した通り、ファルさんとノーム研行って言葉覚えながらバリアー破壊銃の研究してたんだよ」
「らしいな。流暢りゅうちょうになったもんだ」
「元気そうで本当に何よりです。ヒマリさんが居なくてここも静かでしたからね」
「全くだな。そのお陰で再編成も再構築も捗ったぞ」
「ユーアーウェルカム!」
「お、英語も上手いじゃないか」
中佐のからかいに、英語で定番の皮肉を返すヒマリを見て楽しそうに笑う中佐。いーっと歯をむきながら歩き、ヒマリは二人の近くの胸壁に背中で寄りかかった。
「―本当にいつもの明るさが戻ってきましたね」
「ああ。エルフとドラゴン女も居なかったからな」
「…中佐、いい加減名前覚えなよ。
らしいね、エルマリさん、ベウストレムに乗ってエルフの国に里帰りしてるって聞いたけど」
「ええ。彼女らも昨日ここへ戻ったばかりです。敵の襲撃までに戻れるか賭けでしたが」
「で、ヒマリ博士。ノーム研で缶詰になった成果はあったか?」
「うん。まあね。すごいよ、ノーム研。あっちは24時間誰かしらなんか作ってるから」
「らしいですね。今は彼らが頼もしいです」
ヴァンデルベルトは、過去の彼らへの印象を思い出しながらどこか自嘲気味に笑う。
「ノーム研すごいよ。多分ノームには失敗って言葉がないんだよ。失敗なんか全く怖がらないんだよ。
失敗、成功、大成功のかわりに、予想外のものができた、思ってたのができた、すごく良くできた、の三段階なんだよ、ノームのみんな」
「失敗がない、か…。
なるほどな、それは俺たち地球人も見習わなきゃいけないかもな」
「うん。テンポ速いからバリアー破壊銃だけじゃなく、他のも色々作ってみたりしてたよ」
「ほう」
「例えば飛行機は無理でもホバーバギーとか作ろうかなって。それなら舗装道路作らなくても揺れずに安定したまま速く走れるでしょ?ノームはみんなガンガンテストするから多分1か月もかかんないよ」
「それでいい、今は完璧なのを6か月かけて作るよりも試作でもなんでもいいからガンガン作るべきだ」
「うん。そんでバリアー破壊はね…。
宇宙人のバリアーは音波バリアーなんだけど、破壊するには逆位相音域を波じゃなく固形として固定してぶつける必要があるのね」
「…俺も詳しくないが、無茶に聞こえるぞ。そんな事が出来るのか?」
「地球の科学では無理でもここには魔法があるから。重力操作と空気固定がもう術式として確立してるから、もうすぐ出来そう。
ただ、そもそも位相の解析がね。マイクつないだコンピュータがあれば今の地球科学で余裕なんだけど。ヘイシリア‥‥リ、……」
ヒマリは一度言葉を切り、口を開きなおす。
「…その、どんな音域が来るかを瞬時に解析ってのは要はノイズキャンセラーだから。
それが魔法だけだと難しいんだよ。未来予想魔術もあるにはあるけど、あれすんごい魔力使うから。今のままだと完成してもボクの魔力だと1発撃てるかどうか、エルマリさんやアイマル先生レベルでさえ2発がいいとこだね」
「撃てるだけでも全然違うが、な」
「うん、もちろん。ゼロイチだから」
そんな二人の会話を、ヴァンデルベルトは技術的には全く理解できないながらも成果としては十分理解し、考え込んでいる。
もちろん二人もこの異世界人なら把握してくれると信頼して話をしていた。
「―お二人の地球にはあの宇宙人のUFOのようなものと同じ飛行道具があるんですよね」
「ある。もう一段階前の技術だが似たようなもんがある」
「ここでもその飛行道具や攻撃道具を作れば勝てますか?」
「いやー、同じのは作れないよ。その道具を作るための道具の、それを作るための道具からスタートしなきゃいけないし。ボクがやってるのは、その原理を使って別の道具を作ってる感じだから」
「なるほど」
「カルダシェフスケールってのがあるんだよ、ヴァンデルベルトさん」
「なんですか、それは」
「その星の文明レベルの話で、惑星の持つエネルギーをフルに使って星から出て活動してるのがレベル1。
―まさにあいつらがレベルで1ちょいだよ。2には遠い、極めて1の1だよ」
「そんなのがあるのか。地球はどうなんだ?」
「ボクらの地球はレベル0.7。たぶんあと2~300年でレベル1であの宇宙人と同じぐらいになるよ。でも今は悔しいけど文字通りレベチだよね」
「ここはどうなんですか?」
「ここ?ここは…うーん。
この測り方だと、惑星エネルギーで見ると、ここは化石燃料をほんの少し使ってるだけで0.1以下なんだけど…やっぱ魔法がイレギュラーすぎてボクにはなんとも。
それこそ0.1と言っても地球にもあいつらにも出来ない事もできるんだよ」
「例えば何だ?」
「どんな惑星もいつか必ず隕石が衝突して文明は必ず滅ぶんだよ。それまでにレベル2~3ぐらいになってたら隕石壊せるんだけど、その前に来たらアウト。
―中佐ならわかるでしょ?」
「そうだな、あの宇宙人の技術程度なら回避不可能だな。隕石破壊が出来るのはハリウッドだけだ」
「でもここなら、狙ったタイミング、狙った空間に隕石サイズの超大型転移ポータルを開くことさえできたら隕石を簡単に転移させて回避できるよ。なんならその場で30度角度変えてやるだけでいいんだから。今から転移魔導士と未来予測魔導士が集まって研究したら1年でいけると思う」
「…確かに。すごいな」
中佐が珍しく目を丸くする。
「―中佐。やっぱりあの宇宙人らの星も隕石で滅んだのかもしれないね」
「そうだな。
―ヒマリ、お前顔つきが変わったな」
「この戦争はもう異世界だけの問題じゃないからね。ボクの問題でもあるから」
ヒマリの瞳の奥底から光る凛々しい色を見た騎士と中佐の二人は、どうやら見事に立ち直ってくれたようだと、改めて安心した気持ちを目くばせで伝え合う。
「―そうだな。しっかり目的を果たさないとな。
お前の事もちゃんと親の元に帰してやらんといかんからな」
「あらやだ中佐、ボクの事も気にしてくれてたんだ」
「当たり前だ、それが大人の役割だ」
照れ隠しでおどけてみせるヒマリの頭をぐしゃぐしゃと撫でながら中佐が笑う。
そんな異世界人二人のやりとりを見て、騎士団長は心の荷物が少し軽くなった気がする。
「最近気づいた事があります。僕は運がいいんですよ。お二人を引き寄せられた」
「あー、ヴァンデルベルトさんガチャ運が強いんだ」
「ガチャ運?って何ですか?」
「ファック!」
「うわ、どうしました中佐」
「おいヒマリ、ガチャの話はするな」
「なんだ、中佐ってガチャ運悪いタイプ?てか中佐ってソシャゲやるの?」
「やるかボケ!
ジャパンの産んだその大罪のせいでうちの娘までもがガチャというワードを口走りながら金をどんどん減らすようになっちまった」
「…なんですかガチャとは。呪いですか?」
「そうだ、俺たちの世界で最も恐ろしい呪いだ」
「ひどい言われようだけど、まあ否定はしない」
「ああ胸糞悪い。
ヴァンデルベルト、飲みなおそう。ヒマリはもうとっとと寝ろ、何時だと思ってんだ」
「何さ、自分で引き留めといて。そもそもボクは引きこもりだから夜行性なんだけどおやすみ!
…って足音が。誰か来てるね」
月明りの薄暗い廊下ではバタバタと走る足音は否が応にもよく響く。
曲がり角から姿を現したのは軽装の兵士。
黙って注視する三人に駆け寄るその姿に緊張が走る。が、彼の告げる報告は実に奇妙なものだった。
「―団長、月が…4つになりました」

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