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【20】なんでみんな笑えるの?怖くないの?
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呆然とするヒマリは、腹部を締め付けられて後ろへと吹き飛ぶ感覚に混乱がいや増す。
後ろのオークが、ヒマリを抱えて守ってくれた事に気づく。
ヒマリの前のエウゲニイが叫んでいた。
「何…?」
ようやくつぶやくヒマリ。
オークらは壁の穴から出てきた物へと大剣を構える。
「ヒマリ、しっかりしてください!」
シリアリスの声に、ようやく我を取り戻す。
トラップではない。壁が動いたのではない。
通路脇にあった扉を、宇宙船のオートロックを、大きな足がけ破った勢いでそのままオークの精鋭をつぶしたのだ。
「―ツヴァイだ!」
「ヒマリ、撃ちますか?」
「あ、うん!ペンギン転び!」
スマホから流れる高速詠唱と、それと同時に突き出していたヒマリの手が、その巨人の足元へと光を放つ。
―ヒマリとシリアリスの日本語をわかっているはずはないのに。
放たれた時にはすでにその巨人は躱していた。
「うそ?!魔法だよ?!躱すの?!」
躱しざまにその巨人は、両腕に取り付けた馬鹿げた大きさのツメをオークへと振り下ろしていた。
黒ずんだ血しぶきがあがる。あれほどの戦士が、あっさりと―それも二人も倒される。
―ヒマリがツヴァイと名付けた、宇宙人側の勇者の一人が、7人の前に―いや、もう4人だ。4人の前に立ちはだかった。
狭い通路いっぱいの250センチの巨人。
三人は並べず、オークの戦士二人が剣を構えて対峙する。
無論、ツヴァイはひるむ様子など全く見せずに両手を広げ、爪を振り回す。
爪とは言っても身長2メートルのオークたちが振り回す大剣に引けを取らない。壁を、天井を削る剣と爪。
エウゲニイがヒマリに下がれと叫ぶ。少しでもその剣風に巻き込まれようものなら、かすりでもしようものならヒマリはバラバラになりかねない。
金属製の壁を切り裂きながら打ち合う剣撃に、一本の分厚い刃が宙を舞う。そして、浅黒い血が、まき散らされる。激しすぎる攻防。あっという間に、オークの戦士は二人だけになってしまった。
狭い通路での戦いは、もう純粋な力と力のぶつかり合いになってしまっているからだ。
―それでも、一歩も引かない。全く背を向けない。それこそが、勇者の証明だろう。
砦で倒されたドワーフらの誇りも彼らが背負っていることはヒマリにもわかる。
「二人とも目を閉じて!ヘイシリアリス!パロウル殺し!」
「はい!」
とっさに、ヒマリが叫ぶ。
この狭い通路、味方の後ろでは攻撃魔法が使えなかったが、この状況だからこその魔法。
突き出したヒマリの両掌が廊下を白く染めた。
それは最大出力のライトの魔法を連続して明滅させる、タクティカルライトを再現した魔法。対テロ部隊が使うタクティカルライトは正面から直視した者があまりの衝撃に痙攣して倒れてしまい一瞬で無効化されてしまうという、シンプルで強力な現代兵器。
両目を閉じていたヒマリでも目が眩む。
そして、一層激しい怒声と金属音。
何度聞いても悪寒の走る、金属が肉を切り骨に当たる音―。
やっと目が落ち着いてきたヒマリは、おそるおそると目を開ける―。
膝をつく、エウゲニイ。
二つになって倒れている、もう一人のオーク。
今まさに、どう、と倒れるツヴァイの巨体。
「―やだ、嘘!!なんで?!なんで!」
かろうじて息のあるエウゲニイに、ヒマリがしがみついて叫ぶ。
突然の閃光。
エウゲニイと精鋭兵士の二人はもちろんその隙を逃さずに目を閉じながらもエイリアンの勇者を切り裂いていた。
閃光を浴びた人間は必ず前かがみに目をかばってしまう。エイリアンでもそれは同じだっただろう。それでもなお、正面に立ち、魔法のタクティカルライトを直視してなおエイリアンの勇者の闘争心は本能をも凌駕した。彼はその両手で二人のオークの勇士を切り裂いていたー。
―三者の相打ちだった。
「見てわかるだろう、これで、大丈夫だ。行け、異世界の娘」
「やだよ、やだよ!死んじゃダメだよ!!なんでみんな…!」
どうしていいかわからず、胸にぱっくりと開いた大きな傷を抑えようと、吹き出す返り血に全身をどす黒く染めながら、ヒマリが必死に叫ぶ。
「―異世界人、お前がノームどもに好かれる理由がわかるか?」
「…え?何?なに言ってんだよエウゲニイさん!」
「お前にはあいつらに対する偏見がない。俺たちに対してもだ。
お前は俺たちをオークだという目で見ない。今もただのでかい男として扱っているだろ」
「―え?だって実際デカいじゃん…」
そう返事してからやっとヒマリにも彼の言いたい事が理解できた。
「…そうだよ、エウゲニイさんはエウゲニイさんだよ、アート・ブレイキーはただのすごいドラマーなんだよ。それ以上でも以下でもないんだよ」
「ああ、それで良かったんだろうな。俺たちもドワーフもそうすれば良かったんだ。
―150年前に来た異世界人の時に、もっと真剣に考えるべきだった」
「ああ…ここにホットラインを作った人…」
―そうか、だからその転移召喚者は地球に戻ってからここの異世界語を地球の共通語にしようとしたんだ、とヒマリは気づいた。
オークは自分の手を握るヒマリの小さな両手に、もう片方の手を重ねる。
「エウゲニイさん…」
ぐずぐずと泣くヒマリに、オークはその大きな手で親指を立ててみせる。サムザップだ。
「ハッ、悪くないな…。じゃあな。行け、ヒマリ」
彼は満足そうに口をゆがめ、静かに両目を閉じた。
この一か月足らずの間でヒマリには見慣れてしまった、しかし見たくない、人が旅立つ、最期の脱力の瞬間だった。
「ごめ、…ありがとう!!任せて!!」
後ろのオークが、ヒマリを抱えて守ってくれた事に気づく。
ヒマリの前のエウゲニイが叫んでいた。
「何…?」
ようやくつぶやくヒマリ。
オークらは壁の穴から出てきた物へと大剣を構える。
「ヒマリ、しっかりしてください!」
シリアリスの声に、ようやく我を取り戻す。
トラップではない。壁が動いたのではない。
通路脇にあった扉を、宇宙船のオートロックを、大きな足がけ破った勢いでそのままオークの精鋭をつぶしたのだ。
「―ツヴァイだ!」
「ヒマリ、撃ちますか?」
「あ、うん!ペンギン転び!」
スマホから流れる高速詠唱と、それと同時に突き出していたヒマリの手が、その巨人の足元へと光を放つ。
―ヒマリとシリアリスの日本語をわかっているはずはないのに。
放たれた時にはすでにその巨人は躱していた。
「うそ?!魔法だよ?!躱すの?!」
躱しざまにその巨人は、両腕に取り付けた馬鹿げた大きさのツメをオークへと振り下ろしていた。
黒ずんだ血しぶきがあがる。あれほどの戦士が、あっさりと―それも二人も倒される。
―ヒマリがツヴァイと名付けた、宇宙人側の勇者の一人が、7人の前に―いや、もう4人だ。4人の前に立ちはだかった。
狭い通路いっぱいの250センチの巨人。
三人は並べず、オークの戦士二人が剣を構えて対峙する。
無論、ツヴァイはひるむ様子など全く見せずに両手を広げ、爪を振り回す。
爪とは言っても身長2メートルのオークたちが振り回す大剣に引けを取らない。壁を、天井を削る剣と爪。
エウゲニイがヒマリに下がれと叫ぶ。少しでもその剣風に巻き込まれようものなら、かすりでもしようものならヒマリはバラバラになりかねない。
金属製の壁を切り裂きながら打ち合う剣撃に、一本の分厚い刃が宙を舞う。そして、浅黒い血が、まき散らされる。激しすぎる攻防。あっという間に、オークの戦士は二人だけになってしまった。
狭い通路での戦いは、もう純粋な力と力のぶつかり合いになってしまっているからだ。
―それでも、一歩も引かない。全く背を向けない。それこそが、勇者の証明だろう。
砦で倒されたドワーフらの誇りも彼らが背負っていることはヒマリにもわかる。
「二人とも目を閉じて!ヘイシリアリス!パロウル殺し!」
「はい!」
とっさに、ヒマリが叫ぶ。
この狭い通路、味方の後ろでは攻撃魔法が使えなかったが、この状況だからこその魔法。
突き出したヒマリの両掌が廊下を白く染めた。
それは最大出力のライトの魔法を連続して明滅させる、タクティカルライトを再現した魔法。対テロ部隊が使うタクティカルライトは正面から直視した者があまりの衝撃に痙攣して倒れてしまい一瞬で無効化されてしまうという、シンプルで強力な現代兵器。
両目を閉じていたヒマリでも目が眩む。
そして、一層激しい怒声と金属音。
何度聞いても悪寒の走る、金属が肉を切り骨に当たる音―。
やっと目が落ち着いてきたヒマリは、おそるおそると目を開ける―。
膝をつく、エウゲニイ。
二つになって倒れている、もう一人のオーク。
今まさに、どう、と倒れるツヴァイの巨体。
「―やだ、嘘!!なんで?!なんで!」
かろうじて息のあるエウゲニイに、ヒマリがしがみついて叫ぶ。
突然の閃光。
エウゲニイと精鋭兵士の二人はもちろんその隙を逃さずに目を閉じながらもエイリアンの勇者を切り裂いていた。
閃光を浴びた人間は必ず前かがみに目をかばってしまう。エイリアンでもそれは同じだっただろう。それでもなお、正面に立ち、魔法のタクティカルライトを直視してなおエイリアンの勇者の闘争心は本能をも凌駕した。彼はその両手で二人のオークの勇士を切り裂いていたー。
―三者の相打ちだった。
「見てわかるだろう、これで、大丈夫だ。行け、異世界の娘」
「やだよ、やだよ!死んじゃダメだよ!!なんでみんな…!」
どうしていいかわからず、胸にぱっくりと開いた大きな傷を抑えようと、吹き出す返り血に全身をどす黒く染めながら、ヒマリが必死に叫ぶ。
「―異世界人、お前がノームどもに好かれる理由がわかるか?」
「…え?何?なに言ってんだよエウゲニイさん!」
「お前にはあいつらに対する偏見がない。俺たちに対してもだ。
お前は俺たちをオークだという目で見ない。今もただのでかい男として扱っているだろ」
「―え?だって実際デカいじゃん…」
そう返事してからやっとヒマリにも彼の言いたい事が理解できた。
「…そうだよ、エウゲニイさんはエウゲニイさんだよ、アート・ブレイキーはただのすごいドラマーなんだよ。それ以上でも以下でもないんだよ」
「ああ、それで良かったんだろうな。俺たちもドワーフもそうすれば良かったんだ。
―150年前に来た異世界人の時に、もっと真剣に考えるべきだった」
「ああ…ここにホットラインを作った人…」
―そうか、だからその転移召喚者は地球に戻ってからここの異世界語を地球の共通語にしようとしたんだ、とヒマリは気づいた。
オークは自分の手を握るヒマリの小さな両手に、もう片方の手を重ねる。
「エウゲニイさん…」
ぐずぐずと泣くヒマリに、オークはその大きな手で親指を立ててみせる。サムザップだ。
「ハッ、悪くないな…。じゃあな。行け、ヒマリ」
彼は満足そうに口をゆがめ、静かに両目を閉じた。
この一か月足らずの間でヒマリには見慣れてしまった、しかし見たくない、人が旅立つ、最期の脱力の瞬間だった。
「ごめ、…ありがとう!!任せて!!」
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